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骨系統疾患の和訳病名について

骨系統疾患の和訳病名について

                                 (室月 淳 2018年5月27日)

2013年4月17日読売朝刊.「タナトフォリック骨異形成症」への病名変更が報じられた.

 1. はじめに

骨系統疾患には数多くの疾患が含まれ,その表現型や原因遺伝子は多様である.これら多くの疾患を整理し分類する目的で,専門家が討議して1971年にはじめて国際分類が発表された(1).その後数年おきに国際分類が改訂され,前回の2010年の国際分類(2)では40グループ456疾患であったのにたいし,今回の2015年版国際分類(3)には42グループ436疾患がおさめられており,2010年版の40グループ456疾患より若干の減少を生じている.新規の疾患が加えられたが,同時に表現型から区別のつかない疾患群を単一グループに集約したために総疾患数は減少したためである.

日本整形外科学会骨系統疾患委員会では1983年版の国際分類から和訳作業をつづけ,そのつど日本整形外科学会誌に公表してきた.2010年版の国際分類からは,日本産科婦人科学会および日本小児科学会からそれぞれ推薦を受けた委員がワーキングループのメンバーに加わり,骨系統疾患の和訳作業に協力することになった.もともと骨系統疾患の診療には整形外科以外にも産科,小児科,放射線科などさまざまな診療科がたずさわっており,それぞれの分野で異なる概念や名称がつかわれることがあった.そこで各分野からの意見を集約し,骨系統疾患の統一した名称を診療や研究に利用していくことを目標としたものである.

わたしは2010年版,2015年版の国際分類和訳ワーキンググループに,日本産科婦人科学会推薦のメンバーとして加わり,和訳についての議論や作業にたずさわる経験を得た.ここで新しい日本語病名が決まった内容とその経緯について報告したい.

 

 2. 産科の立場からみた和訳病名の変更点

作業は以下の基本方針に基づいて行われた.すなわち前回(2010年)分類の和訳方針を確認し,基本的にそれを踏襲していくこと.また直訳を原則とすること,従来の和訳病名を参考とすることなどである.国際分類に新規に追加された疾患名についてはあらたに和訳作業をおこなった.ただし近年の病名呼称の考えかたにそって,malformationを「奇形」ではなく「形態異常」,anomalyを「奇形」ではなく「異常」と訳すことが確認された.

同様に従来の版における骨系統疾患の日本語病名のなかで,産科および新生児科の診療現場において臨床上に問題をおこしたり,医師間あるいは医師患者間でコミュニケーションに齟齬をきたしているものがあることが提起され,ワーキンググループのなかでじゅうぶんな討議をおこなって,病名について適切ないいかえが可能であればそれを正式病名に採用とすることにした.

2010年版でのおもな変更点(4)

産科側から”thanatophoric dysplasia”「致死性骨異形成症」の名称について問題提起をおこなった.「致死性骨異形成症」については,厚生労働省澤井班が2011年に発表した全国調査で1年以上の生存率が3割以上あったほか,20年以上の生存例も判明している.産科医新生児科医や病気の子をもつ両親へのアンケート調査では,診療の現場において病名告知後の両親の児の受容に影響を及ぼす可能性が指摘され,病名変更を求める声が多数よせられていた.たしかに”thanatophoric”は「致死性」という意味をもつが,もともと古代ギリシャ語由来の医学専門語である.欧米では一般には固有名詞のようにとらえられていて,日本語病名のみその原意を厳密に訳されているという現状がある.そこで”thanatophoric dysplasia”の和訳病名が,「致死性骨異形成症」から「タナトフォリック骨異形成症」に変更されることになった.

同様に”asphyxiating thoracic dysplasia”についてこれまで「窒息性胸郭異形成症」と訳されてきたが,この「窒息性」というのが医師や家族にとってかなりきびしい語感を与えることも指摘された.”Asphyxiating”の複数の訳語を検討した結果,ここでは「呼吸不全性胸郭異形成症」という名称が採用されることになった.

2015年版でのおもな変更点(5)

2010年版の和訳作業で”thanatophoric”「致死性」の語が検討されたとき,”hypophosphatasia perinatal lethal type”における”lethal”の訳語についても同様に議論の俎上にあがった.しかし”lethal”という語は国際分類のほかのところにも複数使用されていること,hypophosphatasiaの知見が現在どんどん増えていることから2010年版では保留とし,次回改訂のときに結論をだすことになった.

