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NIPTの遺伝カウンセリングの実際

「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」の遺伝カウンセリングの実際

                                 (室月 淳  2013年7月29日)

真空採血管

 はじめに

「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」,あるいは「無侵襲的出生前遺伝学的検査」(non-invasive prenatal genetic test,以下NIPTと略す)について,日本産科婦人科学会より「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」(1)が今年3月9日に発表されました.すなわちNIPTの実施は「臨床研究」としておこなわれ,当面は認定登録された施設においてのみ実施ということになりましたが,当院はさいわいにも施設認定の登録を受け,この4月より臨床研究として本検査を実際に開始しました.

ここでは検査施行の実際として,NIPTの「遺伝カウンセリングの手順」についてまとめました.NIPTについて遺伝カウンセリングの重要性はたびたび強調されてきましたが,検査施行施設において具体的にどのような内容でおこなわれてきたかの報告はいまだありません.NIPTの遺伝カウンセリングにたいするわれわれの基本姿勢と,実際の手順をここに公開し,おおくのかたがたからのご意見とご批判をまちたいと思います.

 

 遺伝カウンセリングとはなにか

遺伝カウンセリングとは,カウンセラーがクライアントの悩みや問題点を共有し,おたがいに協力して解決をめざす共同作業と定義されます.専門的な情報の提供や専門的検査のコーディネートは相談業務として遺伝カウンセリングにふくまれるのは当然ですが,クライアントがその専門的情報により自律的な選択がおこなえるように援助したり,遺伝にかんする不安や苦悩を共有し解決をめざす行為こそが遺伝カウンセリングといえます.

それではNIPTにおける遺伝カウンセリングはどのようにあるべきでしょうか.さきにあげた「指針」(1)では,1999年の「母体血清マーカーに関する見解」を援用して,検査の前後に検査の意義の説明と遺伝カウンセリングを十分に行ったうえでNIPTを実施するよう強調しています.その遺伝カウンセリングの具体的な内容については「第V 章に記載する」とされていて,これに対応するのはV-3「検査を行う前に医師が妊婦およびその配偶者(中略)に説明し、理解を得るべきこと」の部分です.

実際にV-3に示されている内容はおおきく5点にまとめられていて,(1) うまれてくるこどもはだれでも先天異常などの障害をもつ可能性があり,それは個性の一側面といえ,幸か不幸かということのあいだにはほとんど関連はないこと,(2) 本検査の対象となる染色体異常(13 番,18 番,21 番の染色体の数的異常)に関する最新の情報(自然史を含む)についての説明,(3) 本検査の特徴,すなわち染色体異常のなかで上記のみっつに限られることや,確定のためには羊水検査などの侵襲検査が必要となること,(4) 検査の結果の解釈についての説明,すなわち陽性,陰性,判定保留のそれぞれの意味について,(5) 次の段階の選択肢となりうる羊水検査についての説明,となっています.

そのあとには,「以上の事項を口頭だけでなく,文書を渡して十分に説明し,理解が得られたことを確認したあとに,検査を受けることについて文書による同意を得て,その同意文書を保管する」とあることから,これらの5点についてクライアントにわかりやすく,かつ十分に説明することが求められているとわかります.たしかにこれらの内容はきわめて重要なことばかりです.しかしいくらていねいに説明し,その内容を理解させたとしても,それ自体は遺伝カウンセリングとはいえません.

特にひとつめの「障害はそのこどもの個性の一側面でしかなく,障害という側面だけからこどもをみるのは誤りである」というこのたいせつさは,いくら強調しても強調しきれない.しかしいくらわかりやすく説明し,いくらそのたいせつをあいてに強調しようとも,それは遺伝カウンセリングでは決してありません.遺伝カウンセリングは「説明」や「説得」ではないのです.遺伝カウンセリングの目的とは,たとえば「障害は個性の一側面である」ということをあいてに理解させるのみならず,「障害は個性の一側面である」という認識によるクライアントの行動変容をひきおこすことです.そういえば遺伝カウンセリングのむずかしさを理解していただけるでしょうか.

