森田明夫のやってきたこと 1982〜2023

森田明夫先生のご退任を記念して

第6,7代日本脳神経外科学会理事長
第3代日本臨床脳神経外科協会理事長
国立がん研究センター・名誉総長

嘉山孝正 先生

森田明夫先生、日本医科大学脳神経外科学講座主任教授職のご退任おめでとうございます。永年、教育、研究、臨床の3課題をやり切ってのご退任です。従来であれば規範があり、評価の基準もしっかりしているので、その基準に則れば「おめでとう御座います。」と言えた。しかし、規範無き社会の中では、教育、研究、臨床をやり切った場合でも「ご苦労様でした。」のほうがぴったりと思います。この10年近くの間に世界の社会状況、すなわち医療のみならず、教育、研究等すべてにわたる価値観の変化や無価値観の蔓延の中での上記3課題をこなすのは大変困難であったと推察いたします。一つの例が、昨年のロシアのウクライナへの侵攻など、従来の価値観では「どうしてそのような結論になって、そういう行動になるのか?」と価値観の変化が明らかに従来の社会では説明不能の事象が起きているのが最近です。一言で言うならば、規範無き社会の出現で、日本ではスマホが50%以上普及した2014年度以降、目立って社会が変化して社会がカオス状態になったとためと考える。国家、大学といった組織の在り方も大きく変化し、その運営の仕方も規範無き運営へと変わった。その中にいる日本人は、右往左往しているのが現状である。
森田先生はそういう中にあっても、医学者としての矜持を持ち、臨床、教育、研究を持ち前の頭脳と熱情で多くの業績を御上げになった。一番なのは日本での臨床治験を含む臨床研究が国際的には殆ど評価されない時期に、日本脳神経外科学会の公的組織を使用して、「未破裂脳動脈瘤の臨床像」に関して多くの側面から国際的基準での統計学的、生物学的手法を用いて日本からオピニオンを発したことである。基礎研究は得意の日本の学者ではあったが、実際の患者さんに直接影響を与える臨床研究はなかなか評価されなかった。理由は簡単で、研究デザインが科学的な評価に耐えるものではなく、あいまいさが残る研究デザインだったからである。もちろん臨床研究から国際的に意見を発すれば、科学界で力を持つことは論を待たない。森田先生のお仕事の後からは、日本人、日本脳神経外科学会から多くの臨床的研究成果が国際的な影響力を持つようになった。この面での開拓者といえる。先生が斎藤眞賞の学術賞を授与されたのはそれが受賞理由であろうと思っている。
 先生にはご勇退後も、先生の頭脳を用いて国際的なお仕事を続けていっていただきたいとお祈りして先生の御退任にあたっての言葉とする。