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6-5.本人と家族の心のケア

6-5-1.可能なかたちで本人と心を通い合わせる

病状が変化していくなかで、治療を始めた頃や、在宅での生活を始めた頃に比べ、本人の体はだいぶ衰弱し、精神状態にも変化がみられるようになるかもしれません。お別れのときが間近に迫っていることを強く感じざるを得ない場面も増えてくるでしょう。ご家族も介護の疲れが溜まっているかもしれません。それでも、可能なかたちで本人と心を通い合わせることがお互いの支えとなります。

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患者Sさん妻夫はもともとは物静かな性格でしたが、最近はよく不機嫌になり、私や娘が話しかけても無視したり、邪険に扱ったりします。正直、夫の言動にストレスを感じることが増えてきました。

相談員Nさん最期を迎えることへの恐れや不安、怒りなどがこみ上げてきて、ご本人がふさぎ込んだり周囲にあたったりすることは、決して特別なことではないのですが、周囲の方が無視されたり、冷たく扱われたりすることにストレスを感じるのも無理はありません。しかし、どの場面でも共通して言えることですが、まずはご本人の言うことや行うことを受けとめ、辛抱強く相手の言いたいことや考えていることを理解しようと思う姿勢が大切です。ただ、暴力的な言動が増えた、急に体の様子が変わった、昼夜逆転して生活のリズムがおかしくなってしまったといった場合には、病状の変化に伴うものである可能性もあります。在宅医や医療スタッフに相談してみましょう。

患者Sさん妻私も、残された時間を不本意なかたちで終わらせたくはありません。家族でできるだけ楽しい時間を過ごしたいと思っています。でも、なかなかそのような展開にならなくて……。

相談員Nさんもしかしたら、ご本人は今のつらいお気持ちを聞いてもらいたいのかもしれませんが、ご家族や周りの方にどのように話せばよいのか、うまく伝えられていないのかもしれません。楽しい気持ちを分かち合うのと同じように、不安や悲しみについても避けることなく率直に語り合うことができればよいのですが、決して簡単なことではありませんよね。「そうだね」とか「そう思う気持ちもわかるよ」とか、いったんはご本人の気持ちを受けとめる姿勢をみせることで、少しでも前向きな気持ちになれるかもしれませんね(第1章1-2-3.参照)。

患者Sさん妻確かに、無意識のうちに、言葉や態度のなかで、暗くなったり不安になったりするような話題を避けるようにしていたかもしれません。

相談員Nさんそう、あまり構えすぎないことも大切です。ご家族が残された時間を楽しく過ごしたいと思う気持ちもとても大切です。ご本人と日常の出来事を楽しく話し合ったり、思い出話で盛り上がったり、あるいは冗談を言い合ったりできるとよいですね。ご本人の体調や気持ちに配慮しつつも、これまでの日常生活となんら変わらない空間をつくれるとよいと思います。ご本人にとって、ご家族の笑顔は一番の支えであり、残された日々を生きようとする気力や、最後のひとときを自分らしく過ごしていく心のよりどころになるはずですから。

患者Sさん妻たとえば、一緒にテレビを観たり、音楽を聴いたりとかでもよいのですか。


相談員Nさんええ、そうですね。病気になる前のご夫婦の過ごし方の延長線でよいのです。ご本人もご家族のいろいろな行事に一緒に参加できるとよいですね。一緒に過ごしたときの笑いや涙は、お互いにとって一生の思い出になると思います。

お見舞いの人への配慮

親しくしてきた友人や知人が最期の時間を一緒に過ごしたいと願い、お見舞いを希望した場合は、その人たちに会いたいかどうか、まずご本人の意向を確かめましょう。ご本人がお見舞いに応じたなら、あまり疲れない程度に滞在時間や人数などをあらかじめ調整しておきます。応対するのがつらいときや、話すのが苦しそうなときは、訪問者に時間の目安を伝えておき、長い時間のやりとりは難しいことを伝えておくとよいでしょう。
体調や気分が優れない、弱った姿を見られたくないなどの理由から、ご本人が会いたくないという場合には、ご家族からやんわりと断り、メッセージだけを受け取るようにするのも一つでしょう。訪問の有無にかかわらず、メッセージノートなどを作り、お見舞いを希望する人に記入してもらうのもよい方法です。ノートに記載されたメッセージを眺めることで、ご本人にとって励みになったり、勇気づけられたりすると思います。電話やメールでやりとりをしていただくのもご本人にとって負担やストレスの少ない方法です。

お見舞いの人への配慮

在宅療養のどんなときでも、コミュニケーションに共通するのはご本人の言葉に耳を傾け、ご家族の気持ちも素直に伝えることが大切だということです。ご本人が精神的に不安定になりやすい時期だからこそ、取り繕うことなく受けとめて、率直に語り合いましょう。

