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母体血清中の細胞フリー胎児DNA染色体検査

母体血清中の細胞フリー胎児DNA染色体検査

                                  (室月 淳 2012年7月12日)

妊婦からの採血により胎児の染色体異常,特に21トリソミーの診断が可能な検査が今年中には日本でも開始される見込みとなりました.これは母体血清中に存在する胎児由来の遺伝子(細胞フリー胎児核酸,cell-free fetal nucleic acid; cffNA)を解析することにより,染色体の数的異常を評価する方法です.

現在行われている出生前の胎児染色体検査は,妊娠16週に母体腹部に針を刺し羊水を採取するというもので,検査による流産のリスク(0.3%くらい)がわずかにあります.この母体血清中のcffNA染色体検査は妊婦からの通常の採血のみでできるため,流産のリスクがまったくない非侵襲的な検査です.

 

 検査の原理

母体血中には自身由来のDNA断片のほかに胎児由来のDNA断片も存在しています.妊娠週数にともない少しずつ増加し,分娩後は半減期が十数分ですみやかに分解され消失していきます.母体血中胎児DNA の由来は,胎児細胞そのものというよりは発生学的に起源が同じである胎盤絨毛からと考えられています.

これらのDNA断片を集めて定量し,それぞれのDNA断片が何番染色体に由来しているかを同定します.各染色体に由来するDNA断片量の変化により,胎児の21番をはじめ13番,18番染色体のトリソミーを評価することになります.この検査の精度は,21トリソミーの場合では検出率(感度)99.1%,特異度99.5%,偽陽性率0.1%,陰性的中率99.9%とかなり高い数字が報告されています(1).

 

 具体的な検査方法

母体からの採血のみであり,妊娠10週以降より検査可能となります.結果がでるまでに10日程度とされています.検査費用は2,000ドル程度といわれていますが,日本での料金はまだ未定です.

アメリカではSequenom社がMaterniT21 testという名称ですでに検査サービスを開始しています.http://www.sequenomcmm.com/home/health-care-professionals/trisomy-21/about-the-test/

 

 検査の意義

母体血清中のcffNA染色体検査では,母体採血という無侵襲の検査により胎児の21番染色体の数的な異常(おもに21トリソミー)の有無を高精度に検出できる技術です.検査に偽陰性や偽陽性がわずかにあることや,現在のところ3種類以外の染色体異常の診断にはつながらないことなどの限界はありますが,従来の染色体異常検出のために行われてきた母体血清マーカー検査や超音波マーカー検査に比較して,検出率,偽陽性率とも格段に進歩しています.遺伝カウンセリングによって検査の意味と限界を十分に理解し,その上で検査を希望する妊婦に対して,この新検査法を提供することになるでしょう.

 

 わが国での今後の導入への道筋

当然のことながら,日本産科婦人科学会の出生前診断に関する見解である「「出生前に行われる検査および診断に関する見解」(2)に準拠しておこなわれることになります.おそらく産婦人科専門医,遺伝専門医がいる病院を拠点とし,一定の遺伝カウンセリングを行うことを条件として検査を認めることになりそうです.

カウンセリングはひとり30分以上をかけ,cffNA染色体検査は羊水検査も含めたいくつかの出生前検査のひとつであること,羊水検査による確定診断が必要なことなどを説明する必要がありそうです.

 

 倫理的問題

出生前検査の目的は,胎児に関する医療的情報を得ることにより女性が生殖上の選択肢を広げ,自らのことは自らが決める「生殖の自己決定権」をじゅうぶんに行使できることにあるといえます.そのために「安心」を求めている妊婦の気持にそって,より安全でより正確な検査方法を提供されることになります.

上記の母体採血によるcffNA染色体検査は,従来の侵襲的な羊水穿刺や絨毛採取による染色体検査に比べて,間違いなくより手軽でリスクの少ない検査です.その点では母体血清マーカーテストと性格が似ていますが,確率評価でしかない母体血清マーカーテストよりは感度,特異度とも格段に高くなっており,21,18,13トリソミーの確定診断にきわめて近くなっています.出生前検査は事前の不安を増加させ,検査結果が異常なしとなって初めて不安が解消されるという側面がありますが,cffNA染色体検査で結果がでるまでは10日前後と他の検査よくも短くなっています.

そういった点からcffNA染色体検査はメリット多い検査として,21,18,13トリソミーのハイリスク妊婦には明らかに価値があり有意義な選択肢となるでしょうが,検査のルーティン化が妊婦全体の健康と幸福を増進することになるかは充分に考える必要があります.染色体異常の胎児を産むかどうかを選択できるなら意義があるかもしれません.また出生前検査によって妊婦は胎児の健康状態を知ることができます.しかし妊婦の不安が増大し,かえって妊娠中のQOLを損ねる可能性も予想されます.実際のところ,ある女性には利益であっても別の女性には不利益となるかもしれません.同じことでもそれを受け止める女性の生活や価値観によって異なってくるのは当然です.

染色体の確定診断法である羊水検査や絨毛生検には流産のリスクがあるから出生前診断は受けないと決めた場合,現在においてこれは充分にリーズナブルな判断といえます.このことは高齢や染色体異常の特定のリスクのある妊婦に検査を限定するという方針の根拠にもなってきました.しかし妊婦からの採血のみで可能なこのcffNA染色体検査にはこういったリスクはなく,検査を受ける妊婦に安心感を与えるといういいかたもなされています.しかしこの安心感が検査のための口実とされ,やがては全妊婦に検査対象が拡大されていくとすれば大きな問題です.ローリスクの妊婦に広く網羅的に検査を行われるようになれば,妊娠や出産に関する個人の選択に社会の思惑が介入してきて,優生的な目的に容易に転嫁していくことを危惧する必要があります.

また,きちんとしたカウンセリングを受けず安易に検査を受けた場合には,きわめて深刻な問題に直面することになる可能性があります.出生前検査の最大のリスクは,検査自体よりも検査によって得られた情報への対応を知らないためにおこるともいわれています.正常という結果による安心感の裏側には,胎児の染色体異常や選択的中絶という難しい問題が常につきまとい,この矛盾は医療関係者や家族とのつらい話し合い,いろいろな迷いや逡巡といった形で大きなストレスを強いることになります.

染色体異常の結果がでても,多くの場合では有効な方策は何もなく,選択的中絶をするかその子の誕生をまつかのどちらかしかありません.実際に選択的中絶を選ぶ女性も少なくないでしょう.もしcffNA染色体検査の事前のカウンセリングや結果の告知で女性にかかわった医療スタッフが,その後の選択的中絶には直接携わらずに他の医療施設にまかせたとすれば,女性はその時点で見捨てられた思いをすることになります.いろいろな点で難しいcffNA染色体検査に医療者がかかわるときは,女性にかかわり寄り添って,最後の最後まできちんとフォローしてあげる覚悟が必要とされると思います.

 

 参考文献

1. DNA Sequencing of Maternal Plasma to Detect Down Syndrome: An International Clinical Validation. Genet Med. 2011 Nov;13(11)

2. 日本産科婦人科学会「出生前に行われる検査および診断に関する見解」(2011年)http://www.jsog.or.jp/news/pdf/shussyouzenkenkaikaitei_20110206.pdf

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カウンタ 11857 (2012年7月12日より)