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妊娠中のアセトアミノフェン使用について

妊娠中のアセトアミノフェン使用について

                                 (室月 淳 2012年8月12日)

 要 約

アセトアミノフェンは常用量では妊娠中に安全に使用できる薬として知られてきました.妊娠中のNSAIDの使用が禁忌であるため,アセトアミノフェンは妊産婦の解熱鎮痛剤として世界的にも愛用されています.しかし先日,副作用として動脈管収縮のリスクが大きく報道され,産婦人科医に波紋を投げかけるということがありました.そこで本稿では「医薬品・医療機器等安全性情報第290号」やこれまでの文献報告などを検討いたしましたが,妊娠中のアセトアミノフェンの使用によって動脈管収縮など重篤な副作用が生じたという明確な証拠は現時点でははっきりしないことがわかりました.アセトアミノフェンは今もなお,妊娠全期にわたってリスクベネフィットのもっともすぐれたバランスをもつ解熱鎮痛剤と考えられます.妊娠中の薬剤使用については慎重に対処すべきなのは当然ですが,妊婦が軽度〜中等度までの痛みをやわらげるために鎮痛剤を必要とするときは,現時点においてもアセトアミノフェンが第一選択となるでしょう.

 

 はじめに

先日,妊娠後期のアセトアミノフェン内服によって胎児に動脈管収縮を起こすことがあると報道され,全国の産婦人科医に大きな波紋を投げかけました.アセトアミノフェンは妊娠中でも安全に使用できるとされており,実際にも臨床でよく使われてきた薬剤です.

アセトアミノフェンは解熱鎮痛剤のひとつです.一般に発熱というのは細菌やウイルス感染に対する生体防御機能であるため,解熱剤によって熱をさげる必要性は必ずしもありません.それに対して痛みのほうは,それ自体が不快なものであり体力も消耗して悪循環となるので,鎮痛剤の使用は妊娠中にも必要になることが多くあります.

周知のとおり,NSAIDSは妊娠初期には流産を増加させ,妊娠中期以降は胎児動脈管の早期閉鎖を起こすため妊娠中の使用は禁忌になっています.もしアセトアミノフェンの胎児動脈管収縮のリスクが高く,妊婦に対してアセトアミノフェンが使えないということになれば,妊娠中に鎮痛の必要があるときは麻薬系鎮痛剤を使わざるを得ません.妊娠管理の面からいっても難しい問題となるため,改めて妊婦に対するアセトアミノフェンの投与を再検討してみたいと思います.

 

 今回の問題の発端

今回の問題のもともとの発端は,本年(2012年)4月25日の「医薬品・医療機器等安全性情報第290号」に掲載されたアセトアミノフェンの重要な副作用等に関する情報です.そこでの記載は下記のとおりでした.

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【医薬品名】アセトアミノフェン

【措置内容】以下のように使用上の注意を改めること[ 妊婦、産婦、授乳婦等への投与]の項に「妊娠後期の婦人への投与により胎児に動脈管収縮を起こすことがある」を追記し,妊娠末期のラットへの投与に関する記載を「妊娠後期のラットに投与した実験で,弱い胎仔の動脈管収縮が報告されている」と改める

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さらにこの厚労省からの通知を受けて,日本小児科学会のホームページに以下のようなアラートが掲載されました.

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■■ アセトアミノフェンの胎児動脈管収縮に関する注意喚起について

医薬品医療機器総合機構から「妊娠後期の妊婦にアセトアミノフェンを投与すると、胎児に動脈管収縮を起こす可能性がある」との添付文書の使用上の注意の書き換えを行なうとの通知がありました。つきましては、動脈管の早期閉鎖が生じると胎児死亡の原因になりうることがありますので周知のうえ注意をお願いします。

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小児科学会の公式見解として,「妊婦にアセトアミノフェンを投与すると,胎児に動脈管収縮を起こす可能性がある」,そして「動脈管の早期閉鎖が生じると胎児死亡の原因となる」と出されたこともあって,産婦人科医としては妊婦へのアセトアミノフェンが非常に投与しづらい状況となっています.

 

 NSAIDとアセトアミノフェン

アセトアミノフェンは解熱鎮痛薬のひとつで,標準的な服用法ではきわめて安全とされているため一般に広く用いられています.シクロオキシゲナーゼ(COX)活性を阻害してプロスタグランディンの産生を抑制しますが,その効果は非常に弱く,アスピリンやイブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)と異なってアセトアミノフェンには抗炎症作用がほとんどありません.

