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震災日記9

震災日記9(2011年8月1日〜31日)

このページは、本ホームページの管理人である室月淳の,東日本大震災後の日々のひとりごとを書かせていただいています.沿岸部は医師の絶対数が少ない地域であり,もともとギリギリの状況で産婦人科医療を維持してきました.震災により多くの診療所が閉鎖となり,産婦人科を辞めたり他県に異動してしまった医師も少なくありません.K市立病院へのボランティア支援を友人知人に呼びかけ,これまで全国から多くの先生方に気仙沼入りをしていただきました.この場をお借りして改めて心よりお礼させていただきます.本当にありがとうございました.

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テニスサークル第2回練習会 - 2011年8月1日(月)

震災とはあまり関係ありませんが,本日夜に2回目の練習会を行いました.前回に比べるとだいぶ華やぎがあります.

もちろん震災とはあまり関係のない………強いていえば帰りの舗装道路が地震の影響で何カ所も強くうねっていて,車が揺れて揺れて走りづらかったこと.泉の方は昔は湿地帯であり,地盤が弱いそうです.

先月に比べればだいぶ体も軽く,心も軽く

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O先生気仙沼入り - 2011年8月2日(火)

O先生が本日,気仙沼市立病院を応援に関西から来られる予定です.無事に気仙沼入りされたでしょうか?

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K先生来院 - 2011年8月5日(金)

関西からK先生が来院,1日見学をされていきました.これから友人と仙台の花火大会に行かれる予定とのこと.

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福島県いわき市へ - 2011年8月6日(土)

いわき市立総合磐城共立病院

磐城共立病院NICU

いわき市医師会産婦人科部会講演会

座長のH先生

演者のわたし

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福岡アジア美術館コレクション展 - 2011年8月7日(日)

泊まったホテルのすぐそばに美術館があり,翌日の朝,開館と同時にはいりました.いわき市立美術館は,たぶん70-80年代の地方美術館設立ブームのときにできた美術館のひとつで,わたしもここに来るのは実に20数年ぶりです.

学生のときの友人の何人かが美学や美術史をやっていたため,現代美術を主に扱う画廊に頻繁に出入りしていた時期がありました.そこの主人が少し癖のある人間で,気に行った学生をまわりに集めるのですが,ときどき誰かが逆鱗に触れては出入り禁止とされていました.わたしも最終的には追い出しをくらってしまいましたが,それでも当時は耳学問でモダンアートに詳しくなっていました.

いわき市立美術館は,ポップアートやアクションペインティング,コンセプチュアル,ミニマルといった欧米の現代美術が目玉であり,その影響を受けた日本の作家の作品も多く展示されていました.それで学生のころ何回か通った記憶があります.

いわき市立美術館.入口にムーアのブロンズ彫刻が飾ってあるのは,某宮城県立美術館でもみたような光景であり,典型的な地方公立美術館ですね(笑)

意外だったのは,久しぶりにみた常設展の荒川修作にも河原温にも高松次郎にもタピエスにも懐かしさを少しも感じず,まったくつまらなかったことです.だいぶ趣味というか感受性が変わってしまったのか,あるいは落ちてしまったのかも知れません.そしてこれまで興味がなかった「アジアの美術」,すなわち企画展の方に予想外に感動してしまいました.これはいったいどういうことなのだろう.

企画展ポスター

福岡アジア美術館が開館したときはかなりの鳴り物入りだった記憶がありますが,そのときは「アジアの時代」といったフレーズに胡散臭さしか感じませんでした.しかしこうやって代表作を並べてみると,美術としてのレベルは別としても,アジア各国の近代化における苦闘とその中から生み出される作品に心打たれるものがあります.もちろん国それぞれにまったく違う歴史と文化があり,現代にいたる道のりにも異なるものがあるはずですが,共通してそこに立ち現われている精神性の高さにはとても驚かされたのです.

方力鈞

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塩屋崎灯台〜豊間 - 2011年8月7日(日)

市立豊間中学校付近.瓦礫はほぼ片づけられ,一面の空き地が広がっています.右手の丘の上に塩屋崎灯台が小さいくみえます

海水浴場の監視台の上まで津波が達していることがわかります.シーズンの真最中のはずですが,砂浜には人ひとりいませんでした.

セブンイレブンいわき豊間店.津波が壁を突き破り店舗が大破しましたが,5月9日から移動販売車を用いて店頭販売を開始したとのことです.店の向こうでは復興支援のライブイベントが行われていました.

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白水阿弥陀堂 - 2011年8月7日(日)

白水阿弥陀堂.

阿弥陀三尊(阿弥陀如来像を中心に両脇侍の観世音菩薩像と勢至菩薩像),ならびに二天像(持国天像、多聞天像)の5体の仏像が安置されている

阿弥陀堂は東・西・南の三方を池に囲まれており,正面に当たる南から中ノ島を通って阿弥陀堂に至ります.平安時代末期に典型的な浄土式庭園として復活整備されています.借景となる背後の山々の緑が印象的でした

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PCOT O先生来院 - 2011年8月8日(月)

PCOTで行っている石巻・あべクリニック支援やその他の活動,当科で行っている気仙沼市立病院のお手伝いなどに関して,それぞれ情報交換と今後の見通しについて相談しました.

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ALSOプロバイダーコース@東北大学病院開催 - 2011年8月20日(土)

今日(20日)と明日(21日),東北大学病院でALSOプロバイダーコースが開催されています.内外から11名のインストラクターと,24名の受講者が参加しました.講義とディスカッション,それから実技講習はとても熱気にあふれていました.明日の夕方には筆記と実技の試験が予定されています.

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被災地支援のこれからの課題 - 2011年8月22日(月)

被災地への支援は,現場に直接入って支援するノウハウをふだんから議論しておく必要があると最近よく思います.これまでのわたしたちの発想では,地域の基幹病院に対しとにかく人的物的支援を行い,その機能を維持させるというところにとらわれています.今回は産婦人科がある石巻日赤,気仙沼市立が無事に生き残ったのは幸運に過ぎません.将来の起こり得る災害では,こういった病院が壊滅するという事態も想定して準備する必要があります.

現地の人のことばで印象に残っているのは,「DMATを初めとして本当に多くの医師が被災地に来てくれたが,その中に産婦人科医はひとりもいなかった.聞かれてみて初めて気がついた」というものでした.

病院にいてみることができるのは,病院にくることができる患者(妊産婦)だけであり,病院にくることができない人は,そもそも産婦人科医療の対象とは考えていないわけなのでしょう.今回,被災地や避難所で妊産婦さんたちを必至で支えていたのは産婦人科医ではなく,家庭医の先生方でした.PCOTのような支援プロジェクトが産婦人科医の中から生まれなかったのはとても残念なことだと思いますし,これからもでも決して遅くはないでしょう.

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カウンタ 6112 (2011年7月30日より)