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震災日記その後1

震災日記その後1(2012年1月1日)

このページは、本ホームページの管理人である室月淳の,東日本大震災後の日々のひとりごとを書かせていただいています.震災直後から書き続けてきた日記も8月いっぱいで大きな一区切りをつけさせていただきました.その後今日至るまでの大まかな経過と,震災後の日々に考えてきたこと,取り組んできたことのその後のご報告をここでしたいと思います.

 (1) 震災後の現状

大震災から9か月、津波にのまれた仙台空港周辺です(12月1日).トラックが頻繁に行きかい,ショベルカーががれきの山を崩していました.11月より国際線も含め仙台空港はほぼ旧に復しています.

仙台空港近辺

 (2) 気仙沼市立病院産婦人科への支援呼びかけ

3月11日の震災直後からたくさんのお見舞いと,そして実際に多くのご支援をいただきまして本当にありがとうございます.この場をお借りしてお礼かたがたご報告させていただきます.

地震からしばらくはわれわれも自らの医療に手いっぱいで,直接の被災地である沿岸部でたいへんな思いをしている仲間の先生方に何も手助けができませんでした.地震から2週間を過ぎ心身とも少し余裕ができるようになって,何かわれわれにできることがないかを考えた末に,産婦人科学会からの公的支援が4月初めに終了した被災地の気仙沼市立病院に交代で応援に行くことにしました.半分はこちらからの押しかけだったのですが(笑)

さらにはこのフェイスブックで呼びかけたり,個人的なつてでお願いしたりした結果,何と25名!!もの産婦人科医が呼びかけに応じて,北海道から九州までの全国から,さらには海外からも気仙沼に応援に来てくださいました.またわれわれの宮城県立こども病院にも5名の先生がたがお手伝いにいらっしゃり,その人的余裕でわれわれも何回か被災地入りいたしました.

仙台を経由せず直接現地に行かれた多くの先生方にはわれわれから直接お礼をする機会をこれまで逸してきましたので,ここで改めて心よりお礼を申し上げます.本当にありがとうございました.25名の方々について,ご同意がいただける先生については改めてこのHP内で具体的にご紹介するスペースをつくる予定でおります.

状況がだいぶ落ち着いてきた11月いっぱいを目途として,現在は支援の積極的な呼びかけは止めておりますが,少しでもお手伝いしたい,一度現地を見てみたいという方はもちろん今でも大歓迎いたしております.

今回の東日本大震災で経験したこと,あるいはそれに対する思いは,ひとりひとりそれぞれ千差万別だったと思います.少なくともわたしにとって地震直後の1週間は内面的な葛藤と試練の連続でしたが,その中で人と人とのつながりの重要性を再認識させられました.今はただ亡くなられた多くの方々のために祈りたいと願っています.

徳山中央病院周産期母子医療センター長・中田雅彦先生(中央)

 (3) 石巻赤十字病院産婦人科への支援

一時期の震災報道が影をひそめたためか,ここにきて被災地支援の熱気も少しさめてきた気配があります.もともと医師が足りなかった沿岸部は,被災に伴う開業診療所の休止や閉鎖によりさらに苦しい状況に陥っています.

地域基幹病院の少数の医師がその状況を必死に支えていますが,しかし時間の経過とともに改善していく見込みがあまり立っておりません.短期的には周産期医療が維持できているように見えても,長期的には崩壊の危機にさらされています.

石巻赤十字病院産婦人科では,8-10月にかけて部長先生を初めとした常勤医の何人かが止められたこと,10月より日本産科婦人科学会からの人的支援がふたりからひとりに減ったことなどのため,一時的にさらに厳しい状況になりました.そこで当科のスタッフである佐藤聡二郎先生が,10月から2か月間当院を休職し,石巻赤十字病院にお手伝いに行ってまいりました.

佐藤先生は12月1日(木より当院に復帰し,12月9日(月)に院内の愛子ホールで石巻赤十字病院支援報告会を行いました.石巻日赤の被災直後の対応と現在の状況を紹介し、今後われわれはどのように取り組むべきなのかを考える内容でした。

本日夕、当科の佐藤聡二郎先生の石巻赤十字病院支援報告会を院内で開催しました。石巻日赤の被災直後の対応と現在の状況を紹介し、今後われわれはどのように取り組むべきなのかを考えさせられる内容でした。

「被災地最前線病院の状況−石巻赤十字病院への出張報告」

以下のyoutubeの動画は,発表の中に最後に紹介された被災地の石巻赤十字病院における震災の記録です.感動いたしました.12分程度の動画ですが,ぜひご覧になるようお勧めします.

まさに地震でゆれているところから緊急対策本部の設置,トリアージの設置,津波の来襲,患者受け入れの救護活動,全国からの赤十字やDMATの参集などが,リアルタイムで記録されている本当に貴重な映像です.

大震災が起きたときに石巻日赤という病院があれほど奮闘して災害救護に貢献したのは,ふだんからきちんと災害対策に取り組んできた不断の努力があったからこそというのが納得されました.

