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塩酸リトドリン48時間投与による切迫早産の管理

塩酸リトドリン48時間投与(short tocolysis)による切迫早産の管理

                                 (室月 淳 2018年7月15日)

 はじめに

切迫早産にたいして入院臥床による長期安静と塩酸リトドリンの低用量持続投与をおこなうのがわが国における一般的な管理法である.そのために周産期センターの産科ベッドは多くの切迫早産患者で占められている.当院は地域母子総合周産期センターであり,切迫早産妊婦のほとんどは他病院からの母体搬送として紹介されてきて,産科病棟のベッドを長いあいだ占有する状況であった.

塩酸リトドリン持続点滴の妊娠延長効果は48時間までとされており(1),日本独特の低用量での長期持続投与にはエビデンスがないのは周知のとおりである.そこで数年前に当院では,切迫早産の管理をエビデンスにもとづいたグローバルスタンダードに近づけるために,塩酸リトドリンの点滴を最大48時間までの投与,いわゆるshort tocolysisに統一することにした.本研究はあたらしい切迫早産管理によって,早産率や妊娠延長期間,入院日数がどのようにかわったかをレトロスペクティブに検討することを目的とした.

 対象と方法

当科における切迫早産管理プロトコールは,それまでの一般的な塩酸リトドリン長期持続投与から,2016年10月より48時間投与(short tocolysis)に変更した.すなわち切迫早産妊婦が母体搬送されると同時に,塩酸リトドリン持続投与量を前医の半量に下げ,その後48時間投与をして終了とする.そのあいだに母体にベータメタゾン24mgを24時間おいて2回筋注した.塩酸リトドリン終了後に子宮収縮が消失した症例のなかで,子宮頚管長が短縮(25mm未満)している症例にたいしては早産予防用ペッサリー(Dr. Arabin Pessary)を子宮頚管に装着し,外来管理とした.当科における新しい切迫早産プロトコールを図1に示す.

図1. 当科における切迫早産プロトコール

2016年10月〜2017年9月の塩酸リトドリン48時間投与のshort tocolysis群 25例を対象とし(図2),それ以前の2015年1月〜2016年9月までの塩酸リトドリン長期投与群 25例をコントロールとして,レトロスペクティブに2群を比較検討した.すべて切迫早産として他院から当院に母体搬送された症例であった.切迫早産は〃朶苗 25mm以下または子宮口2〜4cm,⇒痛性子宮収縮が30分に4回以上,の両方をみたすときと定義した.常位胎盤早期剥離,前置胎盤,子宮内感染,多胎,前期破水は対象から除外した.統計解析はt検定,Fisherの正確度検定を用い,P<0.05を有意とした.

図2. 長期持続投与群と48時間投与群

 結 果

Short tocolysis群25例と長期投与群25例の背景を表1にまとめた.両群の妊婦の年齢,初産経産の比率,母体搬送(入院時)妊娠週数,入院時子宮頚管長に有意差を認めなかった.この両群の治療法の成績を比較したところ(short tocolysis群 対 長期投与群),平均分娩週数は36.0週対35.7週(p=0.78),34週未満の早産率は4/25(16%)対6/25(24%)(p=0.36)と有意差を認めず,切迫早産管理のための入院日数は15日 対41日(p=0.001)とshort tocolysis群で有意に短くなった(表2).Short tocolysisで早産にいたったのは常位胎盤早期剥離1例,病理学的に絨毛膜羊膜炎の3例であった.

表1. 長期持続投与群と48時間投与群の背景

表2. 長期持続投与群と48時間投与群の妊娠帰結

 考察

これまでのわが国における切迫早産の治療は,早発陣痛がアクティブではない症例も含めて,既存の治療薬を長期間にわたり漫然と投与することが多く,エビデンスを軽視した過剰医療の傾向にあった.そこで当科では,エビデンスにもとづいた欧米式の切迫早産管理を2016年10月から採用し,塩酸リトドリンを48時間で終了し,そのあいだに母体にステロイド投与をおこなうプロトコールとした.それまでおこなわれていた塩酸リトドリンの低用量長期持続投与をおこなった群と比較したところ,早産率や平均分娩週数にはかわりがなく,むしろ入院日数が大幅に減少するという結果を得た.

Short tocolysisに移行して得られた副次的な効果として,胎児の肺成熟のための母体ステロイド投与のタイミングを逸しないようになったこと,前医で長期にわたっておこなわれてきた点滴をはずすことによって妊婦のQOLが向上したこと(主観的にも好ましい影響があったこと),多くの症例が外来管理に移行できたことにより,産科病棟のベッドコントロールがきわめて容易になったということがあった.

切迫早産の治療薬である塩酸リトドリンをはじめとしたベータ受容体刺激剤の有効性については,2014年のコクランレビュー(1)でくわしく検討されている.ベータ受容体刺激剤とプラシーボを比較した12のRCT(1,367症例)がシステマティックレビューされた結果,投与開始後48時間以内では早産の有意な抑制(RR=0.68, 95%CI 0.53-0.88)を認めるが,7日以内の早産予防には有効性を認めなかったという結果であった.また両者のあいだで児の周産期死亡やRDS発症率について差がないのにたいし,母体の副作用は有意に増加していた.すなわちベータ受容体刺激剤は,三次施設への母体搬送やステロイド投与の時間をつくるだけの妊娠延長効果はあるかもしれないが,複数の重篤な副作用を考慮にいれると,その使用を推奨するデータはあまりない(too few to support the use)との結論であった.

