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子宮内で低栄養に曝された胎児

子宮内で低栄養に曝された胎児はどう適応しているのか?

                                      (室月淳 2006年)

この文章は2005年に書かれたものです.アーカイブとしてここにアップします.

キーワード

成人病胎児期発症説,胎児プログラミング,子宮内胎児発育遅延,コルチゾール,11β-hydroxysteroid dehydrogenase

抄録

子宮内プログラミングとは,胎児が発達分化のクリティカルな時期にストレスや侵襲に曝され,生理的あるいは代謝的プロセスが永続的に変わることをいう.生活習慣病の起源を胎児期の低酸素,低栄養状態に求めるバーカー理論は,コルチゾールによる子宮内プログラミングから説明が可能である.

 

 はじめに

子宮内胎児発育遅延(intrauterine growth restriction: IUGR)に関して疫学的な研究や動物実験によるデータが積み重ねられ,近年,心疾患や高血圧,耐糖能異常の発症リスクとの関係が明らかにされてきた.発達における大切な時期に低酸素や低栄養に曝されると重要な臓器の発育が低下し,組織の代謝や構築に不可逆な変化を来たすことが,将来の成人病の発症の原因であると考えられている.一昔前までは「小さく産んで大きく育てる」というのが妊婦の一種の理想と考えられてきたが,今や過度の体重制限やダイエットによる児の出生体重の減少による弊害がクローズアップされている.

こういった成人病の起源を胎児期の低酸素,低栄養状態に求める考え方は「成人病胎児期発症説」,あるいは提唱者の名前をとって「バーカー理論」と呼ばれる.イギリスの公衆衛生学者であるDavid Barkerは,子宮内胎児発育遅延(IUGR)と将来の心血管系疾患の発症との間に疫学的に密接な関係があることを見い出した(1).バーカー理論は疫学的データにより導き出されたものであるが,病態生理学的にみたその発症メカニズムについてはいまだ不明な点が多い.本稿では,胎内での発育分化における重要な時期に低酸素や栄養障害に曝された胎児がどのように適応し,それが出生後にどのように影響を及ぼすかを見ていきたい.

 母体の低栄養と「子宮内プログラミング」

妊娠ラットに栄養制限を行った動物実験では,出生仔は体全体が小さいだけではなく,特定の臓器の発育が特に遅れることが知られている.体全体の体重に比べてみると脳や心などではそれほど影響がないが,肝臓や膵臓はかなり小さくなることが知られている(2).子宮内の低栄養に対しても脳や心の発達はある程度保護されるメカニズムがあることが推測されるが,これは「血流再配分」という言葉があるようにヒトのasymmetrical IUGRなどでもすでに知られてきた概念である.臨床上も胎児中大脳動脈のドプラ血流速度波形をみると,低酸素状態では脳血管抵抗が減少していることが明らかであり,血流再配分による脳血流の増加と末梢組織への血流の減少は,asymmetrical IUGR児における特徴的な不均衡体型(やせた体と大きな頭部)を容易に連想させる.

IUGR児に認められる不均衡な臓器発育は,長期的な胎児血流の変化によって直接生じてくるというよりは,移送されてくる酸素やエネルギー基質の量に適応して各種成長因子(growth factor)の組織発現が変化するメカニズムによると考えられる.ほとんどの成長因子は胎児の各組織にあまねく発現することから考えると,子宮内での成長は成長因子の局所的な自己分泌(autocrine)と傍分泌(paracrine)によるネットワークによって調節されていると推定できる.不均衡な子宮内発育の結果生じるIUGRも,この局所における細胞や組織間のコミュニケーションの媒体としての成長因子の視点からみると興味深い.その中で最も注目されているのはインスリン様成長因子(insulin-like growth factor; IGF)であり,大きく言ってIGF-IとIGF-IIの二種類が知られている.それぞれの遺伝子を欠いたknock-out mouseでは,いずれも高度の胎仔発育遅延を認める.

子宮内での肝臓や膵臓における選択的な発育の低下は,成長後の血糖/インスリン調節系に問題を起こすだろうことが容易に考えられる.糖尿病はインスリン分泌とインスリン抵抗性の両者がさまざまな程度に関与して,インスリンの作用不足を来して発症する.実際に妊娠ラットに低栄養食を与えると,出生仔の膵臓のβ細胞が減少したり(3),腎臓のネフロン数が減少する(4)ことなどが報告され,IGFの組織発現との関係が示唆されている(5).膵β細胞の減少はインスリン分泌不全を来たす可能性があり,ネフロン数の減少は将来の腎性高血圧のリスクを高める.