 

 遺伝カウンセリングにおける基本姿勢

1. 夫婦ないしはパートナーと一緒の受診を原則とする

このことはあたりまえのようにみえるが,改めて強調されるべき原則です.もともと妊娠,分娩,子育てについては女性に大きな負担がかかってきますが,そこにどのていど夫が主体的にかかわってくるかが出生前診断のキーとなります.難病や障害をもつ子どもをかかえた家庭では,母親に精神的,肉体的な負担が集中することがおおいのですが,このとき夫の役割が重要です.出生前診断をめぐる自律的決定については,本人と夫が相談し,そしてきめることが原則です.

ふたりで受診する副次的な効果としては,緊張もとけリラックスした雰囲気でカウンセリングを進めることです.ひとりが聞きもらしたり理解できなかった場合でも,カウンセリング終了後にふたりの会話のなかで理解がふかまることがあります.ただしカウンセラーは,本人だけでなくパートナーの考えかたや反応にもじゅうぶん注意を払わなければならないため,負担はややおおきくなります.

2. クライアントの自律的決定を尊重する

カウンセリングの基本理念は,人間はたとえ危機的状況にあっても,正確な情報があたえられ理解することができれば,適切な対応ができるというものです.だからこそクライアントの自律性が尊重されるのです.とくにこどもをうむうまないや,障害や先天異常をどうとらえるかは高度にプライバシーにかかわる問題であり,第三者がクライアントにとってなにが適切かを決めることはできません.またクライアントの選択によって生じた結果の責任をとるのは,第三者ではなくクライアント自身ですから,自律性の尊重はとうぜんのことといえます.とくにNIPTにおける遺伝カウンセリングでは,検査のマススクリーニング化をさけるという意味で「非指示」を強調する必要もあります.

3. クライアントへの絶対的受容と共感的態度を基本とする

クライアントの選択は完全な自律的決定よるものとはいえ,その選択による行為は社会通念や倫理規範にそったものであることが望ましいといえます.もしその選択が出生前診断への誤解にもとづいていたり,障害者にたいするつよい偏見がある場合には,カウンセラーとしてきちんと対応する必要があります.最終的にはクライアントに習慣化された「好ましい行動変容」をめざすことになり,教育的な側面や指導的な場面もすくなくありません.その意味で遺伝カウンセリングは,純粋な心理カウンセリングとはちがった側面をもちます.

ロジャースのカウンセリング理論によると,クライアントの行動変容は自己概念そのものがかわることによりおこるのであり,その自己概念をかえるもっとも強い原動力はクライアント自身の意思の力だということになります.そのための第一歩はカウンセラーがクライアントの気持をうけいれること,すなわち絶対的受容と共感的態度です.

カウンセリングがうまくいくかどうかは,最初の「出会い」がたいせつといわれます(2).「このカウンセラーは自分の気持をわかってくれそうだ」とクライアントが感じることができれば,あとのカウンセリングはスムーズにいくことがおおいといえます.このことからカウンセラーは初対面にすべてをかけるといっていいほど,この一瞬をたいせつにします.

逆に「このカウンセラーは自分の気持をわかってくれない」とクライアントが感じれば,いくらカウンセラーが専門的情報にくわしく,よい判断能力をもっていても,カウンセラーがもとめるような好ましい行動変容はおこりにくいのです.クライアントに「自分の気持をわかってくれる」と感じさせるためには,カウンセラーが相手の気持を受け入れなければなりません.

具体的にどのようにしてカウンセラーが相手の気持を受け入れていることを表現すればいいのでしょうか.基本的には,〜蠎蠅自分の気持を表明しているときはゆっくり「傾聴」する,対話を利用して,クライアントの気持を受けて入れているのだという意志を積極的に示す,A蠎蠅竜せを受け入れていることを態度でしめす,といった対話の技術があります(3).

