ハンドブック−骨系統疾患の概念と分類
2.骨系統疾患の概念と分類
(1)定義と頻度
骨系統疾患は骨や軟骨の発生や発達の過程に問題を生じ,全身の骨格の形態や構造に系統的な異常を来たす疾患の総称である.その中で「胎児骨系統疾患」とは出生前の胎児期に発見される可能性があるすべての骨系統疾患を指し,具体的には出生時にすでに何らかの症状を呈する骨系統疾患と定義される.骨系統疾患そのものは臨床的には幅広い対象を含み,出生直後の呼吸管理の対象となる新生児科的な疾患,乳幼児期から小児期にかけての成長発達をケアする小児科,機能的な問題をおもに外科的に扱う整形外科など,各科それぞれの視点からみえる全体像は大きく異なる.すなわち「胎児骨系統疾患」は,われわれ産科医が実際の日常臨床で遭遇する胎児異常としての骨系統疾患,産科の視点からみた骨系統疾患を指す.
胎児骨系統疾患はさまざまな疾患の集まりであるから正確な頻度を推定するのは難しいが,1万分娩あたり最低1.1(2)から最高9.5(3)までの数字が報告がされている.個々の疾患別にまとめたものでは1982年にCameraらの報告(4)があり,致死性骨異形成症thanatophoric dysplasia(以下TD)が1万分娩に0.69と最も多く,軟骨無形成症achondroplasia(以下ACH),軟骨無発生症achondrogenesis(以下ACG),骨形成不全症II型osteogenesis imperfecta (以下OI) type IIと続いている(表1).
本邦における骨系統疾患の発症頻度をまとめた報告は残念ながら存在しない.骨系統疾患は遺伝子病であるため,ブラジル原住民におけるGrebe chondrodysplaisaや,アメリカ中東部の宗教的社会集団ArmishにおけるEllis-van Creveld症候群(EvCD)のように遺伝的集積性が存在する.日本人における骨系統疾患にも欧米の報告とは異なる傾向があることが予想される.そこで今までに個人的に経験した胎児骨系統疾患56例と,「胎児骨系統疾患フォーラム」で供覧され検討された45例のあわせて101例の内訳を調べた(表2).レトロスペクティブな検討であり,さらに個人的経験という恣意的な要素が入っている集団ではあるが,おおよその傾向はつかめることができると考えられる.
ACHの対立遺伝子異常である軟骨低形成症hypochondroplasia(以下HCH)をACHと一緒にし,OIのIIc型の亜型であることがわかったIII型をII型のグループとまとめて集計すると,発症頻度の傾向は欧米の上記の報告4とほぼ一致することが明らかになった.上記報告との主な違いは,欧米で頻度の高いACGが本邦ではあまり多くないこと,逆に比較的まれとされている低フォスファターゼ症hypophosphatasia(以下HP)が窒息性胸郭異形成症asphyxiating thoracic dysplasia (以下ATD)と同数認められたことである.特にHPの発症頻度が高いのは日本人に特徴的な傾向であると考えられた.
(2)骨系統疾患の国際分類
骨系統疾患の名称に関しては,同じ疾患が複数の別の病名で呼ばれたり,異なる疾患が類似の病名で呼ばれたりするなど混乱していた.そこで1977年に初めて国際分類が提唱され,その後5度の改定を経て現在では国際的基準として広く受け入れられている.もっとも最近では2006年改定版が公開された(5).近年の分子遺伝学の進歩を反映して多数の骨系統疾患の原因遺伝子が明らかにされた結果,従来からの疾患分類が大きく変わってきている(6).
これまでは臨床所見の類似性をもとにして疾患グループがつくられてきたが,変異遺伝子ごとに分類が組み替えられたため,症状が一見大きく異なる疾患が同一グループに分類されるようにもなった.たとえば骨系統疾患の最重症型であるACGは,全身X線所見の細かい違いからtype IA, IB, IIの3型に分類されてきたが,すべてが死産か出生直後に死亡するため,超音波所見からも周産期予後からもひとつの疾患群として扱われることは産科的には合理的であった.しかし今回の新しい国際分類によると,ACGは原因遺伝子の種類によって,type IAを「重症脊椎異形成骨異形成症」グループ,type IBを「プロテオグリカン硫酸化障害」グループ,type IIをII型コラーゲン異常症に帰属させられている.疾患の本態すなわち遺伝子学的にみるととてもわかりやすくなったのだが,胎児診断の面からみると少し困ったことになったともいえるのである.
FGFR3異常症は,その名のとおりFGFR3遺伝子の機能亢進型ヘテロ変異を原因とするグループであるが,その中には知能面でも運動面でも正常な良性のACHから,出生後多くが数時間から数日で死亡する最重症のTDまで,重症度が大きく異なる一連の疾患を含む.X線でみる基本的骨変化に共通性が認められるといわれるが,これらの所見の重症度は疾患により大きな差があり,胎児所見での同一性はほとんど存在しない.超音波診断で問題となるのは,周産期管理を決めるに当たって重要な要素となる胎児の予後であり,当然のことであるがそのためにはFGFR3異常症としての特徴を見出すことではなく,生命予後が大きく異なるACHとTDをきちんと鑑別することが大事となる.
(3)「致死性」という用語について
1977年に初めて骨系統疾患の国際命名案が提唱され,出生時にすでに症状を呈している23疾患の詳細が明らかにされた.その中でほとんどが死産となるか新生児死亡を起こす10疾患については,その後“lethal short-limbed dwarfism”という名で一括りされ,特に産科領域で頻用される概念となった(表3).日本でも「致死性四肢短縮型小人症」という訳語で紹介されしばしば使われてきたのは周知のとおりである.
しかし今日では“lethal short-limbed dwarfism”あるいは「致死性四肢短縮型小人症」という用語を使用すべきではないだろう.これらの言葉がある特徴をもった一群の疾患概念であることをこえて,一種の診断として使われることが臨床の場でときに見受けられる.“Dwarfism”という言葉に若干差別的なニュアンスがあるということを除いても,“lethal”あるいは「致死性」という言葉を診断名として用いる,すなわち両親への告知の場で使われることに問題が生じる.特に出生前診断においては,予後に関する臨床的な評価であることをこえて,ある種の価値判断を含んでくる可能性がある.
また,Sprangerら(7)によって11グループにまとめられた「致死性骨軟骨異形成症」lethal osteochondrodyspasiaの概念についても注意が必要である.この分類は鑑別診断を助けるためにつくられたもので,病態的にまとまったグループを表しているものではない.またこの中に含まれる疾患は,ほぼ全例が子宮内胎児死亡ないしは死産となるACG type Iから,新生児ケアの進歩により長期生存例がめずらしくなくなったOI type IIや彎曲肢異形成症campomelic dysplasia(以下CD)までを含んでおり,すべてを予後不良あるいは「致死性」という言葉で一括りにしてしまうには問題が多すぎるように思われる.
妊娠中のケアや出生時の児への対応から,次回妊娠における再発の問題まで,両親にきちんとカウンセリングを行うためにも,ひとつひとつの疾患をきちんと個別化して診断,評価することが重要である.それは出生後だけではなく出生前の超音波診断についても同じことがいえるだろう.
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カウンタ 16186 (2011年7月30日より)