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できれば20代か30代のうちに経験したかった

できれば20代か30代のうちに経験したかった

                                (室月 淳 2014年3月15日)

病院の駐車場のさくらの芽もわずかにほころびはじめ,仙台でもようやく春の気配がすこしずつ感じられるようになりました.

2011年3月11日の東日本大震災はわたしの住む仙台にも甚大なる被害を及ぼしました.人的物的被害に加え,ライフラインの途絶や物資の流通の停滞は医療の継続におおきな困難をきたしました.当院もふくめて診療機能をなんとか維持していた医療機関には患者が殺到し,限られた人員と乏しい医療資源のなかでそれらをこなしていくという平時ではめったにないような経験をすることができました.たった10日程度のことでしたが,津波による甚大な被害にくわえ原発事故などのさきのゆきのみえない不安のなか,通常の数倍の数の急患と分娩,手術をこなし,期待された役割と責任をなんとかはたすことができたのは,わたしにとってはおおきな経験と自信になりました.

もちろんこういった大災害はもちろんおきてはほしくないのですが,しかしできれば20代か30代のうちに経験したかったと思いました.そうすればわたしももうすこしちがった医者に成長していたと思います.50歳ではなかなか人間としての本質をかえることは難しいでしょう.まあそれはさておき,いったいどういう意味でこの体験がわたしにおおきな影響をおよぼしたのでしょうか.簡単にまとめるとそれは以下のみっつがあげられると思います.

ひとつめは医師としての経験です.仮に「医師力」というものがあるとすると,その力がアップしたということです.医学医療についての知識,技能といったもののほかに,患者に医療をほどこすためには実際の臨床経験が重要です.そこにはさまざまなレベルにおける経験がふくまれます.めずらしい疾患,貴重な疾患を経験したということに加え,患者や家族とのコミュニケーション,スタッフとの協働といったこともあります.さらには非常時において状況をいかに的確に判断して決断し,適切なリーダーシップを発揮して医療チームをまとめあげて動かすか,そういった力も重要になります.そういった意味で今回はほんとうにおおきな経験をすることができました.

ふたつめは医師としての使命をいかに自覚するかということです.福島第一原発事故のあと、福島の住民はほんとうに過酷な状況におかれました.最悪の場合を想定して県外への自主避難を選択したひとも,その地に踏みとどまって職務を遂行したひとも,それぞれにやむにやまれぬ事情があってのことでしょう.それぞれの選択をたがいに尊重しあうほかありません.もし避難組,避難からの帰還組,残留組のあいだに感情的なしこりがのこって,それが今後の復興に影響するとすれば残念なことです.

わたしの周囲では,みながあたりまえのようにその場にのこって医療活動の再開と継続につとめました.それはもちろん原発事故の惨禍にみまわれた福島ではない,宮城の地だからこそなのですが,それでも津波の直接的な被害をうけた沿岸部の医療者はほぼ例外なくそうだったといえると思います.しかしもし自分が福島第一原発のちかくの病院で働いていたらどうしていただろう.そもそも大災害がおきたとき医療従事者はどうすべきなのだろうか? 臆病な自分だから,すぐそばで爆発事故がおきたらかなりビビってオロオロしたでしょう.しかし病院のなかで医師として働いているかぎり,ひとりで職務をはなれていいわけない,その程度のことくらいはわたしくらいでもなんとなくわかります.もし避難が必要な非常事態だとしても,妊産婦,こども,患者が先であり,それまではなんとか必死に踏みとどまっただろうと思います.

このことは実はきわめて倫理的な問題と思います.あたりまえのようなことにみえて,しかしふだんきちんとつきつめて考えておかなければならないことだといまさらながら気がつきました.医療者としての職業的,倫理的責任とはなんなのか,そしてその責任をはたす決意をもつことができるのか.それはこの大震災を経験してみずからにつきつけられた倫理的課題だったのでした.

みっつめに地域における医療とはいかなるものかについての反省です.われわれはひとのなかに生きている存在です.地方においても都会においてもある種の共同体のなかで生活していることにはかわりありません.ふだんの日常ではあまり自覚することがなくても,こういった大災害のあとの避難生活や地域の再建といった局面では,地域共同体の役割と機能が明確にみえてきます.震災で被害をうけた地域の再建とは,住居の建築とかインフラの整備のみならず,ひととひとのつながりの復活そのものを意味するでしょう.そして医療はその中心にくるものといえます.地域住民のいないところで医療が存在しえないのと同時に,医療のないところに地域共同体は生まれないでしょう.

わたしたちの第一義的な使命はもちろんあたえられた職場でその職責をまっとうすることです.しかし今回の震災の体験で,なんらかの形で地域医療の再生,維持に協力することは医師の社会的責務のひとつではないかと思うようになりました.住民の生活の安全保障としての医療は重要です.震災地域では医療の再生なくして地域社会の復興はありません.そのためにわたしたちができるのは,地域医療を直接支援することにとどまらず,たとえば教育研修に力をつくしておおくの医療人を育てあげることや,地域住民や患者への教育啓蒙などさまざまな方策が考えられます.

自らの専門分野をきわめていくだけではなく,医師としての実力をたえず深める,そのためにたいせつなのはなによりも人格の陶冶であること,常に医療者としての倫理的,社会的責務に敏感であること,そして地域共同体のなかでの医療の役割を考えて責任をはたすこと,そういったことが今回の震災からわたしが学んだことかもしれません.

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カウンタ 1572 (2014年3月15日より)