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骨系統疾患の胎児治療の可能性

骨系統疾患の胎児治療の可能性

                                  (室月 淳 2014年8月28日)

図1. 第5回胎児骨系統疾患フォーラム「骨系統疾患の治療−胎児治療を視野にいれて」(2012年12月2日,仙台).左より竹谷健先生(島根大),妻木範行先生(京都大),大薗恵一先生(大阪大),島田隆先生(日本医大).  

 抄録

骨系統疾患の胎児治療として現在考えられている方法に,々攸琶篏捨屠 き∈得鍵絣悗箸靴討隆敢挧Π椰◆き0篥岨匱N鼎裡海弔ある.酵素補充療法については,低フォスファターゼ症(HPP)に対するリコンビナントALP製剤の治験がすでに日本でもはじまっており,いずれ胎児にも適応されることが期待される.再生医学としては骨形成不全症胎児にたいする間葉系幹細胞移植の報告が複数あり,いずれもある程度の治療効果が認められている.遺伝子治療にかんしては,国内でなされたHPPモデルマウスを用いた胎児の遺伝子治療の研究で,きわめてすぐれた治療効果を得た.骨系統疾患の胎児治療はその安全性と倫理的な問題によりいずれもまだ研究段階にあるが,出生時にはすでに病態が完成している骨系統疾患の重症例を救命し治療していくためには早い段階での治療が求められており,これらの胎児治療にたいする期待は大きい.

 

 はじめに

「胎児骨系統疾患フォーラム」(1)は,産科医,小児科医,小児整形外科医,小児放射線科医などの臨床医と,遺伝子や発生などを扱う基礎系研究者などが,自主的に集まってできたnon-officialなネットワークである.出生前から出生後の周産期における骨系統疾患の児の診断治療,あるいは新しい知見について検討や情報交換をおこない,個々の経験やノウハウを共有することによってこれからの周産期臨床に生かしていくことを目的とする.また,一般の医療施設からのコンサルトされた症例について助言やサポートなどもおこなっている.

現在,妊娠管理では超音波検査が一般化し,胎児計測のなかの大腿骨長の短縮を契機として,胎児骨系統疾患症例がみつかって紹介されてくることが多くなった.これらの疾患は,出産前後や新生児早期に死亡に至るものから,生命予後良好のものまで非常に多岐にわたる.もちろん生命予後不良の一群にたいしては周産期管理に苦慮することが多く,正確な診断にもとづいた胎児期からの治療や管理が求められている.

2012年年12月に仙台で開催された第10回日本胎児治療学会の3日目には,ジョイント企画として第5回胎児骨系統疾患フォーラム「骨系統疾患の治療−胎児治療を視野にいれて」がおこなわれた(図1).プログラムは,竹谷健(島根大学輸血部兼小児科)「重症低フォスファターゼ症に対する骨髄移植併用同種間葉系幹細胞移植」,妻木範行(京都大学iPS細胞研究所)「細胞リプログラミング技術を用いた軟骨疾患モデリング」,大薗恵一(大阪大学小児科)「骨系統疾患の新たな治療法」,島田隆(日本医科大学分子遺伝学)「低フォスファターゼ症の遺伝子治療」という4つの特別講演であった.本稿はここで議論された骨系統疾患の胎児治療の可能性をもとにまとめられた.

 

 なぜ胎児治療なのか?

骨系統疾患のかかえる問題の核心は,ほとんどすべての骨系統疾患が治療できないことにある.われわれの出生前診断の試みも,胎児期に診断することにより人工妊娠中絶をおこなう目的と誤解されることがある.もし骨系統疾患が治療可能となれば出生前診断についての考えかたや取りくみはおおきく変わっていくだろう.生命予後がよくない一群の疾患では,胎児期に症状が進行し出生時には病態が完成している.仮に治療法があっても出生後ではすでに手遅れになるため,胎児期からの治療が必要とされる.

胎児に治療をおこなうメリットは大きい.ひとつめに胎児の免疫系は未発達で未熟であるため,異物にさらされても免疫学的寛容が獲得されることである.すなわち他の個体からの組織の移植にたいしても拒絶反応をおこしにくい.胎生の早い時期であれば移植片宿主病(GVHD)は発生しないし,ヒト白血球抗原(HLA)タイピングの一致も必要ない.ふたつめは血液脳関門がじゅうぶんに完成していないことである.骨系統疾患は遺伝子病であり,骨軟骨系のみならず他の全身の組織,とくに中枢神経系にも症状が出現することがおおいが,移植細胞やタンパク質は一般に血液脳関門を通過できないため中枢神経症状にたいしては有効ではない.しかし出生前は血液脳関門が未熟で移行性がみとめられ,胎児期の治療によってより中枢神経系への効果も期待できる.最後に,移植された幹細胞に適した新しいスペースと環境が備わっていることがある.移植細胞や組織が生着するスペースが存在し,増殖に適した環境であると考えられる.

