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生きること

生きること

                             (2015年7月18-20日 室月淳と網野幸子の対話)

ここにアップされた文章は,今年の7月に網野幸子先生と室月のあいだにツイッターでかわされたやりとりです.基本的にツイッターでの書き込みは一般に公開されていますが,それにしてもこのまま埋もれさせてしまうのは惜しいと考え,網野先生のご許可もいただいてここに再掲させていただきます.

医学の進歩とその意義を肯定し,それを一般になんとかアピールしようとしていますが,ややもすると浮薄に流れがちなわたしの予定調和的な文章を,網野先生はもののみごとに根底から相対化されています.こういった対話はこれからも続けていきたいとわたしも願っております(室月).

 

 室月淳 → 網野幸子

ひとはなぜ生きるのか? カントは生きることの本質に「意志の自律」をおき,そういった意志が「善意志」であり,ひとの生きる目的は「道徳的によく生きる」こととしました.しかし考えればすぐわかりますが,これはまったく論理的ではありません.定言命法といったものでしょう.

「道徳的によく生きる」と「悪く生きる」は論理的には等値であり,どちらが望ましく,どちらが排斥されるかは倫理的な判断,あるいはひととひととが共同して生きるなかの規範のようなものです.それではカントが「道徳的によく生きる」ことをひとの生きる目的としたのはなぜでしょうか?

ひとが「なぜ生きるのか?」と問うのは,おそらくみずからの生に十全な手ごたえを感じていないときです.毎日の生の体験に充実感を覚え,生きることの喜びを見出しているなかから「なぜ?」という疑問はでてこないでしょう.その生の体験はひととひとのつながりのなかから生まれます.

逆に孤立した生の思いからは「なぜ生きるのか?」という疑問がたえずわきあがってくる.それは生きることそのものにたいする疑念があるからにちがいありません.生きる目的について論理的に答えがでるわけはありません.わたしたちはいつもただそこにいるだけです.

カントは,生きることの疑問にたいして正面から答えるのではなく,「道徳的によく生きよ」と言いました.ひととひとのつながりのなかで生の体験をもとめ,そこに生きることの喜びや充実感を感じるとき,「ひとはなぜ生きるのか?」という疑問はおのずと消失することになるからでしょう.

いつもそれが簡単にできるわけではないけれども,それでも過去を後悔せず,未来を不安に思わず,ただ目の前のいまをよく生きること.カントの「道徳的によく生きる」は「ひとはなぜ生きるのか?」にたいする答えではなく,ひとが生きることへのエールみたいなものかもしれません.

生きる手ごたえを感じること,それがみずからの生を肯定し,かつ他人の生を尊重するためにたいせつなことである.とわざわざ言あげすると,いかにもよくある通俗的な内容になってしまいますが,なぜこんなことを考えていたかというと,以下のようなやや専門的な経験があったからです.

低フォスファターゼ症(HPP)というまれな先天性疾患があります.生まれつきALPという酵素が欠損しているため,骨化不全や筋力低下,呼吸障害,痙攣などをきたします.胎児期に発症する周産期型,乳児期に発症する乳児型では,生まれて数週間,数か月で亡くなる重い病気です.

ところがつい先週のことですが,この病気の特効薬ともいえる薬が開発され,薬事承認されて実際に使用可能となりました.遺伝子組み換えによる酵素補充製剤であるアスフォターゼアルファという薬です.欠損している酵素を補うことになり,患者さんの症状を驚くほど改善させます.

生まれて死を待つしかなかった周産期型の赤ちゃんにたいしても劇的に奏功し,救命が可能となるのはもちろん,その後の正常発達すら期待できるのです.実際にある母子医療センターで,最重症の赤ちゃんに出生直後からこの薬を投与して,その劇的な効果により助けられた例がありました.

最初の2-3週間を集中治療で乗りきったあとは,どんどん全身状態がよくなっていくのを写真や動画などで見せてもらったわたしたちは,それに感動すら覚えました.HPPの赤ちゃんというのは出生直後の看取りの対象とすら考えていたのがこれまでのわたしたちの常識だったからです.

そんな子が10ヶ月でNICUを退院し,2歳ちかくなるいまでは家のなかで元気に動きまわっているのです.この事実をぜひひとりでと多くの産科医,小児科医に知ってもらいたいとも思いました.HPPの子の命を助けるためには,生まれてから対応するのではおそいからです.

胎児期にみつけて確定診断し,インフォームドコンセントをとったあと,出生直後から治療できるように妊娠中から準備しなければなりません.そのために産科医の役割が重要で,出生前に見逃さずに見つける必要があります.救命のためにはこのことを周知徹底させなければなりません.

HPPは骨系統疾患のひとつです.胎児期からこの病気に取り組み始めたときは,出生前に骨系統疾患を診断してなにをするつもりだ,中絶を目的としているのではないかと一部から批判もうけたりしました.しかしそうではなく,ひとりでも多くの胎児新生児の命を救う試みのつもりでした.

