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第44回学術集会報告

第44回日本母体胎児医学会学術集会報告

 第44回日本母体胎児医学会学術集会をふりかえって

 第44回日本母体胎児医学会学術集会は9月2-4日の3日間仙台でおこなわれました.開催日数が例年より1日多かったのは,初日の9月2日(金)はふたつのジョイント企画,すなわち胎児骨系統疾患フォーラム共催の「骨系統疾患画像読影講習会」と,日本母体胎児医学会共催「第11回産婦人科超音波セミナー」がおこなわれたためでした.全体の参加登録者は400名をこえ,例年を上まわる盛況でした.多くのひとにご協力をお願いし,多くのひとから助けていただきました.なかには無茶ぶりもありましたが,それでもみんなが快く協力してくださったことには,どんなに感謝のことばを連ねても感謝しきれません.

今回はいわゆる特別講演や教育講演といったようないわゆる「学会」らしい企画はなく,パネルディスカッション形式の6つのディベートと一般演題が中心にプログラムがつくられました.わたしも最初企画を考えたときは,有名な先生がたを招いて特別講演みたいなものをやってみようかと思いましたが,結局このパンデミックのご時世で頓挫してしまいました.そこで前からやってみたかったディベートプログラムですが,テーマを6つにしたら,それだけで2日間のメイン会場が埋まってしまいました.結果的にですが3日間のプログラムは若手中堅が中心となり,どれも非常に活気あるものになりました.結果的にそれがよかったと思っています.

本学会の前身は周知のとおり「日本産科婦人科ME懇話会」であり,当時鳥取大教授であった前田一雄先生が1978年に開催されたのが第一回になります.ちょうど産科臨床に胎児心拍数モニター(分娩監視装置)と超音波断層装置が取りいれられ,周産期医療が劇的に進歩したころです.懇話会のテーマもおもにこのふたつが中心でした.自由な発言と時間にしばられない徹底した議論を重視し,旅館にみなで泊まりこんで深夜2時まで討論を続けたエピソードはいまも有名です.日本母体胎児医学会と名前がかわって,いまにいたるまでその伝統をひきついてきています.

今回の学術集会もそのポリシーをひきついて,とにかくみなで徹底して議論をすることにこだわりました.スーツ,ネクタイ禁止というのもやはり従来の方針をひきついただものです.しかし学術集会でとりあげるテーマは,従来のCTGや超音波などのME中心から,ゲノムなど遺伝子医療のほうにおおきく広げました.われわれの周産期領域においてゲノム医療の占める位置が大きくなり,今後もさらにその方向で発展する予想されるからです.本学会のモデルととなっている米国母体胎児医学会(SMFM)も,近年ではゲノム医療をあつかうことが多くなっています.

ディベートプログラムの演者は若手〜中堅とし,座長は比較的ベテランの先生がたを配することにいたしました.企画でいちばん苦労したことは,是とする立場,非とする立場のそれぞれで,きちんとした主張をしてくださる演者をさがすことでした.そのほかにもいくつかのテーマの候補がありましたが,適任者がみつからず断念したものもあります.海外の学会ではディベート形式でのシンポをしばしば見かけ,非常に聴きごたえがあって勉強にもなったので,これをぜひ国内でもやりたいと思ったものでした.

もちろんこれらの議論でなんらかの結論をだしたり,妥協点を見いだそうとするつもりはまったくありませんでした.そうではなく多くのひと,とくに若手の先生がたに,産科臨床にはどういった根本的問題が存在しているのかを認識してもらいたかったからです.現代は,すべてに正解があると信じられている時代だと思います.すべてに正解があるということは,言ってみればすべてがマニュアル化されているということでもあります.医療のすべてに関して「正解」ないしは「正解と思えるもの」がすでに存在している,という感覚はレジデントや専攻医には共通してみられるように思えます.ディベートをとおして,臨床には多くの問題が残っていて,まだまだ未解決なものが多いことを実感していただけたでしょうか.以下,6つのディベートプログラムに寸評を加えます.

 

1. 胎児心拍数モニタリングの5段階評価は是か非か?

胎児心拍数モニタリングの5段階評価,より正確にいえば「心拍数波形のレベル分類に基づく分娩時胎児管理指針」は2008年の日産婦周産期委員会の報告が最初です.これは正式には"Five-tiers color-coded system"といって,もともと米国の有名な産科医であるJulian Parerが提唱したものです.従来の胎児心拍数モニタリングで判定されるいわゆるNRFSは偽陽性が多く過剰診断になりがちのため,心拍数波形の所見を細かく5段階に定義し,より適切な評価基準をつくろうとしたものでした.ただしこの評価法はあまりにも複雑で臨床的でないという理由で,米国産婦人科学会や米国母体胎児医学会からは議論の末に不採用になっています.