NSAIDとは抗炎症作用,鎮痛作用,解熱作用を有するステロイド以外の薬剤の総称です.アセトアミノフェンも弱いシクロオキシゲナーゼ活性阻害作用をもつため,NSAIDのひとつとして扱われていることも散見されますが,明らかな抗炎症作用をもたないため厳密の意味でのNSAIDではありません.欧米の教科書をみると,「アセトアミノフェンは正常な服用量ではNSAIDと異なり,胃を刺激せず,血液凝固,腎臓あるいは胎児の動脈管収縮などの影響がない」といった解説がされていることが多いようです.

アセトアミノフェンの解熱や鎮痛作用はCOX阻害以外の作用によると考えられていますが,これまでその詳細は不明でした.2005年にZygmuntらが,アセトアミノフェンの代謝産物が肝主体で産生されたあとに,大部分が脳内に移動してアラキドン酸と結合し,N-acylphenolamineを合成することを報告しました(1).このN-acylphenolamineが強力な鎮痛作用をもつことが示唆されています.

 

 ラットへの投与実験について

東京女子医大の門間和夫名誉教授のProstaglandins誌に発表された一連の実験データが有名ですが,添付文書もこのデータにそって記述されています.ここではわかりやすいように論文(2)と(3)をみていきます.

方法では,妊娠満期(21日)のWister ratに薬剤を投与し,4時間後に帝王切開で胎仔を取り出し,すぐに凍結固定していますので,「妊娠後期」を「妊娠満期」に修正したのは妥当といえます.評価としては,ラット胎仔の主肺動脈と動脈管の内径はほとんど等しいので,薬剤投与後の動脈管/主肺動脈の内径比で収縮度を表すとしています.

結果は,添付文書で「弱い胎仔の動脈管収縮が報告されている」と書かれているとおりで,臨床常用1回量を投与して4時間後に動脈管/主肺動脈の内径比が0.9-1.0程度となっています.動脈管の内径が50%となるED50は300mg/kgであり,妊婦体重を50kgとするとこの値は15,000mgということになり,1回極量1,000mgの15倍の量ということになります.

 

 実際の症例報告

改訂された添付文書には次のような記載があります.

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1.「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」への追記〔課長通知(指導)〕

妊娠後期の婦人において、アセトアミノフェン製剤投与との因果関係を否定できない胎児の動脈管収縮症例が集積されたことから追記致しました。

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そして参考として文献(4)と(5)があげられています.実はこの2つの症例報告は,2010年の日本未熟児新生児学会のポスター発表の抄録です.実際にその報告を検討してみます.

参考文献(4)では,「妊娠38週4日時,巻き爪に対しセファクロルとアセトアミノフェンを1回内服した以外には,妊娠経過中に大きな異常はなかった」という既往です.「妊娠40週6日,陣痛発来して入院となった.その後NRFSのため妊娠41週0日緊急帝王切開となった.出生体重3,456g,男児Apgar score 8/8といずれも皮膚色スコアが0であった」.その後の経過は軽度〜中等度の胎児動脈管早期閉鎖(PCDA)として矛盾がなく,日齢10には酸素投与を終了しています.筆者らの結語として,「PCDAが疑われた症例を経験した.本症例において抗炎症薬の影響は定かではなかった」というものでした.

もちろんこれは「アセトアミノフェン製剤投与との因果関係を否定できない胎児の動脈管収縮症例」ではあります.しかし,筆者らがこのPCDAがアセトアミノフェンの副作用と確信をもっていえなかったとおり,動脈管収縮作用がきわめて弱いアセトアミノフェンを,妊娠満期に1回内服したことによってPCDAを発症するとは,臨床的にはなかなか考え難いというのが本当のところでしょう.

参考文献(5)では2症例が報告されています.ひとつは,「在胎12週頃母体にアセトアミノフェンの内服歴があった」,そして「在胎29週より切迫早産,前置胎盤のため入院し,在胎35週1日に選択的帝王切開で出生した」という症例です.もうひとつは,「母体に在胎23週にアセトアミノフェンの内服歴があった」,そして「在胎35週の超音波検査で軽度右房拡大を認め」,PCDAの胎児診断となって緊急帝王切開となっています.どちらもアセトアミノフェンの内服量,内服日数が不明ですが,常識からいって,妊娠12週あるいは妊娠23週に服用したアセトアミノフェンと,それぞれ23週間後,12週間後のPCDA発症との関連を考えにくいでしょう.特に動脈管の平滑筋などほとんど発達していない妊娠12週での内服の症例はまったく関係ないことは明らかです.

これの症例が厚労省の課長通知にいう「妊娠後期の婦人において、アセトアミノフェン製剤投与との因果関係を否定できない胎児の動脈管収縮症例が集積された」の内容です.厚労省の見識がやや疑われます.