6-5-2.家族にとっても大切な心のケア

ご本人の体調や外見、それに伴う精神面の変化が大きい時期は、近くにいるご家族が受けるストレスも大きく、時には本人以上に手厚いサポートやケアが必要になることもあります。ご家族は自分自身の体調や心の状態にも目を向け、負担やストレスが大きすぎると感じたときには遠慮なく在宅支援チームに相談したり、力を借りたりするようにしましょう。

患者Sさん妻自分の体が疲れてきたこともありますが、夫に付き添っていくことがかなりつらくなってきました。最後まで気持ちがもつか心配です。

相談員Nさんもしかすると今が一番大変なときかもしれませんね。大切な人が弱っていくのを間近で見ているのはとても大変なことです。娘さんや息子さんともよく話をなさっていますか? 負担をかけてはいけないとお互いに遠慮があるかもしれませんが、一人で何でも受けとめたり引き受けたりしようとせず、ご家族内で苦しい気持ちを正直に語り合い共有することで、ご本人の支えになるヒントや提案が得られたり、気持ちを分かち合うことができると思います。

患者Sさん妻息子とはこのところあまり連絡をとっていませんでした。


相談員Nさん今すぐ役立つ具体的な対応方法が見つからなかったとしても、困っていることやつらいことを共有することで、お互い声をかけ合ったり、交替で見守ったりするなど、よい工夫が見つかるかもしれません。在宅支援チームもご家族の心身の健康を気にかけていますから、状況を率直に打ち明けて助けを求めて大丈夫ですよ。

患者Sさん妻この間も少しお話ししましたが、このところ、夫はさらに不機嫌で、何をしても言いがかりのようなことを言ってきて、正直心が折れそうです。本人の気持ちを受けとめて……というこの前のお話でしたが、そこまで強くいられるかどうか……。

相談員Nさんそうだったのですか。よく話してくださいましたね。ご本人の気分が不安定になったり、性格が否定的に変わってしまったりするのを目の当たりにすると、つらい気持ちになりますよね。介護を投げ出してしまいたい、このままでは続けられないという気持ちになることもあると思います。そんなときは在宅支援チームに相談して、一時的に介護から離れる時間をもてるように手配してもらうこともできます。また、「レスパイト入院」といって、ご家族に介護疲れがでたり、急な所用ができたりした場合に、ご本人に一時的に入院してもらうことで、介護者の方の休息や自由になる時間を確保できる場合もあります。在宅医や在宅支援チームのスタッフに相談してみるとよいと思います。

患者Sさん妻投げ出したいけれど、投げ出したくないのです。


相談員Nさん……ご家族の気持ちを思い切ってご本人に打ち明けてはいかがでしょう。「受け入れる」という話と矛盾するかもしれませんが、ご家族の心のなかに溜まったものを、思い切ってご本人に伝えてみるということを試みてもよいかもしれません。いったんは言い争ったり傷つけ合ったりすることになるかもしれませんが、ありのままの気持ちをお互いに知ることによって、日常的な感覚を取り戻すきっかけになるかもしれません。病気だからと特別扱いするよりも、本音を言い合える関係で接するほうが、ご本人やご家族の気持ちが楽になるということもあります。

患者Sさん妻……。


相談員Nさん話題によっては、ご本人とぶつかるのは避けたほうがよい場合もあるかもしれません。そんなときは、ご自分が爆発する前に少し距離を置きましょう。別の部屋で思い切り泣いて気を晴らすとか、誰かに話をじっくり聞いてもらうという対処法もあると思います。

患者Sさん妻私たち夫婦は、恥ずかしながら些細ないさかいの繰り返しでこれまで接してきたようなところもあります。言いたいことを言い合うことによって、お互いに胸のつかえが取れそうな気がしてきました。また、一時的にでも介護を休むことができたら少し落ち着くような気もします。

相談員Nさんでは、早速ほかのご家族や友人、在宅支援チームに相談して休息の時間をつくれるように準備を始めましょうか。お別れの時期が近づくにつれて、そのような時間はとりにくくなりますから。今のうちに心と体を一度リフレッシュしておくという選択もあると思います。

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ご家族が精神的・身体的に疲弊して絶望的になったり、怒りを感じて大きなストレスを抱えたりするのは無理もないことです。ご本人にやさしくできないことに負い目を感じたり、長年の葛藤やわだかまりが胸に湧き上がったりすることもあるかもしれません。そんなときは無理に抑えるのではなく、本当の気持ちとして大切にありのまま受けとめ、表現できる場をつくるのも一つの方法です。家で過ごす患者さん本人とご家族を支える在宅支援チームのスタッフは多くの経験をもとに相談にのってくれると思います。

暴言や暴力への対処法

本人の心のなかで対処しきれなくなった怒りや不安などが、心ない暴言や暴力というかたちで表現されることがあります。その対象は家族や在宅支援チームのメンバーに及ぶこともあります。対象が家族だけの場合、身内のこととして、誰にも相談できずにいると、本人も家族もつらい時期を過ごすことになってしまいます。できるだけ早い時期に在宅支援チームに相談しましょう。お互いの心に大きな傷を残さないためにも、専門家を交えてきちんと対処することが重要です。

掲載日:2024年06月20日
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