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福島の先天異常率

 原発事故後の福島の先天異常率は全国と有意差なし

                                  (室月 淳 2014年8月6日)

 2014年7月26日朝日新聞の記事

まず最初に,朝日新聞デジタル 2014年7月26日の記事を引用します.福島県で生まれた新生児における心奇形,二分脊椎,小頭症などといったさまざまな先天異常の発生率は,全国平均とほとんどかわらないことが報告されました.ほんとうによかったと思います.

先天異常率「全国と同じ」 厚労省,福島の赤ちゃん調査 (朝日新聞2014年7月26日)

東京電力福島第一原発の事故後に福島県内で生まれた赤ちゃんは,全国の赤ちゃんと比べて先天異常の発症率がほぼ同じ傾向だったとする報告を、厚生労働省研究班がまとめた.27日に相模原市で開かれる日本先天異常学会学術集会で発表する.

研究班は,日本産婦人科医会が毎年実施している全国調査のデータと,2011年の原発事故以降、福島県内の全分娩(ぶんべん)施設を対象に実施した調査のデータを比較した.全国調査は1997〜2010年に生まれた赤ちゃんのうち回答のあった約122万人,福島県内は11〜13年の約1万7800人について解析し,1万人あたりの先天異常の発症率を比べた.福島県では年間約1万5千人の赤ちゃんが誕生している.

解析の結果,妊娠22週〜生後1カ月の間にわかった心室中隔欠損やダウン症,口唇口蓋裂(こうがいれつ),多指症など,すべての先天異常の発症率が,全国調査と福島調査の間に統計的に意味のある差はなかったという.福島県内の地域による違いなどは調べていない.研究班はさらに解析を進めるとともに,長期的な影響についても調べる.

放射線被曝(ひばく)と先天異常の関係はわかっていない.WHOなどは05年,チェルノブイリ原発事故で先天異常が増えた証拠はないとの報告書をまとめた.一方,一部の異常が増えたとする論文が,米国小児科学会誌に10年に発表された.主任研究者の平原史樹・横浜市立大教授は「今後さらに症例数を増やすとともに,解析の方法も検討したい」と話している.(岡崎明子)

 

 上記記事の解説

福島原発事故後の出生児全例調査の結果です.福島県で生まれた新生児における先天異常の発生率は,全国平均とほとんどかわらないことが報告されました.奇形児がたくさん生まれているなどといった,これまで喧伝されてきた悪意あるウワサや風評が,根も葉もない嘘,無責任なデマであることがようやく証明されました.全例調査というたいへんな仕事をされた福島の先生がたの労に心から感謝します.

チェルノブイリ原発事故のあとにヨーロッパでパニックがおこって,各国の中絶数が一時的に急増したという事実がありました.ギリシャでは事故後の月別の出産数を解析すると,数ヶ月後には30%程度減少しており,事故当時に妊娠初期であった妊婦が同程度の割合で中絶をおこなったと推定されています(1).

以前に公表された本邦の人口動態統計を解析すると,福島原発事故の福島県の出生数は人口減により減っていますが,人口妊娠中絶数はもちろん中絶率も減少しています.危惧されたパニックは福島ではまったく認められませんでした.このことは福島のひとたちの民度の高さを証明していると思います.

この調査研究の基本構想は国連のWHO関連のICBDSR(国際先天異常監視機構)が提唱したもので,厚労省研究班が主導し,ICBDSR日本支部や日本産婦人科医会などが協力しています.ある地域の全人口を対象とする(population-based)調査研究です.

とても手間のかかるこの調査を実際におこなったのは,福島医大の藤森敬也先生のグループです.この精緻で膨大なデータは,国際学会で順次報告され,詳細に議論,検討されながら,その都度まとめられた分が英文で国際的に公開されていくことになります.

今回の国内学会発表はその嚆矢であり,朝日新聞の記事はそのスクープでしょう.しかし実は藤森先生ご自身の希望により,つい最近のことですが,地元の英文誌にそのプレリミナリーな解析結果がパブリッシュされました(2).心配ないという結果をみなにすこしでも早くフィードバックしたからとお聞きしました.この論文を読めば,出生児の先天異常率も流死産率も全国平均と有意にかわらないことが理解できます.

なお「全例調査」というのは,"population-based (cohort) study"のことを意味しています.国内での先天異常の発症率は,これまで「サンプリング調査」で調べられてきました.なぜならば年間110万人の出生児をすべて調べるには膨大な手間と時間がかかるためです.

そこで国内の病院,診療所をかたよりのないように抽出して,そこで出生した児について詳細に報告してもらい(hospital-based),それを毎年全国的に集計してきました.福島県内においてももちろん同様でした.ですから2010年以前の福島県の全例調査のデータはもちろん存在していません.

福島県内の分娩数は1万数千件ですので,発症頻度の低い疾患を統計的にあつかうにはじゅうぶんな注意が必要です.そこで1997-2010年の全国のデータと,2010-2012年の福島でのコホートデータを比較しているのです.こういったことは疫学の基礎なのですが,一部に誤解があるようですので念のため.

