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最近読んだ本

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 加賀乙彦「フランドルの冬」(新潮文庫)−2017年11月11日

加賀乙彦「フランドルの冬」。フランドル地方の風土や気質といったものに触れたくて手にとりました。1967年に出版された加賀乙彦の処女作です。加賀乙彦は70〜80年代にもっとも旺盛な創作活動をおこなっていましたが、なぜかこれまで縁がなくてはじめて読む作家になります。

フランドル平野はベルギー北部からフランスの北端まで広がっていて、そんな国境にちかいフランスの僻地が舞台です。この地方はフラマン語、すなわちオランダ語方言が母語で、町の居酒屋の労働者のあいだではフラマン語が飛びかっていますが、登場人物たちが働く精神病院はすべてフランス語の世界です。

日本からフランスに留学した精神科医コバヤシが一応の主人公ですが、章ごとに別な人間の視点から描かれいて、小説は複数の人間の複数の内面が交錯し複雑な構造をしています。くわしい分析などしていませんが、おそらく事前に綿密に構想を練り、そのメモに基づいて小説をつくりあげた気配があります。

小説の題名は「冬」とあるように、デュピベル家のクリスマスパーティの準備の場面からはじまります。しかし小説の時間軸は登場人物の視点により行きつ戻りつします。第3章になってはじめて主人公コバヤシの内面が描かれますが、そこで物語はパリからフランドルの病院へ移る一年前まで一気に戻ります。

いまさらこんな古い小説を手にとろうとするひとはめったにいないでしょうから、一部ネタバレ。小説の筋は、春から夏にかけて神父の脳梗塞での急死や、県知事の病院視察での騒動があり、秋にコバヤシが美しい看護婦のニコルと愛しあって同棲をはじめますが、クリスマスのあとに別れることになります。

そのあとにクルトンが自殺し、コバヤシも交通事故で重症をおい、ドロマールが同性愛を告白する、とことばにすると単純なものになりますが、その一年間のできごとが、それぞれの登場人物の視点から描写され、小説はその都度なんどもなんども時間を反復して語られることになります。

小説を読むわたしたちは迷宮のなかにいる感覚におそわれます。それぞれの視点からのみ語られるので、本当の事実がわからなくなっていくのです。たとえば例をあげると、ニコルは妊娠して流産するが、その父親はコバヤシなのか? あるいはクルトンなのか? 最後まで読者にはあきらかにされません。

事実があきらかにならない、いやそもそも客観的な事実というものが存在するのかが疑わしくなってきます。これは実は19世紀に隆盛をきわめた小説の「神の視点」にたいするアンチテーゼです。すなわち両大戦間から戦後のしばらくのあいだに欧米でなされた「全体小説」の試みがこの小説でなされています。

日本の伝統的な、たとえば私小説といった形式などとはまったく異なる小説です。批評家の江藤淳がこの小説を「フォニイ」(つくりものといった意味)といって嫌ったのもこのあたりにゆえんがありそうです。加賀乙彦のつかった構造は、かれのような心をうけとめるのに適していなかったのかもしれません。

ですから表現が構造をはなれるとき、人物ははるかに生き生きとして自由に動きだしています。コバヤシとニコルの恋愛の描写はフォニイのかもしれませんが、それでもふたりが語らい愛撫しあうときなど、小説家の筆は構成の枠組を逸脱して、小説の醍醐味ともいうべき世界にはいっていくようです。

当時、彼とおなじような問題意識をもって小説を書いたのは、もちろんそれぞれ小説家としての資質は異なりますが、中村真一郎や福永武彦、辻邦生、あるいはスタンダリアンとしての大岡昇平といった作家がいたでしょうか。しかしその後の日本の文学は、かれらの意図した方向には進みませんでした。

彼らのあとに来たのは、きわめて個人的なできごとを「普遍」に一気に転化させる超レアリズムの小説を書く大江健三郎だったり、それこそかの村上春樹だったりしたのでした。時代の変化を感じさせます。

 

 プラトン「ソクラテスの弁明」(岩波文庫)−2017年10月12日

いまなぜ「ソクラテスの弁明」?

「ソクラテスの弁明」を読みました。むかしむかし十代で読んだときはあまりピンとこなかったのですが、今回はなぜだかとてもおもしろかったのです。ソクラテスの言動をとおしてそのひととなりが生き生きと描写されていて、そこから「哲学すること」の模範といったものがしめされています。内容はとても劇的な構成をとっていて、文学作品としてもすぐれています。

ソクラテスの告発の罪状は、無神論を説いてアテナイの青年に多大なる害悪を与え、腐敗堕落せしめているというものでした。いわゆる瀆神罪ですね。もちろんこれがあやまりであることは後世のわれわれの眼から明白であるだけでなく、当時のアテナイ人の多くもそれを信じていなかったようです。だからふつうに説明し弁解すれば有罪となるはずのないものを、ソクラテスはいかにもまずくみえるしかたで発言しつづけます。

裁判のなかでソクラテスは、告発者のひとりであるメレトスにたいして、あの有名なソクラテス式問答をしかけます。ほとんどがソクラテスのモノローグでなりたっているこの「弁明」も、この場面だけはメレトスとの対話となってます。あきらかに返答をしぶるメレトスから、なかば強引にイエス・ノーをひきだした末に、ソクラテスが青年に悪影響を与えることはもともとできないのだということを論証して、かんたんにあいて論破してしまいます。

このあたりはソクラテスの独壇場であり、プラトンの描写の筆もさえわたりますが、しかし告発者を論破し追いつめるのはこの裁判では逆効果だったようです。「弁明」の冒頭でソクラテスは、自分は知者ではないが、賢いとされるほかの人々も真の知をもたず、したがって知者ではないことを知っている自分はその分だけかしこい(いわゆる無知の知)と論証しました。しかし、告発者をふくめ陪審員をつとめる名士たちのなかには、このようにして公衆の面前で恥をかかされたひとがすくなからずいたのでした。。

ソクラテスは、この告発の動機が自分にたいする憎悪であり、意趣返しあるいは復讐であることを正確に見ぬいていました。それは彼の弁明のはしばしから伺うことができます。知っていながら、さらに彼らの怒りを増すような弁明をおこなうのです。告発者のメレトスを法廷で論破したのもそうですし、ほかにも実名をあげて彼らの無知をことさらにあげつらいます。さらに「わたしを失うのはアテナイ人にとって、いや人類にとって損失である」という言いかたまでして、一般人の反感まで招いてしまいましたが、これは傲慢や無知ではなく、ましてや衒いでもなく、ソクラテスにとっては正真正銘うそいつわりのない考えでした。

当時の法廷は、告発者(検事役)が論告と求刑をおこない、告発された人間が反論、弁護、情状を述べ、最後に500人の陪審員の投票によって罪状が決まることになります。なかには反省の意をあらわして嘆願哀求したり、同情をひくためにこどもや親族、友人を法廷に連れだして弁護するものもいて、情状酌量にしばしば効果的だったようです。しかしソクラテスは、自身にとっても、アテナイ市民にとっても、国家にとってもそれは不名誉なこととして、毅然として拒否しました。告発者としてはソクラテスをアテナイから追放できればそれでよしというのが本音だったようですが、ソクラテスはそれをも拒否しました。

ソクラテスは結果的に死刑を選びとる形になります。当時としても、現代の感覚からいってもおろかな言動、おろかな態度にみえますが、ソクラテスにとってはそうではなかった。真理およびそれへの探求をたいせつにすること、正義に反する行いをしないこと、それらのことが最上の価値をもちます。真理は知っただけでは足らず、言動をともなってはじめて真理足りうる、すなわち一種の言行一致が求められ、そしてそれには生死をこえる価値があったのです。

このような真理の問題に関係する裁判はすくなくとも2日間かけて審理すべきとソクラテスは主張しますが、最終弁論のあとすぐに陪審員の表決がなされ、1回目は280対220で有罪が確定し、2回目は360対140で死刑の量刑が確定してしまいます。おそらくアテナイ市民はすぐに後悔したでしょう。しかし告発者のアジテーションと、一部の陪審員の個人的怨恨と、そしてその場の雰囲気に流されるアテナイ市民のポピュリズムが、すぐれた愛智の徒をこの世から永遠に消しさってしまいました。

民主主義はすばらしい。しかしこれまでの人類の歴史では、ポピュリズムが民主主義の選択を誤らせ、すぐれた人物を死においやり、ひとびとに塗炭の苦しみを味わせ、あまたの国を滅ぼしてきました。ひとびとのもつ漠然とした不安や恐れを煽ったり、素朴な願いや求めに迎合して、一種のブームをつくりだして人気と支持を集めます。そこには真理や正義にたいする信念などなく、それを尊重するどころかむしろ軽蔑の姿勢さえみせるのです。それがまた逆に人気とりにさえなります。

アメリカではトランプ大統領が「オバマ的な正義への冷笑」というメッセージを発しつづけています。そしてこの正義への冷笑を政治的エネルギーにかえるというマジックで政治的求心力をつくりだしています。これは日本でもまったくおなじ状況です。日本では、非武装あるいは軽武装を実現してきた「(左右をとわない)戦後リベラルの理想」を冷笑し、理想主義だとか理念にもとづく政治的合意の実現といった政治の理想を故意に軽視して、その根幹をゆさぶることによって、国民の人気と支持をあつめようとする姿勢がめだっています。

