森田明夫のやってきたこと 1982〜2023

森田明夫教授のご退任に寄せて

東京医療保健大学 学事顧問
NTT東日本関東病院 名誉院長

落合慈之先生

森田先生には、2006年4月から6年余にわたり、脳神経外科部長としてNTT東日本関東病院(関東病院)を支えていただいた。
当時、病院長であった私が経験した彼にまつわる強烈なエピソードを紹介させていたくことで、このたびの彼の花向けにしたい。
その頃、関東病院では病院の国際化を視野に入れ、国際的病院認証であるJCI (Joint Commission International)を受審することを企図していた。各分野でグローバリゼーションが囁かれ始めた頃であり、関東病院でもせめて東京在住の外国人くらいは受け入れられる体制を確立するべきだと考えたからである。準備を始めて9ヶ月、JCI認証取得は無事果たされた。しかし、その後も、外国人患者増加の兆候は一向に認められなかった。
一方、受審準備にアドバイスを依頼したことが縁となり、以来、関東病院では横須賀の米海軍病院との間で年に二度、お互いが往来して臨床カンファランスを開くことが恒例となった。JCI受審の思わぬ副効果であった。
予期しないことが起きたのは、確か、その3回目であった。当院が開催当番で、森田先生が関東病院着任以来4年間の診療実績と彼の代表的な手術症例のビデオを供覧した時、居合わせた海軍病院の医師・看護師らの間で一斉に大きなどよめきが起こったのである。これだけの治療が日本で受けられるのなら、米海軍関係者が病気になっても、これからは必ずしも従来のように帰国させるには及ばないのではないかと。
この効果は絶大であった。以後、関東病院には脳神経外科に限らず、多くの科へ横須賀のみならず立川、座間からも米軍関係者が来院することとなった。
病院長であれば誰でも、一人でも多くの患者の来院を期待して、自院の評判を高めたいと願う。認証や資格や指定の獲得を目指し、ときにはコンサルタントを依頼したりするのもそのためだ。しかし、自身もそのような思考に陥りかけたときに、私にとって、病院への患者の信頼は外見ではなくその内実だ、要は、何事も透明性(実績に基づくデータ)と説明責任だと気付かせてくれたのが、まさに先述の彼の発表であった。病院長を続ける上で、このことはその後の自分への大きな命題となった。ただただ、感謝しかない。
私がこのことを森田先生に直接話したことはない。彼は気づいていたかどうか・・・。
2012年の秋も終わりのある日、当時の田尻学長より電話をいただいた。
「来年1月から、森田先生にはうちに来てもらうよ。」
突然、1月からとは何と無体な・・・。その後の彼の日本医科大学脳神経外科教授として大活躍は皆が知る所だ。それを思えば、これもまた良い思い出だ。彼にはこれからも活躍してもらいたい。