がんの在宅療養 地域におけるがん患者の緩和ケアと療養支援情報 普及と活用プロジェクトfacebook

第3章 社会とのつながりを保つ

この章では、治療と仕事の両立を考えるときに役立つ、さまざまな情報をまとめています。
多くのがんが「長く付き合っていく病気」となっている現在、診断を受けても、約8割の人がなんらかのかたちで仕事を継続しています。
職場への病気の伝え方やコミュニケーションのポイント、治療と仕事の両立に欠かせないご家族や周囲のサポート、活用できる制度や社会資源などについてみていきましょう。

この章のまとめ
  • がんと診断されても、仕事を「辞める」という決断を急ぐ必要はありません。治療と仕事を両立されている方が増えてきています。
  • 病気に関して、職場への伝え方に決まりはありませんが、病状や治療内容の詳細よりも、治療にかかる期間や復帰の可否・時期の見込み、復帰後必要になる職務上の配慮など、継続雇用のうえで企業側が必要な情報を伝え、仕事と治療をどのように両立させていくか、一緒に考えていけるとよいでしょう。
  • 治療と仕事の両立に関することや、療養中の経済的な側面の心配ごとに対し、活用できる制度や相談窓口があります。ご家族も相談することができます。

3-1.療養しながらでも、仕事や社会生活を継続できます

3-1-1.診断を受けても約8割の人が仕事を継続しています

日本では現在、年間に約100万人の人ががんと診断されていますが、そのうちおよそ3人に1人は、20歳代~60歳代の「働く世代」です。病名を聞いて、患者さん本人もご家族も、あるいは周囲の人も、もしかしたら「もう働けないのでは」と思うかもしれません。しかし実は、がんと診断を受けて退職または廃業した就労者は約2割で、残りの8割の人は、診断を受けても仕事を辞めることなく継続しています(また、この割合は年々高くなっています)。
この背景には、これまでお伝えしてきたとおり、がんの治療に加え、治療に伴う副作用を抑える医療(支持医療)が大きく進歩して、治療による体への負担が軽減されてきたことや、治療成績が向上し、多くのがんが「長く付き合っていく病気」になりつつあることがあげられます。また、国の政策(がん対策推進基本計画)においてもがん患者の就労支援が盛り込まれるなど、がんになってもこれまでに近いかたちで生活を続けることができる仕組みが整備されてきたことなどがあげられます。

次に紹介する「Eさん」も、日々仕事に打ち込むなかで、がんと診断され、戸惑いながら療養生活を模索し始めた一人です。相談員「Nさん」とのやりとりをみながら、職場への病気の伝え方や、就労・生活上の心配ごとなどについて、一緒に考えてみましょう。

仕事をもちながらがんの診断を受けたEさん

EさんEさん(55歳、男性)は、妻と高校3年生の子をもつ会社員です。年1回の健康診断をきっかけに胃がんの疑いがあることがわかり、精密検査を受けることになりました。長年、営業マンとして日々仕事に打ち込んできたEさんは、医師からがんの疑いがあると聞いたとき、すぐさま「退職」の2文字が頭をよぎりました。Eさんの勤め先は、社員15名ほどの小規模の会社で、自分が長く職場を離れることになれば、会社に迷惑がかかるだけだと思ったのです。一方で、大学受験を控えた息子のことも頭をよぎり、病気そのものよりも、仕事をどうすればよいのかで、頭がいっぱいになりました。
その後の検査の結果、がんであることがわかり、担当医からは手術療法(胃切除+リンパ節郭清かくせい)を勧められました。

Eさんの家族

3-1-2.「辞める」という決断を急ぐ必要はありません

患者Eさん実は、先ほど診断を聞いたばかりなんですが……。「疑いがある」と聞いたときから覚悟はしていたので、驚いたり、悲しいといった気持ちはないのですが、これで本当に仕事を辞めなければならないと思うと、どうしたらよいかわからず……。

相談員Nさんそれで相談室に立ち寄ってくださったのですね。よくお越しくださいましたね。


患者Eさん担当医からは手術が必要だと聞きまして。そうなると、さすがに会社に隠し通すことはできないでしょうし、弱った体で職場に貢献できず、お荷物になるくらいなら、いっそ自分から潔く身を引くべきだと――。

相談員NさんEさん、ちょっと待ってくださいね。落ち着いて。担当医はなんと言っていましたか? 仕事は辞めるべきだと?


患者Eさんいいえ、担当医に仕事について何か言われたわけではないのです。……そういえば診察室を出るときに、同席してくれた看護師さんが「Eさん、早まってお仕事辞めないで大丈夫ですからね、ご家族や上司の方とよく話し合ってね」と声をかけてくれましたが、そうは言っても、病気が病気ですから……。

相談員NさんEさん、まずは深呼吸しましょうか。一呼吸置いて、状況を整理しましょう。


患者Eさんはい、すみません。冷静なつもりでしたが、頭が混乱しています……。


相談員Nさんいいえ、大丈夫ですよ。大きな病気の診断を受けたのですから、頭のなかが真っ白になったり、不安で押しつぶされそうな気持ちになるのは誰も同じです。

患者Eさんはい、ありがとうございます。


相談員Nさん看護師からお伝えしたように、「退職」は人生の重大な決断です。病気がわかったからといって、今すぐに焦って決める必要はありません。特に、診断から間もないときには、どんな方でも冷静な判断が難しくなるものです。考える時間はありますから、どうか大切なことほど即断即決はせずに、ご家族や職場の方とも話し合っていただきたいと思います。

患者Eさんそう……ですよね。


相談員NさんですがEさんは、病名を聞いて「仕事など続けられるはずがない」と思ったのですね。


患者Eさんそう、そうなんです。手術で悪いところを取ってもらったとしても、体力が落ちてとても仕事どころじゃあないだろうと……。私は営業マンで、外回りは体力勝負ですから。

相談員Nさんお気持ち、とてもよくわかります。長年お仕事に情熱を傾けてきたからこそ、「職場に迷惑をかけられない」と思われるのですね。

患者Eさんええ。小さな会社ですから、戦力にならないなら、ただのお荷物じゃないかと。


相談員Nさんそう思われるのですね。……立ち入ったことをお伺いしますが、奥さまはお仕事はなさっていますか?

