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震災日記6

震災日記6(2011年5月16日〜31日)

このページは、本ホームページの管理人である室月淳の,東日本大震災後の日々のひとりごとを書かせていただいています.報道によると宮城県の「地域医療復興検討会議」が18日に設立されるようです.ようやく具体的な議論が始まります.周産期医療の再構築がうまくなされることを期待します.

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K先生の初日 - 2011年5月16日(月)

成育医療センターからいらしたK先生と,午後の予定帝王切開に入りました.術者の立ち位置が反対だったり,器械の名前が全然違ったり,いろいろと最初は戸惑うことが多いようでした.

明日は5時30分発の電車に乗って,2回乗り換えて気仙沼入りです.たいへんですがよろしくお願いいたします.

K先生

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「妊娠と放射線」カウンセリング体制の構築を訴える - 2011年5月17日(火)

医師のための専門情報サイト MTPro(2011年5月16日)に「現在の被ばくレベルで中絶する必要ない」日本産婦人科医会という記事がでています.

日本産婦人科医会副幹事長の塚原優己氏が,5月11日に東京で記者会見を行って,放射能汚染に対する基礎知識と現実的対応を報告し,「現在の被ばくレベルでは中絶する必要はない」と訴えた.また同医会副会長の今村定臣氏が,現在の状況を「神経質になりすぎている」と苦言を呈したという内容です.

わたしもおふたりの発言にまったく同感です.まったく同感ですが,しかしこの言い方では大事なことが抜け落ちてしまうかも知れないという不安も感じました.

妊婦の被曝リスクについてマイナスのイメージだけを強調したり,不安を高めることはもちろん避けるのは大事なことです.しかしこのリスクは確率的なものであり,確定的なことが言えない場合,遺伝カウンセリングにおいては個人的な断定はなるべく控え,特に安易な保証を与えるような態度は決してとってはいけないという大事な原則があります.とにかく相手に安心を与えようとして過剰に楽観的な態度を取ると,それが妊婦の不安をとってあげようという気持の表現であっても,相手にとっては自分の不安を理解されていないと感じさせることにもなりかねません.

気をつけなければならないのは,出産を選択した妊婦から生まれた子どもが,将来がんになることは当然起きてきます.もちろんがんの原因が放射線被曝によると断定することはほとんどの場合ではできませんし,そのリスクを受けれたうえで出産を選択したはずです.もしご夫婦がそのために出産を後悔し,そのために不幸だったと考えるようでしたら,出産の覚悟が不十分だったといわざるを得ません.

このことは「妊娠と放射線カウンセリング」において,充分に強調して伝えておかなければならないことです.ただ単純に「安全だ」とか「神経質になり過ぎだ」,「中絶の理由にならない」と説明するだけでは足りないだろうと思います.

「MTPro記事「現在の被ばくレベルで中絶する必要ない」を読んでの個人的雑感」をHP内にアップしました.やや長い文章ですが,お読みになっての感想をいただければ幸いです.

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きのうの「雑感」がわかりにくい……- 2011年5月18日(水)

昨日書いた「MTPro記事「現在の被ばくレベルで中絶する必要ない」を読んでの個人的雑感」は,結局のところ何が言いたいのかさっぱりわからない・・・・・・・・とのお叱りをいただいた,というよりは自己批判の話です.わたし自身も,考えがあるところまでいくと堂々めぐりするのを自覚しており,何とか突破口を見つけられないかということで,とりあえず文章の形にしたものです.

ここではもう少しだけ言い方をかえてみます.

小児がんの発生リスクが1.4/10mSvですから,20mSvの被曝では2倍近くになります.しかしまさにその子の小児がんの発症率は0.2%から0.4%となるくらいのものだと考えると,その程度のリスクは妊娠中絶を正当化する理由にならない,には多くの人が納得するでしょう.「がんの生涯発症率は50%をこえるのだから」という言い方はレトリックに過ぎませんが,意外に説得力があります.

しかしだからと言って,20mSvは許容範囲だとか,ましてや「安全だ」,「神経質になり過ぎだ」ということにはならないのではないでしょうか? 放射線の被曝リスクについてわたしは知識がほとんどないため,少しだけ勉強のしたことがある「妊娠と薬」問題にたとえて考えてみます.

たとえば「ワーファリン」という薬は,妊娠初期の催奇形性も妊娠中期の有害作用も証明されています.それではワーファリンを継続して内服していた女性が,ある日妊娠に気がついて相談に来た場合はどうするでしょうか? 一般には,胎芽への催奇形リスクが予想されるが,その程度はあまり高くなく,「中絶の理由にはならない」という言い方をします.ただしワーファリンは即中止して,相対的に安全な他の薬剤に変更することになるでしょう.

ワーファリンの妊娠中の内服は禁忌(カテゴリーD)とされているので,妊婦さんの不安には当然のことですし,その不安に対してカウンセリングを行って積極的に取り除いてあげることは当然のことです.