もちろん調査は今後も継続されます.Numberが増えればさらにより適した統計学的解析が可能となっていくでしょうが,現時点では比較的妥当な結果といえると思います.調査研究の結果が順次発表され,論文として公開されるとはそういう意味です.

 

 個人的な あまりに個人的な感想

東日本大震災の被災地では,津波で直接的被害をうけた沿岸部以外でも,多くの人間が強い揺れによるショックとライフラインの機能停止による生活困難を経験しました.こういったストレスは生活がもとにもどっていくにつれて消えていくのですが,それには意外と時間がかかりました.

産科医としてのわたしは,震災直後は病院に殺到する産婦への対応,その後市内の産科医療が復旧したあとは被災地への支援と,休む間もなく仕事をしていました.そうしているあいだも,原発事故後の放射線被曝の影響の問題はずっとわたしのこころにかげさしていました.

そのことは考えれば考えるほど苦しくもなりました.生活困難のなかでなんとか医療を維持していた10日あまりのあいだも,せめてこの原発事故さえなければ希望をもってがんばれるのだが,となんども思ったことをいまでもよく覚えています.もう3年以上も前のことですね.

放射線被曝の問題にたいする答えは,もうしわけなくも思うのですが,被災者のため,福島のひとのためというよりは,まずなによりも自分のためにどうしても必要というのが正直な気持でした.その後個人的に調べ考えてきたのは,だれにたのまれたわけでもない,純粋に内的な動機によるものです.

震災直後から柄にもないブログをはじめ,不特定多数に個人的な思いを発信してきたのは,われながらふしぎなのですが,これは一種のピアカウンセリングだったのかもしれないと最近思い当たるようになりました.ひとりで考えていると重苦しい感覚がのしかかってきます.

それはたとえば,何かをしなければならない,しかし何もできないという思いです.ときにはだれかを悪者にして,すべての責任をおわせて非難したい気分にもなることもありました.思考の悪循環ですね.精神衛生をたもつためには,自分の考えをだれかに聞いてもらうことが有効な方法のひとつです.

いま直面している問題なり仕事の現状や,これからの課題なりをだれかに聞いてもらう.そのことが自分にとっておおきな救いとなり,さらにはそれによってこれからの方向性すらみえてくることがあります.これはピアカウンセリングの一種といってもいいのではないでしょうか.

原発事故後の福島県の先天異常発生率は全国平均と有意差なし,という厚労省研究班の報告はおおくのひとたちの注目を集めました.SNSでの反応では,医療関係者が中心のフェイスブックでは「それはまあそうだろう」という感じでしたが,一般のひとが多いツイッターではどんどんリツイートの数が増えていったところをみると,やはり大きなインパクトがあったのだと思います.

わたし個人としては事故後の早い段階で,遺伝的にも,次世代の異常発生にもほとんど影響なしとの一応の確信をもって,それで南相馬での放射線健康カウンセリングの活動に参加してきました.しかしこの問題は,いくら本を読みひとの話をきいてもなかなか結論にはいたりません.正反対の主張はいくら議論してもまじわることはないのです.

現場における実際のデータをみていくなかで事実を知るほかない.そう考えていたわたしは,複数の専門「委員」をなかば請われるままに,なかば自ら手をあげるかたちでひきうけました.どれも福島における一次データ収集を監視し、解析、検討する役割のものです.

ですから福島での先天異常発生率について,今回公表された具体的なデータを知らされる立場にあります.そして,低線量被曝が福島で生まれたこどもたちにほとんど影響もあたえていないことを改めて確信することができました.それがなによりわたしにとってはたとえようもなく価値あることでした.

データをかくしている,データ操作をしているという批判をまたぞろ見かけますが,そんな他人の思惑などよりも,自分自身が事実を知ることができた,それがなによりも重要なことです.そのことをおおくのひとに伝え,理解し納得してもらうのは「この次」の仕事でしかありません.

来年の3月で丸4年,すなわちチェルノブイリ周辺で甲状腺癌が増加しはじめたとあう事故後5年目にはいります.福島で甲状腺癌の発生率がどうなっていくか,これからすこしずつあきらかになってくるでしょう.自分の目で真実をみきわめていくのがこれからのわたしの「希望」です.

専門「委員」をひきうけたことで,一部から非難されたり,誹謗中傷をうけたりといろいろあるのですが(苦笑),実はそんなことはたいした問題ではありません.わたしにとってはほんとうのことを知ること,納得できること,それが生きていくうえでなによりも意味あることです.

 

 文献

1. Trichopoulos D1, Zavitsanos X, Koutis C, et al: The victims of chernobyl in Greece: induced abortions after the accident. Br Med J 1987;295:1100. Download

2. Fujimori K, Kyozuka H, Yasuda S, et al: Pregnancy and birth survey after the great east Japan earthquake and Fukushima daiichi nuclear power plant accident in Fukushima prefecture. Fukushima J Med Sci 2014;60:1-7 Download

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カウンタ 18541 (2014年8月6日より)