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震災日記3

震災日記3(2011年4月1日〜4月15日)

このページは、本ホームページの管理人である室月淳の、東日本大震災後の日々のひとりごとを書かせていただいています.後方バックアップとしてのこども病院の枠をこえて,被災地の産科医療支援に何らかの役割を果たせないかを考え始めました.

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「一年の計は・・・・」 - 2011年4月1日(金)

今日から4月,新しい年度に入るいわば元旦のようなものです.震災から3週間近くも立ち,周囲もだいぶ落ち着いてきたので,個人的にもそろそろ通常モードに戻そうかと思っています.地震後はあまりよくない生活リズムにかわっています.

まず生活習慣,睡眠時間がやたら長くなったし,朝,病院に来る時間も遅くなりました.地震直後に無理をして心身とも少しまいってしまった時期があり,そのときに充分な休息と睡眠が大切であることを感じました.しかし最近はそれが惰性になってしまったようです.もともとわたしは朝型であり,朝6時過ぎには出勤してたいていの雑用を片づけていたのですが,今はガソリン不足のためバスを使うことが多く,どうしても出勤時間が遅くなります.

地震で崩れてできた部屋の中の山からいろいろと興味深い本が出てきて,バスの長い待ち時間などにそれを順番に読んでいます.小説などといたものばかりで医学書は何だかあまり読まなくなっているようです.

それから数日間の(精神的)飢餓状態を経験して,それまでのダイエット習慣が吹っ飛んでしまいました.目の前に食べものがあるとすぐ食べてしまいます.体重も増えていて「震災太り」とでもいうのでしょうか(笑).いやいや笑いごとではないぞ,これは.

一年の計は元旦にあり.今日から気をひきしめて生活していこうと思います.

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「お産の宿」プロジェクト - 2011年4月1日(金)

「お産の宿」プロジェクトという構想がMFICU協議会の方で提案されているようです.被災地の,特に避難所にいる妊婦さんに対し,分娩施設だけでなく滞在先もセットにして斡旋して遠隔地に移動していただくというアイデアです.すでに全国のあちことで手が挙がっています.

とても重要なことだと思いました.避難所や難民キャンプでの周産期死亡率,新生児死亡率が高いことは国際的にもよく知られている事実だからです.しかし東北地方の現状でニーズはどの程度あるでしょうか?

わたしが思うに,お産難民には狭義と広義のふたつがあって,前者は,家を失い,かかりつけ産科診療所を失い,交通手段を失って,避難所から直接飛び込み分娩をせざるを得ない妊婦さん,後者は,家を失った妊婦さんもいますが,むしろ被曝のリスクとか,ガソリン不足,食料不足などの生活環境の悪化により,地元を離れて実家に戻ったり,親族や知人を頼って遠隔地に移動して分娩をしようとする妊婦さんです.今,全国で岩手,宮城,福島からの妊婦さんの受診が増えているのは,明らかに後者の方々です.

全国の多くの地域で,多くの病院が妊婦受け入れに手を挙げていただいているのには,本当に感謝の言葉もありません.しかし前者(すなわち狭義のお産難民)の妊婦さんの受け皿として,自分たちにこれまで縁もゆかりもなかった遠隔地に移動したいと思う妊婦さんは少ないだろうと思います.誰も頼る人がおらず,これまで行ったこともない,言葉や文化も違う場所に,経済的にもそれほど自信のない人たちが行こうと思うかといえば,その可能性は非常に低いでしょう.

三陸沿岸地域は今でも地縁,血縁に基づいた共同体が生きています.多くの妊婦さんは実家に移ったり,親戚,知人を頼ったりしていますし,またそれをこころよく受け入れる文化が生きています.都会のように,個々が独立し,孤立していきているわけではないような気がします.