また子宮内で低栄養下におかれると,胎児の末梢臓器はグルコース利用を最小限にするように発達し,たとえば筋肉量などは減少する.このため出生後は骨格筋や肝,脂肪といった代表的インスリン感受性組織での糖の取込みや利用の低下が生じ,いわゆるインスリン抵抗性につながると考えられる.こういった子宮内環境の悪化に対する適応反応は胎児期の生存には有利に働くが,臓器や組織に起こった変化は永続的に続くため,出生後に高血圧,糖尿病,心疾患の発症リスクの増大などさまざまな影響を及ぼす.この考え方は「胎児プログラミングfetal programming」と呼ばれている.

 胎児の下垂体−副腎系の変化

この胎児プログラミングを司るカギとして注目されるホルモンがグルココルチコイドである.グルココルチコイドには胎児の発育分化を調節する働きがあり,臨床上で早産未熟児の肺の成熟を促すために母体に投与することはよく知られている.胎児期においてコルチゾールは多くの遺伝子発現を調節する因子である.実際に妊娠ヒツジにコルチゾールを投与すると,胎仔の発育が抑制され,生理機能と代謝が影響を受けて永続的な高血圧となることが報告されている(6).慢性的なコルチゾールの過剰分泌を示すクッシング症候群では,しばしば高血圧,耐糖能異常,動脈硬化,血管病変などを認めることもひとつの傍証となる. 子宮内環境に対する適応が成人後の発症リスクを増加させる機序には,胎児の下垂体−副腎系の働きの変化が大きな関わりをもつことが予想される.

妊娠ヒツジを用いた実験で,胎仔胎盤に人工的に塞栓を繰り返した慢性低酸素,胎仔発育遅延モデルにおいては,子宮内環境に起因する慢性ストレスが,胎仔の下垂体‐副腎系を慢性的に刺激して,コルチゾールが過剰分泌されるようにリセッティングする(7)ということ,さらにコルチゾールの働きを不活化する酵素(11β‐ハイドロキシステロイド脱水素酵素;11β-HSD)の発現が慢性低酸素により低下し,結果的にコルチゾールの作用が増強する(8)ことが報告されている.

本態性高血圧のモデルとしてSAME(Syndrome of Apparent Mineralocorticoid Excess)という遺伝性疾患が解析されている.これは11β-HSDをコードする遺伝子の異常を示し,11β-HSD活性の低下によるコルチゾールのミネラルコルチコイド作用の増強により高血圧と低カリウム血症を引き起こすものである.血中のコルチゾールレベルはアルドステロンの1000倍という高いレベルにある. 11β-HSDがこの高いレベルにあるコルチゾールを不活化して親和性のないコルチゾンに代謝することで,コルチゾールが受容体を活性化することを防ぐ重要な役割を果たしている.上記の実験モデルによれば長期低酸素によってヒツジ胎仔の腎尿細管細胞における11β-HSDの発現低下を認めており,子宮内環境と出生後の高血圧発症との接点をみつけることができる.

 循環機能に対する影響

発育遅延胎児は子宮内で慢性的な高血圧の状態にあると考えられている.コルチゾールは,それ自体が血圧上昇作用があるほか,血管壁のアンギオテンシンII感受性を亢進させることが知られている.また胎児の心拍出量の40〜50%が胎盤へ向かうため,胎盤血管抵抗が増加すると胎児血圧の上昇,心の後負荷の増大を引き起こすことが予想される.胎児の血圧調節機能,すなわち動脈圧受容体反射機能は妊娠後期に発達するため,もし胎児が慢性的に血圧上昇に曝されていればその機能発達に何らかの影響を受け,結果的に出生後の病的現象を生み出すことになる(9).

圧受容体反射機能では閾値圧の高血圧領域へのシフトと調節機能の感受性を低下させ,血圧上昇傾向を来すと予想される.内分泌的には血中カテコラミンの増加が認められ,これがまた血圧上昇や心筋肥厚,血管壁の病的変化を起こす働きがあると考えられる.心には心肥大と心筋肥厚という器質的変化が認められ,これが将来的な心疾患の発症と関係する可能性がある.こういった胎児心や血管の器質的および組織学的変化,さらには動脈圧受容体反射における閾値圧の変化などが,子宮内プログラミングのもうひとつの本態と考えられる.

 遺伝子レベルでの仮説

胎児期での低栄養状態が成人病の発症に関わってくる機序として上に説明してきた組織学的変化のほかに,遺伝子発現機構のレベルでの異常が指摘されるようになってきた.胎児インスリン仮説(fetal insulin hypothesis)は,遺伝的に規定されたインスリン抵抗性が胎児発育遅延のみならず成人後の生活習慣病発症リスクに関与するという考え方である(10).さらにこの仮説を拡張してインスリン作用を修飾する因子,たとえばいわゆる倹約遺伝子に関しても議論されている.インスリン感受性にかかわる核内受容体として知られているPPARγ遺伝子に関して,この遺伝子多型が出生体重と関係するという報告(11)があり興味深い.