2015年版がでた時点では,hypophosphatasiaにたいする酵素補充療法製剤が実用化されてその予後が劇的に改善しており,”lethal”を必ずしも「致死性」とよべなくなっている現状が確認された.「致死性」という名称はほかの疾患でも散見され,産科的,新生児科的には病名告知後の両親の児の受容に影響を及ぼす可能性があることがあわせて指摘された.これをふまえて,表現の一貫性も考慮して”lethal”という英語表現を「重症」と翻訳し,訳注を追加する方針となった.この結果,同表現が用いられている7か所について「重症」と翻訳した.

また“Hypophosphatasia”の日本語表記につき,「整形外科学用語集」(フォスファターゼ)と「日本医学会医学用語集」「小児科用語集」「産科婦人科用語集・用語解説集」(ホスファターゼ症)に相違があることが判明した.ワーキンググループ内では日本医学会用語集の表記に統一すべき意見で,日本整形外科学会の了承を得たうえで,”phosphatase”を「ホスファターゼ」と和訳した.

 

 3. 考察

病名というのはときに行政や報道でも用いられることがあり,医学用語のなかでもことに重要性が高いといえる.医学的な正確さだけでなく,社会や教育現場などで誤解や偏見を生じないといった配慮が必要である.幸いにも骨系統疾患の問題に産科医の立場からながらく取りくんできた「胎児骨系統疾患フォーラム」の活動が評価されたせいか,日本産科婦人科学会からの推薦,日本整形外科学会ワーキンググループへの受けいれに加え,われわれからの問題提起にも真正面から対応していただけた.

しかし検討すべき課題は残されている.数年おきに改訂される国際分類に今後もあらたに追加される病気の訳語制定の問題である.また訳語改訂のときに外部からうけた批判として,「患児や家族が直面している困難にたいして,病名をかえることが本質的な解決になるのか」といったものがあった.

最初の問題にたいしては,一般的な「訳語選定の基準」というものを今後はあきらかにすべきである.これは骨系統疾患にかぎらずすべての病名についてあてはまるものである.たとえば,_椎修覆ぎり英語の簡潔な直訳とする,△海譴泙濃箸錣譴討た日本語病名との異同や関係性をあきらかにする,その疾患の分類や命名の理念を反映する,い修良駄召ら症状内容をおおよそ推測できる,ゴ技や家族にたいする誤解や偏見を助長しない,といった基準があげられるだろう.もちろん疾患によって優先順位はかわってくるが,あらたに日本語病名をきめるときに参考としていきたい.

ふたつめの批判にたいしてきちんとお答えすることはむずかしい.ただしこれは別のふたつの問題ではないだろうか.誤解や偏見のおそれのある病名を変更することは,問題解決にプラスになることはあってもマイナスにはならないと思われる.さらに医療者としてできることは疾患に真正面からとりくみ,患児や家族にたいして真摯にむきあうことでしかない.病名を変更するだけで是とするのではないのは当然である.

2010年版,2015年版国際分類の和訳作業をとおして,当初,産科の立場から要望した点についてはほぼ実現したことになり,骨系統疾患和訳プロジェクトはわれわれにとって非常に有意義な作業だったと総括できる.この点については東京大学リハビリテーション医学講座教授の芳賀信彦先生に心より感謝もうしあげる.胎児骨系統疾患フォーラムや厚生労働省研究班で議論していた内容を,われわれ(澤井英明,室月淳)が本郷の芳賀信彦先生のところに直接お伺いして要望したところ,こころよくその意を汲みとっていただいたのがそもそもきっかけであった.骨系統疾患は小児整形外科の専門家の先生がたが昔よりとりくんできた分野で,病名ひとつにとっても長いあいだの議論によって定められてきたものであり,われわれ産科医の要望にたいして最大限ご配慮いただいたことに改めて感謝申し上げます.

 

 4. 文献

  • (1) McKusick? VA, Scott CI: A nomenclature for constitutional disorders of bone. J Bone Joint Surg 1971;53A:978-986
  • (2) Warman ML, Cormier-Daire V, et al: Nosology and classification of genetic skeletal disorders: 2010 revision. Am J Med Genet A 2011;155A:943-968
  • (3) Bonafe L, Cormier-Daire V, et al: Nosology and classification of genetic skeletal disorders: 2015 revision. Am J Med Genet A 2015;167A:2869-2892
  • (4) 芳賀信彦,的場浩介,鬼頭浩史,滝川一晴,田中弘之,西村玄,室月 淳:2010年版骨系統疾患国際分類の和訳.日整会誌2013;87:587-623
  • (5) 小慶介,北野利夫,鬼頭浩史,中島康晴,北中幸子,室月淳,西村玄,芳賀信彦:2015年版骨系統疾患国際分類の和訳.日整会誌2017;91:462-505

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カウンタ 1084(2018年5月27日より)