だれもがその名を知っていて、実はほとんどだれもが読んだことのないこの小さな法廷劇を読んで、真理とは、理想とは、正義とはなにかを考えるのは、いまの日本ではとても意義あることだとわたしは思います。

 

 加藤陽子「それでも,日本人は「戦争」を選んだ」(朝日出版社)−2016年12月27日

日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変と日中戦争、太平洋戦争、と近代日本はほぼ10年ごとに戦争を経験してきました。この本は戦争を軸とした近代政治史、外交史なのですが、抜群におもしろい本です。高校生をあいてにおこなった講義をもとにしてできた内容なので、とてもわかりやすく、さらに近年発掘された新史料による最新の知見も随所に散りばめられていて、日本史マニアにとっても目の離せないものとなっています。

歴史を語る姿勢は、一昔前のいわゆる唯物史観からはまったく脱していますし、だからといって近年の歴史修正主義とは一線を画した自由な地点に立っています。なにかを論ずるにあたっても、声だかに主張するのではなく、いいかたは変ですが「エビデンス」に基づいて示す姿勢はとても好感がもてました。いくつかの印象にのこったエピソードを紹介します。

太平洋戦争の勝敗の分かれ目としてミッドウェイ海戦が有名ですが、この42年の段階では中国やインドシナ戦線では日本が圧倒していたためまだまだ分があった、しかしマリアナ沖海戦で日本海軍のもつ空母と艦載機のほぼすべてを失った44年6月以降は、もうすべての可能性がなくなったといえます。

戦争をやめるならこのタイミングが本来は望ましい。なぜなら41年の太平洋戦争開戦から45年の敗戦までの死者のうち、44年以降の戦死者が90%を占めているのだそうです。すなわち客観的には勝ち目がまったくなくなってからの死者が圧倒的多数であり、それらはすべて犬死にだったのだ、とまで筆者は決して書かないのですが、数字で明示されているのです。

捕虜の扱いについても日本人は残酷だったとは決して書いていません。ただ、ドイツ軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率1.2%にたいし、日本軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は37.3%にのぼったと書きます。このことはなにからくるかというと、自国の国民や軍人さえたいせつにしない日本軍の性格によります。ニューギニアの戦線では餓死者がほとんどでしたが、実際には最前線で五千人の兵士を動かそうとすると、食料を担いで運ぶ人員が三万人も必要になるのだそうです。しかしこのような兵站をおこなった前線などひとつもなかったわけです。

このような日本軍の体質は国民の生活にも通底していました。敗戦間近の国民の摂取カロリーは戦前の33年の六割以下におちていました。しかしドイツでは、降伏する45年3月の直前の国民のエネルギー摂取量は、なんと33年の一、二割増しだったそうです。ナチスドイツですらも(いや、だからこそ?)自国民はたいせつにしていた、国民が不満を持って反抗しないようにするためには、配給する食料だけは絶対に確保していたというわけです。

昭和初期の海軍提督であった水野廣徳の「無産階級と国防問題」(1929)が紹介されています。水野は国家の安全とはなにかを徹底して考えたひとでした。日本が島国で領土的な安全はめったな理由で脅かされることはない、不安は経済的な問題である。現代の戦争はかならず持久戦であり、アメリカ、ソ連、中国には絶対に勝てない。ゆえに日本は「戦争する資格がない」というのです。

昭和4年にこういった本を出したのですから、彼自身がすぐに弾圧されたのは当然ですが、こういった理性的な軍人もまた存在したのでした。戦後日本の憲法の基本精神は、まさに水野のこの考えかたそのものといっても過言ではありません。

このように「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」はいろいろな面で読みごたえのある本でした。

 

 ドストエフスキー「賭博者」(新潮文庫)−2016年12月13日

ドストエフスキー自身が借金に追いまくられ、金のために口述筆記で書きとばした中篇小説ということで、「カラマーゾフ」以下の有名な長篇とくらべて軽くみられがちなのですが、実際読んでみるとこの小説もよほどおそろしい作品です。

ドストエフスキーの小説はわたしにとっては特別な存在で、読みすすめていくと心の底が共振してこちらもおかしくなってくるので、よほど心身に余裕があるときでなければ手をつけるのがむずかしい。10年以上も昔に読んだので、細部の記憶はややあいまいになっていますが、この「賭博者」もそんな作品でした。

主人公のアレクセイは貴族の家庭教師をしている知識人です。小説の前半は、ある金持の老夫人がカジノでルーレットにはまって、一晩で全財産を失う様子を、主人公は徹底して傍観者となって冷静に観察し、さまざまに考えをめぐらします。賭博にどんどんはまり、狂っていく人間のおろかで浅ましい姿が、これでもかというほど描出されます。

そういった人間のおろかさを冷静に見すえていたはずの主人公が、老婦人の破産をめぐる人間関係の葛藤に巻きこまれたことをきっかけに、物語の後半では逆に賭博にはまって、自身が破滅していくことになります。アレクセイは、賭博に狂って身をもちくずしていくことが自分でもよくわかりつつ、それでもやめることができない。その過程は狂気そのものにしかみえません。

賭博はこわい。しかしほんとうにこわいのは、それがわかっていながら、いやわかっているからこそ逆に賭博にはまり、わかっていながら破滅していく人間の本性そのものです。

日本経済が行きづまっています。行きづまっているからこそ、政権内にだれか知恵者がいるらしく、ここにきてさまざまな禁じ手をあえてくりだし、経済に活をいれようとしているようです。東京オリンピックしかり、カジノ法案しかりです。

自分たちは、自分たちだけは、賭博で利益を吸いとる側だと確信しているのでしょう。しかしそれがいかにもろいものであるか、人間はいかに容易に自分自身のわなにはまって堕ちていくのか、ドストエフスキーがえぐり出した人間の本性をみればわかることです

 

 矢口敦子「祈りの朝」(集英社文庫)−2016年9月29日

今回の旅の友は矢口敦子「祈りの朝」(集英社文庫).文庫の裏表紙の「東日本大震災からの再生と家族の希望を描く感涙ミステリー」という紹介文に惹かれて衝動買いしました.矢口敦子は「人形になる」以来だから10年ぶりくらいですね.

小説としては夫婦の愛情を描きながら,途中からミステリーのようでもあり,SFのようにもなっていきます.次第に登場人物はわざとらしく現れてきていは,思わせぶりな台詞を口にするようになりますが,それも結末にいたってわれわれはその意味を知ることにになります.

このような「再生」の物語があり得るのだと感嘆しました.ユニークといえばユニークですが,その心情には身につまされます. 「今日がいい日でありますように」というひとことに託されたあふれるような感情.震災肉親を亡くしたひとで,朝めざめたらすべてが夢となることを望まなかったひとはいないでしょう.

主人公の安優海は物理の教師,夫は化学の研究者ということで,量子力学や平行宇宙などについての会話が登場人物のあいだで頻繁になされるため,矢口ファンの一部ではエラく評判が悪い小説のようです.しかしこれが最後に救いと再生の中核をあきらかになしていくものなのでした.

小説中には「震災」「地震」「津波」などといった単語は,最初から最後までひとこともでてきません.それなのに読者は最後の数ページにいたって,安優海の過去になにがあったのか,いまどういう状態でいるのか,そしてどのように救われようとしているかをはじめて一挙に知ることになります.

わたし的にはとてもお勧めの小説です.それにしてもこの「祈りの朝」といい,萩尾望都「Away」といい,映画「シンゴジラ」といい,東日本大震災の経験が社会や文化のさまざまな領域で,日本人の創造性や感受性といったものを少しずつ変えつつあるのを感じます.

 

 アーシュラ・K・ル=グウィン「ゲド戦記」(岩波書店)-2016年9月10日

ひとはそれぞれにアーシュラ•K•ル=グィンにであうでしょう。わたしの場合はこうでした。ある日の高校の図書室で、「ゲド戦記」の名でしられているアースシー三部作がわたしを掴んで、そして数日間というもの昼も夜もはなしませんでした。授業中も家でもずっと読み続けていました。

「ゲド戦記」はファンタジーであり心理小説でもあり、また一種のビルドゥングスロマンでもあります。そして読むものにたいしては幅広い解釈の余地をあたえる作品です。作者がそれを許したのでした。ナウシカの宮崎駿の頼みだからこそ唯一の映画化を許諾したル=グィンも、宮崎吾郎のアニメ映画をみてただ一言だけ「手嶌葵の歌はすばらしい」と評したのでした。どう贔屓目にみてもピントをはずした愚劣なストーリーであり、おそらく深い失望感を感じながらも、それにたいしてはけっしてなにもいわなかったのです。

ひとは本を読んで、そのときなにかを感じるのですが、その感じる内容は自分の成長とともにまたかわっていきます。ひとが本を見るのではない、本がそのひとのひととなりを見ているのです。生きている節目にその本が読みたくなり、あるいはたまたま遭遇して再読し、またなにかを感じる。それはわたしが欲してではなく、その本がわたしを欲しておこすことです。

成人してからは「闇の左手」「所有せざる人々」といったハイニッシュ•ユニバースのシリーズに浸ることになります。当時創刊されたサンリオSF文庫が、未邦訳のル=グィン作品をつぎつぎに刊行してくれたのでした。そのあいだにもアースシーの第4作、第5作が書きつがれ、驚くべきことにそれはすでにビルドゥングスロマンではなく、ハイタカの物語ですらなくなっていったのです。そして苦い結末へとアースシーの世界をすこしずつ導いていったのでした。

多島海を、暗闇の地底をめぐるハイタカの冒険に心おどらせる十代のわたしがいて、自らの命をかけてカルガド帝国の巫女を暗闇と迷妄の底から救い出しながら、アースシーの統一と平和のために身をひくハイタカの悲恋に心痛めた二十代のわたしがいます。

そして、若いときのあやまちに生きているうちに決着をつけ、若者に後事をたくすゲドに人生の意味を考える五十代のわたしがいます。ひとはそれぞれにアーシュラ•K•ル=グィンにであうでしょう。わたしの場合はこうでした。

 

 藤沢周平「三屋清左衛門残日録」(文春文庫)−2015年10月29日

三十代のおわりに「蝉しぐれ」に出会い,その魅力に捕らわれてしまってからというもの,その後しばらく藤沢周平の小説にはまって,数年間で小説をほぼ読みつくしてしまいました.市井物,歴史物,伝奇物と藤沢周平の興趣はつきないのですが,わたしとしては一貫して武家物をもっとも贔屓としています.

