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FGRと成人期の疾患

FGRと成人期の疾患

                                      (室月 淳 2005年)

 1. 成人病胎児期起源説のバーカー理論

最近の周産期領域における最大のトピックスのひとつとして成人病胎児期起源説(fetal origin of adult disease;FOAD)が上げられる.イギリスの高名な公衆衛生学者であるDavid Barkerが,15年ほど前にイングランド南東部のHertfordshire地方において大規模な後向きコホート研究(1)を行ったところ,驚くべき結果を得た.成人病あるいは生活習慣病と称される高血圧や糖尿病,虚血性心疾患などの発症が,実はその人が生まれたときの体重と密接に関係があるというのである.すなわち胎児発育遅延(FGR)あるいは低出生体重で生まれた児は,成人後の高血圧や動脈硬化,耐糖能異常のリスクが高いという疫学的データから,生活習慣病の起源を胎児期の低酸素,低栄養状態に求める仮説である.この事実はその後の多くの大規模研究によって追認され,いまでは「バーカー理論」という名で呼ばれるようになった.

生活習慣病に関する従来の疫学的研究の多くは,発症に関する生活習慣や環境を出生以後のものと認識してきた.生活習慣病は成人後の生活習慣により生じると信じられているが,同じような生活をしている人が同じような病気を発症するかといえば否定的である.すなわち成人後の疾病発現リスクは出生時にはすでに決まっている可能性がある.生活習慣病の発症起源を出生前に求める考え方は一見突飛なものに思えるが,発達過程における諸臓器の形成については子宮内での環境が重要な規定因子といえるため,子宮内環境から受けた影響が出生後の生活環境と相まって生活習慣病の発症へと繋がると考えても決して不自然ではないだろう.

 2.バーカー理論の疫学的根拠

Barkerらがその成人病胎児期起源説を提唱する以前にも,妊娠中に低栄養であった母体から出生した児は生活習慣病の発症率が高いことを示唆する疫学的報告はいくつかあった.たとえば70年代のノルウェーにおける疫学調査では,乳児死亡率が高い地域では動脈硬化性疾患の発症率が高く,両者が密接な関係にあることを報告している(2).

(1)出生時体重と虚血性心疾患

Barkerらが報告したHertfordshireの疫学的データは次のようなものである1.1911〜1930年に出生した15,726名の出生時体重と虚血性心疾患による死亡の関係をみると,体重と死亡率の間にみごとな相関が現れた.2500g未満で生まれた男性の心筋梗塞での死亡率は,4000g以上で生まれた男性の1.5倍から2倍近くに上った.米国から報告されたNurse’s Health Studyにおいても,看護師121,700名を対象とした質問紙調査の結果,出生時体重と虚血性心疾患の間に明らかな相関性が認められた(3).この大規模な前向きコホート研究は現在も進行中であり,今後の成り行きが注目される.

(2)出生時体重と血圧

出生時体重が軽いほど虚血性心疾患の発症率が高いという報告以来,心疾患発症の危険因子である各種代謝異常との関連が検討されているが,その中でも血圧に関する報告が最も多い.Lawらは1980年から1996年までに発表された32論文について検討し,そのうち17コホート研究を重回帰分析することにより出生時体重と収縮期血圧との関連を算出した(4).その結果両者は負の相関を示し,50歳以上では出生時体重が1kg小さくなると収縮期血圧が4〜5mmHg高くなっていた.その後彼らは1996年以降に発表された45論文についても同様の解析を行った(5)が,先のレビューとほぼ同じ結果を得ている.わが国における調査研究としては2つ報告されており,ひとつ(6)は3歳児195人,もうひとつ(7)は20歳の成人4,626人を対象としたもので,いずれもやはり出生時体重と収縮期血圧に有意の負の相関を認めている.

(3)出生時体重と糖尿病

糖尿病や耐糖能異常に関してはもっとはっきりしており,上記ハートフォードシャーの64歳の男性の糖尿病の罹患リスクを出生体重別に比べると,2500g未満で生まれた男性は,4000g以上に比べて6倍以上にのぼっている(8).また40-75歳のアメリカ人男性22,846人を対象とした大規模調査においても,出生時体重と成人期の糖尿病発症の間には相関があり,糖尿病発症のオッズ比は出生時体重2500g未満で1.70に対して,4530g以上では0.71と明確な差を示していた(9).