 

 酵素補充療法について

先天性の単一酵素欠損による病態を示す疾患にたいしては,現在の医学水準では最も現実的でかつ有効と考えられている治療法である.代謝性骨疾患とよばれる一群の疾患への有効性が期待できる.たとえばムコ多糖症(MPS)の各型にたいする酵素補充療法はもっとも研究されていて,国内においてはI型(Hurler症候群とScheie症候群),II型(Hunter症候群)およびVI型(Marouteaux-Lamy症候群)の治療剤の製造販売が承認されている.ただしMPSのおおくが,骨系統疾患と異なり出生後に症状が進行するものである.

胎児期の酵素補充療法が期待されているのは低フォスファターゼ症(hypophosphatasia; HPP)である.HPPは組織非特異的アルカリフォスファターゼ(tissue-nonspecific isozyme of alkaline phosphatase; TNSALP)の欠損が原因でくる病様の症状をきたす先天疾患である.骨化不全,リン酸やカルシウムの調節障害を特徴とし,骨破壊や変形,重篤な筋力低下,けいれん発作,腎機能障害および呼吸不全など複数の重要臓器の進行性障害にいたる.現在,骨へ移行しやすく改良されたリコンビナントALP製剤(ENB-0040またはアスフォターゼアルファ)(2)による酵素補充療法の国際治験が進行していて,国内でも大阪大学・大園恵一らを中心にはじまっている.

HPPは臨床的,遺伝的に異質性がたかく,国際分類では重症度にもとづいて周産期致死型,乳児型,小児型,成人型などに分類されている.特に日本におおい周産期致死型では,胎児期に症状が出現進行し,しばしば死産ないしは出生直後に死亡となるか,出生した場合でもおもい呼吸機能不全をともなうことが一般的である.このように出生時にはすでに病態が完成している周産期致死型に十分な治療効果を得るためには,胎児期にすでに介入する必要がある.胎児治療がつよく求められるゆえんである.

2012年のNew England Journal of Medicineに11例の重症の低フォスファターゼ症に対する酵素補充療法の効果について報告された(3).周産期型が5例,乳児型が6例であった.そのなかには最重症型で,出生後早期からリコンビナントALPの投与がはじまり劇的な効果をあげている例もあり,出生前からの酵素補充が可能となればさらなる予後改善が期待できそうである.もちろん胎児にリコンビナントALPを投与するためには,技術的にはあまり問題ないが,倫理的に解決しなければならないハードルがある.まずは出生後の一般的な酵素補充療法が臨床的に確立し,国内で認可されてからの検討になるだろう.

 

 再生医学を応用した胎児治療

再生医学は現在もっとも熱い分野であり,多能性幹細胞(ES細胞やiPS細胞)の利用や自己組織誘導,クローン作製,臓器培養などについての研究が日々世間をにぎわせている.しかし胎児医療において再生医学はどのように位置づけられるか.そもそも再生医学とは,「胎児期にしか形成されない人体の組織が欠損した場合にその機能を回復させる医学分野」といわれることがあり,胎児組織や臍帯血,卵膜自体が再生医療のリソースとして注目されている.胎児期の細胞や組織の再生能力は高いので,胎児自体にたいする再生医療自体が親和性が大きいといえる. 胎児にたいする再生医療においては,幹細胞移植stem cell transplantationと組織工学tissue engineeringの2つにわかれる.幹細胞移植とはES細胞やiPS細胞,あるいは体性幹細胞を子宮内胎児に投与し,正常臓器や組織細胞への分化誘導をおこなう治療である.また,組織工学とは妊娠中に胎児自身やそれ以外から細胞や組織を採取し,組織工学的手法でつくった組織構造物を胎児手術や新生児外科手術に応用する技術である.

再生医療実用化の一環として,HPPの乳幼児にたいする骨髄移植併用同種間葉系幹細胞移植が島根大学の竹谷健らによって研究事業として行われている(4).もともと胎児医学の分野には子宮内幹細胞移植治療(in utero stem cell transplantation; IUSCT)という概念があって,過去25年間に50例以上の臨床応用例が報告されている(5).先天性の血液疾患や代謝性疾患が中心であり,重症複合免疫不全症(severe combined immunodeficiency; SCID)など一部の免疫不全症には効果が認められている.ドナー細胞は父親の骨髄幹細胞や正常中絶胎児の幹細胞が使われる.骨系統疾患に対するIUSCTについては,骨形成不全症胎児にたいする父親の骨髄移植について3症例の報告(6)(7)があり,一応,胎児治療後に症状の寛解をみとめたことが報告されている.近年は羊水中の幹細胞(羊水幹細胞amniotic fluid-derived stem cell)の存在が注目され,先天異常の治療のcell sourceとして期待されている(8).

