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コミュニティの視点からの周産期医療再建への提言

コミュニティの視点からの周産期医療再建への提言

                               (室月 淳  2012年5月8日)

本稿は2008年の時点で書かれたもので,崩壊の危機に瀕する周産期医療と卒後教育を前段とし,それにつづく論考である.今後の地域周産期医療をどのように再構築していくかの具体的道筋を,周産期医療研修のあるプロジェクトの報告書の末尾にまとめたものの再掲である.

この文章を書いたあと,それでは自分たちがいま何ができるかを考えた.自らの職務である地域周産期医療の仕事をきちんと果たすことはもちろん第一である.そして,産科医師不足,周産期医療崩壊の現状を踏まえて,卒後医学教育,卒後臨床研修に対して自分たちになりに取り組む決意を行った.現在進行形であるその記録が,「周産期関係講習会・カンファレンス」「臨床遺伝関係講習会・カンファレンス」「ALSO・NCPRなどの実技講習会開催」の3つである.自分たちの身の回りでできるほんとうにささやかな試みではあるが,地域周産期医療の従事する人間の養成,講習は,もちろん自分たち自身も含めて,その重要性はいくら強調しても共著し過ぎることはないだろう.

出雲大社本殿の復元模型(島根県立歴史博物館)

 

 1. はじめに

地域周産期医療はその地域に密着しており,日常にある産科医療のニーズに絶えず答える必要がある.いかに崩壊しつつあるといっても,一度完全に投げ出して,いずれ将来のある時期にまた再構築するというわけにはいかない.日々の臨床をこなしながら,すなわち今ある人的資源,医療資源をやり繰りして目の前の患者のニーズに答えながら,かつ将来も見据えて対応していかなければならない.そこで短期的(1〜2年),中期的(3〜10年),長期的(10年以上)の3つのスパンで,今後の地域周産期医療のあり方について提言したい.

 2. 地域周産期医療の再建のための短期的展望(1〜3年)

短期的な対策,すなわち緊急対策は明らかである.たとえ一時的な処置にしても,周産期医療に必要な費用を投下することであり,それができるかどうかにかかっている.大学としては関係各機関(国や地方自治体,医師会医学会,患者住民団体,報道機関など)に,危機に瀕している周産期医療,特に地方におけるその実態と,緊急に必要とされる方策について積極的に,かつ何度でもアピールしていく必要がある.

具体的に喫緊の内容として,中核病院に人的資源を再配置する必要性,産科医療の危機に対する地域住民の理解と協力,医師の待遇と労働環境の改善,行政側の本格的な取組みと予算処置,診療報酬体系の見直し,医療法施行規則などの実情に即した弾力的運用などがすぐに思い浮かぶであろう.また産科医療に従事する医師の不足に対して医学部入学定員の拡大や奨学金制度の拡充なども必要になる.

人的資源の確保においても根本のところは資金の問題に還元されるだろう.ただし費用を投資してもその効果があらわれてくるには最低でも数年のスパンで考えなければならないので,その間の緊急避難行為として周産期医療の集約化は必須であろう.実際のところ,現在の産科医不足を補うために厚生労働省や産科婦人科学会は「分娩施設の集約化」を推進している.平成17年に厚生労働省が発表した「小児科産科若手医師の確保・育成に関する研究」報告書でも,分娩の集約化・センター化が強く謳われている.

しかし「集約化」は諸刃の剣でもある.周産期医療が窮迫した原因の一つとして,これまで産科の前線で機能していた中小病院や診療所が医療として「非効率で危険」ということで切り捨てられ,分娩施設が減少したこともあるかも知れない.1990年に診療所でのお産の割合が43%だったのに対し,2004年には48%にも上昇したのにもかかわらず,妊産婦死亡 は6.3(2000年)から4.3(2007年)へ,周産期死亡は5.8(2000年)から4.5(2007年)に着実に減少している.これは世界トップクラスの成績である.

かつて中小病院や診療所は小回りの効くその長所を生かし,多くの軽症患者の受け皿となってきた.以前ならローリスクで正常な妊産婦は中小病院や診療所,ハイリスク妊産婦は周産期センターで管理するという棲み分けができていた.現在その多くが閉鎖などを余儀なくされ,産科医療から立ち去った結果,高次周産期医療機関に軽症患者が集中して本来の機能が果たせなくなってしまった.中小病院や診療所の機能を復活させれば、状況は好転し得る.すなわち将来的には後方病院の充実が必要である.一般病院が参入を考えるような(つまり病院の収入源となる)周産期医療体制を作れば,収益も獲得でき,待遇が改善できれば人材も自然に確保できると思われる.アクセスが良ければ妊産婦も助かり,多くの病院が受け入れることができれば,周産期センターの医師の負担が減って激務から解放され,産科を希望する若い医師が増えるかもしれない.

 3. 地域周産期医療の再建のための中期的展望(4〜10年)

現在の危機的な周産期医療状況に対しては医療費を思い切って投入して立て直すしかないが,医療費は国家的見地からの配分になるので,長期にわたって資金の投入を期待することは難しいかも知れない.そのためには中期的には,現在一般的なコンセンサスが得られている周産期医療のネットワーク化を構築することが目的となる.すなわち各県内に設けられた医療圏ごとに中核病院,すなわち地域周産期医療センターを置き,それぞれに人員と設備を充実させること.そして一次医療施設とのネットワークを強化すること,総合周産期センターとの連携を密にして,患者の受け入れに関して役割分担を明確にすることを目指す.そのためには医師の適正配置と医療資源の大胆な再配分が必要とされる.