5段階評価法の趣旨は明確であり,分娩時の胎児管理指針としてもクリアなのですが,いかんせんエビデンスに欠けています.日本以外で5段階評価をとりいれている国はありません.この指針によって児の周産期予後,とくに神経学的な長期予後がどの程度改善するかなどが会場では議論されました.分類が複雑なので臨床上の有用性が乏しいという意見がだされた一方,助産師などへの教育に適切であるとの声もありました.会場からの投票では,5段階評価を是とする割合が議論前の54%から議論後の33%まで低下し,最終的に参加者の過半が5段階評価に疑問をもったことが印象的でした.

2. 切迫早産にたいするリトドリンの長期持続投与は是か非か?

塩酸リトドリンの長期持続投与は,切迫早産の治療法として1986年の薬事承認後に国内で広くおこなわれてきた治療法です.しかし塩酸リトドリンによるトコライシスは,エビデンス的には48時間程度の妊娠延長効果が認められるにすぎないため,母体へのステロイド投与や高次周産期センターへ搬送するための時間稼ぎのために用いられるのがふつうです.そもそも北米では塩酸リトドリンはすでに製造中止になっており,ヨーロッパでは母体への副作用のリスクのために48時間以上の使用は「禁忌」とされています.

発表では各施設でのデータが発表され,そのうえでコクランシステマティックレビューでの「β刺激剤は48時間までの妊娠延長効果を認めるが,早産率も出生児の予後はかわらない」の意味について議論されました.日本でいわれる「切迫早産」の概念は幅広く,そのなかには長期のトコライシスによって妊娠が延長し,児の予後が改善する群も存在するのではないかという示唆もだされました.参加者の投票では,長期投与を非とする割合が議論前後で51%から67%まで増加していました.

3. 妊産婦への漢方薬の投与は是か非か?

漢方薬の有効性については少数の熱心な推奨者がいる一方,多数のひとたちは強い確信をもてないまま,推奨される処方をjust in caseで臨床に使用している現状です.ディベートではあくまでもエビデンスにもとづいて,推奨する立場,批判的な立場からふたりずつの演者に発表とディベートをお願いいたしました.エビデンスの面からいうと,国内ではかなりおおくの知見が集積されています.しかし世界中のRCT論文を集めてメタアナリシスをおこなってみても,残念ながらいまのところ明確に有効性を示した(日本)漢方の薬はいまだないようです.

現在,国内で薬価基準に収載されている漢方薬は,新薬の承認・審査の際に求められる臨床試験はおこなわれておらず,1976年に42処方,60品目が政治的に一括承認されたこと.とくにいちばん最初におこなわれるin vitroでの変異原性試験,染色体毒性試験といった基本的データもかけているため,妊婦や胎児への安全性も厳密には不明であることなどが指摘されました.そういった議論の経過も影響したのか,ディベート前の最初は80%のひとが妊婦への漢方薬投与を支持しましたが,議論後はその割合が56%まで下がりました.

4. 妊娠糖尿病の現行の診断基準は是が非か?

エビデンスをもとづいたディベートをおこなうには,このテーマはやや特殊だったかもしれません.というのは現行の診断基準は,HAPO studyという大規模な国際的な共同研究のデータによって定められていて,その意味ではまさにエビデンスに則ったものだからです.しかし2015年から改定されたこのあたらしい診断基準ではGDMの頻度は一気に4倍となり,全妊婦の12%がGDMと診断されることになりました.そういった状況にたいして一般の臨床医は常日ごろ疑問を感じることは多かったのです.

GDMの専門家ひとりにたいして,3人の非専門の臨床医が疑問をぶつけるという形で議論は進行しました.はたして一般集団の12%にもおよぶ状態が「病気」といえるのだろうか? HAPO studyには日本人が参加していないので適切ではないのでは? 治療的介入によって予後がかわるのか? 巨大児,肩甲難産,低血糖などを予防するためにインスリン導入までが必要なのか? などです.議論のなかであきらかになったのは,GDMの現行の診断基準を決めるにあたっては糖尿病内科医の関与が大きく,かなり厳密な議論によって決められており,この問題は産科医のなかだけでは結論がでないだろうということです.現行の診断基準に反対するひとは、ディスカッション前の68%から、ディスカッション後の57%に漸減しました.演者となった若手専門家の先生の奮闘が評価されます.