ですから被災地の妊産婦への対策でもっとも有効なのは,避難所の衛生や食事といった環境を少しでもいいものにすること,あるいは一刻も早く仮設住宅をつくり,優先的に入居を認めることだろうと思います.あるいは当院みたいな地元の受け入れ病院の近くに宿泊施設を確保する,あるいは妊産婦さん,あるいは病人,その家族のための居住施設をつくるといった方法がもっとも迅速,かつ有効な方法になるのではないでしょうか.

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望まざる「分娩施設の集約化」 - 2011年4月2日(土)

宮城県の分娩を取り扱っている地域の基幹病院は,この10年間でギリギリまで集約化が進んでいて,これ以上は減らすことのできない状態になっています.それでもどこの地域基幹病院でも周囲に複数の開業診療所があって,ある程度の役割分担を果たしてきたのですが,今回の震災でその診療所の消失の危機に陥っています.最悪の形での「分娩施設の集約化」といえます.

仙台市内はもともとセミオープン化によって,多くの診療所が分娩取扱いを止めました.今でも分娩を扱っている少数の診療所は,もともと分娩に対して強い熱意と意欲をもっている先生方なので,ライフラインの復旧とともにすべての施設が現在は分娩を再開いたしました.

問題は,開業医の先生方が高齢化していた沿岸地方,すなわち石巻,気仙沼といった地域です.分娩取扱いをしていたのは,石巻で4か所,気仙沼で1か所でしたが,多くが閉院になるだろうと予想されます.場合によっては産婦人科医そのものすらお辞めになられるかも知れません.

今後,それぞれの地域中核病院の負担がかなり長期にわたって増加することになりそうです.そもそも医療は1次,2次,3次と役割分担することにより,多くの医療ニーズに答えながら,同時に医療の質も保証してきたものです.産科医療にしてもまったく同じです.

今後,国や自治体が資金を投入して復興を目指すことになるのでしょうが,地域医療,中でも周産期医療を再建できなければ,こういった沿岸地域には人が戻ってこないでしょうし,そうなれば単なる過疎地の廃墟と化してしまいます.沿岸地域の診療体制の復興についても考えるとすれば,基幹病院の支援と拡充を急ぐとともに,こういった診療所の再建にも重点を置くべきです.そうでなければ基幹病院にすべての妊産婦が集中するという,きわめて非能率的な産科医療体制になってしまいます.

診療所の再建や新たな誘致のための費用補助制度の構築が必要だと思います.診療所開業助成によって,充足している地域からの医師の移動が期待できるかも知れません.逆にこの種の対策に躊躇すれば,被災した医師たちが地域から去ったり,このまま引退することになってしまい,状況はさらに悪化します.

今は全国的に支援の機運が高まり,各地から産婦人科医の応援をいただき,感謝の言葉もありません.しかし本当の問題は今後5-10年のスパンで出てきます.医師派遣が少しでも長く続けていただけることともに,基幹病院と診療所の再建に公的な支援を働きかけていただけるよう,心よりお願い申し上げます.

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心強い助っ人 - 2011年4月3日(日)

国立成育医療研究センターから当科への応援として,本日S先生が来仙.明日から1か月のあいだ当科のお手伝いをしていただくことになりました.

S先生の元オーベンであるわたしの友人から,以下のような大絶賛の紹介メールをいただきました.

「さて、S先生のことですが、非の打ち所がないというといいすぎかもしれませんが、とても優秀な先生です。レジデント上がりで、私が入職したと同時に産婦人科後期レジデントになった私のひぞっことも言うべき人物です。産科も婦人科も出来ます。

大学時代は陸上の長距離、槍投げ、バトミントンとタフさはあると思います。ということでどんどんこき使ってください。喜ぶと思います。」

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30分以内にレポートを - 2011年4月4日(月)

東北大学病院のY教授から10時過ぎくらいに突然電話がかかってきて,11時までに「震災後の産科医療の課題と対策」というテーマでレポートを書いて送ってくれとのこと.東北大学の某OBの先生が,本日12時からの政府の会議で,被災地の医療の再建について産科医療のことも含めて話すのだそうです.

