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母体血胎児遺伝子染色体検査

母体血胎児遺伝子染色体検査

                              (室月 淳  2012年9月30日)

岩木山

先日来のマスコミの大々的な報道により有名になりましたが,妊婦から採血しその血液中の遺伝子を解析することにより,胎児の染色体や遺伝子を調べる非侵襲的検査です.ここでは簡単な解説としてまとめます.

 検査の名称

新型出生前診断はマスコミがつけた仮の名前であり,医学的に正確には,無侵襲的出生前遺伝学的検査(non-invasive prenatal genetic testing; NIPT),あるいは母体血細胞フリー胎児遺伝子検査(maternal blood cell-free fetal nucleic acid (cffNA) test)などと呼ばれます.

名まえをわかりやすくするために,母体血胎児遺伝子染色体検査,ないし母体血胎児染色体検査という名称を,ここで個人的に提案します.またたまにMPS法という名前がでてくることがありますが,これはmassively parallel genomic sequencing methodを意味し,NIPTのいくつかある検査原理のひとつを指します.

 検査の目的

母体血中にある胎児由来遺伝子を調べることにより,胎児性別診断,RhD陰性妊婦での胎児のRhD血液型診断,胎児の単一遺伝子病や染色体異常の診断,さらには妊娠高血圧症候群の発症予知・胎盤機能評価の評価などを目的とします.これまで臨床的に実用化されていたのは胎児性別診断とRhD血液型診断でしたが,2011年より胎児染色体異常の診断が可能となり,医学的のみならず社会的にも大きなインパクトを与えました.

アメリカ・シーケノム(Sequenom)社が2011年10月から検査受託を開始したMaterniT21は,妊婦の血液から胎児の染色体異常が高精度で診断できるという画期的検査でした.当初は21トリソミー(ダウン症候群)が対象でしたが,その後に18トリソミー,13トリソミーも追加されています(MaterniT21 plus).国内でも複数医療施設による2012年内での検査開始が模索されています.

 MPS法の原理

ここではNIPTの原理となっているmassively parallel genomic sequence (MPS)法について解説します.

一般的にヒト体内では,さまざまな組織における細胞死とその崩壊にともなって核内の遺伝子が血液中に放出され,酵素によって分解される過程でさまざまな長さの遺伝子断片(cell-free nucleic acid)が存在しています.その数は10mlの血液中におよそ1千万程度と考えられています.MPS法では,血液中に存在する遺伝子断片をすべて回収し,次世代シークエンサーによって塩基配列を解読し,ヒトゲノム情報をもとにしてその遺伝子断片がどの染色体由来であるかを分類していきます.

妊婦から採血した血液の血漿中には,母体由来のDNA断片と胎児由来のDNA断片が混在しており,全体の約10%程度が胎児由来のものと考えられています.NIPTにおいては,母体由来と胎児由来を区別せずに各染色体ごとのDNA断片の数をカウントしていきます.もし胎児が21トリソミー(ダウン症候群)であれば,21番染色体由来のDNA断片が正常群とくらべてわずかに多くなることになります.NIPTはそのDNA断片数の差を解析し,胎児の染色体の数の異常を統計学的に予測する検査です.

(朝日新聞解説記事より引用)

 

 検査精度

シーケノム社のMPS法については,米国をはじめとする世界の27施設で計1988例を対象としたコホート研究が行われました.21トリソミーの出生前診断では感度sensitivityが99.1%,特異度specificityが99.9%という高い精度が報告されています.ただし陽性的中率は母集団の罹患率によって変化し,1/100(妊婦年齢では38歳相当)では90%以上ですが,1/300(35歳相当)では75%,一般頻度の1/900では30%程度になることに注意が必要です.逆に陰性的中率は母集団によってもあまり変化がなく,100%近い精度となります.

この集団(ハイリスク群)における感度sensitivity = 210/212 = 0.9905 (99.1%)特異度specificity = 1687/1688 = 0.999 (99.9%)

陽性的中率と陰性的中率は,検査の結果が陽性/陰性のとき,その被験者が疾患/正常なのかを推測する事後確率です.

たとえば21トリソミー発症率が0.3%の母集団20万人が検査を受けたとします.20万人中600人が21トリソミーであり,残りの199,400人が非21トリソミーです.NIPTの感度が99.1%ですから,21トリソミー600人のうち検査陽性者が595人,陰性者が5人となります.また特異度99.9%により,非21トリソミー199,400人のうち検査陽性者が199人,陰性者が199,201人です.すなわちこの場合,陽性的中率は595/595+199=75%です.逆に陰性的中率は199,201/199,201+5=99.997%と,ほぼ100%に近い確度となります.

 検査施行にあたっての留意点

感度,特異度からみる検査の精度自体は非常に高いといえます.しかしダウン症候群のリスクではローリスク群では陽性的中率がだいぶ下がってきますので,NIPTで陽性となっても確定診断としての羊水検査や絨毛生検は絶対必要といえます.またこの検査の対象はハイリスク群にすることが望まれます.

逆にNIPTの陰性的中率は対象群にかかわらずきわめて高いので,検査で陰性となった場合の確定診断は不必要と考えられますので,羊水検査や絨毛生検全体の施行例はかなり減らすことができます.ただし現在,ローリスク群に対する調査を行っているということで,その結果によっては結論はかわってくるでしょう.

上記のように検査対象は,従来ならば羊水検査や絨毛生検などの侵襲的検査が提示されるようなハイリスク群に限定されることになります.具体的には,染色体異常のスクリーニング検査でリスクが高いと判定された妊婦や高年妊婦,染色体異常児の出産既往や染色体異常児の家族歴がある場合などです.さらにこのNIPT検査について理解し,同意を得られた妊婦のみになります.

 倫理的問題

非侵襲的でかつ高精度の出生前診断法であるため優生的な目的への応用が危惧されています.感度,特異度からみる検査自体の精度はきわめて高いが,トリソミー21のローリスク群を900人にひとり程度の頻度と考えて計算すると陽性的中率は30%程度にしかなりません.あくまでも確定診断ではなくスクリーニング検査と考えられるため,倫理的な問題の本質は従来の血清マーカーテストと同じと考えられます.

世界的にも生命倫理の観点からさまざまな議論がなされていますが,実際には一般妊婦からの検査に対する圧倒的なニーズがあるため,高額な検査にもかかわらず広く普及しつつあるのが現状です.

 世界の状況

シーケノム社の検査はすでに世界20か国で行われています.さらに米国・ヴェリナータ(Verinata)社が2012年3月から,米国・アリオーサ(Ariosa)社が2012年6月から検査受託を開始しました.また詳細は不明ですが,中国・BGI社が2011年から中国国内で検査を行っているようです.

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母体血清中の細胞フリー胎児DNA染色体検査(2012年7月12日)

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