被曝リスクについてもまったく同様ではないでしょうか? 20mSvの被曝はリスクを多少増やすが中絶の理由にはならない,しかし20mSvは許容範囲でも安全でもなく,わかった時点ですぐにそれ以上の被曝がないような対策を取らなくてはならない,妊婦さんの不安には正当な根拠があり,われわれは積極的にカウンセリングにつとめなければならない,というわけです.

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ドナルドと仲良し - 2011年5月19日(木)

今日は夕方のあいた時間に,産科のみんなでマクドナルドハウスに見学に行きました.K先生が夜仙台に帰ってこられて,そのまま病棟の飲み会に合流しました.気仙沼の3日間,お疲れさまでした.

みんな一緒に

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双胎間輸血症候群に対する胎児鏡下レーザー手術 - 2011年5月20日(金)

朝7時に秋田から電話がかかってきて,妊娠21週双胎間輸血症候群の受け入れの依頼がありました.すぐにヘリコプターで母体搬送を行い,10時20分に当院のヘリポートに到着しました.

超音波検査で胎児手術の適応を確認し,ご夫婦に説明,同意をいただきました.14時15分手術室入室,胎児鏡下レーザー手術を施行しました.吻合血管10本余りを凝固し,羊水を2200ml除去して終了しました.術前の頚管長が20mmと短かったため,術後の陣痛のコントロールが心配です.明朝までに落ち着いてくれるといいのですが.

震災後,初めての胎児鏡下レーザー手術でした.搬送元のH総合病院は,岩手県北上市から車で40分くらいの秋田県内にあります.搬送に同行したH総合病院のH先生にお聞きしたのですが,今回の震災に関連して,岩手県内から3人くらいの妊婦さんを受け入れたそうです.

ヘリが到着し妊婦さんを搬入したところ.K先生の写真をお借りしました

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とりあえずは落ち着いているよう - 2011年5月21日(土)

朝9時に超音波検査施行し,両児の心拍確認,膀胱が充満しているのも見えました.受血児に軽度の浮腫が認められますが,一応想定内の所見です.とりあえず経過は良好です.子宮収縮剤の硫酸マグネシウムの副作用が強いためリトドリンに変更しました.

K先生は11時の新幹線で帰られた模様.無事に東京に着いたでしょうか?

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S先生と荒浜へ - 2011年5月22日(日)

成育医療センターのK先生と交代で,本日,S先生が仙台にいらっしゃいました.午後の空いている時間に荒浜の方にご案内いたしました.

大震災が発生した3月11日の夜,「仙台市若林区荒浜で200〜300人の遺体が見つかった」という衝撃的なニュースが全国を駆け巡りましたが,その荒浜です.仙台の人間にとっても,何かきっかけがなければなかなか足を踏み入れ難い地域のひとつです.

県道塩釜亘理線を車で走りましたが,その左右は瓦礫だけで何もない空間が広がっていました.水田地帯と住宅地などが混在していはずですが,どこがどうだったのか今はまったくわかりません.津波から2か月以上たった今も,まったくの荒廃した土地のままになっています.

県道からみる東側の光景.わずかに残った防潮林の松が遠くにみえる

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松村栄恵先生の来仙と講演会 - 2011年5月23日(月)

バングラデシュのLAMB病院で産婦人科医として働いている松村栄恵先生が,一時帰国の間に一度被災地のお手伝いをしたいとのことで,仙台にいらっしゃいました.明朝,気仙沼市立病院に行って,数日間のボランティア支援をされる予定です.

お忙しいところ特にお願いして,当院で「バングラデシュでの産科医療」と題した講演をしていただきました.LAMB病院産婦人科では,医師10人,助産師14人で,分娩数が月330件!の激務だそうです.妊婦健診率が低いため飛び込み分娩が多く,また医療機関の質のバラツキが大きいこと,違法中絶が多いことなどを問題として挙げられていました.

講演の中で解説された"VVF",膀胱腟瘻(Vesico Vaginal Fistura)の問題がみなの関心を呼びました.VVFは「産科フィスチュラ(Obstetric Fistula)」とも言われますが,長期にわたる難産を経験した女性に見られる症状です.長時間にわたり胎児の頭部が骨盤内器官の軟組織を圧迫し,組織が損傷を受けて膀胱と腟の間,あるいは直腸と腟の間に瘻孔ができる.その結果,尿や便が膣に断続的に漏れ,それを抑えることができなくなるものです.

この症状は通常,産科医療にアクセスできないようなところでみられるものです.QOLの低下,村や家族からの孤立が生じ,離婚率は80%に上るといわれています.WHOはVVFで苦しむ女性がアジア,アフリカを中心に200万人いると推定しており,その対策は急務のようです.

VVFについてのドキュメンタリー"A walk to beautiful"がYoutubeでダウンロード可能です.ぜひともご覧くださいとのことでした.

講演中の松村栄恵先生

講演会後の食事会(茶々にて)

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毎朝のミーティング - 2011年5月25日(水)

当科では毎朝45分間のミーティングと勉強会を行っています.臨床遺伝と出生前診断を専門とするS先生より,月曜日と水曜日の2回にわたって講義をしていただきました.

