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遺伝カウンセリングの強化って??

遺伝カウンセリングの強化って??

                                  (2014年6月12日 室月 淳)

新型出生前診断(NIPT)で,検査陽性者141人のうち2人が確定検査を受けずに人工妊娠中絶をした,というニュースが報道されました.この検査ではもともと陽性者の85〜90%のみが真の染色体疾患であるため,検査陽性のときは羊水穿刺などの確定診断をうけることが必須とされています.

ところで今回の各社の報道をまとめてみますと(いちばん下を参照),時事通信は「日本医学会はカウンセリングの強化などの対策を検討」,読売新聞は「日本医学会は再発防止に向けた対応を協議する」,NHKは「日本医学会は「あってはならないことで再発防止に努めたい」としている」とあります.すなわち日本医学会は,この問題にたいして「カウンセリングの強化によって再発防止をおこなう」といった見解をもつものと思われます.

平成25年度の1年間で新型出生前検査の受検者は7,700名余,そのうち検査陽性者141名です.陽性者のなかで羊水検査などの確定診断をうけなかったのが2名(1.4%)というのは,実際にNIPTの遺伝カウンセリングを担当しているわれわれの印象からいうと,予想外といえるほどすくない数字なのです.

遺伝カウンセラーとしてはかなり健闘したといえるのではないでしょうか.カウンセリングの埒をこえて,陽性といわれてそのまま中絶をしようとする妊婦のことをなだめたり,おどしたり,すかしたり,あるいは前医にたいしてなんども連絡をとって説得したりと,かなり無理もしただろうと思います(笑) もちろんこの数はゼロになることが理想であるとはいえますが,なかなかそれは難しいでしょう.それは産科医ならば容易に想像がつくはずです.

検査施行側のだれだって確定検査をうけるべきと考えています.妊婦は検査前のカウンセリングで疑陽性の可能性をしっかり説明され,それに納得,同意して採血をうけるわけですが,実際に陽性とされるとショックをうけ動転してしまいます.人間はいつも理性的な選択,理性的な行動をするわけではありません.

たとえばNTを指摘され高次医療機関を紹介受診した妊婦のなかには,どのように説明,説得しても羊水検査を受けずに人工妊娠中絶をえらんでしまうひとたちがいます.われわれがくりかえして強くいえばいうほど,もう二度と受診しなくなります.そこにはさまざまな事情がかくれています.おおくの妊婦はこどもがほしくて妊娠しますが,なかにはそうでないひともいるのです.

実質上,日本の現状では妊娠中期の中絶が自分の意志で自由にできるわけですから,医療機関としては最終的にそれをとめるすべをもちません.ふつうならばだれでも中絶は自由なのにもかかわらず,NIPTをうけて陽性とでたときにかぎって勝手な中絶は禁止されるといっても,妊婦にたいしては説得力をもたないのです.

そもそも遺伝カウンセリングはクライアントへの説得手段ではありませんし,ましてやクライアントとの取り引きでも,クライアントへの強制力でもないわけです.また遺伝カウンセリングは生命倫理や社会正義実現の手段でも方法でもありません.あくまでもクライアントとしての妊婦本人のためのものです.妊婦によりそい,そしてその不安に対処していくためのコミュニケーションです.

教科書的には,遺伝カウンセリングとは「情報提供などを通して,クライアントが自律的に選択できるように援助するコミュニケーション過程」とあります.そこでは科学的な情報提供と非指示的な対話のなかからうまれてくる,クライアント自身の自己決定が尊重されます.

この過程のどこに,「強化」とか「あってはならないこと」,「再発防止」といった概念がかかわってくる余地があるというのでしょうか? くりかえしますが,遺伝カウンセリングはクライアントのためにのみ存在するのであり,生命倫理や社会正義実現のためにあるわけではありません.

もちろん遺伝カウンセリングが十全に達成されれば,結果的に倫理的に社会的にすぐれてのぞましい姿が実現するということはあります.しかしそれは目的ではなく,あくまでも結果にすぎません.

遺伝カウンセリングは「強化」される対象ではありませんし,なんらかの「再発防止」のための手段などではありえないのです.それは遺伝カウンセリングにたいする根本的誤解だろうと思います.

 

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