 

 実際の遺伝カウンセリングの構成

NIPTの遺伝カウンセリングの目的はクライアントの悩みや不安をあきらかにし,その問題を協力して解決することです.その共同作業の過程でNIPTが問題解決の一助となると判断されれば検査を選択することになります.NIPTの遺伝カウンセリングにおいては,単に検査についての理解を深めるだけでなく,生まれてくる子どもへの不安に対してクライエントを立ち向かわせることに主体があるともいえます.

佐藤孝道氏が「100人のカウンセリー(クライアント)と100人のカウンセラーがいれば,少なくとも10,000種類の遺伝カウンセリングが存在し得る」(4)といみじくも指摘したとおり,もっとも正しい遺伝カウンセリング,もっとも適切な遺伝カウンセリングというものは存在しません.ここではわれわれがおこなっている遺伝カウンセリングを紹介し,おおくのかたがたからの批判を待ちたいとおもいます.

当院でのNIPTの遺伝カウンセリングの内容はおおきく三部構成でおこなっています.所用時間は2の「遺伝カウンセリング」によっておおきくかわり,通常は30-60分程度である.遺伝カウンセリングを途中で休止し,ふたりだけでしばらく相談してもらうこともしばしばあります.

1. 医学的な情報の収集

通常の遺伝カウンセリングと同じで,最初に受診目的,状況の聞き取り,既往歴,家族の状況などをききます.クライアントは検査をうけることを目的として受診しており,ここで改めて目的を聞く必要はなさそうですが,実は検査希望の内容とその背景をくわしく確認することは重要な意味をもちます.自分からすすんで希望したのか,夫あるいは親族からつよく進められたのか,妊娠前から羊水検査を考慮していたところ採血によるあたらしい検査が可能となったから希望したのか,マスコミ報道で検査の存在を知りあらためて年齢に不安を覚えたからか,そういった背景によってカウンセリングのしかたは当然かわってきます.

医学的な情報の収集は遺伝カウンセリングの導入として重要です.医師カウンセラーとしては通常の診療とおなじ形ではじめられるということで話のきっかけをつくりやすいし,クライアントにとっても一般にこたえやすい質問です.具体的には,通常の問診(妊娠分娩歴,既往歴,薬物アレルギー,家族歴など)や分娩予定日(本日の妊娠週数),現在かかっている施設,妊婦健診・分娩予定の施設,不妊治療歴などです.必要ならばかんたんな家系図を作成します.もし遺伝カウンセラーや遺伝看護師などと役割分担をおこなうならば,プレカウンセリングとして上記の内容をあらかじめ聞いておくのもひとつの方法でしょう.

2. 遺伝カウンセリング

以下の内容をどのような順番でどのようにカウンセリングをおこなっていくかはケースバイケースであり,カウンセラーの経験と技量が問われるところです.あくまでもカウンセラーは傾聴を基本とすることに注意します.クライアントがなるべく自由に,自発的にしゃべられるようにつとめます.あいてがほんとうはなにを望んでいるのか,なにを不安に思っているのか,NIPTがその解決の一助となるのか,その点をじゅうぶんにみきわめる必要があります.カウンセリングでは超音波検査など実際の診療はおこなわないのが一般的です.なぜならばカウンセリングを診療行為とは独立させるためと,かぎられた時間を有効につかうためです.

  • NIPTの検査を希望した動機,本人年齢,パートナーのどちらから言い出したことか,この検査の存在をどこで知ったのかなどを改めてていねいに確認していきます.実は本人はあまり検査をうけることに乗り気でないことがままあります.たとえば舅姑が費用も負担するからとなかば強要にちかいかたちですすめていたケースなどをわれわれは経験しています.

出生前診断の問題の究極にあらわれてくるのが選択的中絶の是非ですが,これに対するこたえはもちろん「自己決定の尊重」です.具体的には,検査はいかなる形においても強制的,威圧的ではなく自発的におこなわれ,検査をうけたカップルの自己決定により以後のことが決められること,そして検査の前後にはじゅうぶんな説明とカウンセリングがおこなわれ,そのカウンセリングには一切の指示的要素がはいってはならないことと説明されます.すなわち検査の希望はあくまでも自発的な意思であることが大前提なのです.