5. 胎児診断のこれからは超音波か?ゲノムか?

これはこれまでの6つのなかでもっとも重いテーマです.正解はもちろん「どちらも重要である」でしょうが,しかしここで議論していただきたいのは,医療全体がおおきくゲノム医療のほうに舵をきりつつある現在,周産期医療としてどのように考えていくべきかということです.40年以上前にこの学会の前身である産婦人科ME懇話会ができたのは,分娩監視装置と超音波診断装置が導入されたことにより当時の周産期医療が劇的に変化しつつあったことが背景にありました.いまは医療にゲノムが導入されて,あらたに別な変化の時代をむかえつつあります.

議論は多岐にわたしましたが,いまの産科医療,とくに出生前診断の中心である超音波診断の未来がどのようになっていくかが中心となりました.産科医は超音波でどこまで見るべきなのか? 詳細な超音波検査(たとえば胎児心や頭部エコーなど)は専門家にまかせるべきか,あるいは超音波専門医やソノグラファーに業務の一部を委任していくべきか? また胎児診断にゲノムを応用化していくとはどういうことか? これからの産科医はゲノムについての素養が必要となることや,産科超音波の役割の変化を考えていくといった広い視野にたって,産科医療をとらえなおす意見などがでてきました.議論前の超音波25%、ゲノム11%、両方64%という結果から、議論後は超音波17%、ゲノム9%、両方74%になりました。両方というのは、すなわち超音波とゲノム診断をうまく組み合わせてという意味だろうと思います。

6. NIPTの認証制度は是か非か?

日産婦のなかで2013年の「新型出生前診断指針」を作成された医師,臨床遺伝専門医で出生前診断の専門クリニックの責任者の医師,それから全国の無認証の施設でのNIPT検査を受託しているベンチャー企業の代表者の3人に演者をお願いしました.NIPTについて新しい指針がだされ,基幹施設,連携施設の認証制度が定められました.しかしこのあたらしい認証制度には問題ないのか? 無認証施設でおこなう検査件数が認証施設のそれを圧倒的に上回っている現在,はたしてどこまで実効性があるのか? 次世代の出生前診断が実用化されている今日,出生前診断の今後はどうなるべきか? などが議論の焦点となりました.

とくに注目されたのは無認証施設の検査をあつかっている企業の代表者の発表です.無認証施設の関係者がこういった公的な場にでて,発表や議論に参加するのははじめてのことでした.会場の臨床遺伝専門医の先生などからは,生命倫理の観点からかなりきびしい批判もあびせられました.全体の議論なかで,従来の施設認証基準(専門医がいること,分娩取扱い施設であること,小児科常勤医がいることなど)の限界があぶりだされ,今後とも基本線として維持すべきという主張と,臨床遺伝を専門とした医師がいてきちんと出生前診断ができるところにはNIPTを認めてほしいという主張,妊婦さんの自己決定権を保証しNIPTを希望する場合は提供すべきだという主張のみっつが並行しました.会場の意見としては,議論前の必要65%,不必要32%という結果から、議論後は必要30%,不必要64%と逆転しています.

 

 まとめ

新型コロナウイルスのパンデミックの影響で,この2年半というもの学術集会はウェブでおこなわれることがふつうになりました.そういった形式を経験するととくに若手医師を中心に,これからの学術集会はウェブだけでよく,現地に集まることが美学と考えている医師はもう時代遅れであるという意見もでてきております.先日の仙台での本学術集会は現地参加のみでしたが,実はウェブでの配信をしなかったのは単純にお金も人手もなかったためです.それでも来てくれたひとたちはそれなりに議論を楽しんでいただけたのではないかと自負しています.学術集会は情報や知識を得るだけの場ではなく,対面で疑問をぶつけ議論をおこなうことによって,生産的なあたらしいなにものかを生みだすところです.あらためて現地参加の重要性を印象づけたのではと思います.

徹底して議論をたたかわせるのは日本母体胎児医学会ほこるべき伝統です.ウェブ開催という選択肢が生まれたこれからは,いまある多数の学会の淘汰がおこらざるをえないでしょうが,本学会が現地参加による対面での徹底した討論を重視するかぎり,さらなる発展が期待できるものと確信しています.

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