- 118個のアミノ酸残基からなる2本のペプチドが3ヶ所あるシステインの部分でS-S結合してできたホモ2両体である。
- 1950年代に雄のマウスの唾液腺抽出物から生成されたペプチド。
- 発見者のRita Levi-Montalcini博士(1909/4/22〜2012/12/30)は、この発見の業績で、EGF(Epidermal growth factor)の発見者であるStanley Cohen博士とともに、1986年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。彼女は、イタリア生まれのユダヤ人という理由で、ムッソーリーニの支配する第二次世界大戦中に、困難な研究生活を経験している。自宅の寝室に、実験道具としてインキュベータ、ライト、顕微鏡とミクロトームを揃えて研究を続けた。ニワトリ胚が実験材料なので、有精卵が入手できさえすれば観察は可能であった。戦後、Hans Spemann(1869/7/27〜1941/9/9, ドイツの発生学者、ノーベル賞受賞者)の弟子であるViktor Hamburger(1900/7/9〜2001/6/12, Washington University in St. Louisの動物学)教授が彼女を招聘して、輝かしい研究ができた。
- 1948年にElmer D. Bueker(1903〜1996, 米国の解剖学者)が、マウス肉腫180 を3日齢ニワトリ胚の体壁に移植すると、肉腫を支配する後根神経節が増大することを発見した。
- 1951年に、Rita Levi-Montalcini(1909/4/22〜2012/12/30)とViktor Hamburgerは、Buekerの実験を追試したところ、後根神経節が2〜3倍になり、交感神経幹神経節が5〜6倍になることを確認した。[PubMed]
- さらに1952年に、1. 移植した肉腫とニワトリ胚 chick embryosの後根神経節とが互いに接しないようにしても後根神経節から神経線維が肉腫に向かって伸びだすこと、2. ニワトリ胚後根神経節の培養液中にマウス肉腫の抽出液を添加すると、後根神経節ニューロンの分化が起こり神経線維が伸長することなどから、マウス肉腫からの拡散性因子により後根神経節ニューロンが影響を受けると考え、この因子を「NGF」と命名した。また、培養液中に混入している核酸を分解処理するためにヘビ毒のホスホジエステラーゼを培養液中に加えたところ、予期しないことに神経線維の伸長がさらに増したことより、ヘビ毒自体に強いNGF活性があることがわかった。
- Levi-Montalcini達の研究に加わった生化学者のCohenが雄マウスの顎下腺からNGFを単離同定した。未生成のミクロゾーム分画にタンパク以外の核酸も混じっていて、ヘビ毒のホスホジエステラーゼを用いて、核酸を分解しても活性が残るかを調べた。その結果、ヘビ毒にはNGF活性を持つタンパクが多量に存在していて、NGFの精製の最初はヘビ毒からなされた。哺乳類の顎下腺は、ヘビ毒分泌腺と相同器官であり、雄マウスの顎下腺にNGFは多量に存在することから、雄マウスの顎下腺のNGF活性を調べたところ、強力なNGF活性があり、NGFは単離精製され、分子構造が決定された。(メスではNGF活性は低く、ラットでは雄でも雌でもNGF活性は検出できない。)
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- ヒトのTrkA遺伝子は1番染色体の長腕にあって、23kbの塩基配列、17個のエキソンをもっている。犬童らは先天性無痛無汗症患者のTrkA遺伝子に変異があることを証明した。この疾患をもつ患者の末梢神経は痛覚線維を欠いている。この発見はNGFとTrkAが痛覚線維の発生に必要不可欠であることを示す決定的な証拠になった。
NGFの役割
- シュワン細胞、角化細胞、線維芽細胞がNGFを産生する。
- 胎生期の交感神経と1次感覚ニューロンの軸索伸張は、NGFが担っている。胎生期にNGFが作用しないとペプチドニューロンだけではなく、非ペプチドニューロンも死滅する。
