3-4.家族内や地域での役割分担も見直してみましょう
Eさんはその後、仕事と治療の両立を目指して、同僚や社長と何度か話し合いの場を得ました。手術後の3週間は有給休暇(積立有給休暇)を活用し、4週目以降は、様子や体調をみながら、さらに休みが必要かどうかを見極めつつ、時短勤務で徐々に復帰することとして、職場の理解を得ることができました。社長からは「不在の間はみんなでなんとかするから、しっかり病気を治して戻ってきてほしい」と励まされ、しばらくは治療に専念する心積もりができました。
一方で、ご家族はそんなEさんの様子をとても心配しています。手術を1週間後に控えたある日、Eさんの奥さんが一人でNさんのいる相談室にやってきました。
3-4-1.「仕事と治療の両立」に欠かせない家族のサポート
あのう、先日ご相談させていただいたEの妻なのですが……。
まぁ、こんにちは。Eさん、その後のご様子はいかがですか?
はい、本人はもう職場復帰のことで頭がいっぱいで、家にいても入院準備もそっちのけで不在の間の業務引き継ぎリストなんかを一生懸命作っているのですが……。
Eさんは、ご家族のために仕事を続けたいとおっしゃっていましたが、奥さまはご心配なのですね。
はい、そうなんです。胃を取ってしまうような大病なのに、仕事を続けるなんて、無謀ではないのでしょうか? 本当にそんなことができるとは、どうしても思えなくて……私、心配で……。
Eさんのお仕事と治療の両立について、ご家族でもお話し合いはされましたか?
夫は、自分がこうと決めたら、家族が何を言ってもそれを押し通す人ですから。私がいくら無理をしないでと言っても、「もう決めたから、応援してくれ」と……。
奥さまのご不安はごもっともだと思います。一概には言えませんが、特に男性の場合、自分の不安な気持ちを表に出して語ったり伝えたりするのが苦手な方も少なくないようです。Eさんも、多くを語るよりも、ともかく自分が決めたことをサポートしてほしい、という思いなのかもしれませんね。
私が専業主婦だから、夫は病気を押しても働かねばならないと思ってしまったのでしょうか? 本当は仕事を辞めて療養に専念したいと思っていないでしょうか?
Eさんの本当の気持ちはご本人にしかわかりません。ただ、私からお伝えできることは、「仕事を辞めるかどうか」を考えることは、あとからでもできる、ということです。今はEさんが安心して治療に臨めるように、ご本人の「働きたい」という気持ちをいったん受けとめ、ご家族だからできること、ご家族にしかできないことでご本人をサポートしていくのはいかがでしょうか。
私にしかできないことって……。
たとえばこの先、手術前後の医師からの説明を一緒に聞いたり、入退院の際に付き添うといったことも、大切なサポートになると思います。Eさんは奥さまの前で不安や弱音を吐きたくないのかもしれません。でも、大事な局面で、ご家族や親しい人がそばにいてくれるだけで、無意識に安心するものです。それに、医師からの説明を一緒に聞くことで、今後、Eさんにどんなサポートが必要になるかもみえてくると思います。
というと……?
そうですね、たとえば、Eさんは胃切除の手術を受けるので、術後は、これまでどおりの食事が食べにくくなることが考えられます。ご自宅での調理をおもに奥さまが担っているなら、食形態や一度に食べられる量、食事の摂り方などで気をつける点がないか、奥さまが担当医や看護師、管理栄養士などの話を直接聞いて、食事の配慮をして差し上げるのも、Eさんにとって大きな力になりそうです。
そういうことなら、私も役に立てそうです。早く元気になるためにも、食事は大切ですものね。
そうですね。治療後にはほかにも必要になる配慮があると思います。奥さまの立場から、治療や治療後の生活について知りたいことがあれば、遠慮なく医師や看護師に尋ねて構いません。Eさんを思う気持ちは、こうしたところからもご本人にきっと伝わるはずです。
職場に復帰するにしても、まずは治療や体の回復があってのことでしょうから、その部分をサポートできるように、私なりに考えてみます。
3-4-2.家族内や地域での役割分担も見直してみましょう
病気をきっかけに、Eさん自身もご家族も、どうしてもこれまでの生活を見直さねばならない部分が出てくると思います。家族内での役割分担にも見直しが必要なことがあるかもしれません。たとえば、次のようなことを、Eさんを含め、ご家族で話し合っておかれるとよいかもしれませんね。
話し合っておきたい療養生活中の「気がかり」
1 ご本人やご家族にとって力になってくれる理解者・協力者は?