こちらの年齢を重ねるうちに,一押しの小説もすこしずつかわってきました.一種のビルドゥングスロマンであり,密やかでありながら甘美な形で初恋も奇蹟的に成就する「蝉しぐれ」をずっと愛読してきましたが,その後次第に「風の果て」により惹かれるようになりました.こちらは,主人公が不遇の青春時代をたゆまない努力と克己精励でのりこえ,いくつかの運にもめぐまれて,最後は藩の執政まで登りつめながら,同時に友人や家族との相克で苦い思いをも噛みしめ,得たものと失ったものに思いをはせるといったストーリーでしょうか.

そして最近は「三屋清左衛門残日録」をよく開きます.三屋清左衛門は前藩主の用人として長らく藩政にかかわりなら,妻と前藩主の相次ぐ死を契機として,息子に家督を譲って隠居します.そのとき主人公のもとに不意に訪れる深い寂寥感.それがこの小説の背景すべてに陰さしています.小説としてはもちろん,主人公のもとにいくつかの相談事がもちこまれるのですが,それが次第に藩をゆるがすおおきな事件に収斂していく展開は,読む者を飽きさせることはありません.これは藤沢周平のもしかすると最高傑作かもしれませんね.

この主人公である三屋清左衛門の年齢が数えで五十二歳.いつのまにかその年齢をとっくに過ぎている自分に気がつき愕然としています.

 

 秦郁彦「明と暗のノモンハン戦史」(PHP研究所)−2015年3月21日

ノモンハン事件は、晩年の司馬遼太郎が小説化しようと取り組みながら、最終的に放棄せざるをえなかったモチーフです。司馬遼太郎が書こうとして書けなかったことがなになのかか個人的に興味があって、ノモンハン事件に関連した本をこれまで意識して読んできました。アルヴィン•クックスや半藤一利、田中克彦のノンフィクションや、五味川純平や伊藤桂一の小説といったところですね。

ノモンハン事件とは、1939年5月、モンゴル人民共和国と満州国との国境地区で起きた日本軍とソ連軍の大規模な軍事衝突のことです。ノモンハンは国境線が不明確なため国境紛争の勃発しやすい地帯でした。軍中央部は当初から不拡大方針をとりましたが、現地の関東軍が中央の意向を無視して暴走し、どんどん戦闘が拡大していった事実は有名です。

90年代以降になって旧ソ連軍の一次資料が公開されるようになり、ノモンハン事件の新しい事実がつぎつぎと明らかにされるようになりました。これまでの日本側資料中心の研究では、「日本軍の人的損害はソ蒙軍の約二倍」「ソ連の圧倒的勝利、日本の惨敗」という常識が定着していました。しかし旧ソ連側の資料の公開により、ソ連側の人的損害などがむしろ日本軍を上回っていたことが判明し、「日本は勝っていたのではないか」という議論が、とくに保守側の論客から盛んに提起されるようになったのです。

こういった主張になんらかの真理があるのか、それとも単なる歴史修正主義のひとつにすぎないのか? 現代史研究の第一人者である秦郁彦氏が、旧ソ連の公開資料を用いてノモンハン事件を分析したこの本が、いままさに非常に注目される所以です。そして読了してわかったのは、いままで知られていなかった多くの新事実が明らかにされましたが、おおまかに言ってノモンハン事件に関するこれまでの現代史的評価をかえる必要はなさそうだということでした。

戦争の勝敗の一般的な評価はむずかしいのですが、ノモンハン事件での係争地であったハルハ河東岸地域は最終的にソ連軍が占領し、停戦後の国境画定作業でもソ連の主張どおりモンゴル領となったことから、ソ連側の勝利といってもいいでしょう。ひとつひとつの局地的戦闘でも、日本軍はほぼ全部で敗退しています。

日本側の勝利、ないしは悪くても引き分けと主張するおもな根拠は、彼我の人的被害の多寡です。戦死傷者は、ソ連側が約2万5千人(死者1万、傷病者1万)に対して、日本側が約2万人(死者1万、傷病者1万)となっています。しかし後半の戦闘の多くが日本軍の陣地戦であり、独ソのポーランド分割のため日本との紛争集結を急いだソ連軍が、真正面からの正攻法で占領していった結果ともいえます。旅順戦のいわば逆パターンです。

地上戦とは逆に、航空戦では日本側の圧勝とこれまで宣伝されて、わたしたちもそれを信じてきましたが、公開資料によると、航空機の損耗数は日ソとも200機程度でほぼ互角となっています。ノモンハン後半戦では、ソ連軍の物量の前に制空権もほぼ握られていたこともあり、航空戦も負けという意外な判定となりました。

これらの事実は国民の目からは隠され、日本軍のおなじ過ちはその後の太平洋戦争でもまた繰り返されることになりました。司馬遼太郎が結論づけたように、明治維新から日露戦争までの栄光の坂道の先には、ノモンハンから太平洋戦争におけるおろかで悲惨な奈落が口をあけていたと言えるでしょう。

 

 羽海野チカ「3月のライオン」(白泉社)−2014年11月28日

最新刊第10巻,本日発売.

主人公零はB2級で着実に勝ちをかさねます.本巻は一話一話が独立したエピソードの集まりで,順位戦でのきびしいたたかいと,それとは対照的にすぎていくおだやかな日常が描写されます.周囲との交流によってすこしずつ成長していく零の姿が印象的です.

しかし巻の最後のほうになって,物語は急展開をみせます.零の衝撃的な告白がなされ,この長い物語が突然に山場にさしかかったことが示されるのです.

もしこの本を購入されるならば「CD付き特装版」をお勧めします.BUMP OF CHICKENがこの本のために作ったオリジナル新曲"FIGHTER"がついています.BUMPのあまたある名曲の中でも指折りのものになりそうな予感.

 

 山崎豊子「二つの祖国」(新潮文庫)−2014年10月30日

遠いところへの旅での楽しみのひとつは,ふだんはなかなか手にとれないような本を,行き帰りの時間を使ってゆっくりと読めることです.今回のアメリカの学会出張ではふたつの本を楽しむことができましたが,そのうちのひとつは山崎豊子「二つの祖国」.新潮文庫上・中・下の三冊で,あわせて1800ページちかい大作でした.

主人公はアメリカに住む日系二世の天羽賢治です.上巻では,日米開戦とともに12万人の日系人が砂漠のなかの強制収容所に送られることになり,主人公とその家族はそのなかでさまざまな苦難の道を歩むことになります.実際にあったマンザナール収容所暴動事件がクライマックスで,当局の武力鎮圧により多数の死傷者をだしました.

中巻では,主人公は日本語を生かした米軍の語学兵としてフィリピン戦線へ出征します.一方,次弟の忠は日本で勉学中に徴兵され日本軍兵士となり,末弟の勇は日系二世で編成された442部隊の一員としてヨーロッパ戦線で戦うことになりました.広島の原爆投下にヒロインの梛子が巻き込まれます.

下巻では東京裁判がおもに取りあげられます.通訳内容をチェックする言語調整官として活躍する主人公ですが,ふたつの祖国の暗い狭間にいよいよ深く突き落とされていくことになります.不本意な東京裁判の判決,被曝したヒロイン梛子の死などとともに悲劇的な結末をついに迎えます.

この小説が出版されたのは1983年ですが,それ以降日本でも日系人強制収容所のことがひろく知られるようになりました.その後レーガン政権下の1988年に,アメリカ政府は強制収容のあやまりを正式に認め,日系人への謝罪と賠償をおこないました.

下巻での東京裁判の描写も圧巻です.勝者が敗者を裁く合法的な復讐劇ととらえる向きもありますが,裁判の具体的な過程を追っていくと,証人の証言や反対尋問,国際法の解釈とその適応,証拠の採用の是非,検察と判事の対立など,連合国による出来レースと単純にはいえないさまざまな法廷でのドラマがみられます.

判決について,裁判官の多数意見は周知のとおりのA級戦犯7名の絞首刑でしたが,さまざまな少数意見の存在が興味深かったといえます.日本無罪論のインドのパル判事の意見書は有名ですが,それ以外にもいくつかの少数意見が主張されており,裁判の建前にたがわない正義の実現をめざす努力もまちがいなく存在したことはけっして忘れてはいけないでしょう.

太平洋戦争では300万人をこえる日本人の死者をだしました.これはほんとうに気が遠くなる数です.厚いコンクリートで守られた官邸や大本営のなかで戦争を生きのびた指導者層は,それぞれの戦争犯罪の有無は別としても,300万人の国民の死にたいする結果責任をまぬがれることはむずかしかろうと感じました.