- NGFの受容体であるTrkAをもつ神経線維が標的細胞に到達すると、標的細胞がNGFを産生してこの線維を出すニューロンの生存を支える。遅れてこの標的細胞に到達したTrkAをもつニューロンと、NGFを産生しない組織細胞にTrkA線維を出したニューロンはアポトーシスに陥り、予定されたプログラムに従って死滅する。これに備えて胎生期の神経堤は余分なニューロンを作っている。
- 70-80%の交感神経節後線維には、軸索伸張だけでなく、維持にもNGFが必要である。成熟期にNGFが作用しないと交感神経の節後ニューロンの多くが死滅する。
- 約半数の侵害受容線維の軸索伸張はNGFが担い、残り半数の侵害受容線維の軸索伸張にはグリア細胞由来神経栄養因子GDNFが担っている。
- 侵害受容ニューロンの維持にはNGFは必須ではない。1次感覚ニューロンは胎生後期から周産期にかけてNGFがなくても生存できる。
- 誕生直後のラットに抗NGF抗体を投与しても、70-80%の交感神経節ニューロンとDRGニューロンの40%が死滅する。生後2日以降ではDRGニューロンに対する影響は少ない。
- 生後から14日の期間に抗NGF抗体を投与したラットでは、侵害性熱刺激および侵害性機械刺激に反応するC線維とAδ線維が減少する。逆に弱い機械刺激に反応するC線維やD毛(down hair)刺激に反応するがAδ線維増加する。末梢神経に含まれるAδ線維総数の数は変わらず、Aβ線維は影響を受けない。
- 生後4-12日が臨界期である。
- 生後から14日の期間に抗NGF抗体を投与したラットの末梢神経を電気刺激しても、逆行性伝導による血管拡張反応が有意に減弱している。
- マウスのNGFで免疫された他の種の動物は、自分自身のNGFに対する自己免疫を獲得し、抗NGF抗体をもつようになる。この抗体は胎盤を通って胎児に移行し、胎児組織が産生したNGFの作用を妨げる。抗NGF抗体をもつ母親から生まれたラットの仔は、後根神経節と三叉神経節のニューロンの85%と全ての交感神経節後ニューロンを失っている。この抗体は母乳にも含まれ、新生児へ移行する。抗体を産生しない別な母親から生まれた仔に抗NGF抗体を含む母乳を飲ませて育てると、交感神経節後ニューロンは消えるが、感覚ニューロンはなくならない。
- TrkA遺伝子のノックアウトマウスでは、後根神経節の小型ニューロンと一部の中型ニューロンが消失し、CGRPやP物質を含む後根神経節ペプチドニューロンがなくなっている。末梢神経では無髄C線維の殆ど全てと有髄線維の約50%が消えている。消えた有髄線維は直径2〜5μの細い線維である。太い有髄線維は影響を受けない。脊髄後角第I, II層への末梢神経投射もみられない。
- 角化細胞、線維芽細胞、CD4+Tリンパ球、マクロファージ、肥満細胞、Schwann細胞がNGFを産生する。ニューロン自身NGFを産生しない。
- ニューロンはTrkAを産生し、NGFを保有する。
NGFと痛みとの関わり
- ヒトにNGFを皮下投与すると、筋肉痛のような深部痛が数日続く、注入部位の痛覚過敏も生じる。NGFは血液脳関門を通らないので、末梢に対する作用である。
- NGF遺伝子のノックアウトマウスも、TrkA遺伝子のノックアウトマウスも細い線維を出すDRGニューロンを欠き、痛みを感じにくい。
- 成熟ラットにNGF 1mg/kgを腹腔内注入すると、侵害性熱および機械刺激に対する痛覚過敏が現われる。熱刺激痛覚過敏は約20分以内に始まり、数日間持続する。機械刺激痛覚過敏は2時間以上たってから現われる。
機械刺激痛覚過敏には中枢機序が関与する。NGFを過剰に産生するように遺伝子を組み替えたマウスは、炎症症状を伴わない痛覚過敏を示す。侵害受容性C線維の熱刺激に対する反応は4倍に高まっているが、機械刺激に対する反応は高まらない。正常動物のC線維の約50%が熱刺激に反応するが、この動物のC線維のほとんど全てが熱刺激に反応する。NGFの過剰が侵害受容器の熱刺激に対する感受性の亢進を招く。
- NGFによる侵害受容器の過敏化には、侵害受容線維の末梢終末部に及ぼす直接作用と間接作用がある。
直接作用
