螢
気兼ねなく話せる環境を
脳腫瘍の術式の開頭腫瘍摘出術は、文字通り頭蓋骨を切開し、腫瘍を摘出するもの。手術の前の病状説明では“障害は残りにくい場所だが、痛み等は出るかも”とのことで、手術直後は身体におこる些細なことにも戦々恐々としていました。実際、術後数日間、右耳が聞こえ辛くなっていました。術者のY先生から、手術で脳圧が上がるために起こることがあると説明を受けました。
入院中に読んだ椎名誠の本に書かれていた高山病のことをふと思い出し、「キリマンジャロに登ったらこんな感じになるのかも」と感じたことを家族に言ってみました。落ち込んでいる私を慰めようと思っていたようですが、そんなことを言う私に安心した様子の家族をみて、嬉しかったことを覚えています。
辛いこともそれを伝えて受け取ってもらえることで、違うものに変わる。耳の閉塞感は日に日に改善し、症状が残っている感じはあるものの、苦にならなくなっていきました。治療によって生じる様々な痛みや辛さを気兼ねなく話せる環境はとても必要でした。療養中は時間があるのであまり自分では選ばない本を差し入れてもらえました。その中にあった柳宗悦の言葉をご紹介します。
「悲しさは共に悲しむ者がある時、ぬくもりを覚える。悲しむことは温めることである。悲しみを慰めるものはまた悲しみの情ではなかったか。悲しみは慈みであり又愛しみである」
引用:
柳宗悦(1991). 「4. 阿弥陀仏」 柳宗悦『南無阿弥陀仏 付 心偈(ワイド版38)』 岩波文庫 , p.88.
2018年執筆