 

 宮下英樹「センゴク一統記」(講談社)−2014年8月23日

いまいちばんはまっているマンガ.秀吉の寄騎衆のひとりであった仙石権兵衛秀久が主人公です.タイトルの「センゴク」は仙石権兵衛の仙石と,戦国時代の戦国の両方をかけたもののようです.

仙石権兵衛は歴史ファンならばよく知るトンデモ武将です.とくにゆるせないのは,戸次川の戦い(九州征伐の先陣で、秀吉の到着を待たずに島津軍に攻撃をしかけ大敗北を喫した戦い)で,軍監であったのに真先に逃げだし,孤軍奮闘していた長宗我部信親をみすみす敗死に追いやったことです.将来を嘱望されていた嗣子をうしなった元親は,失意のためかそれ以降の政治的判断をつづけて誤り,やがては長宗我部家の没落を招くことになります.

その仙石権兵衛といえば,秀吉の叱責をうけて一度は改易となるのですが,その後こともあろうか家康にすり寄り,小諸五万石の大名として復活することになります.元親ファンとして,う〜ん,これは許せん.

仙石権兵衛が主人公というだけで,個人的にはながらく忌避してきたマンガだったのですが,今度の新刊が清洲評定(最近では清洲会議というようですね)をとりあげていると聞き,はじめて買って読んでみました.清洲評定は,羽柴秀吉,柴田勝家,丹羽長秀,池田恒興といった故信長の重臣たちが,虚々実々のかけひきをおこなった話し合いで,わたしがとくに興味をもつ歴史舞台のひとつです.

結論からいえば,いやぁ,これがおもしろかった.マンガなのですが意外と時代考証もしっかりしていて,かつあたらしい歴史学説を積極的に取り入れているのです.へたな歴史小説よりずっと楽しむことができます.歴史ファンにはお勧めです(いや,もともと人気は高かったようですが).

それでずっと読んでみて,なにがいちばんおもしろかったかというと,これがいろいろあるのですが,たとえば武田勝頼との長篠の戦いですね.これは第二部の「センゴク天正記」のなかにでてきます.

信玄死すといえども,武田軍団の精鋭は無傷であり,長篠の戦いの勝敗はどちらにころんでもおかしくなかったのです.とくに武田軍左翼の山縣昌景,右翼の馬場信春は,当時からすでに軍神として崇められていて,織田・徳川連合軍を鎧袖一触,苦もなく蹴散らして柵をやぶり,織田本隊をくずしていきます.中央からは内藤隊,原隊が突入し,二の柵までを突破して本陣めがけて殺到します.

しかしここでくずれた織田旗本が実は一種のおとりでした.大宮川の低地に引きこまれた武田軍主力が,周囲の高地に陣取って包囲した織田軍の鉄砲一斉射撃によって殲滅されたのです.いわゆる「殺し間」ですね.それまでの鉄砲は威嚇のための道具でしたが,ここではじめて鉄砲による包囲殲滅という戦術が生まれたのでした.

よくいう長篠の戦いでの「三千丁の鉄砲による三段撃ち」は,単なる伝説にすぎないことが最近の研究から明らかになっています.このマンガでは,武田軍団の壊滅は織田軍の鉄砲による包囲殲滅策による,という最近の考えかたをとりいれたストーリー展開となっているのです.

 

 サン=テグジュペリ「夜間飛行」(光文社文庫)-2014年6月29日

サン=テグジュペリ「夜間飛行」

飛行機輸送の黎明期、当時は危険視されていた夜間飛行の確立をめざして奮闘する男たちの物語です。サン=テグジュペリの小説は速読をゆるしません。この中篇小説をまくらもとにおきすこしずつ読みすすめてきました。しごとがきつかったこの10日くらいはまったく読めませんでしたが、旅のなかですこしだけ解放されたこころには、沁み入るようにひとつひとつの表現がひびいてきました。

サン=テグジュペリの実体験をもとにした小説と聞いていたので、不時着したサハラ砂漠からの彼の奇跡的な生還をなんとなくイメージしていました。だから小説の予想外の結末には実はうちのめされました。深夜に読む本ではなかったようです。

たとえばこんな文章。「人生には解決策などない。前に進む力があるだけだ。つまりその力を創り出すしかない」願わくはそのように生きたいものだ。

 

 長田弘「奇跡−ミラクル−」(みすず書房)−2013年9月22日

3. 11後の「表現」とはなにか? それはいかにあるべきか?

過去の「政治と文学論争」のときにみられたように,こういった問い自体の存在ををみとめない立場、あるいは設問自体に反発する感情があるとすれば,それはよく理解できます.20世紀の人類の壮大な実験に失敗し,ていたい打撃をうけたわれわれが,上記論争の時代のナイーブな感性をすでに失って久しくなります.

しかし,それでも,やはり,どうしても,東北人のわれわれとしては問わざるをえません.「3. 11後の表現とはなにか?」と.もちろん正解などありません.ことばで解決できる現実などありえないでしょう.被災直後には全国から無数のことばが届けられましたが,2万人が津波で一瞬のうちに亡くなった事実はびくともしませんでした.そしていまもなお福島では原発事故の後遺症にあえいでいます.

もし3. 11の前と後で,おなじ小説を書いている小説家,おなじ詩を書いている詩人,おなじ歌をうたっているシンガー,おなじ絵を描いているアーティスト,そういったひとたちがいるとすれば,その存在自体がわたしには信じられないのです.表現者としてそれを信用することができない.いつの時代を生きているのか? いったいなんのための「表現」なのか?

逆に,この問いに真正面から答えようと苦闘しているひとがいて,その表現にふれることができたとき,わたしはこころからほんとうにうれしくなります.とくにそれが,昔から愛読しているひいきの作者だとすれば涙がでそうになります.村上春樹のスピーチ,大江健三郎の発言はよかった.萩尾望都の作品,一ノ瀬正樹の哲学,安斎育郎の行動にはとても励まされた.そして最後の最後まで福島のことを気にかけながら逝った吉田秀和氏のこと...........

長田弘はわたしが十代のときから読みつづけてきた詩人です.近年は1-2年に1冊のペースで詩集を刊行しています.デビュー作の「われら新鮮な旅人」がだいすきな詩集で,そのなかの「クリストファー詩篇」が愛読詩で,それからずっとフォローしてきました.詩においても年齢による変化と成熟があり,それでもなお長田弘は長田弘であるのだ,というあたりまえのことに気づいて,いまさらながら感動しています.

昨年の「詩の樹の下で」に引きつづき,最新詩集の「奇跡」が出版されました.どちらの詩集にも3. 11をうたった詩がはいっています.あるものは明示的に,あるものは暗喩として.とくに「奇跡」は一冊をとおして大震災についてなにごとかを語ろうとしているかようにわたしには感じられました.

3. 11後の表現とはなにか,その答えのない問いに,それでも真正面から向きあおうとしている真の表現者たちがいて,そしてわたしはこころのそこからの感謝と敬意を彼らにささげます.

 

 マイクル・コーニイ「ハローサマー,グッドバイ」(河出文庫)−2013年9月2日

SF史上最高の青春小説とか,SF史上有数のどんでん返しといったことでしられている作品です.主人公とヒロインの初恋はういういしくせつない.そしてふたりは結ばれ,しかしその結末は無残な悲劇におわります.おわると思ったのですが.........

最後の数ページでストーリーがどんでん返しで二転三転となります.作者は説明をぎりぎりまで削り,簡潔な文章で描写していくので,一度読んだだけでは最後の結末がわかりづらいかもしれません.それまで周到にはりめぐらせていた伏線がすべて最後の場面に流れ込んでいき,物語の最後にしずかな感動をひきおこします.

でもこの年頃の女の子って,いろいろとものごとをかんがていて,かつコケティッシュでもあり,男などよりはよほどおとなであるのは,古今東西,いや宇宙中どこでも真理のようです.

以下はネタバレをふくみますので注意してください.ラストがわかりづらいのですが,何回か読みかえして考えてみました.

結末で,ドローブの父親たちの階層は指導者にきりすてられ死んでいく,家族で姿をけしたブラウンアイズたちは死んだのではなく,実はロリンのなかにはいってどこかでねむっている,ドローブもむかえにきたロリンのもとでねむる,そして70年後に仮死からめざめ,ふたりはふたたび奇跡の再開をはたすだろうことを小説が暗示しておわる,といった解釈でいいでしょうか?

この過酷な惑星において,ロリンの存在がひとびとを唯一いやしつづける存在です.それでは「ロリン」とはなにものか? 「ロリン」はなにを象徴しているのか? そのあたりがこの小説の主題なのでしょう.未訳の続編があるのだそうです.そこにすべての謎解きがあるのかもしれません.

 

 周藤吉之,中嶋敏「五代と宋の興亡」(講談社学術文庫)−2013年4月27日

去年,北方謙三「楊家将」を読んでほんとうにおもしろかったのですが,そういえば五代十国から宋遼金のあたりの中国史は,わたしの知識はほとんど白紙にちかいなと気がつきました.それでそれから半年くらいかけて,そのあたりの本をみつけてはすこしずつ読んできました.

歴史はわたしの趣味であり,ひとつテーマをみつけると,その周辺の解説書やその時代を舞台にした歴史小説をさがして何冊か読むというのが,わたしのずっとこれまでのやりかたです.この時代の解説書としては定評のある,周藤吉之・中嶋敏「五代と宋の興亡」と「中国歴代帝王系譜」を机上において,すぐに手にはいる文庫本を中心によんでみました.