- 侵害受容線維の末梢終末部はTrkAをもっている。これにNGFが結合すると、侵害受容器あるいはナトリウムチャネルがリン酸化されて、感受性が亢進する。
間接作用
- ブラジキニンのB2受容体を介する。
NGFが作用すると、ブラジキニンの常在性の受容体B2受容体だけでなく、B1受容体が発現し、少し時間が経過して、熱刺激痛覚過敏を引き起こす。B1受容体は、ブラジキニンの分解産物des-Arg9-ブラジキニンに反応して、侵害受容線維を興奮させる。
- TrkAをもつ肥満細胞が熱刺激痛覚過敏に関与する。(予め肥満細胞の顆粒を除いた動物や、交感神経を除去した動物では熱刺激痛覚過敏は減弱する。)
肥満細胞はTrkAにNGFが結合すると、肥満細胞が増殖し、その細胞内顆粒の内容物(セロトニン、ヒスタミン、インターロイキン:IL-6、カリクレイン)と新たに産生されたPG、LT、が遊離される。その中で、セロトニンはNGF処置後早期に現われる熱刺激痛覚過敏に直接関与する。カリクレインはブラジキニンおよびブラジキニンの分解産物であるdes-Arg9-ブラジキニンの産生を誘導する。これら2種類のキニンはセロトニンおよび交感神経節後線維から遊離される媒介物質と共同して、侵害受容線維の熱刺激感受性を高める。
- NGFの標的になる肥満細胞もNGFを産生する。カリクレインの作用で産生されたキニンと肥満細胞から遊離されるNGFはマクロファージのサイトカイン(ILおよびTNFα)遊離を刺激する。マクロファージから遊離されたIL-1およびTNFαは、侵害受容線維細胞膜のB1受容体発現を誘導するとともに、角化細胞、線維芽細胞のNGF放出を誘導し、NGFの遊離を増幅する。
- NGFは肥満細胞によるLTB4産生を刺激する。LTB4は強力な白血球遊走因子で、肥満細胞から遊離されたLTB4は白血球を引き寄せる。NGFはこの機序を介して白血球の遊走を促す。リポキシゲナーゼ5抑制物質を投与してLTB4の産生を阻害すると、NGFが誘発する多形核白血球の遊走が妨げられる。
- 痛風の治療薬コルヒチンもNGFが誘発する白血球の遊走を妨げる。これらの処置による白血球の遊走阻止はNGFが誘発する熱刺激痛覚過敏を抑制する。NGFが誘発する熱刺激痛覚過敏はLTB4が引き寄せた白血球にも依存している。
炎症におけるNGFの末梢作用
- 炎症モデルの炎症部位でのNGF産生が増加し、熱痛覚過敏を引き起こす。
足蹠にカラゲニンを注射して炎症を起こしたラットの皮膚や筋肉の細胞内NGF mRNA が増加し、局所のNGFは3時間で2倍以上になり、30時間で正常値に戻る。
- 炎症が発生するとマクロファージから遊離されるIL-1やTNFが、角化細胞、線維芽細胞、肥満細胞、Schwann細胞などに作用してNGF産生を誘導する。
- カラゲニン炎症モデルラットにNGF抗体あるいはTrkAの細胞外ドメインにIgGのFcを結合させた2量体分子(TrkA-IgG fusion molecule)を投与してNGFの作用を阻害すると、熱刺激痛覚過敏が現われない。
炎症が発生すると肥満細胞からのNGF遊離が増加し、このNGFが肥満細胞の活性物質遊離を増幅する。
- カラゲニン炎症ラットで、インドメタシンは浮腫を抑制するが、熱刺激痛覚過敏に影響しない。肥満細胞が産生するPGは痛覚過敏にほとんど関与しない。
- 炎症の初期、炎症が発生した局所で増加するLIF (leukemia inhibitory factor)は、IL-1_とNGFの遺伝子の発現を低下させ、NGFの増加による痛覚過敏に拮抗する。
NGFによる一次侵害受容ニューロンの遺伝子発現の制御
- 侵害受容線維の末梢自由終末のTrkAと結合したNGFは、TrkAとともに侵害受容線維の細胞内に取り込まれて、細胞内小胞と結合し、逆行性軸索流に乗って後根神経節内にある侵害受容ニューロン細胞体に運ばれる。ラットの足蹠から第4〜5腰髄までの逆行性軸索流の所要時間は、5〜7時間である。細胞体に運ばれたNGF-TrkA複合体は一次侵害受容ニューロンの遺伝子発現を変えて神経ペプチド、感覚刺激を受容するタンパク質、イオンチャネルなどの産生を調節する。その効果が現われるのは何時間もたってからである。