 

 動脈管早期閉鎖(Premature closure of the ductus arteriosus; PCDA)について

胎児期の動脈管閉鎖は診断が難しく,児への影響がほとんどないものから胎児死亡にいたるものまでさまざまあるといわれています.母体への非ステロイド性抗炎症薬(インドメタシン,イブプロフェン,ケトプロフェン,アスピリンなど)の投与が原因となることがありますが,薬剤既往歴のなく原因不明のいわゆる「特発性」のものがもっとも多いと考えられます.

ある報告(6)では,2,079例の胎児・新生児超音波検査に行ったところ,胎児動脈管閉鎖症例は,出生時にすでに動脈管が閉鎖していた例をふくめると12例(0.6%)という頻度でした.この12例のうちわけでは3例にNSAIDの内服既往がありますが,うち1例は動脈管収縮のための平滑筋がまだほとんどない妊娠20週の内服ですので,筆者らも関係ないだろうとしています.すなわち22例中20例(91%)が薬剤と関係のない「特発性」ということになります.

また動脈管早期閉鎖20例を集めて検討した別な報告(7)では,母親のNSAID内服既往が7例,13例は「特発性」ということでした.妊娠動物を用いた実験データ(8)では,カテコラミンが胎仔の動脈管収縮を起こすことが確認されていますので,動脈管早期閉鎖については胎児低酸素によるストレスの関与が推察されています.

胎児動脈管早期閉鎖は全分娩の0.6%くらいに生じ,少なくともその2/3以上では原因が明らかでない「特発性」のものです.全国の胎児動脈管早期閉鎖症例を収集し,妊娠中に頻用されるアセトアミノフェンが母体の服用歴にあったとしても,アセトアミノフェンがハイリスクの薬だとはとてもいえないでしょう.

 

 動脈管収縮以外の副作用

妊娠中のアセトアミノフェンの使用についての最近の国際的な話題は,先天異常,特に停留睾丸の発症率を上げるという報告や,出生後の喘息を増加させるという報告があって問題となっています.動脈管早期閉鎖について議論されているのは国内だけのようです.

文献(9)によると,1960年から2000年の間に,妊娠マウスまたはラットを用いてアセトアミノフェンの催奇形効果を調べた研究が10件あって,半数では催奇形性なし,残りの半数では高用量のアセトアミノフェンでテストステロン生成と精子形成が低下し,睾丸委縮が引き起こされています.しかしデンマークのコホート研究(10)では,1996〜2002年に登録された47,400組の母−息子について解析したところ,アセトアミノフェン曝露との有意な関係が観察されませんでした.またフィンランドの同様のコホート研究(11)においても,子宮内のアセトアミノフェン曝露後に停留睾丸が増加するというエビデンスが得られなかったということです.

ヒトでは停留睾丸の定義と診断は簡単ではないことが問題を複雑にしているのかもしれません.しかし全体的にみて,先天異常のリスクに関する動物実験や妊娠中のコホート研究によるデータは,妊娠中のアセトアミノフェンの安全性を証明しているといえます.

ごく最近の話題として,胎児期あるいは乳幼児期のアセトアミノフェン曝露と小児期の喘息発症の関係が議論となっています.生後1〜2年でのアセトアミノフェン使用とその後の喘息発症に関しては以前よりそれを支持するデータと反対するデータがでていましたが,最近では遺伝子多型との関連が指摘されています.Shaheenらの研究(12)によると,母体がGSTT1遺伝子型を示す場合に,妊娠後期のアセトアミノフェン服用によって出生後の喘息発症が増加するとのことです.この問題についてはいまだ明確なコンセンサスを得られている状況ではありませんので,今後の議論の推移を見守りたいと思います.

 

 まとめ

アセトアミノフェンは胎盤を通過しますが,常用量では妊娠中に安全に使用できることが世界的に知られている薬です.「妊娠と薬」に関していえば,アセトアミノフェンはアメリカのFDA分類ではグレードB,オーストラリア(医薬品評価委員会先天異常部会による評価基準)ではグレードAとされていて,これはかなり安全に投与できることを意味しています.