 3.病態生理学的メカニズムについて

わが国における三大死因は癌,虚血性心疾患および脳血管障害といわれており,このうち虚血性心疾患と脳血管障害(特に脳梗塞)は動脈硬化が原因である.動脈硬化の危険因子としては高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病などがあるが,バーカー理論によってこれらの病態が胎児期に起源をもつことが明らかにされた.ところがこの理論は基本的に疫学的データにより導き出されたものであるため,病態生理学的にみたその発症メカニズムについてはいまだに多くが不明のままである.

胎内での発育分化における重要な時期に,低酸素や栄養障害などの重大なストレスに曝された胎児は,環境に適応するために臓器や組織の構造や機能に何らかの変化を起こすと考えられている.子宮内環境に対するこういった適応は胎生期の生存には有利に働くが,臓器や組織の変化は永続的に続くため,出生後にさまざまな影響を及ぼすことが予想される.この考え方を胎内プログラミングと呼ぶ.

(1)グルココルチコイド

それではこの胎内プログラミングを司るカギとなる物質は何だろうか? それはグルココルチコイドではないかと考えられている.グルココルチコイドは胎児の発育分化を調節する働きがあり,肺の成熟を促す一方で臓器の発育を抑制することはよく知られている.胎児期においてコルチゾールは多くの遺伝子発現を調節する因子とされている.実際に妊娠ヒツジにコルチゾールを投与すると,胎仔の発育が抑制され,生理機能と代謝が影響を受けて永続的な高血圧となることが報告されている.慢性的なコルチゾールの過剰分泌を示すクッシング症候群では,しばしば高血圧,耐糖能異常,動脈硬化,血管病変などを認めることもひとつの傍証となる. 子宮内環境に対する適応が成人後の発症リスクを増加させる機序には,胎児の下垂体−副腎系の働きの変化が大きな関わりをもつことが予想される.

妊娠ヒツジを用いた実験で,胎仔胎盤に人工的に塞栓を繰り返した慢性低酸素,胎仔発育遅延モデルにおいては,子宮内環境に起因する慢性ストレスが,胎仔の下垂体‐副腎系を慢性的に刺激して,コルチゾールが過剰分泌されるようにリセッティングする(10)ということ,さらにコルチゾールの働きを不活化する酵素(11β‐ハイドロキシステロイド脱水素酵素;11β-HSD)の発現が慢性低酸素により低下し,結果的にコルチゾールの作用が増強する(11)ことが報告されている.

本態性高血圧のモデルとしてSAME(Syndrome of Apparent Mineralocorticoid Excess)という遺伝性疾患が解析されている.これは11β-HSDをコードする遺伝子の異常を示し,11β-HSD活性の低下によるコルチゾールのミネラルコルチコイド作用の増強により高血圧と低カリウム血症を引き起こすものである.腎におけるミネラルコルチコイド受容体とコルチゾールはもともと親和性が高いが,11β-HSDがコルチゾールを不活化して親和性のないコルチゾンに代謝することで,コルチゾールが受容体を活性化することを防ぐ重要な役割を果たしている.上記の実験モデルによれば長期低酸素によってヒツジ胎仔の腎尿細管細胞における11β-HSDの発現低下を認めており,子宮内環境と出生後の高血圧発症との接点をみつけることができる.

(2)飢餓表現型仮説(Thrifty phenotype hypothesis)

胎内で低栄養,低酸素に長期間曝された結果,胎児の腎におけるネフロン数の減少や,膵におけるβ細胞の減少といった節約型の発現形質を獲得するが,出生後は一転して高栄養の状態となるため高血圧や糖尿病を発症するという考え方である(12).妊娠ラットに低栄養食を投与すると,出生仔の腎ネフロン数の減少(13)や膵β細胞の減少(14)が認められることが報告されているが,それに対する異論もありいまだ明確な結論は出ていない.

(3)遺伝子レベルでの仮説

胎児インスリン仮説(fetal insulin hypothesis)は,遺伝的に規定されたインスリン抵抗性が胎児発育遅延のみならず成人後の生活習慣病発症リスクに関与するという考え方である(15).さらにこの仮説を拡張してインスリン作用を修飾する因子,たとえばいわゆる倹約遺伝子に関しても議論されている.インスリン感受性にかかわる核内受容体として知られているPPARγ遺伝子に関して,この遺伝子多型が出生体重と関係するという報告(16)があり興味深い.

生活習慣病発症においては遺伝素因も一般に重要視されている.子宮内での低栄養,低酸素といった「環境因子」と,生活習慣病の発症や進展を規定する「遺伝因子」の関係として,子宮内環境による遺伝子のエピジェネティックな修飾が注目される.すなわち胎児の発達の過程でDNAの塩基配列の変化なしに不可逆的な遺伝子発現パターンを形成している可能性があり,今後の研究が待たれる.

