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震災日記4

震災日記4(2011年4月16日〜30日)

このページは、本ホームページの管理人である室月淳の、東日本大震災後の日々のひとりごとを書かせていただいています.沿岸地方の病院に交代で応援を始めました.実際に被災地を訪れてさまざまなことを感じ,いくつかのことを考えました.

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産婦人科医として社会に責任ある行動を - 2011年4月17日(日)

産婦人科医の社会に対する責務として,今こそきちんとした意思表示と行動を起こすべきだと思います.その内容としてはふたつあります.

ひとつは,今回の災害復興をひとつの契機として,東北地方,さらには全国の周産期医療の立て直しまで視野に入れた医療再建の道筋をつくるためです.他の産業の復興計画がいろいろと取りざたされていますが,周産期医療については誰がどこでプランを考えているのでしょうか?

未曾有の災害でしたが,その禍いの中からほんのわずかでも福を見つけ出すためには,成り行き任せではなく,今みなが知恵を絞って意見を出し合い,新しい時代に即した地域周産期医療を作りあげていくべきだと思います.

もうひとつの理由は,前にも書きましたように,妊娠出産を望む女性が減り,人工妊娠中絶をが増えてきている気配があります.なるべく早く一般に向けて何らかのメッセージを送って上げないとたいへんなことになるのではないかと危惧しています.

原発事故に対する妊婦さんの不安には想像以上に深刻なものがあり,それをケアしなければならない医師もしばしば苦慮しています.福島原発の事故のために本当に多くの相談が寄せられており,産婦人科医は外来で多くの妊婦さんに質問ぜめにされています.

原発事故の妊娠への影響に関しては,医学放射線学会や産婦人科医会がすでに正式なコメントや一般向けの声明などを出していますが,なかなかうまく社会へは伝わっていません.産婦人科医として,中絶の増加,出生数の低下という予想される事態に対して,自らのプロフェッションに基づいて,責任あるアクションを起こすべきと思います.

これらのことには一刻の猶予もありません.

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ヘリからみた志津川の光景 - 2011年4月18日(月)

仙台から気仙沼に妊婦を逆搬送しました.そのときにヘリから撮った南三陸町志津川の光景です.昔の写真で見た空襲のあとのような惨状を呈していました.

空からみる志津川の光景

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気仙沼市内 - 2011年4月19日(火)

朝早く起きて,病院に行く前にタクシーで町中をぐるりとまわってもらいました.気仙沼市も中心部はだいぶ片付いてきたようですが,港近くまで行くと津波の傷跡はいまだに生々しい状態です.大型の漁船が津波によって陸の上に乗り上げられていました.

道に打ち上げられた大型のマグロ延縄漁船

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気仙沼市立病院から帰ってきました - 2011年4月20日(水)

直接の被災地にある気仙沼市立病院の応援から帰ってきました.当院からの公的な派遣という形です.市立病院は市街地の小高い丘にあるため,津波はギリギリのところで大丈夫だったそうです.

妊婦健診で合わせて50名近くの妊婦をみたのですが,その中で避難所で生活している方が2名いました.もちろんマクドナルドハウスのことも含め,宿泊施設を用意した「お産の宿」プロジェクトのことをお話ししましたが,あまり反応はよくありませんでした.これは病院の助産師さんを初めとしたスタッフも同様でした.どうもあまりニーズがないのではないかと疑っています.

各々のご家族には,仕事や人間関係といった事情やいろいろな思いがあり,遠くの安全な場所よりこれまで暮らしてきた地元を離れがたいようです.県外はおろか仙台でも遠すぎるようです.遠くの場所に宿泊滞在施設を用意するのではなく,地元で安全で健康的な生活を送れる環境をつくるサポートの方が,実際のニーズにあっているのではないでしょうか?

気仙沼市立病院正面

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胎児胸腔-羊水腔シャント術 - 2011年4月21日(木)

本日,NIHFの胎児に対して胸腔‐羊水腔シャント術を行いました.気仙沼応援も本来は今日までの予定でしたが,この胎児治療が入ったため,1日早くS先生と交代いたしました.

両側胸水で,左側の胸腔穿刺はかなり難しかったにもかかわらず,ベテランのM先生の腕は確かでした.当院に招聘して本当に良かったと思いました.

先週のCVSといい,今回のシャント術といい,当科本来の先進医療がそろそろ再開となっています.こうして少しずつもとの日常へ戻って行くのでしょう.

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ALSOの開催企画 - 2011年4月22日(金)

ALSO(Advance Life Support in Obstetrics)は産科救急のトレーニングコースであり,いわばACLSの産科版といったものです.

今年の仙台でのACLSプロバイダーコースは5月に開催予定としていたのですが,地震の影響によりキャンセルとなりました.改めて学会予定と医局行事,および臨床講義棟の空き状況を改めてみて,教室とも相談した上で,8月中の予定で行うことにいたしました.夏休み中ですがなかなかほかに適当なところがありません.

今回はインストラクター,アシスタントは学内関係者を中心に,外からは1,2名を頼もうと思っています.受講者は18-24名くらい,一部は公募して,各地域の指導医クラスの先生に声をかけて受講してもらい,ALSOのさらなる普及を目指すつもりです.