- NGF-Trk複合体は侵害受容ニューロン細胞体のTRPV1受容体 産生を促進する。炎症によって局所に産生されたNGFがDRGニューロン細胞体でTRPV1受容体の産生を増加させると、TRPV1受容体が順行性軸索流に乗って侵害受容線維の末梢自由終末に運ばれ、そこの細胞膜に取り込まれて、熱刺激に対する感受性を高める。
- Trk活性化→p38MAPキナーゼのリン酸化→TRPV1の発現
- NGF-TrkA複合体は細胞体による電位依存性テトロドトキシン抵抗性(TTXr)Naチャネルの遺伝子の発現を高める。NGFは、TTXsNa+チャネルより、TTXrNa+チャネルの割合を増加させる。そのため、侵害刺激による脱分極が続いたとき、活動電位の列をより長く発生できるようになる。
- 炎症によりNGFの産生が増加され、DRGのTTXrNa+チャネルmRNAの増加し、侵害受容線維の電位依存性Na+チャネルが増える。
- 他方、NGFはP物質などの神経ペプチドの産生を高める。その結果、脊髄内でのシナプス伝達が促進される。末梢では軸索反射によって侵害受容線維から遊離されるCGRP、P物質の遊離が増加し、血管拡張反応が増強する。しかし、カラゲニン炎症モデルラットの熱刺激痛覚過敏に軸索反射が寄与する可能性は否定された。
BDNFを介するNGFの中枢作用↓↓↓
末梢神経傷害後の神経栄養因子の作用
- 生後間もないラットの末梢神経を切断すると、脊髄の運動ニューロンと後根神経節ニューロンの約50%が1週間のうちに死滅する。ところが、断端にNGFやGDNFを注入するとこの死滅を阻止できる。
- 成熟後で末梢神経切断後の断端にNGFを注入すると、DRGでの、P物質、ニューロフィラメントサブユニット、TrkAおよびTRPV1受容体の遺伝子発現が低下するが阻止できる。NGFは再生の必要がなくなったことを細胞体に知らせ、再生型の遺伝子発現を伝達型の遺伝子発現に切り替えさせると考えられている。
- ラットの末梢神経を切断すると後根神経節非ペプチドニューロンのIB4、TMPおよびP2X3受容体の遺伝子発現も低下する。
- NGFはペプチドニューロンのCGRP低下を阻止するが、GDNFにはその作用がない。GDNFは非ペプチドニューロンのTMP、IB4およびP2X3遺伝子の発現低下を阻止する。NGFはこのような遺伝子発現低下を阻止できない。
- 末梢神経を切断すると、DRGニューロンとそれから出る神経線維のNa+チャネルが増える。TTXrNa+チャネルの遺伝子発現が長期にわたって低下し、後根神経節ニューロンにそれまで発現していなかったTTXsNaチャネル_IIIの遺伝遺伝子が新たに発現する。それに伴ってTTXrNa+電流が低下し、TTXsNa+電流が上昇する。これらの変化が、末梢神経損傷後に侵害受容線維経から起こる自発発射と高頻度発射に寄与する。例えば、Na+チャネルが増えるため、自発発射が起こりやすくなる。Na+チャネルの遺伝子発現の変化は静止膜電位の振動をもたらし、自発発射を促進する。またαIIIの遺伝子が発現すると、活動電位発生に伴って不活性化されたTTXsNa+チャネルの回復が速まり、不応期が短縮する。これが高頻度発射を可能にする。NGFはこのときに起こるαIII遺伝子の発現を低下させ、SNS-1遺伝子発現の低下を阻止する。GDNFもRetを発現しているDRG非ペプチドニューロンのSNS-2発現の低下を阻止する。
- 機能面では切断部位よりも中枢側に残存する末梢神経のA線維およびC線維の興奮伝導速度が低下する。断端にNGFあるいはGDNFを注入すると、一部のC線維の興奮伝導速度低下を阻止できる。NGFとGDNFの両方を注入すると、C線維の興奮伝導速度低下をほぼ完全に阻止できる。この結果から、NGFが伝導速度低下を阻止できるC線維とGDNFが興奮伝導速度低下を阻止できるC線維とがあることがわかる。
- 末梢神経損傷後に、脊髄後角第IIoへのAβ線維の側芽形成をNGFは阻止する。
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