特に今朝はFetal Medicine Foundationの基準に沿ったNTの計測や鼻骨の描出,顔面角の計測,ドプラ血流の出し方などを詳しくお聞きしました.

S先生の講義

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原発事故のことを考えるたびに暗澹たる気持にならざるを得ない - 2011年5月26日(木)

政府決定の避難地域の被曝基準である20ミリシーベルト/年間は,ICRPの2007年勧告「居住可能の判断は1から20ミリシーベルトの範囲で行い,状況に応じて少しでも少なくするよう努力せよ」に基づいています.

20ミリの判定の基となる屋外線量2.2マイクロシーベルト/時間は屋外の被爆線量であり,普通に生活している場合は住民の被曝量は実質的には半分から1/10以下になります.またこの屋外線量は経年的にどんどん下がって行くはずです.少なくとも半年後にはヨウ素131の線量は1/100万以下に下がりますので,今後1年くらいこの基準で対応していき,状況をみながら対応を決めていく方法はICRP勧告からみてリーズナブルなものです.

わたし自身は基準を10ミリシーベルト以下にすべきだと思っています.ICRPから先日緊急に出された2011年勧告では,2007年勧告の基本精神に基づきながら,言いまわしが微妙に変わっています.すなわち「1〜20mSvの範囲の下方部分から選定すべきである.過去の経験から,長期の事故後状況における最適化プロセスを制約するために用いられる代表的な値は1mSv/年である」.

医療被曝と違って原発事故による被曝には何のメリットもないわけですから,被曝線量に許容量も何もあり得ません.ゼロに近ければ近いほど望ましいわけです.理想的な1mSv/年に抑えようとすれば,しかし福島県全域からすべての人間が避難しなければいけないでしょう.福島の人間にも自分たちの生活があります.被曝基準をどんどん下げていき,福島県を廃墟にするわけにはいきません.

現実的な対応としては,ICRPの2011年勧告「状況を漸進的に改善するために中間的な参考レベルを採用する」を受けれて10mSvとすべきです.もし10mSvを基準とすると,避難地域は今の2倍程度の面積になるようです.

もちろんここでわたしは今の政府の基本的姿勢を擁護しているわけでは決してありません.しかしながら時点での状況はほかにどうにも仕方がないことだと諦観しています.

こういった不条理な状況にわたしは心底怒っています.東電に対してというよりも,原発そのものの存在について,そして大消費地の社会が過疎地に金の力でリスクをすべて押しつけ,その結果深刻な被害をもたらすこの社会の構造そのものについてです.

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東京へ - 2011年5月27日(金)

日本超音波医学会と日産婦周産期委員会に出席のために東京に来ました.震災後はじめて宮城県外に出たことになります.

本日は午前中から周産期委員会の会議が夕方までありました.全国から来た多くの先生方からお声をかけいていただきました.もちろん当院はまったく問題ありませんが,被災地である沿岸部の産婦人科医療はこれからが正念場ですので,これまでの多くのご厚意に感謝しつつ,今後の継続した支援のお願いをいたしました.

周産期医療のさまざまな課題についてそれぞれの小委員会に分かれて討議したのち,全体会で報告と質疑応答をしました.特に注目されたのが,福島医大の藤森教授のご報告でした.マスコミでも報道されていましたが,福島県が200万人の県民全員を対象に健康調査を実施し,数十年単位の長期間にわたって放射線被曝の影響を調べることを決めたそうです.

全県民に問診票を配布し,事故発生後にどこで何をしていたかや健康状態を記入してもらい県が回収します.その中で原発事故のときに妊娠していた女性については,福島医大産婦人科が中心となって追跡調査を行います.空気中の放射線量からひとりひとりの積算放射線量を推定し,妊娠分娩や出生児にどのような影響があるかを調べていくそうです.

非常に意義のある調査だと思います.世界中が日本を,福島を注目しています.得られたデータは人類共有の貴重な財産になるでしょう........しかしはたして「調査」だけでいいのかわだかまりが残ります.

事故による被曝は現在進行形であり,事故の時点で妊娠していた女性の多くはいまだ妊娠継続中です.質の高い調査を目指すのではなく,何らかの医学的介入,行政的介入が求められているのではないでしょうか? 完璧なエビデンスがなくても,今わかるデータに基づいた対応とカウンセリングが必要ではないでしょうか?

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S先生,ありがとうございました - 2011年5月28日(土)

1週間のお手伝いごくろうさまでした.特に先生のご専門である妊娠初期の胎児スクリーニングについて学ぶことが多かったです.

Facebookでは無事に東京に戻られたご様子,学会出張のために直接お別れをすることができませんでしたが,本当にありがとうございました.

S先生

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日本超音波医学会最終日 - 2011年5月29日(日)

風邪引いちった.咳がひどい.夕方,仙台に戻りました.

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カウンタ 3223 (2011年8月1日より)