「【日本赤十字社】石巻赤十字病院〜東日本大震災 初動の記録〜」

振り返って自分たちの地震直後の対応についての反省の声も聞かれました.まったく同じ時間帯になすすべもなく無為に過ごしていたわれわれと比べて,水際立った石巻日赤の医療スタッフの震災対応をみて,その彼我の差に本当に驚きました.

一躍全国的に有名となった災害医療ゼネラルマネージャーの石井正先生は,大学テニス部のわたしの4年後輩です.まさに「男子三日会わずんば即ち刮目して見よ」と思いました.まあこの場合,三日どころではなく20年以上立っているわけですが(笑)

 (4) 公的な場での震災報告

8月26日(金)に岐阜で開催された第34回日本母体胎児医学会ワークショップ「震災と周産期医療」で,室月が「被災地の一後方支援病院としての経験」を報告させていただきました.

また10月30日(日)には,横浜で開催された第122 回関東連合産科婦人科学会のワークショップ「「がんばろう日本がんばろう産婦人科大震災から―私たちが伝えたいこと」で,佐藤聡二郎先生が「時系列報告@宮城県立こども病院」と題して自らの震災体験や被災地支援について報告いたしました.

 (5) 地域医療再建のための若手医師への呼びかけ

被災地病院での医療支援と宮城県立こども病院での周産期医療研修を希望する「志」ある若手産婦人科医師を募集します.

今回の募集は医療再生のための文科省のプロジェクトの一環として,最先端の臨床知識や技能を有し,かつ災害医療に対応できる高度医療人の養成を目的とするものです.たとえば1年間のうち6か月間を当院で周産期の専門医療を学び,6か月間を宮城県沿岸の地域中核病院で働くといったもので,5年間継続される予定です.将来の進路についていろいろと考えなければならない時期であり,実際に迷っている若手も多いだろうと思いますが,選択肢のひとつとしてご検討いただければ幸いです.

宮城県立こども病院産科は,新生児科を初めとした小児関連各科が揃っているこども病院の特性を生かし,遺伝子診療,超音波検査や侵襲的検査などの胎児診断,胎児鏡下レーザー手術や子宮内シャント術を初めとした胎児治療などを専門としています.胎児疾患に関しては宮城県のほぼ全例と,岩手,山形,福島など近隣各県の一部症例の紹介を受けています.

また東北大学の大学院連携講座(胎児医学分野)が併設されていますので,希望により社会人大学院生として学位の取得も可能です.現在取り組んでいるテーマには,胎児手術法の開発と臨床応用,超音波位相差トラッキング法を用いた胎児循環動態の新しい評価,胎児骨系統疾患の病態生理と出生前診断,エピジェネティクスからみたDOHaD理論の解析などがあります.

宮城県立こども病院・産科

東北大学大学院医学系研究科・室月研究室

胎児骨系統疾患フォーラム

1年間のうち6か月間をこういった専門医療を学び,残りの6か月間を沿岸地域の中核病院で働き,被災地の産婦人科医療の再生に貢献するというスケジュールを考えております.専門的にトレーニングされた周産期医療をスキルを地域医療に生かすと同時に,被災地病院での医療の知識や経験を生かして災害医療の実際を学び,それをまた当院や他の施設での教育や研修の一部を担うことでわれわれにもフィードバックしてもらうことをもうひとつの目的としています.

これまではさまざまな形(数日間から3か月まで)でのボランティアや支援をよびかけてきた結果,おかげさまで全国から本当に多くの先生方に診療応援に来ていただけたのは先日ご報告申し上げましたとおりです.改めて心よりお礼を申し上げます.言わば今回はわたしたちスタッフの一員となっていただき,その中で被災地応援にご協力いただけないかというお願いです.

当科の専門的な周産期医療に興味があって,かつ被災地での医療再建に貢献しながら災害医療についても学びたいというご希望の先生がいらっしゃいましたら,室月淳までメールをお願いいたします.あるいはもしご興味をもちそうな若手がいらっしゃればご紹介していただけますと幸いです

 (6) 地域周産期医療再生への道筋

東日本大震災と福島第一原発の事故は,東北地方の医療のみならず日本の社会全体の大きな転換点となるだろう.それをいかにしていい方向への変化にもっていくかを,今みなで知恵を出し合って真剣に考えていかなければならない.

求められる条件としては以下の3つである.ひとつは被災によって破壊され失われた産科医療を復旧し再建すること,もうひとつはもともと産婦人科医が極端に足りなかった東北地方の産科医療に医師を初めとした医療スタッフを呼び戻すこと,みっつめはもともと医療として転換期にあった産科学を社会のニーズに沿うような形で組み替えること,最後に国の財政的余裕がまったくない状況下でこれからの産科医療をどのように進めていくかの視点をもつことである.

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カウンタ 3017 (2012年2月23日より)