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本邦における胎児治療の歩み

本邦における胎児治療の私的歩み

ごくごくささやかな私論です.本邦における胎児治療の歴史をまとめ,今後のための覚え書代わりにしたいと思います.思い違い,記憶違いなどがありましたらどうかご容赦の上,ご指摘いただけますと幸いです.わたしが医者になった1990年前後は胎児治療が脚光を浴び,わが国でも世界をリードするいくつかの試みがなされた時代です.「胎児治療」という言葉を聞くだけで周産期医療のまったく新しい世界が広がるようでワクワクドキドキしたものでした.

1988年にRh不適合妊婦に対して3回の胎児輸血を行い,児の救命に成功したのはわが東北大学でした.そのほか当時注目されていたのは,九州大学・中野教授を中心とした非免疫性胎児水腫(NIHF)に対する系統的治療(輸血やアルブミン投与など),筑波大学・是澤先生による無心体双胎に対するスチールコイルによる塞栓治療(2),国立循環器センター・千葉喜英先生による子宮内胎児シャント術などがありました.また慶応大学・名取先生らによる双胎間輸血症候群(TTTS)に対する胎児鏡下レーザー手術の報告(3)がなされたのは1992年であり,世界的にみてもDe Liaらのグループに続く画期的な試みでした.ここに名前が挙がった先生方が,日本における胎児治療第一世代と後にいわれるようになります.

それぞれの治療法に対するわれわれのスタンスは以下のようなものでした.NIHFに対する輸血やアルブミン注入については当初よりその有効性を疑い,九大が作成した治療アルゴリズムを取り入れることはしませんでした.NIHFや正常胎児に対するわれわれのPUBSの経験より,胎児期のヘモグロビンやアルブミン値は通常でもかなり低値であること,NIHF胎児に認められることのある貧血,低アルブミン血症,心機能低下は病態として複雑にオーバーラップしており,しばしばNIHFの原因ではなく結果であることが明らかになってきておりました.単純に輸血をしたりアルブミンを投与することにより胎児の負荷を増し,かえってNIHFを増悪する可能性が考えられたからです.現時点から振り返って見ますと,NIHFはひとつの疾患概念ではなく,さまざまな胎児病から派生する病態,それも末期的な症状であることがわかってきて,直接的な治療対象とは考えられておりません.

筑波大学での無心体に対する塞栓による血流遮断術の報告は世界的にも非常に注目された胎児治療でした.その斬新な発想にわれわれも衝撃を受けました.もし無心体双胎の症例に遭遇したとき,われわれも同様の方法で胎児治療ができるように,わたしが業者に連絡を取ってスチールコイルを無償で提供していただけるようにお願いしたことを記憶しています(非常に高価なものであるとの理由で丁重にお断りされました).しかしその後の他施設の追試の結果では,技術的に困難であること,完全に血流遮断することが難しいことなどから,現在ではこの方法はまったく用いられていません.

2000年にわれわれは,胎児鏡下にバイポーラー電気メスを用いて無心体の臍帯を凝固焼灼して血流遮断することに成功しました(4).このときは一羊膜双胎であったため,手術後に健児との臍帯相互巻絡を起こして健児のIUFDを起こしてうまくいきませんでしたが,翌2001年には同様の無心体に対してラジオ波焼灼術(RFA)を行って治療に成功しています.RFAは肝癌の治療に用いられている方法で,超音波ガイド下に針状電極を穿刺し先端を患部に進め,ラジオ波(電子レンジのマイクロ波に近い電磁波)を発生させて局所を焼灼凝固させるものです.カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のハリソン教授のグループが胎児治療に応用している話を伝え聞き,見よう見まねでわたし自身が無心体の血流遮断を試みました.超音波ガイド下で経母体的に針電極を穿刺して,無心体体内の大血管を焼灼して血流を遮断し,見事,胎児治療に成功しました.これも本邦第一例になります(5).無心体双胎の症例自体が少ないため,われわれ自身はこの胎児治療法をまだ2例しか経験していませんが,現在では無心体双胎の胎児治療の国内のスタンダードとなっています.

子宮内胎児シャント術は,当初,胎児水頭症(閉塞性脳室拡大)や水腎症(閉塞性尿路拡張),胎児胸水などを対象に用いられていました.いずれも閉塞を解除し圧を下げなければ,脳,腎,肺組織の形成不全により予後不良の転機を取ると考えられていました.胎児胸水については症例を選べば有効であろうという立場から,1992年に東北大最初の胎児胸腔-羊水腔シャント術が行われました.その後,子宮内シャント術の胎児水頭症や閉塞性尿路疾患に対する効果は否定されましたが,胎児胸水に対する有効性は世界的なコンセンサスになりました.最近,厚労科研「科学的根拠に基づく胎児治療」の左合班が発足し,2008年から「胎児胸水に対する胸腔-羊水腔シャント術」についての医師主導型の臨床試験が開始され,その有効性が証明されています.

TTTSに対する胎児鏡下レーザー手術は,今日では最も成功した胎児治療として知られており,医学的にのみならず社会的にも胎児治療を認知させる原動力となっています.当初東北大では,超音波ガイド下あるいは胎児鏡下での隔膜穿孔術(amnioseptostomy)による治療を模索され,90年代後半の何年かに多くの症例を集めました.しかし臍帯相互巻絡による両胎児の子宮内死亡のアクシデントなどもひとつのきっかけとなり,当時,欧米で本格化していたレーザーによる胎盤吻合血管凝固術に目を転じることになります.2005年に東北大で第一号の手術を行ってから,現在まで30例の治療実績を誇っています.国内でこの手術を行っているのは5施設しかなく,当院は東北地方を中心とした北日本の拠点として,広く患者の紹介を受けて治療を行うまでになりました.

ここに上げました胎児治療のうち,TTTSに対するレーザー治療と胎児胸腔-羊水腔シャント術が現在ではそれぞれ高度医療と先進医療に採用されており,胎児治療はすでに通常の医療の中で確固たる地歩を占めています.われわれ第二世代の人間は胎児治療をますます発展させるとともに,第三世代となるべき若い人間を育てていきたいと願っています.

文献

1.谷川原真吾,岡村州博,他:超音波ガイド下胎児臍帯内輸血により生児を得たRh不適合妊娠の一例.日産婦誌 1989;41:621-624

2.浜田洋実,是沢光彦,他:臍帯血流遮断による無心体双胎の子宮内治療.日産婦誌 1989;41:1803-1809

3.名取道也,田中守,他:YAGレーザーを用いた胎盤血管凝固術を施行した双胎間輸血症候群の1例.日産婦誌 1992;44:117-120

4.鍋島寛志,室月淳,他:Acardiac Twinに対して,胎児鏡下手術を行った一症例.日産婦内視鏡学会誌 2001;17:83

5.室月淳,妹尾匡人,他:超音波ガイド下ラジオ波焼灼(RFA)による無心体双胎の子宮内治療.超音波医学 2002;29:284

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カウンタ 3562(2011年4月22日より)