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日本産科婦人科学会・公開シンポジウム

日産婦公開シンポジウム「出生前診断−母体血を用いた出生前遺伝学的検査を考える」 前半報告

                                 (2012年11月13日 室月 淳)

2012年11月13日,東京コンファレンスセンター・品川において,日本産科婦人科学会・公開シンポジウム「出生前診断−母体血を用いた出生前遺伝学的検査を考える」が開催されました.

無侵襲的出生前遺伝学的検査(non-invasive prenatal genetic test; NIPT),いわゆる新型出生前診断の国内導入にあたって,産婦人科学会が公開のシンポジウムを開催し,会員および会員以外の一般のひとたちの意見もひろく聞く機会をもうけたものです.基調講演は以下の7人のパネリストによって行われました.

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  • 1. 平原史樹(日本産科婦人科学会倫理委員会「出生前に行われる検査および診断に関する見解」改定案ワーキンググループ委員長)

「出生前診断に関する見解(日本産科婦人科学会)について」

  • 2. 左合治彦(国立成育医療研究センター周産期センター長)

「NIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査)の臨床研究」

  • 3. 齋藤加代子(東京女子医科大学附属遺伝子医療センター所長)

「遺伝医療に携わる小児科医の立場から」

  • 4. 有森直子(日本遺伝看護学会理事長)

「妊娠中の女性の不安−出生前検査は安心だけをもたらすのか−」

  • 5. 山内泰子(川崎医療福祉大学医療福祉学部医療福祉学科准教授)

「認定遺伝カウンセラーの立場から」

  • 6. 齋藤有紀子(北里大学医学部附属医学教育研究開発センター医学原論研究部門准教授)

「母体血を用いた出生前遺伝学的検査:確認すべき基本理念はなにか,見切り発車を始める前に」

  • 7. 玉井邦夫(財団法人日本ダウン症協会理事長)

「何を問うのか〜新しい出生前検査・診断とダウン症〜」

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出生前診断のガイドラインづくりのとりくみとNIPT臨床研究の概要

平原史樹先生は日本産科婦人科学会を代表するかたちでこれまでの出生前診断のガイドラインの歴史と現在のとりくみを紹介しました.左合治彦先生はNIPTコンソーシアムの立場から臨床試験の概要を説明しました.特に注目されたのはこれまであいまいであったNIPT検査陽性のうち染色体異常の実際の割合(陽性的中率)を公式に明らかにしたことです(表1).シーケノム社が公表した感度99.1%,特異度99.9%から計算されたものです.検査適応の35歳では陽性的中率はおよそ80%ということになります.

 表1.陽性的中率と陰性的中率の罹患率による変化
罹患率 陽性的中率 陰性的中率
1/10 99.1% 99.9%
1/50 95.3% 99.98%
1/250 79.9% 99.996%
1/1000 49.8% 99.9999%

小児科医,遺伝看護,遺伝カウンセラーのそれぞれの立場から

齋藤加代子先生は副題に「小児科医の立場から」とあり,ケースごとに母親の微妙な心理の変化を説明していたのが印象的でした.ただ日本人類遺伝学会の倫理委員会委員長として,人類遺伝学会を代表して見解を表明するという形のまとめとなりました.

有森直子先生は看護の立場,特に遺伝看護の視点から出生前診断に対するコメントを行いました.実際の立論は,ローゼンバーグとトムソンの著書である「出生前診断−安心という名の幻想」にほぼ立脚したものでしたが,「出生前診断は安心をもたらさない」といういちばん大切なメッセージを,聴衆にうまく伝えるためにはやや時間不足だったのかもしれません.

有森直子「妊娠中の女性の不安」スライド

山内泰子先生の講演内容は,遺伝カウンセラーは非医療職の専門家としてクライアントによりそってサポートしていく立場であることを強調されていましたが,これまで社会的になじみのうすかった「認定遺伝カウンセラー」を社会的に認知してもらおうという意識が強く感じられました.

検査適応を限定するのではなく情報提供をいかにすべきか

わたしにとって目新しかった,あるいは印象的だったのは,生命倫理学分野の齋藤有紀子先生,ダウン症協会理事長の玉井邦夫氏の話でした.おふたかたとも,検査のきちんとした説明が重要だとか遺伝カウンセリングはどのようにあるべきかなどというやや表層的なことではなく,もう少し本質的な問題を取り上げていました.

齋藤有紀子先生の指摘は,NIPTの検査の説明として,高齢妊娠とか前児が染色体異常などと対象をせまく限定するのは誠実さのあらわれではなく,むしろ検査をおこなってよい疾患,検査を受けてよい妊婦を名指しすることになる,そして検査対象が具体的になればなるほどそれは優生的な方策に近づいていくことになるというものでした.マススクリーニング化をさけるために検査適応を列挙しようとすることが,逆に対象をより明らかにして排除する方向にむかうのだというのは,これまであまりみえていなかった視点でした.

だからこそNIPTについての指針を考えるにあたっては,適応条件を列挙し対象を限定するのではなく,社会としての理念,あるいは向うべき方向を示すべきと提案されていました.たとえばそれは,検査について医療側は妊婦に対してどのような情報提供を行うべきか,妊婦の知る権利をどのようにあつかうということを含みます.そしてそれの例として,1999年に科学技術庁(当時)からだされた「母体血清マーカーに関する見解(報告)」についてとりあげ改めて解説を加えました.