わたしの文章はいつもやたらに長くなることをよくご存じなので,簡潔に短くという条件つきです.30分程度の時間ではいずれにしろ詳しい内容をかけるはずないのですが........何となくうん十年前に書いた入試の小論文を思い出しました.

以下にそのとき書いたわたしの文章を引用します.ただしメディカルスクール云々の件はどうも向こうで削除された気配ですね.

  • 1.(短期的課題)
    • 被災地の避難所や自宅でお産を迎えようとしながら,交通手段がなく病院に行けない,または通院していた診療所がなくなった,いわゆる「お産難民」となっている妊産婦が多く存在しています.災害後の避難所生活においては母体死亡率,周産期死亡率,新生児死亡率が著明に上昇することは国際的にも常識となっています.こういった「お産難民」対策は今,焦眉の課題です.
      • “鯑饅蠅簇鏈卉呂忙弔辰討い詛セ塞悄新生児の実態を早急に調査すること
      • ∧娩受け入れ病院とそれとセットとなる長期滞在宿泊施設(産褥1か月まで)を早急に確保すること
      • 2樟濬斬陲悗陵ダ萋居,交通手段の確保,妊娠前後の生活の継続的支援を行うこと
  • 2.(中長期的課題)
    • 今回の震災および原発事故の直接の被災地は,もともと医師不足による医療崩壊の危機に直面していた地域です.今回の震災で多くの個人診療所が休止廃業となって,地域の中核病院の負担が急増しており,さらにそれが今後緩和する見込みはまったく立っていません.この地域の医師および医療スタッフの絶対数を増やす必要があります.もし今,地域医療を再建できなければ沿岸被災地からみな立ち去ってしまうでしょうし,そうなればそこは単なる過疎地の廃墟と化してしまいます.
      • |楼茲鮖戮┐訝羈防賊,悗凌妖・経済的支援を,長期にわたって継続する
      • 被災地の診療所開業に対する公的支援を行う
      • H鏈卉呂琉緡添瞳を直接の目的としたメディカルスクールの新設を行う.メディカルスクールはより短期間で臨床医を養成できると同時に,22歳以降という「人間的な成熟」は地域の医療に強い熱意をもつ優れた臨床医を養成するのに大事な条件と考えられる.

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とてもおいしくいただきました - 2011年4月5日(火)

O先生:

昨日に先生からの贈り物が届きました.先生のご好意に厚くお礼を申し上げます.

うどんを8食分,わが家は4人ですので,ちょうど2回分になります.さっそく昨夕に家族でおいしくいただきました.本当にありがとうございました.

うちも電気,水道は復旧し,最近はスーパーもようやく並ばずに買えるようになりました.ガスはまだなのですが,うちはオール電化ですのであまり影響はありません.

先生にいろいろとご心配をおかけしておりますが,生活の方はだいぶ落ち着きましてそろそろ大丈夫だと思います.

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ご厚意に感謝いたします - 2011年4月6日(水)

Y先生:

お見舞いのメールをありがとうございました.おかげさまでわたし方は家族を含めみな元気でやっております.

当院は仙台西部のため地震津波の被害は僅少であり,これまで後方バックアップ病院としての役割を果たしてきました.震災直後の産科の業務のは,いわゆる災害医療というよりは,海沿いの地域のみならず市内の診療所がすべて閉鎖されたため,その間の分娩や手術をすべて引き受けなければならないという日常業務の急増という形ででてきました.

今回のことで分娩というのは予定延期が効かない救急の一種なのだということをつくづく感じています.他科の手術などと異なって,分娩も帝王切開も延期ということがありません.一時期は目が回るほどの忙しさでした.しかしライフラインの復旧とともに市内の開業医がすべて再開した現在,産科の業務はほぼ通常まで戻っています.