そして今回,企業治験と医師主導治験にささやかながら協力した成果が,アスフォターゼアルファの薬事承認という形になりました.一般のひとからみると,非常に特殊な分野での,非常にまれな疾患にたいする治療薬の導入という,ちいさなニュースにすぎないのかもしれません.

しかしこれまでならば確実に失われていた年間数十人の新生児や乳児を,これからは間違いなく助けることができるようになったということです.命を救う,これほどしっかりした医学の成果はありません.わたしにとっては医学の発達と医療の未来を確信できるおおきな経験となりました.

医学自体を根源から問い直したり疑う試み,ややおおざっぱなくくりになりますが,反医学とか社会構成主義とかSTSといった考えかたは,医学のなかでひとの命を救うといった充実感や,ひとのために医療をおこなう喜びからきりはなされたところから生まれるのではないかと思うのです.

わたしもときに医学自体を疑うことがないわけではありません.しかしみずからの医療実践に充実感や手ごたえを感じているときはそういった問いとは無縁です.まちがいなく実在論者の立場にたっています.生の価値を信じることと医学の価値を信じることはその意味で近いのでしょう.

 

 網野幸子 → 室月淳

先生のお考えに共感すると共に常に私自身を悩ませて来た問題があります。浅はかな意見かとも思いますが若かった私には難問でした。身内にインタクトサバイバルとされる者がおります。その者なりに花を見て喜び幸せな時が少ないとも思いません。しかし、社会は非常に厳しいです。

私の身内に重症熱傷の救命を専門としたものも居ります。サバイバーはアイデンティティーの1つともとも言える顔さえ喪い、社会へ戻って行きます。様々な「障害」と人に呼ばれることを内包する子ども達にも関わりました。彼らはとても愛らしいです。けれども、社会一般は厳しいです。

私のような医者はインタクトサバイバルと言われる患者さんのその後を何ら支援することが出来ません。私の身内の子どもに対する激しく厳しい様々な一般社会の反応を身内の立場に立って見たときでさえ、助かるべきではなかったのだろうか?という小さい頃からの悩みを打ち消すのが医者としての本来、あるべき姿を理解しながらも常に私の悩みであり続けました。もう、人生の半分を生きてようやく、今出来る目の前のことのみを邁進するのが医者たるものの姿ではあろうと思うようになれました。しかし、「多様性」だとか言う一般意見には未だ気持ちが悪くなります。

勿論、かなりの一分の方々の理解は進んでおり私の狭い視野で論じるべきではないと反省してもいます。しかし、社会は厳しく、ある意味冷酷です。生きれば良いのでしょうか?医者から見たインタクトサバイバルで良いのでしょうか。病院から出て一人で生きて行く筋道をみつけるのは本人とその家族の度量や知識で大きく異なるように思います。焦点がずれていると思われますが様々な子どもを見て、曾てのの悩みは相変わらず消えません。医者の仕事は殆どその患者さんの人生の1日のようにさえ思えてしまうのです。命が助かる事を心から望んでいてもです。

お忙しい中、私の余りに個人的な悩みに迄お話し頂いてありがとうございます。昨年亡くした実父も産婦人科医でした。まだ新生児医療が整って居なかった頃蘭を保つことを唯一の趣味にしていた彼は蘭を温める電球で小さく産まれた児を生かそうとしていました。

私が凡そ何も解らない若い産婦人科医であった頃、ある余りに惨い他者からの言葉に「死んだ方が良かったのかもしれない」と呟きました。産婦人科医の先輩である父が私に激怒して「医者がけして言うことではない」と諭されました。新しい治療のご紹介にセンチメンタルな文章をお返して申し訳ありません。

21週の子どもに新生児科の若い新生児科医が送管をしまたそこにいた産婦人科医がそれを止めなかったことが新生児科、産婦人科のカンファレンスで問題になった時代がありました。新生児科の長は赤ちゃんが動けば新生児科医者は生かそうとするのが当たり前だ。と仰いました。その方はずっとその子ども達を見守っていらっしゃいます。

上手い言葉は見付かりませんが、私は医学を尊敬して医師になりました。周りから聴いてはおりましたが素晴らしい学問だと思っております。私自身はまだまだ悩み続けそうですが医学の進歩は常に待ち望まれるものだと思います。

桜の花が綺麗だったと写真を贈ってくれた子どもがいます。構図には電信柱が入りボヤけた写真で一緒に視た人は何を撮ったか解らない。と言いましたが、私には綺麗な桜を前に幸せを思う気持ちが伝わって来るものに感じました。

医学、医療の先輩、続かれる皆さんがこれからもそんな一瞬を助けていって下さることを私は誇りに思っています。ありがとうございます。目の前の患者さんに、その時に、選べる一番の手助けが私にも出来るようにと心から思う文章とお時間を頂いて感謝申し上げます。

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カウンタ 1758 (2015年10月14日より)