それを時代順にならべると,仁木英之「朱温 上下」(唐末〜後梁),同「李嗣源 上下」(唐末〜後梁〜後唐),同「耶律徳光と述律 上下」(遼,後唐〜後晋〜後漢),小前亮「趙匡胤」(後漢〜後周〜北宋),北方謙三「楊家将 上下」(北漢,北宋,遼),同「血涙(新楊家将) 上下」(北宋,遼),陳舜臣「耶律楚材 上下」(遼〜金〜元,北宋〜南宋),といった感じになりました.

だいたい唐の滅亡からチンギス・ハンが死ぬまではほぼカバーした形になり,そのころの歴史の概略があたまのなかにはいった感じです.成果は,五代十国の国のなまえをそらんじていえるようになったこと.五代が,後梁(朱氏),後唐(李氏),後晋(石氏),後漢(劉氏),後周(郭氏),十国が,北漢,南漢,南唐,前蜀,後蜀,呉,楚,呉越,荊南,と九つで,あとひとつがでてこない.こっそり本をみて,ああそうか「閩」だった,わすれてた.

これまでの漢字の順列組み合わせでしかなかったこの時代の国号のひとつひとつに,逸話なりイメージなりが浮かぶようになり,好悪もいえるようになりました.実生活ではまったくなんの役にもたたない知識なんだけどね.

 

 市川定春「古代ギリシア人の戦争/会戦事典 800BC-200BC」(新紀元社) -2013年4月18日

いまわたしがいちばんすきなマンガ,とにかく最新刊がでるのが待ちどおしくて待ちどおしいマンガは,岩明均「ヒストリエ」 です.

アレクサンドロス大王の書記官であったエウメネスを主人公とした歴史ものですが,その波乱にみちた生涯が最高におもしろいのです.岩明均はなんといっても「寄生獣」が有名でいちばん人気,世評もたかいのですが,この「ヒストリエ」はまだ連載中とはいえ,「寄生獣」をこえる最高傑作となることはまちがいないでしょう.

ただしきょう紹介するのは「ヒストリエ」ではなく,市川定春「古代ギリシア人の戦争/会戦事典 800BC-200BC」という本です.「ヒストリエ」がおもしろくておもしろくて,新刊がでるのがいつもまちきれない.しかし岩明均は遅筆,休載でも有名であって,コミックは年に1冊以下のペースなのです.そのあいだがまんできなくて,「ヒストリエ」に関係する古代ギリシャ/マケドニア史やアレクサン...ドロス東征に関する本を趣味で読みあさってきました.

このあたりの時代というのはヨーロッパでは研究が非常にすすんでいて,史伝や歴史書のたぐいは無数にでているようですが,邦訳があるのはほんのわずかです.エウメネス伝がのっていることで有名な「プルタルコス英雄伝」からはじまって,エウメネスが少年時代に愛読していて,マンガの主題にもつながるヘロドトス「歴史」とかクセノポン「アナバシス」といったギリシア古典まで読んでしまったので,さすがにわれながらすこし病気のような気もします.ちなみにこれらはすべて岩波文庫赤帯ででていますが.

ところがエウメネスの生涯でいちばんの山場になるべきディアドコイ戦争(アレクサンドロスの後継者をめぐる一連の戦争)にかんする書物が日本では絶望的に皆無なのです.これにはまいりました.いちばんしりたい時代,すなわちエウメネスがあざやかにかがやいて,そして運命にきえていった時代を,国内ではくわしく知るてだてがないのに落胆していました.

そういうときにみつけたのがこの専門書です.古代ギリシアにおける代表的な会戦50あまりについて,その前後の経緯,両群の布陣と戦力,戦闘の経緯,勝因と敗因にいたるまでの詳細な解説と,豊富な図による会戦事典です.まあマニアむけの本ですね.この事典の著者もなぜかエウメネスには思いいれがあるらしく,きわめて同情的な記述なのが興味深かったです.とにかく事典とはおもえないほどの読みごたえです.

それにしても「アフタヌーン」で連載開始してそろそろ10年になりますが,いまようやくマケドニア軍がビザンティオンとペリントスを攻囲して敗退したところまできました.このあと,ギリシア連合軍とのカイロネイア(アレクサンドロス王子指揮下の部隊が天才的な左旋回をみせて大勝利をもたらしたことで有名なたたかい)での会戦,フィリッポス2世の暗殺,そしてアレクサンドロス大王の一連の東征と山場はいくらでもつづきます.肝心のアレクサンドロス大王の死去とそのあとのディアドコイ戦争がマンガにでてくるまでに,あといったい何十年かかるのか見当もつきません(笑).

(追記)

とうとう新刊です.ヒストリエ最新刊(8巻)が8月にようやくでました.

ペルシアの支援をうけたアテネにマケドニア軍が敗退し,退却の途中に蛮族の攻撃をうけ,フィリッポス大王が重傷をおうというマケドニア絶体絶命のところまでです.もちろんこれらはカイロネイアの戦いにいたる伏線なのですが,このあとがマンガの前半のやまばになりそうです.

う〜ん,やはりそれにしてもマンガのストーリーの進行がおそすぎるなあ.おもしろいからまあいいけど.

 

 吉田秀和「ソロモンの歌・一本の木」(講談社文芸文庫) -2012年12月30日

今年の7月に亡くなったわたしの敬愛する吉田秀和氏のエセ−集です.亡くなった直後に再読したものですが,最近,知人とメールのやりとりをしたなかでこの本を紹介したので,その文章を編集してここに再掲いたします.

NHK-FMでの「名曲のたのしみ」が本日最終回を迎えました.氏がなくなってしばらくはすでに録音済みのものを放送し,そのあとは残された氏の放送原稿をもとに番組を構成したり,過去の再放送などで半年間つづけてきましたが,今年最後の日曜日に記念の最終回をおこなったものです.

わたしは吉田秀和氏の熱狂的ファンでした.高校生のときから聴いてきましたが,氏の訥々とした解説と選曲したレコードによる音楽という古典的な番組構成とスタイルはこの30年以上まったくかわりませんでした.氏のコメントのひとつひとつが心にしみいってきました.「名曲のたのしみ」での語りがもう聴けなくなったことは,今年いちばん悲しかったことのひとつです.吉田秀和とピーター・バラカンがいたからNHK受信料をこれまでずっとまじめに払ってきたんですけど(笑).

「ソロモンの歌・一本の木」は氏の最良の部分がでていて大好きな本のひとつです.吉田秀和の批評のスタートは小林秀雄「モオツアルト」でした.小林秀雄の「さっぱりわからない世界」のアンチテーゼです.音楽をことばで批評するということとはなにか? という問いに氏は一生とりくんできたのだと思います.「ソロモンの歌・一本の木」では表題のこの二作が秀逸です.それから70台になってロートレックやセザンヌなどの画家をとりあげて一連の批評活動を行いましたが,それも自己の原点をはじめから見つめ直すひとつの作業で,その到達点もすばらしいものだったと思います.

学生のとき吉田秀和全集をとおして読みました.ひとつひとつの作品だけではなく,ひとりの批評家の緒作品の歩み,その思想の成り立ちとその全体を知るという大きな経験をしました.すなわち作家,批評家や思想家というのはその全体がひとつの作品なのだという実感です.わたしの内面の形成に多大なる影響を与えました.生きるということはこういう体系を生みだすことなのだと思っています.

吉田秀和の「モーツァルト」は最初期の作品ですが,当時,音楽批評といえば小林秀雄「モオツアルト」しかなかったわけで,それに対する挑戦です.その後の吉田秀和の要素がすでにすべてそろっているのが印象的でした.デビュー作のなかに作家のその後がすべて詰まっていて,その後の作品はすべてその展開というのは,吉田秀和の生涯追求した主題そのものです.ベートーベンがひとつの主題(例の運命が戸をたたくという主題)を生涯にわたって展開したように.

その唯一の例外がモーツァルトだったかもしれません.モーツァルトの音楽は一曲一曲が違う旋律で,そのくせどの曲のどのフレーズを聴いてもすぐモーツァルトのものだとわかります.いったいどういう魔法をつかっているのでしょうか.不思議な気がします.

吉田秀和は自分では書いていませんが,おそらく音楽家のなかではモーツァルトをいちばん愛していたのではないかとわたしは思います.しかし氏はデビュー作のあとは,一度もまとまったモーツァルト論を書くことはありませんでした.死ぬ前に書くのかと思っていましたが,とうとう二度と最後まで書くことはありませんでした.氏にとってモーツァルトは自らの資質からもっとも遠く,だからこそもっとも憧れる存在だったのかもしれません.その感覚はよくわかる気がします.

パウル・クレー「忘れっぽい天使」.

クレーは生涯をとおして50枚にのぼる「天使」の絵をかいたそうですが,これはそのなかでもよくしられた一枚です.

なにもない白紙のうえに,ある線がひかれ,自由でちからづよい運動がおこり,それに呼応したはたらきがしょうじ,上下左右の均衡とそれをやぶるうごきがおこる.「天使」は造形の完成以前にあったのではなく,線の展開と,さいごにかかれた円が「天使」となった.造形的に完成した画面に「天使」の顔と手がみえてくるのです.