わたしが今考えていることは以下のようなことです.もしそれに先生のご賛同がいただけますならば,いただいたご支援は,そういった活動の中で使わせていただこうと思いますが,いかがでしょうか?

今回の震災および原発事故の直接の被災地は,もともと医師不足による産科医療崩壊の危機に直面していた地域です.今回の震災で多くの個人診療所が休止廃業となって,地域の中核病院の負担が急増しており,さらにそれが今後緩和する見込みはまったく立っていません.

この地域の産科・周産期医療に携わる医師および医療スタッフの絶対数を増やす必要があります.もし今,地域の周産期医療を再建できなければ沿岸被災地からみな立ち去ってしまうでしょうし,被災地に若い夫婦が移り住むこともなくなります.そうなればそこは単なる過疎地の廃墟と化してしまいます.

こられのことは到底,一病院で対応できることではありませんが,以下のような取り組みをしていこうと思っています.

  • 地域を支える中核病院への人的・経済的支援を,長期にわたって継続する.これは現在,産婦人科学会が中心となって,常時2名の産婦人科医の支援を長期的に石巻日赤にいただいています(6月まで).しかしその後の石巻に対する人的支援,および気仙沼市立病院に対する派遣については,教室が責任をもつことになりますが,われわれもその一翼でも担えればと考えています.
  • 被災地の診療所開業(特に産科)に対する公的支援を要望する.石巻,気仙沼の個人開業医が壊滅しましたが,再開ないしは新規開業の全面的な支援を県に要望していきたいと思います.
  • 被災地の医療再建はすべて産婦人科医の人的資源にかかっています.ひとりでも多くの産婦人科志望者を募るために,積極的な活動,たとえばALSOやNCPRの主催,胎児エコー講習会,地域医療研修会といった自主的な活動を通じて,周産期医療の魅力を若手に伝えていく予定です.そのほかあらゆる方法を用いて産科医数の増加に努めています.

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最大の余震 - 2011年4月7日(木)夜

23時32分にこれまでで最大規模の余震がありました(震度6強).S先生の歓迎会を病院近くの焼肉屋で開いたあと,一度病院に戻ってから,帰宅しようと夜間通用口を出た直後でした.

暗闇の中で建物自体が大きく左右に動くのがはっきりとわかりました.地震の揺れよりもずっとゆっくりとした動きです.これがこども病院自慢の最新の免震構造というわけです.

当院の建物の基礎部分に説明のプレートが貼ってあります.

「ご注意! 建物が動きます.この建物は,大地震のとき60cm移動します.動く建物にぶつかったり挟まれたりしないように十分ご注意ください」

病院の基礎部分

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遺伝学会への提言 - 2011年4月8日(金)

時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます.宮城県立こども病院産科の室月淳と申します.

今回の東日本大震災の未曾有の災害とそれからの復興に関して,学会としてもいろいろな形での支援活動を考えておられると期待しています.学会の一会員として,また実際に被災したひとりとして,以下のような学会の取り組みを提言させていただきます.よろしくご検討していただけますと幸いに存じます.

学会として,妊娠中の被曝などに関する妊産婦さんおよび産婦人科主治医からの相談の窓口をつくるのはいかがでしょうか?

「妊娠と薬」カウンセリングや「妊娠と放射線」カウンセリングといったものは,古典的な遺伝カウンセリングではナンセンスコールと呼ばれてきて,厳密な定義からは少しだけはずれますが,実際の臨床におけるニーズはきわめて高いものがあります.ましてや今回は,福島原発の事故のために本当に多くの相談が寄せられており,産婦人科医は外来で多くの妊婦さんに質問ぜめにされています.