胎児組織工学においては,脊髄髄膜瘤,口唇裂,巨大腫瘍の手術における皮膚欠損部の組織構造物による閉鎖などが試みられているが,骨系統疾患を直接念頭においたものはいまのところない.京大の妻木範行らは,ヒトの皮膚細胞に遺伝子を導入して,iPS細胞を経ずに軟骨細胞に誘導することに成功した(「ダイレクト・リプログラミング」)(9).骨系統疾患の児の皮膚をつかって病的軟骨組織を作成することも可能であり,これも一種の組織工学といえる.そのモデルをもちいて治療薬の開発が期待されており,また将来的には異常軟骨の直接治療にも応用できるかもしれない.

 

 遺伝子治療

骨系統疾患は基本的に遺伝子疾患であるため,遺伝子治療が真の意味での根本的な治療となるが,ヒト胎児に遺伝子治療がなされた報告はまだない.遺伝子導入のためのウイルスベクターによるリスクが明らかであることと,現時点では生殖細胞の遺伝子改変はガイドラインで禁じられているが,胎児に遺伝子導入をおこなうとある一定の割合で生殖細胞にも影響があることがわかっているためである.しかし安全な遺伝子導入法が開発され,こういった障壁がなくなれば,遺伝子病のおおくでこの治療が適応となると予想される.

動物実験における子宮内での遺伝子治療のいくつかの報告がある.日本医大の島田隆らのグループは,ヒトHPP重症型に似ているHPPモデル妊娠マウスを用い,胎齢15日に胎仔の腹腔内に骨をターゲットとしたTNALP発現のアデノ随伴ウイルス9(AAV9)を注入した(10).処置をおこなったマウス新生仔はコントロール群とくらべ高い生存率とX線所見の改善などを認め,胎仔期の遺伝子治療の高い効果を示している.

胎児遺伝子治療は遺伝子病の発症や進行の予防としておおきな期待がよせられているが,ただしまだ実験的段階にある.挿入突然変異の問題や,正常組織への影響などはっきりしない問題が残っていることや,遺伝子治療やヒトゲノムの改変などについて生命倫理的な議論がさらに必要であることなど課題は多い.それにもかかわらず胎児の遺伝子治療については大きな可能性があり,これらの課題を解決していくことによって多くの骨系統疾患の胎児治療が可能となっていくことだろう.

 

 おわりに

骨系統疾患の胎児治療として現在考えられているのは,々攸琶篏捨屠 き∈得鍵緡鼎箸靴討隆敢挧Π椰◆き0篥岨匱N鼎裡海弔任△襦ス系統疾患の胎児治療としては子宮内幹細胞移植が何例かおこなわれた報告があるのみだが,現時点で有効性と実現性がもっとも期待できるのは酵素補充療法であろう.骨系統疾患の胎児治療についてはその安全性と倫理的な問題によりいずれもまだ研究段階である.しかし出生時にはすでに病態が完成している重症例を治療していくためには,早い段階での治療開始が求められており,これらの胎児治療にたいする期待は大きいといえる.

 

 文 献

(1) 胎児骨系統疾患フォーラムホームページ:http://plaza.umin.ac.jp/~fskel/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=FrontPage

(2) Millan JL, Narisawa S, Lemire I, et al: Enzyme replacement therapy for murine hypophosphatasia. J Bone Mener Res 2008;23:777-787

(3) Whyte MP, Greenberg CR, Salman NJ, et al: Enzyme-replacement therapy in life-threatening Hypophosphatasia. New Engl J Med 2012;366:904-913

(4) Taketani T, Kanai R, Abe M, et al: Therapy-related Ph+ leukemia after both bone marrow and mesenchymal stem cell transplantation for hypophosphatasia. Pediatr Int 2013;55:e52-55

(5) Vrecenak JD, Flake AW: In utero hematopoietic cell transplantation – recent progress and the potential for clinical application. Cytotherapy 2013;15:525-535

(6) Le Blanc K, Gotherstom C, Ringden O, et al: Fetal mesenchymal stem-cell engraftment in bone after in utero transplantation in a patient with severe osteogenesis imperfecta. Transplantation 2005;79:1607-1614

(7) Yamamoto M, Conget P, Allers C, et al: Intrauterine transfusion (IUT) of mesenchymal stem cells in two fetuses with severe fractures led to no postnatal fractures up to 1- and 2- years of age. Ultrasound Obstet Gynecol 2007;30:650

(8) Kunisaki SM: Congenital anomalies – treatment options based on amniotic fluid-derived stem cells. Organogenesis 2012;8:89-95

(9) Outani H, Okada M, Yamashita A, et al: Direct induction of chondrogenic cells from human dermal fibroblast culture by defined factors. PLoS ONE 2013;8(10): e77365. doi:10.1371/journal.pone.0077365

(10) Sugano H, Matsumoto T, Miyake K, et al: Successful gene therapy in utero for lethal murine hypophosphatasia. Hum Gene Ther 2012;23:399-406

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カウンタ 6772(2014年8月28日より)