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アメリカ・FDA分類

カテゴリーB:動物実験では胎児に対するリスクが確認されていないが、妊婦に対する適切な、対照のある研究が存在しないもの。または、動物実験で有害な作用が確認されているが、妊婦による対照のある研究では、リスクの存在が確認されていないもの。

オーストラリア・医薬品評価委員会先天異常部会による評価基準

カテゴリーA:多くの妊婦と妊娠可能年齢の女性によって服用されており、それによって先天奇形の発症率の上昇や、間接・直接の胎児に対する有害作用が確認されていない薬剤

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妊娠中には不要な処方を避けることは当然のことです.通常のウイルス感染であれば数日で解熱することが多く,解熱鎮痛剤の必要性は高くありませんが,発熱が長く続き消耗が激しいときは原因を精査して治療すると同時に,胎児への影響を考えてアセトアミノフェン投与による症状緩和も必要となってくることがあります.またいろいろな原因による痛みに対しては,上にも書きましたように鎮痛そのものが治療として重要になってきます.すなわち妊娠中の解熱鎮痛剤の使用の必要性は間違いなくあり,その安全な薬剤選択は非常に重要な問題なのです.

妊娠中のNSAIDの使用が禁忌になっている以上,アセトアミノフェンに問題があるとすれば,あとは麻薬系鎮痛剤を使うほかありません.厚労省は,妊婦の痛み止めにはいきなりモルヒネやレペタン,ペンタジンを使えと推奨しているのでしょうか? 総体的にみれば妊娠中のアセトアミノフェン使用はもっとも安全であるのは間違いありません.産科診療全体からみてその得失を検討せずに,たとえば「念のため」といった感覚で注意喚起を追加していくと,妊娠管理そのものにむしろ悪影響を及ぼしかねません.アセトアミノフェンの添付文書の記述の変更には十分な配慮をいただきたいと思います.

問題となった日本小児科学会のホームページ上のアラートからは,「つきましては、動脈管の早期閉鎖が生じると胎児死亡の原因になりうることがありますので周知のうえ注意をお願いします。」の一文が削除となったようです.これは産婦人科側からの働きかけによるという話を聞いております.

妊娠中のアセトアミノフェンの使用によって動脈管収縮など重篤な副作用が生じたという明確な証拠は現時点でははっきりしないようです.アセトアミノフェンは今もなお,妊娠全期にわたってリスクベネフィットのもっともすぐれたバランスをもつ解熱鎮痛剤と考えられます.妊娠中の薬剤使用については慎重に対処すべきなのは当然ですが,妊婦が軽度〜中等度までの痛みをやわらげるために鎮痛剤を必要とするときは,現時点でもアセトアミノフェンが第一選択となるでしょう.

 

 参考論文

1.Hogestatt ED, Jonsson BA, Ermud A, et al: Conversion of acetaminophen to the bioactive N-acylphenolamine AM404 via fatty acid amide hydrolase-dependent arachidonic acid conjugation in the nervous system. J Biol Chem 2005;280:31405-12 Epub

2. 門間和夫:抗炎症剤によるPersistent Fetal Circulation.産科と婦人科1983;50:512-515

3. 門間和夫,小西貴幸,高尾篤良:抗炎症剤による胎生期動脈管収縮.医学のあゆみ1985;134:397-402

4. 平川健一郎,大曽根義輝,富田美佳,他:出生後より低酸素血症が持続し,胎児動脈管早期閉鎖(PCDA)が疑われた1例.日本未熟児新生児学会雑誌2010; 22: 601

5. 松沢麻衣子,林誠司,渡邊由香利,他:胎児診断の有無により対照的な経過を示した胎児動脈管早期閉鎖の2例.日本未熟児新生児学会雑誌2010; 22: 602

6. Gewillig M, Brown SC, De Catte L, et al: Premature foetal closure of the arterial duct: clinical presentations and outcome. Eur Heart J 2009;30:1530-1536

7. Luchese S, Manica JK, Zielinsky P: Intrauterine ductus areteriosus constriction: analysis of a historic cohort of 20 cases. Arq Bras Cardiol 2003;81:541-543

8. Born GV, Dawes GS, Mott JC, et al: The constriction of the ductus arteriosus caused by oxygen and by asphyxia in newborn lambs. J Physiol 1956;132:304-342

9. Pacetamol during pregnancy: no particular danger for the child. Prescrire International 2012;21:186-190

10. Jensen MS, et al: Maternal use of acetaminophen, ibuprofen, and acetylsalicyclic acid during pregnancy and risk of cryptorchidism. Epidemiology 2010;21:776-785

11. Kristensen DM, et al: Intrauterine exposure to mild analgestics is a risk factor for development of male reproductive disorders in human and rat. Hum Reprod 2011;26:235-244

12. Shaheen SO, Newson RB, Ring SM, et al: Prenatal and infant acetaminophen exposure, antioxicant gene polymorphisms, and childhood asthma. J Allergy Clin Immunol 2010;126:1141-8.e7, Epub

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