学会としても,今回の原発事故を契機とする妊娠中の被曝の問題に関して見解を出し,かつ個別にカウンセリングできるようなシステムをつくるのはいかがでしょうか? そのためには「妊娠と放射線」に関するエビデンスと,地域ごとのおおまかな被曝量のデータなどを集め,妊婦や医師,病院などからの問い合わせに対し,具体的かつ正しいカウンセリングするのは,大きな社会貢献となると思います.

原発事故に対する妊婦さんの不安には想像以上に深刻なものがあり,それをケアしなければならない医師もしばしば苦慮しています.

Trichopoulos D, et al: The victims of chernobyl in Greece: induced abortionsafter the accident. Br Med J 1987;295(6606):1100.

ギリシャにおいて,チェルノブイリ原発の事故による放射能の影響は無視できると公式に言われながら,事故の直後には全体の出生数が30%も低下したというショッキングな統計の報告です.事故の真の犠牲者は中絶された胎児だったという論文です.

今回の原発事故の影響はチェルノブイリ原発事故に匹敵しそうな勢いです.ひのえうまの年には極端に出生数の低下する日本ですから,おそらく今後しばらくの間は人工妊娠中絶が,それも医学的にはナンセンスな理由による中絶が急増するのではないかと本当に心配しています.

原発事故の妊娠への影響に関しては,医学放射線学会や産科婦人科学会がすでに正式なコメントなどを出しています.しかし被曝リスクの説明に重要なのは,科学的根拠に基づいたデータのほか,「カウンセリングマインド」だと思います.妊婦に対して「カウンセリングマインド」のない説明は,ただの残酷な宣告となりますし,無意味な中絶を増やすだけの結果になりがちです.そういったトレーニングを受けた臨床遺伝専門医でなければできない仕事だと思いますし,今,ぜひとも取り組まなければならない課題ではないでしょうか?

もし学会が今後の震災復興に何らかの貢献を望むであれば,過去にも起きた中絶の増加,出生数の低下という予想される事態に対して,自らのプロフェッションに基づいて,責任あるアクションを起こすべきと思います.何とぞよろしくご検討いただけますと幸いです.

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気仙沼市立病院をお手伝いする - 2011年4月9日(土)

日本産婦人科学期主導による人的支援について,気仙沼市立病院は来週いっぱいで打ち切りになり,石巻赤十字病院に集中して継続的に支援を行うことになりました.そのあとを引き継ぐ形で,東北大学産婦人科と調整しながら,当科からわれわれが交代で応援に行くことにしました.

来週18日からはわたしが4日間の予定で行ってきます.完全なボランティアでの診療支援ですが,病院長先生のお計らいによりこども病院からの支援としての公的出張の形にしていただきました.

気仙沼市立病院の産婦人科常勤医はふたりで,それも卒後9年目と5年目というとても若いコンビであり,だからこそ震災後もまったく休みなしにバリバリと働いてきました.臨床的実力もかなりある若手たちです.

しかし,お産を取り扱っていた気仙沼市内の開業診療所1カ所がそのまま休止となった分,分娩や手術数はかなり増えているようです.本当にたいへんなのはこれからなのだろうと思います.これまではみなが必死になって働いてきて何とか支えてきましたが,産婦人科医療の再建を目指す道のりはこれから長く長く続くことになります.

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産科医療の再建と宮城県の役割 - 2011年4月10日(日)

今後なるべく長期にわたって,被災地病院を応援していこうと考えています.少しでも震災後の産婦人科医療の再建に貢献していこうと思っているからです.

われわれの支援は特に強制や要請があったものでありませんし,ましてや県を初めとした行政からは一切の指示はありません.県立病院だから県から何らかの方向付けがあってもいいくらなのですが,医療体制(どこの病院がどういう状態で,医師が何人必要といった)に関して,県はいまだにほとんど情報を把握していないのではないかと疑っています.

現在のところ宮城県の産婦人科医療は,東北大学病院を中心とした病院間の支援,日産婦などの学会からのボランティアとしての人員支援,そして国立成育医療センターによる宮城県立こども病院への人員支援という,すべて民間レベルでの自主的な取り組みによって支えられています.