この図は吉田秀和氏が,この絵が完成するまでの過程を追求し到達した結論です.線のそばの数字はかかれた順序です.わたしのつくえには「忘れっぽい天使」のポストカードがかざってあって,そのまえにすわるたび,氏があきらかにした造形の創生過程,すなわち「書き順」をあたまのなかでなぞります.線がうごき面があつまって,そしてあるところでとつぜん意味がしょうじる,その奇跡的な瞬間を追体験したいといつものぞんでいるのです.

「クレーでは,始まりが生じ,そこから,自由で均衡の振動による幻想の解放とが同時に働きながら,すべては有機的に,−ある法則をもって−成長し,展開してゆく」(吉田秀和「クレーの跡」−「ソロモンの歌・一本の木」収載)

 

 Bone dysplasias - an atlas of genetic disorders of skeletal development 3rd edition (Oxford) −2012年11月23日

待ちに待った Bone Dysplasia 3rd ed が昨日届きました.ご存じ,Sprangerの定評のある教科書を,今回,われらの西村玄先生が中心となって全面的に改訂となったものです.西村先生,大仕事,改めて本当にお疲れさまでした.1冊は仕事場に,1冊は自宅に置くつもりで,2冊注文しておいたものでした.

包みをあけて本を取りだしたところで,なかを開いて読みはじめるとやめられなくなりそうだなと思って,机のうえに本をおいて表紙の写真をしばらくボオッとながめてました.RCDPのレントゲン写真だったのですが,ずいぶんきれいに撮れてるな,印刷がいいのかな,てなことを考えていました.自分がまえに経験した症例と所見がよく似てるなあ,RCDPのphenotypeって症例にかかわらず比較的均一なのかな,というところまで考えがいってようやく,ああこれ自分の写真だとハッと気がつきました.

そういえば数年前に西村先生から,これとこれの写真を何枚か使うからと,許諾を求められた(ような)記憶があります.そのなかの1枚が表紙写真になるなんて,そんな話聞いていなかったので,気がついて本当にびっくりいたしました.もちろん写真自体はその児のものであり,写真がいいのは技師さんの腕ですし,わたしの功績はなにもないのですが,それでも世界的教科書の表紙に使われたのはとても感激でした.

 

 アーシュラ・K・ル=グウィン「パワー」(河出文庫) −2012年9月17日

 この本は,「西のはての年代記」三部作の「ギフト」,「ヴォイス」に続く完結編にあたります.「ゲド戦記」シリーズを青春の書としてきたわたしにとっては見のがすことのできない小説です.

「ゲド戦記」が架空の世界であるアースシーをにおける魔法使いゲドの成長と冒険を描いた物語とすると,「西のはての年代記」も西のはて(The Western Shore)を舞台とするファンタジーであるにもかかわらず,物語の色あいや肌ざわりはだいぶ違っています.主人公の一族に伝わる「ギフト」と名づけられたふしぎな力は「ゲド戦記」の「魔法」を連想させますが,物語の展開におおきな役割をもちません.「ゲド戦記」における「魔法」はそれ自体がなにものかの暗喩でもありました.「ギフト」そのものはあくまでも主人公の内面を強くしばりつけるもの,すなわち一族の血や伝統のくびきであったり,過去の苦い記憶の象徴であったりします.

それぞれの巻の主人公も異なります.「ギフト」の主人公オレックは封建的な故地を脱し,吟遊詩人として「西のはて」を放浪することになります.そして「ヴォイス」の主人公メマーは彼の詩と人間性に強い影響を受け,「パワー」の主人公ガヴィアは苦しい旅のすえに最終的にオレックのもとにたどりつくことになります.「パワー」だけでも完結した小説としてたのしめますが,可能ならば三部作を最初から読みとおせばその感動はひとしおです.

主人公はいずれも常人にはない能力を与えられていますが,その力は本人に英雄的な活躍をもたらすことはなく,もっぱら本人を苦しめることになります.「パワー」では,幼い頃に姉とともに生まれた土地からさらわれ,奴隷として育った少年ガヴィアが幻(ビジョン)という一種の予知能力をもっています.しかし愛する人を殺され,それに対してまったくの無力であったガヴィアは,逃亡と放浪の過程でさまざまな経験をつむことによって自分の力を見つめなおしていきます.

「西のはて年代記」には英雄も龍も影も登場しません.「ゲド戦記」にくらべればストーリーの劇的展開もカタルシス的昇華も多くありません.架空の世界を舞台にするファンタジーの形式をとってはいますが,内実は主人公の内面世界をたどる一種のビルドゥングスロマンです.人間の善なる意思へのル=グウィンのまったき信頼を感じられる小説に仕上がっていて,読後に静かで深い感動をあたえます.

 

 萩尾望都「なのはな」(小学館) −2012年8月8日

萩尾望都が福島原発事故をテーマに作品集をだしたと知り,さっそく取りよせて読みました.ページを開く前にこれほど緊張した経験は初めてでした.萩尾望都はわたしがもっとも敬愛し愛読するマンガ家です.福島の現実をきちんととらえたうえで,全国のひとたちに強い印象をあたえ明確なメッセージを送りながら,かつ福島に生きるひとたちを勇気づけるような作品をだしてくれたのだろうか? 結果は……….わたしの期待をはるかに上まわるすばらしい作品でした.

「なのはな」は小学校6年生の少女ナホが,津波で行方不明になった祖母,立ち入り禁止となった故郷,そしてチェルノブイリを思う話です.ナホは亡くなったひとや失われたものを思い現実に絶望して毎日泣いています.しかし夢のなかで祖母に会いチェルノブイリの少女と出会うことによって,「たくさんなのはなを植えよう」と思うところで終わります.

表紙の白い装丁が本当にすばらしいものです.白地に白のインクで原発や街の情景が印刷されています.そのうえに銀色の描線で咲き乱れる「なのはな」とナホが書かれています.福島にすむひとたちの希望でおわる作品のテーマそのものを表しているのです.

原発事故を契機にいろいろな作品が生まれています.その多くは原発の危険性を強く警告するあまり,「福島にはひとが住めない,すぐに避難せよ」というメッセージを打ち出しています.その一生懸命な思いが作者の善意からでていることには間違いありません.放射能被害に敏感なことと,原発を批判することとがひとつになる事情はよく理解できます.放射能など危険でも何でもないという立場からは原発批判はでてこないわけですから.しかし,現実に生じてしまった放射能災害をどう評価しどう対処するかは理論の問題ではなく,福島のひとたちの現実の生活の問題です.そしてわたしが今いちばん価値をおいているのもその点です.

福島の土地をすてて避難せよとのよびかけを,そこに残って暮らすという選択をしたひとたちがどういう気持で聞いているのか,(医学的には根拠がない)奇形児の写真をみせられたり,遺伝的影響を強調した寓話を聞かせられて,福島のひとたちどのような思いをするのか,そういったことに思いをはせる想像力が根本から欠けているひとたちが世の中にあまりに多いのに驚いています.想像力と,そしてユーモアは人間にとって真にたいせつなものだと思うのですが.

 

 玉川重機「草子ブックガイド」(講談社コミックス) −2012年6月10日

週刊モーニング連載中のコミックです.内向的で本好きの中学生・草子が主人公で,彼女のまわりに起こる小さな事件と,彼女が読んだ本の感想を書いた「ブックガイド」がストーリーの中心になっています.本の「書評」がテーマのコミックはおそらく史上初めてではないでしょうか? 読書という時代遅れのモチーフは,スクリーントーンを一切使わずペンで精密に書き込んだ絵柄と相まって,イメージとしてたとえば70年代の過去の時代の青春を彷彿させます.

名作の読み方が人によってそれぞれ違うように,「草子ブックガイド」の各ストーリーも自分にとって合う合わないがあります.今週号のモーニングに載っている話はとても印象深いものでした.前回の話で新しくできた友人にボルヘス「バベルの図書館」を教えてもらったお礼に,主人公は宮澤賢治「銀河鉄道の夜」のブックガイドを渡します.あらすじだけでは何だかずいぶん固い話に聞こえますが,ストーリーのおもしろさ,小さなエピソードのおかしさ,絵柄の美しさなど,それ自体がコミックの長所をいかんなく発揮した作品となっています.

「銀河鉄道の夜」のお内容を紹介しながら,「本当に大切な事は自分で気づくしかないと賢治は伝えたかった」と宮澤賢治の小説のテーマを鋭くついています.そして「銀河鉄道の夜」はジョバンニの心の中の旅であり,すべての人がそれぞれ心の中にもつ自分だけの宇宙を探す旅をしていること.そしてボルヘス「バベルの図書館」における無限の図書館は人の心の中の宇宙であり,人はそこから自分という一冊を探し求めていることとの本質的な類似性を指摘しています.このことを一編のコミックで批評しているのは驚くべきことと思います.

わたしの書いている文章は「草子ブックガイド」の書評であり,「草子ブックガイド」はボルヘスと宮澤賢治の書評であるという二重の構造をとっています.これを読んだことをきっかけに今週号のモーニングを手にとってみる,さらに「バベルの図書館」と「銀河鉄道の夜」を読んでみたくなる,あるいは読み返してみたくなるとなれば,それはわたしにとっていちばんうれしいことになります.

 

 北方謙三「楊家将」上下(PHP文庫) −2012年6月6日

わたしにとって旅の最大の楽しみのひとつは,ふだんはなかなか取り組めない長編の小説を読めることです.特に海外への出張では理不尽ともいえる移動中の長時間の拘束が不可欠ですが,すぐれた小説に出会えればまったく苦になりません.乗換えの飛行機が遅れて空港で何時間もまたされようと,ロビーでゆっくりと小説が読めるかと思うとかえってうれしいくらいです.

