人の性格というのは、その人たちが生きてきた地域の環境、気候、そして歴史によって大きく異なることは以前にも書かせていただいたと思う。
私が自分の留学時代を経て考えたのは、狩猟民族(欧米人)と農耕民族(日本人)の違い。外に出て獣と戦い獲ってこないとその日の食にあずかれない人種の歴史を生きてきた人たちと、春に種を撒いて秋に収穫する日常を生きてきた(別にその間農民は何もしていないというわけではない)人たちが大部分を占める人たちとは大きく性格も、生き様も、積極性も、考え方も異なる。日本人には学会の最中(自分も含めて)暗くなると居眠りをする人が多い、電車で寝ている人が多い(最近はスマホを見ている人が多いが)。一方で、米国で電車に乗ったことがある人を見ればわかるが、まず寝ている人は一人もいない。寝込めば寝首をかかれたり獣に襲われる人生と、果報は寝て待て などという諺がある人民では寝る時の緊張感が異なる。遺伝子に染み付いた、人前で寝れる体質と人前では決して寝れない体質である。朝のお風呂のことも以前書いた(と思う)。日本人は頭髪寝癖民族である。朝お風呂に入らない人が多いから。欧米人は必ず朝シャワーを浴びて、髪をピシッと整える。そうでないと汗が臭くて(獣を食べているので体臭がきついから)周りが迷惑するのである。アメリカに行って、「朝シャワー浴びていない」と言うと、咄嗟に周囲2mの人はいなくなります。コロナ禍では良い方法か?
このコロナ禍で海外旅行に行けないので、テレビやラジオでは以前放送された海外旅行の番組が放送されている。
その中で、関口知宏さん(ご存知 関口宏さんの息子さん)のテレビ鉄道旅のラジオでの自分での振り返り番組がNHKラジオ第2放送で放送されていて、今は聞き逃しサービスでまとめて聞くことができるようになっている。この内容がとても興味深く、考え方に感銘したので、少し紹介する。またうろ覚えなので、誤った表現があってもご勘弁。
もう平成20年代10年以上前の鉄旅の紹介とその時感じたその国の人々の性格を話しているのでやや話は古いが、的を得ている。書籍でも「鉄道で行く 世界をめぐって人を知る旅」(NHKテキスト)で販売しているのでそれを購入して読んでみても良いと思う。
各国を国ごとで10日〜数カ月鉄道で各地を回ってテレビ取材した際の出来事、感じたことを話されている。関口さんはタレント兼Musician/Artistなので、楽器や音楽を通して、深く知り合っている人も多く、また長いテレビ取材なので、さまざまな準備がされているのかしれないが、どうしてこんなふうに現地の人に溶け込み、より深く現地のことを知れるのだろうと思ってしまいう。私もかなり旅行は好きで、数年前までは年に数回は学会ついでも含めてたくさんの出張(旅行)をしてきたのだが、あまり感性が鋭くないためか、その国の人となりを深く知るまでに至りませんでした。もともと私が話をするのが脳神経外科医が多くて、その多くはその国というよりも海外から移住してきて脳外科医になっている人も多いせいもあるでしょう。
さてその番組は、ドイツ、スペインなどをはじめ、ヨーロッパの諸国のそれぞれの特徴と人々の差(特に顕著なので、ドイツ、スイス方面と(これもかなり大きく異なるが)イタリア、スペイン、ギリシャとの違い)を面白いくらい納得させられる人物評価をしている。特に、その風土から生まれる人々の性格は当然文化(食も含めて)、街の作り方(景観)にも深く影響する。往々にしていい加減?な(あっけらかんとした)性格の国の食事はとても美味しく、街もバラエティに富むので魅力的。一方で真面目で厳しい気候で生きてきているドイツ、スイスやオランダなどは、責任感の強さ(ドイツ)、自然との共存ための真摯さ(スイス)、戦火にたびたび覆われたための合理的判断力とケチ(節約)(オランダ)などに特徴づけられ、街も食事も合理的??(簡単に栄養が取れれば良い)だと言う。
さて今回の本題はその中の中国の話である。最も長く滞在し春と秋に4ヶ月ずつ滞在している。
