3-6.職場復帰に向けて
Eさんはその後、無事に手術を終え、予定どおり退院後、しばらく自宅で療養することになりました。術後の経過観察のために病院を訪れたEさんと奥さんは、診察の帰りにNさんのいる相談室に立ち寄ることにしました。職場復帰に向けて、気になることがいろいろあるようです。
まずは無事に手術が終わって何よりです。お体はつらくないですか?
おかげさまで、なんとかやっています。経過も順調だそうです。だけど、たった1週間ほどの入院だったのに、思ったより体力が落ちてしまって。
Nさんに教えていただいたあと、病院の管理栄養士さんとお話しする時間をつくってもらい、術後の食事の工夫をいろいろ教えていただきました。でも、胸やけが強かったり、食べると冷や汗が出たりすることがあるようで、思うように食べてもらえないのです。
早く体重を戻したいのですが、1回に思うほど量を食べられません。妻には申し訳ないのですが。
胃の手術後は、多くの患者さんで、いっぺんに食事を摂れなかったり、食べるのに時間がかかったりといったことが、どうしても起こります。ですから、体重を戻さねばと思うあまりに、つらくなってしまわないように……。たとえば、今は「体重の維持」くらいを目安にするので十分だと思いますよ。
担当の先生にも、術後しばらくは、体が胃のない状態に慣れていないので、1回の食事の量を減らして、回数を増やすかたちで少しずつ新しい体を慣れさせていきましょうと言われました。私、「食べろ食べろ」とせかしてしまったかもしれません。焦りは禁物ですね。あなた、ごめんなさいね。
いや、私も早くよくなりたい一心だから……。でもNさん、このままじゃあ、職場復帰したあとも、昼食は休憩時間内に食べられるだろうかとか、営業付き合いの酒席なんかも、当分は無理だろうとか、考え始めると、本当に復帰できるのかと……。
治療の副作用や後遺症を実際に経験している現在の状況を踏まえて、職場に相談したいこと、協力や配慮をお願いしたいことを整理してみるとよいかもしれません。たとえば今のEさんでしたら……
職場の理解や配慮を得るために(状況整理のポイント)
心配される状況の例 | 職場に相談したいポイントの例 | |
通勤に関すること |
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勤務時間に関すること |
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休憩時間に関すること |
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職務内容に関すること |
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その他・環境面に関すること |
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こうして書き出してみると、何が不安で、何を会社と相談すべきなのか、明確になりますね。自分では、手術で悪いところを取ったら、今までと大差なく働けるはずだなんて都合よく考えていましたが、独りよがりではかえって職場に迷惑をかけてしまいそうです。
そうですね。体調も、まだまだ良い日・悪い日の波があると思いますし、疲れやすさも以前よりあるかもしれません。焦らず、どうしたら無理なく長く働き続けられるかを考えて、元の働き方にこだわりすぎず、今のEさんに合った「新しい働き方」を、職場の方と話し合っていけるとよいですね。
職場とは、入院中もこまめにメールで連絡をとってきました。会社は私の病欠を機に、これまで規定のなかった「病気休暇」という制度をつくるか検討してくれているそうです。小さな会社で大変なはずなのに、こんな私を応援してくれて、ありがたいです。早く復帰して恩返ししたいです。
Nさん、夫はこう言っていますが、私はまだ、本当に夫が仕事に復帰できるのか、心配です。ほかにも何かアドバイスいただけませんか?
そうですね。職場への恩返しのためにも、今しばらくは、無理をせず、ご自宅での療養を大切になさるのがよいと思います。復帰する日が決まったら、その前に、試しに通勤で使う電車に乗ってみたり、職務内容に近い作業を、勤務時間を想定して自宅で行ってみるなどの“シミュレーション”をする方もいます。また、Eさんの場合、しばらくはお弁当を持参されるのもよいかもしれませんね。Eさんの食べやすい食事を知っているのは、調理を担っている奥さまですから、奥さまの負担になりすぎない範囲で作って差し上げると、Eさんも安心して職場で昼食を摂れるのではないでしょうか。
自信はありませんが、がんばってみます。
それで、復帰のタイミングは、まだ決めかねているのですが、できるだけ早くと……。
ほら、焦らない、焦らない!
そうよ!
体調や体力の回復スピードは人それぞれなので、体調をみながら、ぜひ担当医と相談してくださいね。治療や体調のことだけでなく、具体的な職務に関することも、担当医や看護師などに遠慮なく相談して大丈夫ですよ。
●コラム 新しい働き方を考えるときに患者さんのなかには、病気をきっかけに、仕事に対する考え方や価値観が変化したり、また、仕事を続けたいと思っても、体の変化などによって、同じ職場で仕事を続けることが難しくなる人もいます。もう十分働いたから少しゆっくりしよう、と考える人もいるかもしれません。
本章では、仕事と治療の両立を目指すEさんのお話を中心にお伝えしてきましたが、もちろん、仕事を続けることも検討したうえで、結果として辞めることを決断したり、辞めざるを得ないという方もいます。病気を機に、これまでと違う生活や、新しい働き方(職場、雇用形態など)を模索することも、自分らしい日々を送るためには大切なことです。
長期に治療を受けながら就職を希望する方のために、国も対策を始めています。現在、一部のハローワーク(公共職業安定所)では、長期療養者就職支援事業として、がんなどの患者さんを対象に、専門相談員による職業相談や職業紹介を行っているほか、がん診療連携拠点病院に設置されているがん相談支援センターでも、ハローワーク職員による定期的な出張相談が開かれたり、社会保険労務士に相談できたりなど*、病気になっても安心して暮らせる社会の実現に向けた取り組みが進められています。
*本事業を実施していないがん相談支援センターもあります。
厚生労働省:長期療養者就職支援事業(がん患者等就職支援対策事業)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000065173.html
事業を実施しているハローワークや医療施設を検索することができます。