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欧州でのリトドリンの使用制限をうけて

欧州でのリトドリンの使用制限をうけて

                                    (室月 淳 2015年2月7日)

リトドリンの副作用多発の報告を受けて,2013年10月にヨーロッパ医薬品局(EMA)がリトドリンの経口剤の承認取り消しと注射剤の使用制限を決定したというニュースは,われわれの記憶に新しいところです.

 

医薬品安全性情報におけるEMAの勧告

医薬品安全性情報Vol.11 No.21(2013/10/10)

上記の医薬品安全性情報によると,EMAのファーマコビジランス・リスク評価委員会(PRAC)は,早産防止や過度の分娩収縮の抑制などの産科適応において,経口剤の短時間作用型β刺激薬を今後使用すべきではないと勧告しました.注射剤については,特定の状況下で短時間(基本的に48時間以内)での使用制限がなされました.

短時間作用型β刺激薬は,平滑筋を弛緩させます.短時間作用型β刺激薬の高用量での使用には,心血管系副作用のリスクが伴うことが知られています.頻脈やその他の不整脈のようなよくみられる問題から,肺水腫のような重篤な事象までさまざまな副作用があります.産科適応で使用されるこれらの医薬品の添付文書には,従来から安全性警告が記載されており,心血管疾患の既往またはリスクのある患者にはこれらの医薬品を使用してはならないことになっています.

短時間作用型β刺激薬を,早産防止薬として特に長時間(48時間以上)使用した場合の心血管リスクとベネフィットのバランスに関して,PRACにおいて懸念が提起されました.短時間作用型β刺激薬を産科適応で使用した場合,母親,胎児ともに重篤な心血管系副作用のリスクがあると結論しました.またデータは,これらのリスクの多くが長時間使用で生じることを示唆していました.

産科適応での経口剤および坐剤の使用については,心血管リスクがあることと,早産防止薬として短時間または長時間使用した場合のベネフィットを支持するデータが非常に少ないことから,リスクがベネフィットを上回るとPRACは結論し,今後,産科適応で経口剤および坐剤は使用すべきではないと勧告したというわけです.

2013年のEMAの決定により,ヨーロッパではリトドリンの経口剤は使用できなくなり,また点滴についても「妊娠22週から37週までのあいだの最大48時間までの投与」が徹底されることになりました.もともと北米ではリトドリンは使われておらず,日本と同じようにリトドリンを使用していたヨーロッパではきびしい使用制限がなされることになったわけです.

 

国内メーカーの対応

この事態を受けて、国内でも医薬品医療機器総合機構(PMDA)がメーカーのA薬品に検討を要請しておりましたが、このたびそのことに関するA薬品の見解が文書でだされました。その内容がやや問題あるものなので,ここに紹介したいと思います.

欧州における短時間作用型β刺激剤に対する措置および日本におけるウテメリン(注、錠)の有効性、安全性について

この文書の13ページのところにまとめがあり,そこでの結論として以下のようにあります.

「日本において,注射剤は承認申請時の臨床試験や市販後に実施した使用成績調査等から,48時間より長い投与期間で,適応疾患に対する有効性が確認されている」

「日本において,経口剤は(中略),同用法の臨床試験や使用成績調査等から,適応疾患に対する有効性が確認されている」

「なお,安全性面につきましては,(中略) 添付文書に基づいた適正使用を何卒宜しくお願い申し上げます」

ウテメリンの臨床試験が行われたのは1980年代前半のことです.当時の明らかに質の高くない治験データをいまさらのごとく持ち出してきて,コクランでも否定されたリトドリンの48時間をこえる妊娠延長効果や内服薬の有効性の根拠とするのは,やや非常識なような気がします.また最後の一文は,多発しているリトドリンの副作用は,あたかも医師の不適正使用に原因があるかのように読めるもので,到底容認できるものではありません.

この文書に書いているような探索的な情報で分かることは,もしかすると有効かも知れないということだけです.しかもそれにしてもあまりに古いものであり、手持ちのデータがないのはしかたがありませんが,それにしてもよくこんな表現の書類を2014年に配ったものだと逆に感心してしまいます.

なぜA社は,リトドリンの有効性についてのさまざまな疑念をはらすために,改めて臨床試験を組んだり,本格的な副作用調査を自ら行おうとしないのでしょうか.この文書の内容をそのまま認めたPMDAもPMDAだとは思いますが,ほかに代替薬がない切迫早産だからこそ,おそらく苦渋の選択だったろうと想像します.

 

医薬品の有用性の再評価

医薬品は世に出てから時間が経てば経つほど,そのポジショニングは変わってきますので,そのときどきの医療環境においてクリニカルクエスチョンにそった有用性の再評価がなされてしかるべきです.そしてその再評価は,医薬品を作って売っている製造販売企業が責任を持ってやるべきなのは当然です.時代の必要性を鑑みて既存の治療法を再検証することに関しては,もちろん医師にも責任があります.医療上の必要性にそった問題提起をおこない,仮説を立てて臨床研究を実施するのが医師の役割といえます.再評価のスキームを整備するとか研究費とかで支援するのが行政の位置づけなのでしょう.

リトドリンの場合,いま必要なのは有用性の再評価だと思います.なぜならば,販売後の安全監視だけはこれまで薬事法下でされてきています.安全性調査をおこなえば,承認取り消しをされた海外では,日本より投与量が多かったらより危険なのであった,日本の医療レベルで普通に使えばそこそこ安全だが,ときに有害事象が発症する,というこれまでさんざんなされてきた情報が再度集まるのみでしょう.

日本における切迫早産の標準治療は,リトドリンの長期間持続静注と安静臥床ですが,これに問題が多そうなのはもはや周知になっています.いま本当に必要な情報は,いま現在の医療水準でのリトドリンのベネフィットがどれぐらいあるか,リスクとベネフィットのバランスはどうかという「検証的な」評価です.切迫早産治療がどうあるべきか,今後はそれを考えていかなければならないでしょう.

 

  • 本文章の何か所において愛和病院・村上真紀先生にご教示を受けました.記して感謝申し上げます.

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カウンタ 27943(2015年2月7日より)