例)妻・夫、子ども、親、きょうだい、友人、近所の○○さん、民間サービス など
2 療養に際して「気がかり」なことは?
例)療養中の収入減/医療費の工面/通院の手段/子どもの世話/介護が必要な家族のこと/ペットの世話/地域での役割や活動/炊事・洗濯などの家事/仕事のこと など
3 「気がかりなこと」を相談できたり、頼めそうな人は?
例)子どもの世話→民間のサービスを活用、ペットの世話→散歩は息子に など
わが家は、子どもはもう大きいので、自分のことはある程度自分でやってくれます。それから、力の強い大型犬を飼っていて、毎日の散歩は夫の担当なのですが、しばらくはきっと難しくなりますね……。それと、夫は町内会の野球チームに所属していて、ピッチャーを担っているので、チームの方にお伝えしておかないと……。
一つひとつは小さなことでも、ご家族や地域のなかで、一時的に役割分担を見直したり、代替案を考えたりしておく必要がある事柄は意外にあるものです。こうしたことも日々の会話のなかで話しておくと、ご本人もご家族も、気がかりを減らして治療や療養に臨めるかもしれませんね。
仕事を続けないほうがよいのではないかとご相談しておきながら、お恥ずかしいのですが、やはり入院費や治療費などのお金の問題は気になってしまいます。今は、保険診療でも高価なお薬や治療があると聞きますし……。
お金の心配は、病気をすれば誰もが頭をよぎるものだと思います。医療費の負担を軽減する制度など、知っておいていただきたいものがありますから、ぜひこの章の「3-5.経済的な側面への支援制度」を参照してくださいね。また、多くの病院には「医療ソーシャルワーカー」と呼ばれる、医療に関する経済的な問題を一緒に考えてくれる専門職もいますので、必要に応じて相談するのもよいと思います。
3-4-3.ご家族も相談することができます
わかりました。何しろ、夫は自分のことは全部自分で決めてしまうので、私にできることなんて何もないと思っていたのですが、細かく見ていくと、私にもしてあげられることがあるのですね。夫の言った「応援してほしい」という言葉は、こういうことだったのかもしれません。本人が一番大変なのだから、私もがんばらないと。
奥さまやご家族の存在は、Eさんにとって大きな支えになっていると思います。でも、もし奥さまやご家族が「つらい」と感じたときには、我慢したり遠慮したりしないで、自分の体や心を労るための時間をつくったり、ご友人など気の置けない相手に話を聞いてもらったりする時間も大切にしてくださいね。患者さんのご家族は「第二の患者」とも言われます。患者さん本人だけでなく、つらいときには誰かに頼ったり、相談してよいのですから。
ありがとうございます。私……夫の病気を知ってから、本当はずっと、ずっと心配で、不安で……。今日は相談できてよかったです。
私たちのような相談員や、「がん相談支援センター」(第1章「1-3.在宅療養に関する、信頼できる情報源」参照)への相談はもちろん、患者会やピアサポート(同じ病気や立場を経験した人による支援)のなかには「家族会」を設定している団体もあります。「患者さんのご家族」という同じ立場を経験した方のお話で、勇気づけられたり、参考になったりすることがあるかもしれません。治療後に仕事に復帰された方のお話を聞くこともできると思います。もしご興味があれば参加を検討してみるのもよいかもしれませんね(第4章「4-5.支え合いの場を利用しましょう」参照)。