ふだんとちがってこういった場合はいわゆる「良書」というよりも「巻を措く能わず」というおもしろさが求められます.逆に読み始めて退屈な本とわかったときの機内での焦燥感には耐えがたいがあります.だからこそ旅の前の本選びには真剣にならざるをえません.フィラデルフィアの学会の行き帰りでの「悪霊」と「ノルウェイの森」,南米に行ったときの「坂の上の雲」,2年前のアムステルダムでの「幻夜」などなど,人生の中の忘れ難い旅の記憶は忘れ難い本と密接に結びついています.逆に携行する本の選択に失敗したときの苦痛の記憶もわたしには生々しくあります.国内であればいくらでも買い直すことができますが,海外ではそういうわけにはいきません.

そして今回の往路は北方謙三「楊家将」でした.作品については深く語る必要はないと思います.いつもの北方節ですね.とにかくどの登場人物もキャラクターが際立っていて魅力的です.主人公の楊家軍の総帥・楊業と,ライバルである遼国の「孤高の猛将」耶律休哥のぶつかり合いと衝撃の結末に至るまでの過程は,「巻を措く能わず」という形容にまさに当てはまるものでした.新しい「三国志」的な小説の誕生ともいえるでしょうか.日本に帰って続編「血涙−楊家将後伝」を読むのがとても楽しみです.

 

 スベトラーナ・アレクシエービッチ「チェルノブイリの祈り−未来の物語」(岩波現代文庫) −2012年4月16日

これはチェルノブイリの原発事故をいろいろな形で体験したひとたちからのインタビューで構成された本です.事故直後の緊急ルポといったものではなく,事故から10年たった時点でまとめられ発表されています.逆にいえば,これだけ豊かで深い内容の体験を他者に向って語りだし,また文章としてまとめることができるようになるためには,当事者も著者も10年もの時間が必要だったのでしょう.そのことを表現することばを見つけることが困難という体験は,まさに一年前のわれわれの大震災と原発事故に関して語る表現が今なおみつけることができていないという実感からよく納得できます.

「ここでは過去の体験はまったく役に立たない.チェルノブイリ後,私たちが住んでいるのは別の世界です.前の世界はなくなりました.でも人はこのことを考えたがらない.このこ...とについて一度も深く考えていたことがないからです.不意打ちを食らったのです」(p30).

お年寄りからこども,男性と女性,農民,党官僚,軍人,医者,職業から世代までさまざまな人間がみずからの思いと体験を語ります.もし本屋でこの本を手に取ったら,冒頭の一話だけでもぜひ立ち読みしてみてください.

事故直後の原子炉火災の消火に当たった若い消防士の妻リュドミーナの語りです.14グレイの直接被曝により夫が亡くなるまでの14日間,リュドミーナは夫の看病を必死に続けます.自分は6ヶ月の妊婦であることを病院には内緒にして,皮膚の色は日に日の変わり,形相も変化して正視に耐えない病状の夫を励ましながら.今のわれわれがもっていることばの表現力をはるかにこえた物語がそこには語られています.

「訪れては,語り合い,記録しました.この人々は最初に体験したのです.私たちがうすうす気づきはじめたばかりのことを.みんなにとってはまだまだ謎であることを.でも,このことは彼ら自身が語ってくれます.何度もこんな気がしました.私は未来のことを書き記している........」(p33).

われわれはチェルノブイリからいったい何を学んだのだろう.

 

 開高健「輝ける闇」(新潮文庫) −2011年4月5日

1989年に亡くなった小説家・開高健の「闇」三部作の第一作.ある友人に傑作だからと勧めた手前,自身でも20年ぶりくらいで再読してみました.

ベトナム戦争従軍での作者自身の実体験をもとに書かれた一種のルポルタージュ文学です.ラストシーンでは,敵中横断という無謀な作戦を行った政府軍部隊が解放戦線の待ち伏せ攻撃にあって壊滅します.一個中隊200人中に生存者が17人だけという状態で,開高健は文字どおり九死に一生を得て奇跡的な生還を遂げたのは有名な話です.

300ページ足らずの中編ですが,最前線の駐屯地の描写,サイゴンに戻っての駐在員生活,政府軍に従軍しての実際の戦闘の大きく三部から構成されています.酒と美食とベトナム娘トーガとのアフェアに明け暮れる小説の中盤は表現も弛緩していて,一瞬,小説としても失敗しているかと思いましたが,それも最後の場面に向けての助走と考えればじゅうぶん納得できます.

それまで戦争による人間の死を目の前で何度も目撃しながら,第三者のどこか醒めた描写に徹してきた作者でしたが,最後の最後になって戦争の本当の現実に突きあたり,迫りくる死の圧倒的な力に完全に屈服してしまう描写は圧巻です.体につけていたバッグすら投げ出して,泣きながら銃弾の中をひとり逃げ回る凄烈なラストシーンでした.

歴史的には,ベトナム解放後のボートピープルや中越戦争,カンボジアへの介入,ドイモイによる資本主義化などがあって,解放と共産主義への熱気がすっかり冷めてしまいました.あれほど輝いてみえたベトナム戦争に関する当時の言説はみなすべて消滅してしまい,現在ではベトナム戦争を語る表現の存在が難しくなっているにもかかわらず,「輝ける闇」のみはそういった時代と歴史をこえて唯一あり続けています.

「輝ける闇」が小説として完成しているしていないといった議論をこえて,作者がその存在すべてをかけて紡ぎ出しただろうむせかえるように生々しい描写や,生命感あふれる美しい文章は紛うことなき魅力で今も輝いています.

 

 村上宣寛 「心理テスト」はウソでした−受けたみんなが馬鹿を見た(日経BP社) −2012年3月30日

第1章「なぜかみんなの好きなABO」での「血液型人間学」を信じている医療者はさすがに存在しないでしょうが,診察室の「ロールシャッハ法」,就職試験でよく使われる「内田クレペリン検査」,性格検査の定番「YGテスト」まで,実はどれも科学的根拠のないいいかげんなテストであることが詳述されています.おもしろくて思わず一気に読み通してしまいました.

筆者は臨床心理学の専門家(富山大教授)で,長らく本邦におけるロールシャッハ法といった心理テストの権威とされていたようで,だからこそ衝撃的な内容です.一般向けに書かれた本で,文体も軽く非常に読みやすいのですが,それぞれの心理テストの成立の歴史まで遡って検討し,いかに根拠のない非科学的なものであるかを解説しています.こういった心理テストの供給側と使用側が,権威主義と商業主義のもとに結託している実態まで描いていて興味は尽きません.

この本は2005年に出され,実はわたしは出版直後に読んだので,これは「最近読んだ本」ではまったくありません.このときあまりに面白かったので,精神科医の友人に勧めて貸したままだった本が本日急に返却されたので,エビデンスの重要性を思いだしてしばらく感慨に浸っていた次第です.もしABO血液型で入社選抜していたり,人事配置を行っていたとすれば,人権侵害で訴えられても文句は言えないでしょう.同様にこういった事実無根の心理テストや適性検査で人生が左右されたとしたらとんでもないことです.

たとえば内田クレペリン法とは,一桁の足し算を時間内になるべく早くやるだけの検査法です. 15分計算して5分休憩,また15分計算して………を単純に繰り返す方法で,受けた経験のある方も多いかも知れません.これは計算速度を競うのではなく,単に作業量の推移(作業曲線)の形をみている検査で,変動が大きいと情緒不安定と判定されるとのことです.入社試験や教員採用試験で今でも使われることが多いようですが,その根拠の薄弱さには素人ながらあきれるだけです.

ところがこの本を読んでまもない頃,縁があって某私立医大の入学試験の試験官をする機会があったのですが,そこでこの内田クレペリン試験が行われていたのには仰天いたしました.このテストでは計算をがんばればがんばるほど,疲労は蓄積し作業量は変動して情緒不安定と判断されるおそれが高くなります.ここではがんばるな,適当に手を抜いた方がいいんだと,心の中で受験生に一生懸命呼びかけていました.

医療者はきちんとしたエビデンスに基づいた発言,科学的根拠に基づいた選択を行うべきだと思います.それは社会に対する責務だといえます.この本は一般向けの内容ですが,批判は実証的な手法に基づいたしごくまともなものとの印象を受けました.むしろ疑似科学的側面のあった心理学を,反証可能な科学へ脱皮させようという意図を感じました. 

 

 ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧」(みすず書房) −2012年2月24日

霜山徳爾氏の名訳の誉れが高いロングセラーの旧版ではなく,数年前に話題になった池田香代子氏の新訳の方です.とても読みやすいいい文章ですが,収容所の凄惨な生活と高貴な精神性の対照を描くのに意外にもはまっています.

すべてのドイツ強制収容所の体験記録の原点と言っていい名著です.たとえばこういったところです.「わたしの心をさいなんでいたのは,わたしたちを取り巻くこのすべての苦しみや死には意味があるか,という問いだ.もしも無意味だとしたら,収容所を行きしのぐことに意味などない.抜け出せるかどうかに意味がある生など,その意味は僥倖に左右されるわけで,そんな生はもともと生きるに値しないのだから」.