中国人の特徴は何しろ旅人、遠くからきた人に会うと喜ぶ と言う。大歓迎して家に招きいれ食事をご馳走する。中国全土(少数民族のところを除いて)ほとんどそうだったそうである。
いわゆる
「朋あり遠方より来る また楽しからずや」
である。
よく駅とかにもプラカードが貼ってあるそうである。現在の厳然として圧力の強い中国からは考えにくい面もあるが、数年前自分が上海や北京、キルギスなどにいった時も、中国の先生方の歓待たるやすごかったのを覚えている。ただアルコールが超度数が高いのは、肝臓が弱っている自分としては?(脂肪肝)なかなか大変ではあった。
そしてもう一つは、平気で自分を、自分のやってきたこと、作っているものでを大自慢すること。中華という名前からもわかるように、自分たちが一番だと自負している。
関口さんが経験したのは、凧作りの人とか、料理人だったが、脳神経外科の領域でも同様だ。自分のやってきたこと、やれることを、これみよがしに発表する。特に症例数年間2万症例とかに度肝を抜かれるが、、中国の人たちには、自分がなにをして、それに見合う賞賛を受けることを、堂々と求めるという性格がある。実はこの性格は上の人を歓迎するのと同じ、商売人気質から出てくるのではないかと関口さんは述べている。確かに中国人は華僑をはじめとして、商売が非常にうまい人が多い。世界のマーケットのかなりの部分が中国人に抑えられていると言っても過言ではないだろう。(よくゴルゴ13にも華僑の話は出てきますね)一方で日本人はあまりにも奥ゆかしい。学会でも。
関口さん曰く、旧満州の華北省や南京のあった江蘇省をめぐった時も、あまり日本を非難する言葉よりも、日本の急速な復興を賞賛する言葉が多かったそうである。
中国の人たちは過去にあったことよりも未来に重きを置いている。
それが次の発展や商売につながるから。だそうである。
一方で日本は、今年の総会やいろいろ学会で取りあげられテーマの定番である「温故知新」とか「不易流行」などの言葉で代表されるように、新しいことを求める上でも必ず古い基本に立ち返ってから、次に新しいことを求めてゆくという風合いが強い。それは日本が第二次世界大戦の時を除けば大きく国土を破壊されたことがなく、1000年以上保存されている木造建築が残っているように、破壊の上に新しい文化が生まれているわけではないことが要因となっているのだろう。戦国時代や江戸から明治の変化、神仏分離・廃仏毀釈などは多少その要素があったとしても、中国の歴史にある度重なる朝廷(王朝)の変化、国土の荒廃、そして最近では文化大革命など、全てのコンセプトをいっぺんに変革してしまうような時代は日本にはない。そういった変革や破壊を経験した国々(韓国もそうだし、ヨーロッパ 特に東欧やベネルクスなど)では古いものを大事にする面もあるが、日本人ほど大切にはしてはいないのだろう。そして、個人の評価も歴史と同様である。新しい人、その人のこれからの価値などを最も評価する。日本が将来性よりも(語弊があるかもしれないが?)経歴というものをかなり重視するように。
このように人はモノの見方が、育った環境、土地柄、歴史、遺伝などによって大きく異なる。もちろん人としての経験・歴史も大きく人格に影響するだろう。
先日日経に隈研吾さんのコンセプト:異なったものと交われ。外へでろ(Physicalに)。毛利さんのコンセプト:「お悩んだら面白い方へ。」という記事が掲載されていた。
異なる考えは、人柄、人格のことは当然、医師としての資質にも関わってくる。
日本人の性格が悪いという話ではない。私などアメリカに9年いても、全くの浪花節人生である。ただ他を理解し、他から学ぶという姿勢を皆さんにはこれから積極的に持って欲しいし、ぜひ機会があれば色々なところに行って手術であれ、生き方であれ、考え方であれ、料理であれ、なるべく多くのことを見て、感じて、(味わって)、吸収して自分の幅(脂肪ではない)にして欲しいと思う。そんなことをつらつらと考えている。