この「見解」については,医療側,検査会社からの情報提供が事実上禁じられた(〜する必要はない)ため,検査に関してきわめて抑制的ということで医療側の評判がよくなかったのですが,もし情報提供を積極的に進めながらの施行であれば,それは実質的にマススクリーニング化となることが懸念されたからと説明しました.「〜する必要はない」としたからこそ,母体血清マーカー試験が妊婦それぞれの個別スクリーニング検査にいまもとどまっているということです.NIPTも本質的には母体血清マーカー試験と同じ性格をもつものであり,そういった対応が参考になるのではないかとの主張でした.

齋藤有紀子「確認すべき基本理念はなにか 見切り発車を始める前に」スライド

障がい者とともに生きる社会の「知恵」

玉井氏の講演はスライドをまったく使わない口演のみによるもので,ご本人が述べたとおり,それまでの6人のパネリストがすべて医療関係者であったことと明確な対比をみせていました.以前から話してこられてきた内容として想定内のものではありましたが,本日の会場の聴衆の感銘と共感をもっとも集めた講演だったと思います.

これまでマスコミなどでさまざまに論じられてきましたが,はたしてダウン症は出生前診断の対象となるような重篤な疾患なのかというもっとも本質的な議論がなされていないことをまず指摘しました.NIPTは13,18,21トリソミーなど複数を対象とするのに,社会の議論はなぜいつもダウン症だけに向かうのか? それはダウン症の彼らが何十年か生きるからなのだ,と喝破していました.

もちろんすべての障がい者を社会が支えていくには経済的に難しいかもしれません.経済というハードウェアでは無理ですが,しかしソフトウェア的な対応で支えていくことは可能であり,それは教育でしか解決できない問題であると指摘しました.だからこそなぜこの議論に文科省,あるいは教育者がはいってこないのかと批判しました.

NIPTは現在,染色体の数的異常を同定する検査ですが,今後は遺伝子情報そのものに向かうのは明らかです.ダウン症のつぎに何の疾患が対象となるのでしょうか? 遺伝子は多様であり,どこに正常との線引きをおこなうのか? もちろん社会が社会であるためにはどこかに線を引く必要があるのでしょうが,それは社会のいわば「知恵」といったものが働くことになるでしょう,というのが玉井氏のお話でした.うえの社会の「ソフトウェア的対応」ということに関する具体的な説明はありませんでしたが,この「知恵」というのは「ソフトウェア」の重要な部分であることは間違いなさそうです.

さらに医療者の「告知」についても厳しい注文をつけました.障害の告知はどのような親にとってもほんとうにおおきな衝撃です.それは元気でかわいい赤ちゃんが生まれてくるのを夢見ていたり,親子で幸せに暮らすあこがれといったものを一瞬にして失う,いわば「喪失体験」ともいえるものです.しかしどんな人間にも生きていくうえでのリスクや困難は存在し,どんな子育てにおいてもさまざまな挫折や失望を繰り返すのですから,その「喪失感」というのは実は親の一方的な幻想に過ぎないものです.それを長い年月をかけて徐々に理解し,受け入れていくのが「知恵」というものです.妊娠中の障害の告知というのは,両親がわずか数か月間でそれを受容することを求める過酷な要求なのです.

ダウン症にかんするさまざまな知識が社会にうまく届いていないという事実があります.ダウン症の告知にあたっては「残念ながら」という表現を使ってほしくありません.ダウン症児であるとないとにかかわらず,社会はまず妊娠しているということを祝福してほしい.なぜなら彼らもわれわれもこの世に生きているからです........というのが玉井氏の講演の要旨でした.

玉井邦夫講演全文「何を問うのか 新しい出生前検査・診断とダウン症」

フロアとの質疑応答ほか

フロアとの質疑応答では,かなりきびしい意見がでることが予想されていましたが,案の定,「最近改定された障害者基本法の精神に反しているのではないか」とか「優生的発想ではないか」といった質問が続きました.左合先生をはじめ壇上の先生方が何とか奮闘して答えていました.帰りの新幹線の都合上,パネルディスカッションの途中で帰らざるをえなかったため,最後のほうの議論がどのようになったかは不明です.そのあとのことについてはどなたかご教示いただければ幸いです.

どのパネリストの先生も本当に真摯に,誠実に話されていたことがとても印象的でした.NIPTの導入は既定路線であり,今回の公開シンポジウムは単なるアリバイづくりに過ぎないとの批判も一部にありますが,しかし実際に聴講してみれば,みながそれぞれの立場においていかに真剣に考え自らの意見を表明しているのかが伝わってきます.

わたし個人としては,公開シンポジウムに実際に参加して,いろいろな立場からの発言を聞くことにより,さらにまた新たな視野が広がった感があります.機会があればNIPTに関する考察をまとめてみようかと思います.

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日産婦公開シンポジウム「出生前診断−母体血を用いた出生前遺伝学的検査を考える」 後半報告パネルディスカッション 質問・コメントへの回答編

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カウンタ 9281(2012年11月13日より)