今回のプロバイダーコース開催に当たって,何か新しい企画やアイデアを考えています.何らかの形で震災復興の一助となる方法はないものでしょうか.

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「お産の宿」プロジェクト再考 - 2011年4月23日(土)

気仙沼市立病院の外来で感じたのは,やはり妊婦さんとその家族は自分たちの地元,あるいは実家のあるところでお産したいという希望がとても強いということです.「お産の宿」プロジェクトで仙台にも妊婦さんと家族のための快適な宿泊施設が用意されています.しかしたとえ地震と津波のために町が破壊され,いまだにライフラインが完全に復旧していない不便なところでも,やはり故郷でお産をしたいという気持は消せないようです.

衛生的にも栄養学的にも劣悪な避難所で生活するより,安全で快適な環境の方が,医学的にはすぐれていることは間違いありません.しかし全国の「お産の宿」はもちろん,県内であるマクドナルドハウスですら,遠すぎるという反応が多く,実際のニーズがあまりないのではないかと思いました.

各々のご家族には,仕事や人間関係といった事情やいろいろな思いがあり,遠くの安全な場所よりこれまで暮らしてきた地元を離れがたいようです.遠くの場所に宿泊滞在施設を用意するのではなく,地元で安全で健康的な生活を送れる環境をつくるサポートの方が,実際のニーズにあっているのではないかと今は疑っています.

阪神大震災のとき,震災孤児が遠隔地の里親に引き取られていったとき,震災による喪失感に加え,故郷から離れるという喪失感が加わって,心身の体調を崩す児が多かったという話がありました.純粋に医学的理由のみに基づいて,一方的に被災地から隔離することが本当にいいことなのか,今は少し迷いがあります.

むしろ福島第一原発のために強制的に故郷から離れざるをえない多くの妊婦さんたちの心情が思いやられます.本当に酷な現実だと思います.

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宇宙に咲くバラの花 - 2011年4月24日(日)

H先生:

お見舞いのメールをありがとうございました.素敵なバラの花ですね.いただいた写真をパソコンのデスクトップの壁紙としてみました.黒色が基調となっていてアイコンもとても見やすいです.

ハッブル望遠鏡からみたバラ星雲.別の銀河の重力の影響でバラの花びらのように広がって輝く渦巻き銀河です.

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2回目の気仙沼 - 2011年4月26日(火)

先週に引き続き2回目の気仙沼入りです.前回は患者搬送のヘリに同乗していきましたが,今回は区役所前から出る高速バスで行きました.仙台から気仙沼までは東北自動車道経由で3時間くらいの道のりです.

気仙沼市立病院前というバス停で降りましたが,まわりに病院はみえないため道に迷ってしまいました.途中で工事や作業で働いている何人かに市立病院への道を聞いたのですが,誰もわからない............みな地元の人間ではなかったのです.多くの人たちが外から気仙沼に入ってきて復興に従事していることがわかりました.本当にごくろうさまです.

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外来でつらかったこと - 2011年4月27日(水)

昨日の妊婦検診の外来で、3経産の妊婦さんを診ました。これまでの3人のお子さんは、おひとりは難病のために3歳で亡くなり、あとのおふたりは先日の震災で亡くなられたそうです。

超音波をみながらお話をお聞きしたのですが、「お腹の子は男の子ですか? 女の子ですか?」、「わたしはあと何人くらいのこどもを産めますか?」などと尋ねられました。3人の子を失ったので、これからまたたくさん産みたいという気持なのだそうです。

ここまで来るのにどんな内面的な過程を経てきたのか・・・・・・それを考えるだけで、わたしも本当に本当に悲しく、つらい気持になります。

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満開の桜とガレキ - 2011年4月28日(木)

先週に引き続き,26日から気仙沼市立病院の応援に行き,先ほど仙台に帰ってきました.今回は2泊とも病院内に泊まりました.当直室がないので病棟のエコー検査室のベッドに寝たのですが,2晩ともお産のため夜中にしっかりと起こされました.連休前のせいか外来もかなりの混み具合でした.

帰りに少し遠回りをして市内の川をみてきました.だいぶ暖かくなり桜が満開でした.震災から1か月半が過ぎ,街中はだいぶ片付いてきましたが,まだまだガレキの山はあちこちに残っているようです.

気仙沼大橋からみた大川の河原

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S先生,1か月ごくろうさまでした - 2011年4月30日(土)

成育医療センターから応援に来ていただいていたS先生は,昨夜の当直が最後の仕事となりました.1か月本当にありがとうございました.

先に引用したわたしの友人のメールにあったように,明るくて,タフで,仕事ができて,本当にすばらしい先生でした.日常業務だけでなく,胎児心電図の当科への導入を手伝ってくれましたし,われわれもいろいろと学ぶことができました.

仙台での仕事や生活が気に入ったら,いつでもまた来てくださいね.

もちろんご本人の許可済.飲み会での写真しかなかったので,たっての希望により改めて院内で撮影しました.

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カウンタ 2902 (2011年8月1日より)