患者Eさんいいえ、専業主婦です。パートにも出たことがないくらいです。


相談員Nさんそうすると、もしEさんがお仕事を辞めてしまうと……。


患者Eさんそうなんです。息子も今年高校3年生で、大学に進学するなら、学費の心配もあるし……。私は仕事が好きですが、同時に、仕事は家族全員の生活の糧を得る手段でもある。だから本当のことを言えば、辞めたいなんて気持ちはこれっぽっちもないんです。むしろ、辞めたら家族がどうなるか……。本当の心配ごとは、そのことかもしれません。

相談員Nさんそれならなおのこと、「辞めること」ではなく、まずは「仕事と治療を両立させるためにできること」を一緒に考えてみませんか?

患者Eさん仕事と治療の両立なんて、考えもしませんでしたが、それができるなら……。


相談員Nさん今、多くの方が、仕事と治療を両立させて、日々の生活を送っていらっしゃいます。そのための支援制度や相談体制も整ってきていますから、落ち着いて考えていきましょう。

薬とカバンイメージ
ご本人の体験談

愛知県 40歳代/女性仕事と治療の両立の苦難を乗り越えて

愛知県 40歳代/女性

私はAYA世代でがんになり、その後再発や転移を経験し、進行がん患者として今も治療を続けながら暮らしています。初めてがんになり、再発、転移がわかった数年後までは休職などすることなく仕事と治療を両立していました。
しかし、進行がんになって数年後に、治療が少しきつくなるので、それまで仕事と治療の両立をがんばってきた自分へのご褒美の意味も込めて、退職しました。その後も治療が変わり、また働けそうと思い、再就職しましたが再度変更になった治療がきつく寝込むことも多くなり、結局再就職した仕事を退職し、もうこれ以上働くのは難しい、仕事と治療を両立させるのは難しいと思ってきました。しかし、新型コロナウイルスの感染対策を受けて働き方も多様になり、また今は体調も落ち着いていることから、在宅でできる短時間の仕事を見つけて、再び仕事と治療を両立できるようになりました。

AYA世代: 特にがん医療において用いられる語で、思春期・若年成人(おおむね15歳~30歳代)の世代を指す。AYAはadolescent and young adultの略。

福岡県 50歳代/女性大丈夫! ゆっくり休もうよ!

福岡県 50歳代/女性

近年、がん治療は大きく変わりました。だから、がん治療しながら働けます、抗がん剤治療しながら働けます、というメッセージをたくさん見てきました。実際そうだと思います。だけど、あえて私は伝えたい!「休んでもいいよ!」って。手術のダメージや術後の後遺症、抗がん剤の副作用も人によって違います。私は、胆管がんになり、膵頭十二指腸切除術を受け、在宅で抗がん剤治療を約1年行いました。さすがに職場復帰は自信がなく、退職。今まで、家事・育児・仕事といっぱい、いっぱいがんばってきたし、もし再発してしまったら、同世代のママよりも早く死ぬ。だから仕事は辞めて、のんびりしよう、自分の体を労り、向き合おうと決めました。
規則正しい生活をして、散歩したり、家族でハイキングに行ったり、不調のときは1日中寝てだらだらしたり。すると、少しずつ体力・気力が戻ってきました。
数年を経て異業種へ転職。新しい仕事にご縁をいただき、今、がんになる前よりも働いています。がん治療は長い、人生も長い。焦らず、ゆっくり、時間をかけて元気になりましょう。しっかり休むことはなんの遅れにもならない。休んでまた元気になればいい。そう思っています。

山口県 60歳代/男性通院治療を継続しながら仕事や社会とつながる

山口県 60歳代/男性

がんになっても仕事を続けたい、と多くの患者が思っていますが、治療、費用、会社の受け入れ態勢……と多くの不安材料があります。治療の進歩により、ほかの病気と同様に通院しながら仕事を続けることが可能になってきています。治療と仕事の両立は企業にとっても重大な問題です。治療に専念するため退職をされたら貴重な人材を失うことにつながりますので、企業側の受け入れ態勢や勤務形態、福利厚生や同僚社員の協力や意識変革も必要です。
私の場合も、告知を受けたときに動揺しパニックに陥りました。入院治療への不安、通常どおり勤務ができなくなるだろう、お金はいくらいるの?
「職場に迷惑をかけることはできない」と、告知の翌日に退職を申し出ました。大変ありがたいことに、上司より強く慰留されました。医師や医療スタッフ、がん相談支援センターなど多くの方々からも、退職を早まるなとの話を聞き、退院後に職場復帰は可能ではないかとの考えが湧いてきましたので、無理は承知で職場に連絡し、申し出の撤回を申し入れたところ、快く応諾していただくことができました。
今も仕事を続けられることに感謝し、またまた涙しました。趣味の蕎麦打ち・陶芸・弓道・乗馬などに加え、公的な委員、ボランティアに関わることで、これまでの恩返しとともに社会とつながり、生きている限り私からの何かしらのプラスエネルギーを与え続けたいと考えています。もちろん仕事は最期まで続けます。

趣味いろいろ
掲載日:2024年06月20日
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