現在の医師の分布は周知のとおり都市に偏っている.医師も自らが生活者であり,家族の希望,子どもの教育,自身の生涯学習の便宜を考えれば,好んで地方に行くものは多くないであろう.基本的には個人の選択が尊重されなければならない.しかし日本全体の医療のことを考えた場合,さまざまな分野の医師が都会にも地方にも適正に配置されることが必要となる.そのためには国家的見地より医師の配置をコントロールし,経済的,社会的に医師らもそれに同意する仕組みをつくる政策的配慮が必要となってくるだろう.

先にあげた医療を構成する3要素,すなわち費用,アクセス,医療の質についても,同時にすべてを達成することが無理であることを認識し,どれを優先するか順位をつける必要がある.これは生活に直結する重大な問題であるから,国民の間できちんと議論し同意を得た上で結論をださなければならない.

 4. 地域周産期医療の再建のための長期的展望(10年以上)

短期的には医療費を投入し,中期的には国民コンセンサスに基づいた医療の設計を行っていくことになるが,それでも医療に対してみなが納得し,満足することは難しいだろう.ここでは最後に緊急避難的な案ではなく10年先の案,グランドデザインを提案したい.

医療費増大の原因として医師数の増加,人口の高齢化,医療保険制度の普及,医療分野の生産性の低さなどが上げられることがあるが,実際にはこれらの医療費上昇に対する寄与はそれほど高くないと考えられる.最大の原因は医療技術の進歩そのものであり,経済学の概念を援用すれば「収穫逓減の法則」が医療では成立しないためである.

経済学では,固定および可変の入力のある生産システムで,可変入力がある点を過ぎると,入力の増加が出力の増加に結びつかなくなっていくことが知られている.逆に製品をより多く生産するのにかかるコストは増大していく.同様に医療でも,ひとりの人間の寿命を延ばすために投下する医療費と人手は,医療技術の進歩により指数関数的に増加していく.費用対効果を考えれば,通常の産業では変曲点を過ぎたところで費用の投下を止めることになるが,人間の生命に対して同じようなことは倫理的にできないだろう.

仮に今,個々人の目の前に500万円があって,それをそのまま使って車を買い消費生活を享受するか,将来病気になったときの医療費にするのか,それはその人間が決めなければならない.「あれかこれか」の選択であり,「あれもこれも」はすでに許されない状況である.

国内総生産の中からどの程度を医療費に回すかは,それは国民自身の選択にかかっている.そしてその選択は,終末期ケアや安楽死尊厳死や脳死臓器移植,出生前診断と妊娠中絶などといった現代医療が抱え込んでいる問題と密接に結びついているのである.これらの生命倫理的なアポリアについては自己決定がキーワードになるが,医療経済から見た場合,その決定の主体は国ないしは共同体ということになる.

共同体によって決められるべき生命倫理の問題は,「善き人生」についての価値観を個人だけではなくその共同体がもつことなしには解決できない.もちろん尊敬に値する生の概念はひとつ以上あり得ることは当然であるから,倫理面においては多元主義が認められなければならない.

これらの点をうまく解決できるような共同体と,周産期を初めとした医療システムにはどのようなものが考えられるか.それは小さな共同体に分かれ,それぞれの共同体の中で市民たちが自分たちに共通の価値観を互いに明らかにし,確認し合い,その価値観を取り入れた政策決定に直接関わることができるような討議民主制であろう.具体的には,比較的小さな,たとえば2万人程度の共同体に分かれて医療機構をつくり,その中で分野別に委員会に分かれて討議した後に直接民主制で公開討論をするという制度を提案したい.この共同体は各自の価値観を互いに討議しあい合意できる程度の大きさのものでなければならないので,都道府県よりも小さな地方の共同体になる.ひとつの地域には,異なる生の概念によっていくつかの共同体があるはずであり,自分の価値観にあった共同体をみつけるのはそう難しくないだろう.

このような仕組のもとでは,新生児をどこまで救命するか,重症新生児に対する治療停止は容認されるか,出生前診断・選択的中絶は認められるか,不妊治療はどこまで許容されるか,などといった問題に対して,さまざまな考えをもった共同体が共存することになる.もしもその共同体の価値観と自分の価値観とに根本的な違いを感じる人は別の共同体に移ったり,生の概念を共有する人たちと共に新しい共同体をつくってそれに参加することもできるだろう.

このような共同体における医療システムでは,そもそも医療費増大の問題は生じ得ない.自分たちが生産したものの中からどの程度を医療費に回すかを,自分たちの価値観に基づいて話し合いの中で決定していくわけであるから,自ずからできることとできないことが見えてくるわけである.

 5. まとめ

「長期的展望」は今のところ画餅に過ぎない.しかし今回の東日本大震災で地域コミュニティの潜在力に目を見張らせた思いをした間は多かったと思う.いわゆる「災害ユートピア」であり「友愛のコミューン」である.周産期医療が社会で再生していくためにはそういったコミュニティの視点は今後欠かせないものになっていくだろう. 

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