アメリカ産婦人科学会(ACOG)の切迫早産管理の最新ガイドライン(2)においても,レベルAで推奨されているのは,ステロイド投与(7日以内)による児の予後改善,妊娠32週未満でのマグネシウムの胎児脳保護作用,β刺激剤・Caブロッカー・NSAIDsの48時間までの妊娠延長効果などであり,48時間以上の維持療法には妊娠延長・予後とも有意差なく推奨できないとあるのはコクランレビューとまったく同様である.

また塩酸リトドリンにはさまざまな副作用があることが知られている.欧米ではその副作用として容量依存性で出現する頻脈,心不全などの報告が多いが,国内でよく知られているのは肺水腫,肝機能障害,横紋筋融解,顆粒球減少といったいわゆる慢性期副作用といわれるものが主である.これはあきらかに国内では塩酸リトドリンが低用量でありながら長期にわたって持続で使用されているためと考えられる.ヨーロッパ医療局(EMA)の2013年の勧告(3)では,48時間以上のリトドリン投与はその副作用のために禁忌とされている.北米ではすでに塩酸リトドリンの承認はその副作用の多さのために取り消され,ヨーロッパでも48時間以内に投与をきびしく制限されていて,近年はあまり使用されなくなっている.また経口剤については有効性なしということで欧米ではいっさい使われていない.

日本の産婦人科診療ガイドライン産科編2017(4)においてすら,「(リトドリンを)急性期を経て48時間以上投与継続する場合には,減量・中止の可否も検討したうえで選択される」とされている.この記述はシステマティックレビューによるエビデンスにもとづいた方針を基本としながら,同時に国内の事情をある程度斟酌したものだろう.すなわち,たとえエビデンスがなく有効性にとぼしいものであっても,国内でひろくおこなわれている治療法については,医療現場に混乱をきたさないようにけっして頭ごなしに否定せず,その問題点を指摘しながら,なんどかの改定をとおしてエビデンスにもとづいた治療法にすこしずつ移行していくよう配慮した記述と推察できる.実際に以下のような文章が上記の勧告のあとに続いている.「(わが国では)長期投与は広く行われている治療法であることから,副作用の発症に注意しながら,長期投与を行うことは選択肢のひとつである.しかし,今後は,わが国において長期投与の有効性を証明する必要がある」 .

塩酸リトドリンが薬事承認され国内で販売されるようになったのは1986年である.そのときから国内では塩酸リトドリンの低用量長期持続投与がなされており,すでに30年以上の歴史がある.エビデンスがない,48時間のshort tocolysisでも予後に差はないといわれても,これまでのルーティンはなかなか急にかえることはむずかしいだろう.しかし切迫早産妊婦のことを第一に考えれば,やはりshort tocolysisがいいことはまちがいない.切迫早産管理をshort tocolysisにかえていくためには,新生児科医や病棟スタッフの理解と協力がいちばんのポイントとなるだろう.その点を意識して進める必要がある(図3).

図3. 結果のまとめ

 結 論

これまでのわが国における切迫早産の治療は,早発陣痛がアクティブではない症例も含めて,既存の治療薬を長期間にわたり漫然と投与することが多く,エビデンスを軽視した過剰医療の傾向にあったともいえる.子宮収縮抑制にたいして安全な代替薬(たとえば欧米で使われているオキシトシン受容体拮抗剤であるアトシバンなど)があれば,それによるトコライシスが考慮されるところだが,残念ながら本邦ではいまだ未承認の状態である.そこでエビデンスがあり,欧米でもおこなわれている塩酸リトドリンのshort tocolysisに国内でもきりかえていくべきだろう.Short tocolysisにより,従来の切迫早産妊婦の長期入院臥床を減らし積極的に外来管理に移行することが可能であり,周産期母子医療センターのベッドをさらに有効に活用できるようになるだろう.

 文 献

  • (1) Neilson JP, West HM, Dowswell T; Betamimetics for inhibiting preterm labour. Cochrane Database Syst Rev. 2014;(2):CD004352.
  • (2) American College of Obstetricians and Gynecologists’ Committee on Practice Bulletins-Obstetrics; Practice Bulletin No. 171: Management of Preterm Labor. Obstet Gynecol. 2016;128:e155-164.
  • (3) Scientific conclusions and grounds for revocation or variation as applicable to the terms of the marketing authorizations and detailed explanation for the differences from the PRAC recommendation. http://www.ema.europa.eu/docs/en_GB/document_library/Referrals_document/Short-acting_beta-agonists/Position_provided_by_CMDh/WC500153980.pdf (accessed on July 1, 2018).
  • (4) 日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会編:産婦人科診療ガイドライン産科編2017,pp152〜157,日本産科婦人科学会,東京,2017

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