純ちゃん

両親なりのエール

純ちゃん 20代 乳がん

私は一人っ子で、両親と3人で住んでいます。診断の4年前から症状がありましたが、原因が分からず、症状があることに慣れてしまい、家族もさほど気に留めることなく生活していました。

その後、乳がんの診断を受けました。一緒に結果を聞きに行った母と私は泣きました。父はなんて言うだろう、そんな不安を抱えながら、夜、父にも話しました。

すると父は「原因が分かってよかった。○○(私の名前)が生まれてきたとき、お母さんが緊急帝王切開になってしまって、まだ7ヶ月だった○○とお母さんの命が危ないって伝えられて、俺は葬式の準備をしていたんだよ。そのときの絶望に比べたら、大丈夫だと思っている。○○は生命力が強いし、治せるよ。」と言ってくれました。

あまりにもあっけらかんと言うので、私と母はぽかんとしつつどこか安心していました。家族みんなで悲しみのどん底に落ちたらどうすればよいかわからない、両親の悲しむ顔は見たくない、そう思って気丈に振る舞っていた私にとって、父のその態度と存在は支えになりました。もちろん、母にとっても救いだったと思います。

そして、術前最後の家族旅行に行きました。日本海を見ながら、母が「ここで何か叫ぼうよ。」と。母は「○○がんばれー!!!」と叫びました。普段そういうことを言わない母なので驚きましたが、診断日以来、私の前で涙を見せることのなかった母の愛情が、たっぷり伝わってきました。

その後、手術の日。オペ室に向かう私を見送りに来てくれた両親とかたい握手を交わすと、父が「麻酔がかかる前には、旅行で見たあの棚田を思い出して。落ち着くから。」と言いました。旅行で、素晴らしくきれいな棚田をみたからです。普段病気について触れてこない父なりの、とびっきりのエールをもらい、手術に挑むことができました。

一通り治療を終え、誰も何も言わないけれど、家族の絆は確実に強くなったと感じています。

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