治験薬服用後に飛び降り死

「治験薬服用後に飛び降り死 てんかん発作の薬、副作用か」

というタイトルで目を引くような一般向けのニュースがネットで流れていました。これは2019年7月頃に、治験症例で転帰死亡の副作用報告があったとして速報が流れていた件の調査結果報告書で、薬機発第1127020号として令和元年11月27日づけでPMDA藤原理事長名で厚生労働省宛に出された報告書が公開されたことを受けての記事でした。この治験薬の成分記号はE2082で、AMPA受容体阻害薬です。同様の作用機序を有する医薬品としてはペランパネル水和物が国内では製造販売承認されています。全く新しいこれまでに医薬品として使用されてきた歴史のないような作用機序のもの、という訳ではないようです。

治験に関係する仕事をしていますので、自分なりに少しまとめて勉強してみようという事で資料を集めてみました。

過去に治験で問題となった例

関連の業界では有名な治験での苦い経験としては、TGN-1412とBIA 10-2747の例があります。TGN-1412は、superagonistと呼ばれる高い活性が想定される抗体医薬品で、その治験ではサイトカインストームと呼ばれる病態を発生して健常被験者が死亡する恐れのある重篤な状態になりました。BIA 10-2747は、脂肪酸アミド加水分解酵素(FAAH)阻害薬で、おそらく脳内カンナビノイドが蓄積することを介して健常被験者が死亡しました。いずれも有名な「事件」ですので、治験薬の名前で検索すれば様々な分析資料を容易に入手することができるでしょう。

今回のケースの臨床経過

ニュースでは簡単に電柱から飛び降りたとして報道されていました。これでは何が起きたのか良く判りません。報告書によると、退院した当日に治験施設を再受診する等の行動が記載されていて、被験者自身にはただ事ではない病態が発生しているという自覚があったように思われます。(以下はリンク先PDFから引用)

また、臨床経過と関連した記述を抜き出しますと次のようになります。

本被験者に発現したすべての有害事象は、治験責任医師により治験薬との関連ありと判断された。入院期間中に被験者から報告された有害事象のうち眠気、浮動性めまい及び悪心はいずれも発現したその日のうちに症状が消失し、当該事象に対し治験薬の投与中止や薬剤治療などの処置は必要としなかった。
Day 14の退院以降の経緯は以下のとおりであった。
・ 本被験者は、令和元年6月24日(Day 14)午前に治験実施計画の規定どおり退院したが、同日午後に規定外で自主的に来院(以下、「規定外来院」)し、令和元年6月22日(Day 12)から幻視・幻聴が発現していること及び令和元年6月23日(Day 13)から眠れていないことを訴えた。規定外来院時の治験責任医師による本被験者の診察において、入院期間中にこれらの症状を申告しなかった理由について、「病院では様々な音が不快で、早く家に帰りたかったため、入院期間中には症状を訴えなかった」と本被験者は説明した。
・ 治験責任医師は、規定外来院時に本被験者に心療内科の受診を勧めたが、被験者本人が心療内科の受診を希望しなかったこと、治験責任医師は入院や治験の検査によるストレスが症状の要因になっている可能性があると考えたことから、症状が続く場合は心療内科の受診を検討することを本被験者に伝達した。その上で、治験責任医師は、本被験者が幻視・幻聴について理路整然と説明する等、その言動に異常は認められないこと、眼振等の症状も認められなかったことから、有害事象の程度や状況に鑑みても入院を要する程度ではないと判断し、本被験者に翌日に医療従事者が連絡することや次回来院日を確認して、本被験者を帰宅させた。
・ 本被験者は令和元年6月25日(Day 15)の午前8時に電柱から飛び降り死亡したことが、6月26日(Day 16)午前に警察から治験実施医療機関に連絡され、治験実施医療機関から治験依頼者に報告された。当該事象は異常行動として報告された。警察による捜査の結果、本被験者の死亡は脳挫滅によるものであった。また、退院後に他の薬物を使用した形跡は発見されず、剖検時に採取された血液及び尿検体のいずれからも覚せい剤や睡眠薬等の異常行動を誘発すると考えられる薬物は検出されなかった。
・ 以上より、治験責任医師及び治験依頼者は、本被験者における死亡は異常行動によるものであり、治験薬との因果関係は否定できないと判断している。

また、治験依頼者が把握していない情報をPMDAが入手したと思われる部分が次のように記載されていました。

本被験者の死亡後に本被験者の手記が自宅から発見された。手記はDay 14の夜からDay 15の朝までの間に記されたものと考えられ、筆跡は乱れ誤字も多く混乱した様子が伺われた。精神症状について以下の記述があった。
・ 治験薬の投与を受けるまではうつになったこともなく、精神症状はなかった。
・ 聞いたことのある音が脳内で複数重なり合う幻聴がある。
・ 他の形が漫画の一場面や絵画、キャラクターのロゴ等様々に見える。
・ 夜が来ても眠れない。体が眠っても意識が起きている感覚がある。
・ 次々と考えが浮かび上がり、思考が瞬時に入れ替わるなど頭が極めて冴える感覚がある。
・ 一方自分は支離滅裂であり、壊れている感覚がある。
・ 自分が障害者になってしまったと感じる。
・ 自分がなくなる恐怖がある。殺してほしい。
・ この状態なら自殺する。

わが身に降りかからないように

メディアはおそらくさまざまな「関係者」を「犯人」に仕立て上げようとするかもしれませんが、経過を読んでいる限り定められた手順を無視した危険なことをした人がいる訳ではありません。退院した当日午後に被験者が予定されたビジットでなく再受診した時の、治験責任医師の判断(入院させずに帰宅させた点、精神科を受診させなかった点等)は見解が分かれる部分かもしれませんが、報告書にはそれぞれ合理的な判断にいたる考え方が書かれており、現場の判断としては誤っていたとは言えないように思います。それではどうしたらよいのかが悩ましいところです。しばらくは報告書を読んで、どこを変えなければならないのか吟味する必要がありそうです。

クラスエフェクトかも

ちなみに、同じAMPA受容体阻害薬であるペランパネル水和物が上市されていて、副作用報告の対象になっています。BCPNNの結果見てみますと、攻撃性, 自殺企図, 激越, 傾眠,怒り, 易刺激性, 意識変容状態, 自殺既遂, 妄想, 骨折, 異常行動, 幻覚, 衝動行為等にシグナル(厳密には集計上のdisproportionality)が上位に見られます。今回の被験者の方が悩んだ症状とあい通じるものが並んでいます。クラスエフェクトである可能性も十分想定できます。

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