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2年後の3月11日に

2年後の3月11日に

                                        (2013年3月11日)

きょうは3月11日,あの日から2年です.

多くのメディアで特集がくまれていますが,あのときのことを思い起こすと,2万人ちかくの命が一瞬にしてうばわれた大惨事という事実の重みが,あらためて目の前にせまってきます.原発事故による被害を過少評価するわけではけっしてありません.しかし,原発事故による放射能のおよぼす影響,何十年か後にもしかすると癌を発症して命をおとすかもしれない被害の可能性よりは,地震と津波のあったその日にうばわれた2万人ちかくの犠牲者,そしていまもなお避難をよぎなくされている多くのひとたちのつらさや苦しみのほうが,現時点での重大性,緊急性においてよほど深刻で重大であるといってもまちがいないでしょう.

これからの東北地方のひとたちの生活の再建と復興を考えるためには,すでにおこった災害による被害といま進行中であるひとびとの生きることのさまざまな困難さ,そして原発事故による放射能の影響の未来におけるリスクを,トータルの視点でとらえなければなりません.東北の再生のためには被害の全体性をみとおして,そのうえで前にすすんでいく必要があります.

福島第一原発の事故とそれによる放射性物質の放出はすでにおきたことであり,もうどうしようともとりかえしのつかない痛恨の事実です.リスクをゼロとすることはもはやできない.もしそこで生きていくのなら,実際のところそこで生きていくほかはないのですが,そういったひとびとの不安やためらいを配慮した前向きのメッセージが必要とされています.うそのない情報とこころからのことばしかあいてにはとどきません.誠実さというものがこれほど求められる時代はないでしょう.

再生とは生きることの単なるくりかえしではなく,あらたな生きなおし,あらたな生のよみがえりではないかと思うのです.これまでのくるしみのいっさいをうけとめながら,きょうの日の光にきらめく時間を生きつくしていく.

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ひとりごと

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カウンタ 954(2013年3月16日より)