  • ◆NIPT希望の理由のほとんどが高齢妊娠であるが,だいたいどの程度のリスクと認識しているかを聞きます.自分の年齢における染色体疾患の頻度をインターネットなどでくわしく調べ,そのリスクを心配して受診する場合もありますが,マスコミの報道などで「高齢妊娠」をばくぜんと不安にかんじているだけのクライアントも実際にはおおいといえます.クライアントの年齢における正確なリスクや,であきらかになる染色体疾患は先天異常のなかの一部にすぎないなどの医学的な情報を提供するだけで問題解決にいたることもあります.
  • 本人やパートナーがNIPTの対象となる染色体の病気,特にダウン症候群についてどの程度具体的に知っているか.身近にダウン症候群のかたがいるか,そしてこれまでどのようなかかわりかたをしてきたかを確認します.もし障害者にたいする強い偏見があれば自律的決定におおきなかたよりが生じてくるため,カウンセラーとしてはきちんと対応しなければなりません.ガイドラインに規定されている「これらの染色体異常の特徴および症状」,「出生した子どもに対する医療の現状」,「出生後の生活は個人によりさまざまであること」,「治療の可能性および支援的なケアの現状」などの説明は次の段階となりますが,場合によってはこの段階で説明してもかまいません.
  • もしこの検査を進めることによって最終的に染色体の病気とわかったらどうするかを確認します.これは非常にだいじなことと考えます.本人ないしはパートナーのどちらか一方ではなく,両方にそれぞれ気持をいわせることです.もちろん産む/中絶するのどちらかが正しいわけではありません.どちらかに誘導するわけではなく,また誘導しては決していけません.きちんとそこまでふたりで相談してきたかどうかをはっきりと確認することが重要なのです.「決めること」,すなわち「自己決定」の意味をクライアントに再認識させます.仮にその後の過程でふたりの結論がかわることがあってもそれはまったくかまわないのです.

3. 検査の説明とインフォームドコンセントの取得

以下は情報の提供,すなわちNIPT検査の説明です.資料に基づいてNIPT検査について説明することになります.

  • 対象となる染色体疾患(13トリソミー,18トリソミー,21トリソミー)についてそれぞれ説明します.かたよりがない説明をどこまできちんとできるかに,カウンセラーとしての力量がすべて現れるといっても過言ではありません.
  • 検査の結果(すなわち陽性,陰性,判定保留のそれぞれ)の意味について説明します.特に陽性的中率,陰性的中率について誤解のないよう説明します
  • 陽性であればかならず羊水検査などの侵襲的検査が必要となることを説明します.当院では,陽性者は基本的に小児遺伝の専門家と面談する時間をもうけることを伝えます
  • 検査の費用について,20mlの採血を行うこと,結果までに3週間ていどかかることを説明します
  • 臨床研究の一環としておこなっていることを説明し,アンケート調査への協力を依頼します
  • 用意している書類一式をわたします.待合室で同意書とアンケートの記入をしていただき,同意書を確認したうえで母体から採血することを説明します
  • 3週間後の木曜日午前に結果説明のための外来予約をとります

 

 おわりに

NIPTはその無侵襲性,簡便性より,検査の意味,結果の解釈についてのじゅうぶんな説明がなされないまま,安易に検査がおこなわれるおそれがあります.また不特定多数の妊婦にひろく施行されるようになると,胎児の染色体疾患を発見するためのマススクリーニング化するおそれもあります.そのため本検査は一般的な医療検査でなく,「無侵襲的出生前遺伝学的検査である母体血中cell-free DNA胎児染色体検査の遺伝カウンセリングに関する研究」という臨床研究としておこなわれています.検査を希望される妊婦は,この臨床研究に参加するという形で検査をうけることになっています.

ここでは当院で検査をうけるにあたっての遺伝カウンセリングの手順と,実際の採血方法や検体取扱いについて説明しました.遺伝カウンセリングについては正解があるわけではありません.多方面からのご意見ご批判をお待ちしています.

 文 献

  • 3. 東山紘久:プロカウンセラーの聞く技術.創元社,東京,2000

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