いずれどこかの段階で,自治体レベルでのきちんとした対応が必要と考えられます.すなわち沿岸部の産婦人科医療をどうするか,具体的に医師をどこに何人程度配置するかを,将来構想をもって決めるべきです.何度も書きましたように,若い夫婦が安心してこどもが産めないような町には,一度外に出た人たちは戻ってこないだろうと思います.

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震災後1か月 - 2011年4月11日(月)

1か月がたちました.今日は語るべきことばがみつかりません.震災で亡くなっていった多くの人たちを思って頭を垂れるだけです.合掌.

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中絶数の増加と妊娠初診の減少? - 2011年4月12日(火)

わたしも参加しているFacebookで,開業医の先生の何人かが気になるやりとりをしていました.

妊娠中だが放射能の影響はどうか? とか,次子の妊娠を考えているが放射能が心配だといった相談がかなり増えているとのことです.また4月にはいって,外来で妊娠中絶の希望者が増えている,あるいは妊娠したといって受診する女性が激減しているという話があります.

ある女性編集者の話しでは,これから結婚・妊娠を考えていた女性たちも,アフタ3.11ベビーという意識が働き,一歩踏み出せなくなっているとのことです.かつては「やらないで失敗よりは、やって後悔」でしたが,この世代は「失敗の可能性があるのであれば,やらない」との意識が強いとのこと.

われわれ産婦人科医は社会に向かって何かメッセージを送るべきではないでしょうか?

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CVS(絨毛採取)の施行 - 2011年4月13日(水)

本日CVSを行いました.ガソリンも満足に手に入らないこの数週間,ご本人とご主人は何度も外来に来て相談し,真剣に迷い,考え,相談した上で出した結論です.おふたりのその気持を大事にしたいと思いました.

震災の影響のためクール宅急便がまだきちんと動かない可能性があります.検体を慎重にパッキングして名古屋の方に発送いたしました.

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PCATの先生方の訪問 - 2011年4月14日(木)

日本プライマリ・ケア連合学会の医療支援チーム(PCAT)の先生方が当院を訪ねてきてくださいました.避難所にいる妊婦や褥婦,新生児の実態調査とケアについて考えてくださっています.マクドナルドハウスの方にもご案内いたしました.

写真は左からPCAT支援医師の太田寛先生,室月,支援看護師・黒川美恵子さん,支援医師・池田祐美枝先生です.

マクドナルドハウスにて

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日常への復帰 - 2011年4月15日(金)

当院の周産期センターのドクター(わたしだけではなく)が愛読している「週刊モーニング」の新しい号が,ようやく仙台市内で購入できるようになりました.地震発生後,雑誌も含め本の新刊がまったく入荷しない状況が1か月以上続いていましたが,今週あたりから一般の書店の店頭が新刊でにぎわうようになりました.

4月に入って,スタンドで並ばないでガソリンが入れられるようになりました.またアイスクリームが買えるようになり,牛乳,卵などが自由に手に入るようになり,さらにヨーグルトといったデザート類も店の棚に並ぶようになりました.雑誌,新刊書の流通の回復はいちばん最後になったようです.

避難所生活が続いている方々には申しわけなくも思うのですが,食べ物に不自由しなくなると,次は野菜,果物や牛乳といったものが欲しくなりますし,その次にはアイスクリームやデザートが恋しくなるようにと,次々に望みは大きくなっていきます.

雑誌や新刊本に対しても長い間渇望していました.避難所のこどもたちの間では,外からの支援者が持ち込んだ「週刊ジャンプ」が取り合いになっていたという話もありました.将来同じような災害があったときは支援物資としてマンガとか雑誌というのもいいのではと思います.

このように日常生活は徐々に徐々に通常の状態に戻っています.

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カウンタ 3155 (2011年8月1日より)