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NIPTの遺伝カウンセリングをめぐるいくつかの考察

NIPTの遺伝カウンセリングをめぐるいくつかの考察

                                 (室月 淳 2013年9月13日)

 遺伝カウンセリングには時間がかかる

NIPT施行にあたって遺伝カウンセリングが必須というのがコンセンサスになっていますが,このことのほんとうの意味をどのくらいのひとが理解しているか,おぼつかない心もちがします.

NIPTをめぐる倫理的問題は複雑で,一義的な正解をだすことはできません.クライアントがかかえている状況はひとりひとりがことなっているため,通常の医療とはちがって,エビデンスにもとづいた解決法があるわけでないのです.

一般の医療行為のように,はやくかつ効率よくかたづけるのをよしとするのではなく,あくまでもクライアントのこころの底にある可能性に注目し,本人の主体的な努力によってその可能性をひろげていく,あくまでもNIPTはその一手段になるかもしれないというスタンスです.

ですからここで強調したいのは,遺伝カウンセリングには時間がかかることです.それにたえられるだけの忍耐力をわれわれはもたねばなりません.カウンセリングにおいて,すぐによくしたい,すぐに解決したいという誘惑には気をつける必要があります.

「時間がかかりすぎる」とは,しかし,クライアント側からもふくめてよくきかれる批判ではあります.それにたいするこたえとしては,「きちんとした解決には時間がかかる」というほかにはありません.ほんとうの解決とは選択の結果にあるのではなく,それにいたるまでのプロセスのなかからでてくるものです.それがクライアントのなかにある可能性をひきだすということの真の意味です.

さて「遺伝カウンセリング」をするといっているひとたちに,そこまでの努力と忍耐の覚悟があるかどうか?

 

 遺伝カウンセリング「批判」

今回のNIPTをめぐる一連の騒動で,結果的に「遺伝カウンセリング」ということばが市民権をえたようですし,「遺伝学的検査の施行にあたっては遺伝カウンセリングが必須」ということも社会的なコンセンサスとなったようにもみえます。しかし遺伝カウンセリングはどんな場合にもただしいのか?

医療現場では「遺伝カウンセリング」という名の単なる説明,単なる「ムンテラ」が圧倒的な現状で,カウンセリング批判をおこなうことにはよほど注意が必要なのですが,それにしも「遺伝カウンセリング」を無条件に善と考えるのは危険かもしれません.その危険性は「心理操作」の技術にかかわる問題であり,それはある意味「自己啓発セミナー」にも通底する問題でもありそうです.

遺伝カウンセリングの本質は「リフレイミング」にあります.すなわちクライアントがかかえている問題そのものの問いかえし,読みかえといってもいいかもしれません.

遺伝カウンセリングの場を訪ねるクライアントは,出生前診断をふくめ遺伝にかんする困りごと,心配の解決の援助を期待しています.たとえば障がい児の出産や養育は,福祉や差別などといった社会的な視点をきりはなして解決は不可能ですが,遺伝カウンセリングはこういったクライアントの生活や社会の問題を,個人の内面の問題にリフレイミングする(ずらす),いいかえれば「すりかえる」のです.

この「すりかえ」は遺伝カウンセラーが意図的におこなっているわけではなく,遺伝カウンセリングの方法論そのものにすでに組み込まれています.ですからリフレイミングによる心の問題の解消が,ほんとうに現実の解決となっているかについては,よほどの注意が必要です.

 

 遺伝カウンセリングの本質は現状肯定か

遺伝カウンセリングの本質は現状肯定である」という批判がときにきかれることがあります.これはなかばただしく,なかばまちがっています.

たとえば,35歳の妊婦が染色体の病気を心配だというと,「300分の1だからだいじょうぶ,そんな心配はいらない」とか「元気で幸せに生きているこどももたくさんいる」とかいわず,「ご心配なのですね」などといっていたのでは,そのひとの不安を肯定してしまって,ものごとはなにもかわらないという批判があります.これは誤解なのですが,しかしこのような誤解がうまれるのももっとものところもあります.

クライアントをそのまま受け入れ,そのいうことを傾聴しているすがたは,まるですべてを肯定しているようにみえるからです.しかし実際はそうではなく,傾聴によりまず現状をはっきり認識することをめざしているのであり,現状を認識することであたらしい可能性を発見していくことができるのです.

しかしカウンセリングにおいてどのような可能性を発見していくかは,カウンセラーではなくクライアント本人にゆだねられることになります.問題を具体的に解決するための手段や方向性についてはカウンセリングの方法論の外にあり,カウンセラーにとって確定したものがあるわけではありません.この点について,社会変革への明確なビジョンをもつ人や,実際に活動にたずさわっている人からは,つよく批判されるところかもしれません.

しかし遺伝カウンセリングでは,カウンセラー自身がなんらかの信念をいだき,それにもとづいてクライアントをある方向に誘導しようとすることほど危険なことはありません.カウンセラーとクライアントがつよい信頼関係でむすばれている場合は,カウンセラーがみずからの考えを比較的自由にのべる「実存主義的」カウンセリングもありえますが,これはまったく例外的なことです.カウンセリングは啓蒙活動ではなく,個人を対象とした援助活動なのです.

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カウンタ 3038(2013年9月13日より)