森田明夫のやってきたこと 1982〜2023

南アフリカ脳神経外科事情

 

南アフリカ脳神経外科事情

森田明夫

 

先日南アフリカの脳神経外科学会に参加する機会を得た。南アフリカと聞くとどんなに遠いのだろうと思われるかもしれないが、私もそう思った。実際にシンガポールでの乗り継ぎが悪く丸一日がかりであった。(南アメリカ各国よりはましらしい) 一般にアフリカは医療経済的にはSub Sahara領域とその上に分けることが多く、Sub Sahara領域は極めて医療が遅れていることが多い。脳神経外科医の数も当然非常に少なく1998年にはこの領域全体で100名以下の脳神経外科医しかおらず、脳外科医一人当たりの国民数は約780万人であった。日本の状況(1万人に1人)と比較するとその状況がおし図られる。その状況を打開すべく世界脳神経外科連合(WFNS)ではAfrica 100というプロジェクトで寄付金と脳神経外科医の育成をする施設を募集し、ブラジルなどの施設での訓練を中心に開始してすでに40名近いアフリカの脳神経外科医がトレーニングされたという。日本のこの領域への貢献度は低く、一方で中国はこのプロジェクトを積極的におしし進めるべく、国家プロジェクトの「一帯一路」と同様のコンセプトでアフリカの医療界をも牛耳るべく19の大型の脳外科センターが毎年アフリカの医師を英語で実地育成することに同意し研修制度を開始するという。現在はこの地域の脳神経外科医は370名程に増え約240万人に脳外科医1人の割合となっている。

さて南アフリカはSub Saharaとは言っても国の豊かさは格別である。地面を掘ればダイアモンドと金が出ると言っても大げさではない。そのような国土事情から長くアパルトヘイト政策が続き白人の支配が続いた。いまはそれが解消されたとはいえいまだに白人と黒人の格差はあるらしい。犯罪も非常に多く今回到着したヨハネスブルグは1ブロックも歩くことは推奨されない。身ぐるみ剥がされるらしい。学会はSun-Cityという以前は白人専用のリゾート地とされ独立国家であった人工的な街で周囲が強固なセキュリティーで守られた土地で開催された。ヨハネスブルグの空港からベンツで平均時速130Kmで2時間半ぶっ通しの超恐ろしいドライブ旅程で到着した。途中には金やダイアモンドを掘っている鉱山がところどころにあり、一方でみかんや特産を交差点近くの道端で売っている黒人が多くいた。ハリケーンも地震もなく、天災と呼ばれるものは皆無なので、ヨハネスブルグの郊外はどんどん拡張していて建設中の建物がたくさんあったのだが、まるで割り箸の骨組みであった。日本ではまず1年は持たないと思われる。

さて本題であるが、南アフリカの人口は5,000万人近くであるが、脳神経外科医は100名そこそこだそうであり、小さい地方会クラスの会場一つで総会が成り立つ。まるで日本の脳外科総会の創世記のような感じである。言語はスワジ語みたいな方言がたくさんあるらしく、公用言語は11種あるらしい。基本は英語を公用語にしており、学会も英語が主体であり、ほとんどの若手演者も皆英語は上手であった。いろいろな手術ビデオなど見させられたが、あまりクリッピングなどはされておらずコイルが主体である。ダイアモンドと交換して輸入しているのだと思う。東南アジアではまだコイルは高価なので下火であるが、ここはヨーロッパ並みである。腫瘍もそこそこやっていて、聴神経腫瘍のABIやCIの話もあったくらいである。

さて最も印象に残ったのはKnife stabによる頭部穿通外傷である。黒人はあまりrichではないので、銃による外傷よりもナイフでの外傷が多いようである。

 

さて問題です。

「皆さんはナイフによる頭部外傷が来たらどうしますか?」

  • すぐ抜く
  • MRI
  • CT
  • Ope室でナイフの周りを開頭して抜く。

など考えるかと思いますが、

  • は禁忌 抜いたら頭蓋内で大出血する可能であります。
  • CTは初期は無意味 アーチファクトで何も見えません 出血の有無くらいはわかるかもしれません。
  • MRIは通常禁忌。脳内でナイフが飛びます!
  • が安全と考える人が多いかもしれませんが、実はこれも危険で、ナイフがグラグラになると他の血管や脳を損傷する可能性があるのです。

 

ですので最初にすべきことは脳血管撮影なのです。血管撮影でどの血管を横断?しているか、を見て、抜く前にその血管をコイルなどで詰めてしまうのが良いとのことです。末梢の血管は閉塞は難しいかもしれませんが、その場合でも末梢からの出血は量的には大出血は少ないようです。

その上でオペ室に運ぶ準備をして、ペンチでナイフを掴んで金槌で外に叩いて抜き、その上で手術室で開頭して止血をします。

論文は下記です。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=Taylor%2C+Knife+stab%2C+cerebrovascular

 

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25714518

 

私は帰国の途についてしまい聞くことができなかったのですが、最後の日のセッションは医療倫理の話だったそうです。その盛り上がりがすごかったとお聞きしました。

南アフリカではプライベートセクター(お金儲けに走ることの多い開業脳外科医)とパブリック(大学等で公共奉仕する脳外科医)の大きな違いがあり、後者が学会や研究などをしており、外傷や血管障害、腫瘍などをしているが、前者は非常に脊髄・脊椎の手術をしている人たちが多く、実は多くの訴訟を抱えているとのことである。

お金儲けのために多くの手術をすると、倫理面、そして訴訟による社会的責任を問われることになるということである。

 

海外の学会への出席はその国の事情も良くわかり、我々の脳外科のあるべき姿も考えさせら得ることが多い。

2050年には日本の人口は3000万人減少し、60年には6000万人台になるという。社会の在り方、それと医療の関わり、超高齢社会をどう支えるかなどのヒントも様々な国の状況を見つつ検討してゆかねばならない。

 

さてSun cityから20分くらい外へいくとPilanesberg National Parkという自然保護区、国立公園がある。今回は先方の会長のご好意で、日本からの参加の先生に早朝6時から9時くらいまでのSafariツアーが組まれていた。8月は南アフリカは真冬なのと、車はオープンカーですごいスピードで走行するので、超寒いツアーであった。公園の中は東京都くらいの大きさであろうか、全ての領域を囲まれた動物保護区で、象、ライオン、彪、チータ、かば、シロサイなどの動物の個体数が確認されている。特にBig Catと言われる肉食獣を維持するために多くのインパナと言われる角の特殊な鹿の類や特にライオンのえさとなるBullと言われる野生牛はかなり数が多く、食べられているところも目にした。カバやシロサイは完全菜食主義動物らしく、夜間に草を40kgくらい食べるそうです。すごくたくさん草がいるわけです。それらの自然に生きている動物を目の当たりにすると大の大人が、まるで初めて動物園に行ったかのような感動を覚える。自然の哲理、そしてそこで生きる生命の尊さを感じる時間であった。

その地区は国立公園なので、許可があれば一般の車で通行することもできる地域であり、動物と人間が本当に共存している。

 

近い将来南アフリカでWFNSが開催されるかもしれません。その時は皆さん参加しましょう。

南アフリカ学会会場Safari in WInter