生活習慣病発症においては遺伝素因も一般に重要視されている.子宮内での低栄養,低酸素といった「環境因子」と,生活習慣病の発症や進展を規定する「遺伝因子」の関係として,子宮内環境による遺伝子のエピジェネティックな修飾が注目される.すなわち胎児の発達の過程でDNAの塩基配列の変化なしに不可逆的な遺伝子発現パターンを形成している可能性があり,今後の研究が待たれる.

 まとめ

子宮内プログラミングとは,胎児が発達分化のクリティカルな時期にストレスや侵襲に曝され,生理的あるいは代謝的プロセスが永続的に変わることをいう.生活習慣病の起源を胎児期の低酸素,低栄養状態に求めるバーカーの仮説もこの子宮内プログラミングから説明が可能であろう.一つめは,長期低酸素ストレスによる胎児下垂体−副腎系機能の賦活化による慢性的なコルチゾール増加,さらには腎における11β-HSD2活性の低下によるコルチゾールのミネラルコルチコイド作用の増強が上げられる.二つめに低栄養環境に対するエネルギー節約型への体組織の転換とその結果としての出生後のインスリン抵抗性の獲得,三つめとして,高血圧やカテコラミン上昇による心血管の器質的および組織学的変化,さらには動脈圧受容体反射における閾値圧の変化などが考えられる.

これら3つのことは一見ばらばらの現象にみえるが,いずれもストレスホルモンであるコルチゾールの働きが鍵となって起こると考えられる.妊娠羊に対して長期にわたってコルチゾールを投与すると,胎仔の発育を阻害するほかに胎仔心の肥大,血圧上昇が認められたという(12).同様にコルチゾール投与により胎仔の動脈圧受容体反射がより高血圧領域にリセットされることも知られている.すなわち胎児期におけるコルチゾールは発育を遅延させ低出生体重児とするのみならず,将来の高血圧や血管系疾患,糖尿病などの発症リスクを高くすると考えられる.

さらに最近ではそういった病態生理学的な変化の背景として,胎生期の環境による遺伝子のエピジェネティックな修飾が仮説として提唱されるようになった.これらのメカニズムが解明されることにより疾患の病態解明や予防へと発展させていけることを期待したい.

 文 献

  • 1. Barker DJ, Osmond C: Infant mortality, childhood nutrition, and ischemic disease in England and Wales. Lancet I:1077-1081, 1993
  • 2. Desai M, Gayle D, et al: Permanent reduction in heart and kidney organ growth in offspring of undernourished rat dams. Am J Obstet Gynecol 2005;193:1224-1232
  • 3. Merlet-Benichou C, Gilbert T, et al: Intrauterine growth retardation leads to a permanent nephron deficit in the rat. Pediatr Nephrol 1994;8:175-180
  • 4. Snoeck A, Remacle C, et al: Effect of a low protein diet during pregnancy on the fetal rat endocrine pancreas. Biol Neonate 1990;57:107-18
  • 5. Martin MA, Serradas P, et al: Protein-caloric food restriction affects insulin-like growth factor system in fetal Wistar rat. Endocrinology 2005;146:1364-71
  • 6. Tangalakis K, Lumbers ER, Moritz KM, Towstoless MK, Wintour EM: Effect of cortisol on blood pressure and vascular reactivity in the ovine fetus. Exp Physiol 1992;77:709-717
  • 7. Murotsuki J, Gagnon R, et al: Effects of long-term hypoxemia on pituitary-adrenal function in fetal sheep. Am J Physiol 1996;271:E678-685
  • 8. Murotsuki J, Gagnon R, et al: Chronic hypoxemia selectively down-regulates 11beta-hydroxysteroid dehydrogenase type 2 gene expression in the fetal sheep kidney. Biol Reprod 1998;58:234-239
  • 9. Murotsuki J, Challis JR, Han VK, Fraher LJ, Gagnon R: Chronic fetal placental embolization and hypoxemia cause hypertension and myocardial hypertrophy in fetal sheep. Am J Physiol 1997;272:R201-R207
  • 10. Hattersley AT, Tooke JE: The fetal insulin hypothesis: an alternative explanation of the association of low birth weight with diabetes and vascular disease. Lancet 1999;353:1789-1792
  • 11. Eriksson JG, Lindi V, et al: The effects of the Pro12Ala polymorphism of the peroxisome proliferator-activated receptor-gamma2 gene on insulin sensitivity and insulin metabolism interact with size at birth. Diabetes 2002;51:2321-2324
  • 12. Jensen EC, Gallaher BW, et al: The effect of a chronic maternal cortisol infusion on the late-gestation fetal sheep. J Endocrinol 2002;174:27-36

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