 4.おわりに

予防医学的な視点からみると,成人期の生活習慣病の起源を胎児期に求めるバーカー理論は,適切な妊娠管理により発症予防の可能性を示唆する.NIHやMRC(NIHに相当する英国やカナダにおける機関)は現在バーカー理論に非常に注目しており,潤沢な研究予算に裏打ちされた大規模な研究プロジェクトが欧米でいくつも立ち上がっている.がん制圧の次には,動脈硬化性疾患や糖尿病などの生活習慣病の予防や治療が社会的な緊急課題となっているためである.生活習慣病の発症リスクを低下させることができれば,国民の生活の質を改善するだけでなく,医療費全体の節減という実際的なメリットも期待できるというわけである.

わが国においては事情はさらに深刻である.日本は先進国中で,平均出生時体重の減少,低出生体重児の出生頻度の増加が起きている唯一の国といわれている.こういった胎児発育の低下に関するリスク因子としては,20代女性の体重低下,「痩せ」ということがあり,また妊娠中の母体の喫煙率の上昇なども考えられるが,わが国では妊娠中の体重増加を罪悪視し,体重抑制を強く指導する医療施設が多いことも無視できない.妊娠中の適切な体重管理や栄養指導を追及し,新しい視点の周産期管理により出生前後だけでなく将来にわたる児の健康に寄与できるとすれば,産婦人科医の社会的役割はこれから非常に大事なものになっていくのではないかとも考えられる.

 文献

  • 1. Osmond C, Barker DJ, et al: Early growth and death from cardiovascular disease in women. BMJ 1993;307;1519-1524
  • 2. Forsdahl A. Are poor living conditions in childhood and adolescence an important risk for factor for arteriosclerotic heart disease? Br J Prev Soc Med 1977;31:95-97
  • 3. Rich-Edwards JW, Stampfer MJ, et al: Birth weight and risk of cardiovascular disease in a cohort of women followed up since 1976. BMJ 1977;315:396-400
  • 4. Law CM, Shiell AW: Is blood pressure inversely related to birth weight? The strength of evidence from a systematic review of the literature. J Hypertension 1996;14:935-941
  • 5. Huxley RR, Shilell AW, et al: The role of size at birth and postnatal catch-up growth in determining systolic blood pressure: a systematic review of the literature. J Hypertens 2000;18:815-831
  • 6. Hashimoto N, Kawasaki T, et al: The relationship between the intrauterine environment and blood pressure in 3-year-old Japanese children. Acta Paediatr. 1996;85:132-138
  • 7. Miura K, Nakagawa H, et al: Birth weight, childhood growth, and cardiovascular disease risk factors in Japanese aged 20 years. Am J Epidemiol 2001;153:783-189
  • 8. Hales CN, Barker DJ, et al: Fetal and infant growth and impaired glucose tolerance at age 64. BMJ 1991;303:1019-1022
  • 9. Curhan GC, Willett WC, et al: Birth weight and adult hypertension, diabetes mellitus, and obesity in US men. Circulation 1996;94:3246-3250
  • 10. Murotsuki J, Gagnon R, et al: Effects of long-term hypoxemia on pituitary-adrenal function in fetal sheep. Am J Physiol 1996;271:E678-685
  • 11. Murotsuki J, Gagnon R, et al: Chronic hypoxemia selectively down-regulates 11beta-hydroxysteroid dehydrogenase type 2 gene expression in the fetal sheep kidney. Biol Reprod 1998;58:234-239
  • 12. Hales CN, Barker DJ: Type 2 (non-insulin dependent) diabetes mellitus: the thrifty phenotype hypothesis. Diabetologia 1992;35:595-601
  • 13. Merlet-Benichou C, Gilbert T, et al: Intrauterine growth retardation leads to a permanent nephron deficit in the rat. Pediatr Nephrol 1994;8:175-180
  • 14. Snoeck A, Remacle C, et al: Effect of a low protein diet during pregnancy on the fetal rat endocrine pancreas. Biol Neonate 1990;57:107-18
  • 15. Hattersley AT, Tooke JE: The fetal insulin hypothesis: an alternative explanation of the association of low birth weight with diabetes and vascular disease. Lancet 1999;353:1789-1792
  • 16. Eriksson JG, Lindi V, et al: The effects of the Pro12Ala polymorphism of the peroxisome proliferator-activated receptor-gamma2 gene on insulin sensitivity and insulin metabolism interact with size at birth. Diabetes 2002;51:2321-2324

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