「今のこの苦痛や死自体に何らかの意味があるのか?」というある意味とても宗教的な問いです.とにかく今を行きしのぐためにこの苦痛に耐えるのでは決してなく,この苦痛自体に何らかの意味や価値を認めるからこそ生きて耐える,とフランクルは言っているわけです.「今まさに苦しんでいるこの苦しみや,これから来るべき死には意味がある.だから今を生き抜くのである」.

意味づけをする主体は神かも知れないし,自らの意志かも知れません.それがどちらかを文中では明らかにしていませんが,いずれにしろそういった覚悟をもった者のみが最終的に苦痛や死に耐えることができたと指摘しています.「生きるべき理由をもっている者だけが、殆どあらゆる事態にも耐えるのだ」(ニーチェ).

フランクルの収容所体験は,ケルテース・イムレ「運命ではなく」での描写と外的には驚くほど似かよっています.アウシュビッツでの選別をかろうじてくぐり抜け,その収容所支所での過酷な強制労働を経験し,最後は栄養失調と発疹チフスで生死の境をくぐり抜けます.収容所支所にはガス室がなかったことが僥倖でした.ふたりとも最後は連合軍による解放によってかろうじて生きしのぐことができたのです.

ケルテース・イムレが小説の中で何度も強調した,「最初から自分たちの運命を理解したのではなく,段階的に徐々にしか目の前にあるすべてのことは明らかにならなかった」とか,「あらゆる知識がすぐさまいっぺんにその場で僕たちに襲いかかったら,たぶん僕たちの頭も心も耐えきれなかった」,「収容所の中の生活にも平穏とか退屈と呼んででいい瞬間は存在した」などは,フランクルは決して書かなかったことです.おそらく世界的ロングセラーとなったこの「夜と霧」に対するケルテース・イムレが感じた強い違和感だったのだろうと思います.

人はなぜ生きるのか? イムレの,「運命ではなく」,自分自身の歩んだ道のりが,多分に偶然とはいえ今ここに生き残るという結果を生んだという自覚,自分ですべてを選びとり引き受けたという最終的な認識は,しかしふたつの本の間にある内面的違いにも関わらず,フランクルにきわめて近いところに接近しています.すなわちそれは「苦しみや死に意義があるからこそ生きる」という生への意味づけを自覚的に選択したフランクルの意志です.

 

 ガルシア・マルケス「族長の秋」(集英社文庫) −2012年2月15日

ドミニコ共和国に30年以上も君臨した独裁者トゥルヒーリョをモデルとした小説といわれています.小説の文体が非常に独特です.改行がまったくない文章が100ページ以上にわたって続き,合わせて4つのパラフレーズから成る長編小説です.印象的な光景と比喩が何度も繰り返され,小説に独特の雰囲気を与えています.小説としては実は丹念に構想されていて,繰り返しの表現を適当に飛ばし読みすると,とたんにストーリーを見失ってしまうことがあります.

独裁者のさまざまな残虐行為が大げさに滑稽に暴かれていきますが,彼は単なる孤独で哀れな老人に過ぎず,少女マヌエラ・サンチェスへの片恋,母親のベンディシオン・アルバラドの臨終場面など,不思議なくらい人間的なおかしみや悲しみに溢れています.独裁者の肖像があまりにも興味深かったので,同じトゥルヒーリョをモデルとした「チボの狂宴」(マリオ・バルガス=リョサ)もさっそく注文してしまいました.

 

 ケルテース・イムレ「運命ではなく」(国書刊行会) −2012年2月2日

2002年ノーベル文学賞を受賞したハンガリーの小説家の代表作で,友人からの推奨本.アウシュビッツ収容所に送られた14歳の少年が生き残って故郷に帰ってくるまでの1年間を一人称で語った自伝的ホロコースト小説である.

「僕も与えられた僕の運命を最後まで生きた.僕の運命じゃなかったけれど,僕は最後まで生きたのだ.……もしすべてが運命でしかないなら,自由などありえない,その逆に,もし自由というものがあるなら,運命はないのだ,ということを」

アウシュビッツに送り込まれた直後に,収容所の「囚人」のひとりが怒ったようにつぶやいたことば「16だ…わかるか? 16!…」の意味を理解した「僕」は,「16歳」と自己申告することによって,軍医による1秒か2秒での選別をくぐり抜ける.15歳以下はそのままガス室送りだったのだ.最初の選別で,アウシュビッツでの3日間で,収容所での強...制労働でと時間が経過するにつれ,「僕」の周囲の人物は徐々に離れて姿を消していく,すなわち死んでいくのである.肉体的苦痛と飢えの末,「僕」はほぼ死体として収容所から担ぎ出されながらも生き続け,ブーヘンヴァルトの囚人病院で死を待つばかりのとき連合軍による解放を知ることになる.

すべてのできごとは「当然のこと」として淡々と語られていく.「運命ではなく」,自分自身の歩んだ道のりが,多分に偶然とはいえ今ここに生き残るという結果を生む.自分ですべてを選びとり引き受けたという「僕」の認識は,故郷のブタペシュトの人々との対話の中から戦後の人道主義や政治の軽薄ささえあぶり出していくのである.

「段階的に,じょじょにしか,目の前にあるすべてのことは明らかにならなかった.僕たちがある段階を終え,それを乗り越えると,すぐに次の段階がやってくる.そんなふうにして,最後の段階までいくと,それまでに起こったすべてのことを理解するようになる......けれども,時間というものがもしなくて,あらゆる知識がすぐさまいっぺんにその場で僕たちに襲いかかったら,たぶん僕たちの頭も心も耐えきれなかったかもしれない」

3月11日の夜,わたしたちは段階的に,徐々に,そして目の前にあることしか明らかにならなかった.すぐ近くで1万人の生命が瞬時のうちに失われ,そして夜通しかけて1万人の生命が徐々に凍死によって失われていったことをわたしたちは知らなかった.時間というものがもしなくて,あらゆる知識がすぐさまいっぺんにその場で襲いかかったら,たぶんわたしたちの頭も心も耐えきれなかったかもしれない.

わたしたちだっていつも,「一歩ずつ進んだ......もちろん何もできなかったでしょう,あるいは何もしなかったのと同じくらいばかげた,ほかのばかげたことならいくらでもできたかもしれない,何度だって,いつだってできたかも知れない,当然ですけどね......でも,重要なことはそういうことじゃないんです......もしすべてが運命でしかないなら,自由などありえない,その逆に,もし自由というものがあるなら,運命はないのだ」.

 

 ウィリアム・スタイロン「ソフィーの選択」(上・下) (新潮文庫) -2012年1月4日

1947年のブルックリン,美しいポーランド人女性ソフィーとユダヤ人ネイサンの愛が「ぼく」の目から語られる.第二次世界大戦のアウシュヴィッツ収容所を生き延びたソフィーは,身の毛のよだつような経験の数々を片時たりとも忘れたことはない.小説の題名はその中でも最悪の経験を指している.小説の最後に近いところになって,ソフィーは自ら許すことも忘れることもできないある「選択」について告白することになる.

(以下ネタばれ注意)彼女とふたりの子どもたちの息子のヤンと娘のエヴァは,列車に乗せられてアウシュヴィッツに運ばれた.到着してすぐに,強制収容所に行くか,そのままガス室送りになるかの選別が行われていた.人々を選別していたのはナチス親衛隊の軍医であった.

軍医はソフィーに選択の「特権」を与えてやろうと言う.ふたりの子どものうちひとりは残してもいい,もうひとりはガス室送りだと.すなわちどちらをガス室送りにするかかをここで選択しろというのだ.ソフィーは「あたしには選べません」と嘆願するが,今ここですぐに選べなければ子どもはふたりともガス室に送られてしまう.ついに「女の子の方を連れていって!」と叫んでしまった.そしてこのひとこと,すなわち自ら下した生死の選択がその後のソフィーの心を凍らせ,あらゆるときに彼女につきまとい続け,最後には彼女を破壊し尽くしてしまった.

これはまさに強いられた「選択」である.そしてここで周産期医療におけるある倫理的問題との類似性により,われわれは愕然とさせられてしまうのである.出生前診断を受けた結果,「選択」をつきつけられた両親たちの多くが,「こうするしかなかった」という確信ではなく,「こうだったかもしれない」,「こうすべきだったかもしれない」という思いにずっととらわれ続けられている現状がある.産むと決めた両親も,産まないと決めた両親も,また積極的な蘇生と集中治療を選択した両親も,積極的な治療をせずに看取りを選択した両親も,選択したことに深く傷ついている.その決定を自ら下したという罪悪感を長い間抱えて生きている人も多い.

ソフィーも,出生前診断によって選択をせまられた両親も,選択を下さなければならないという自覚によって極限まで追い込まれるということはいったい何を意味しているのだろうか? それはそもそも選択不可能なものに対して「選択」を強いているのではないか? 一般に「選択」や「自己決定」は,自分自身の意志で行うことにより自らの生を充実させるためにあるだろう.しかし「あれかこれか」はそれぞれの相対的価値を評価して選択できることが前提であり,もしそれが絶対的な価値をもつであれば選択は不可能である.原理的に不可能であるものを現実として強制されるところに,われわれの心に癒しがたい傷を残すのである.

出生前診断における「選択」とは,これは見せかけの「選択」に過ぎないのだろうか? それとも「選択」そのものにこの難問は不可避に存在するのだろうか? そしてその解決への道筋は? またいつもの堂々めぐりに陥りながら,それでも現実にはその決定を行わざるを得ない毎日が続く.

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カウンタ 7212(2012年4月22日より)