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NIPTの遺伝カウンセリングがわからなくなってきた

NIPTの遺伝カウンセリングがわからなくなってきた

                               (室月 淳 2013年8月17日)

  遺伝カウンセリングは「説明とインフォームドコンセントの取得」ではない

遺伝カウンセリングとはなにかということについて混乱してきました.

NIPTの遺伝カウンセリングにあたって,コンソーシアムで作製した説明用のファイルあるいはPDFをそのまま使って説明しているとの話を聞いて,わたしは驚いています.あの内容を一般人にわかるように説明するためには,それだけで30分や1時間はかるくかかるでしょう.

とてもよくできた資料であるとはおもいますが,わたしからみるとそこには「カウンセリング」の要素はまったくはいっていません.カウンセリングは個対個の関係からうまれてくるなにものかですから,資料をみせながら説明すること自体は遺伝カウンセリングにはなりません.仮にそれが可能となるのならば,たくさんの妊婦をまえにしてNIPTについて講演してもカウンセリングですし,テレビ番組でもカウンセリングができる,クライアントは本を読んでカウンセリングを受けられるということができます.しかしそんなことはありえません.

100人の遺伝カウンセラーがいて,それぞれ100人のクライアントがいれば,NIPTについての遺伝カウンセリングは10,000とおり以上ありえます.しかしだからといってNIPTに関してどんな遺伝カウンセリングをしてもゆるされるわけではありません.われわれ自身が独善に陥らないためには,自分の遺伝カウンセリングをオープンにして、みなの率直な批判をうける必要があるでしょう.

さきにわたしが自分のカウンセリングのスタイルをHPにアップしたのはそのためです.コンソーシアムでもし臨床研究のことを議論していくのならば,遺伝カウンセリングはどのようにあるべきかという永遠のテーマをさけるわけにはいかないでしょう.

くりかえしますが,遺伝カウンセリングは「説明とインフォームドコンセントの取得」ではけっしてありません.「相談と助言」のブロセスをふくみますが,それをこえたなにものかです.初心にもどってそれをすこし考えてみます.

 

 「相談と助言」モデルとしてのNIPTの遺伝カウンセリング

先に、遺伝カウンセリングは「説明とインフォームドコンセントの取得」ではけっしてないこと、さらに「相談と助言」のブロセスをふくむが、それをこえたものであると書きました。しかしここで「カウンセリング」の本質をかたりだすと、話が抽象的になり、議論のための議論になるおそれがあります。そこでおもいきってNIPTの遺伝カウンセリングは「相談と助言」の過程であるとして(と後退して)、その内容を再検討してみます。

「相談と助言」とは、相談者が妊娠とともにあらわれた不安やまよいを問題として、助言者である遺伝専門医による理解と助言によって、相談者が自分のかかえている不安や状況について理解し、適切な決断と行動を選択する一連の過程といえます。この場合の相談とは、いわば「遺伝相談」ですが、相談者と助言者のコミュニケーションとなります。

このとき助言者にもとめられることは、受容的傾聴や共感的理解が第一、話し手と聞き手のコミュニケーションにより相談者の自己理解が深まっていくことが第二、そして相談者の決断を援助することが第三となるでしょう。実はこたえはすでに相談者のなかにあるのであり、助言者はそれをひきだし、妥当性をあたえ、そして相談者の背中をそっとおしてあげる、そういった役割だろうと思います。

 

  「カウンセリング」モデルとしてのNIPTの遺伝カウンセリング

さきに「相談と助言」モデルを例にとって,NIPTにおける遺伝カウンセリングはどうあるべきについて考えました.それでは本来の「カウンセリング」の視点からみたときには,どのようなちがいがでてくるでしょうか.

「相談」というときは,相談をしにいくひとが,何らかの意味でおしえてもらうとか,助言や忠告をしてもらうなどという内容がはいっています.しかし実際には,助言や忠告してもそれがまもられることは少ないことがしられています.直接の助言にたいして頭では納得していても,実際の行動変容にまでいたることは多くはありません.極端ないいかたをすれば,助言されて解決するひとは,なにもしなくてもみずから解決してしまうのです.

一般的には「相談と助言」の方法ではうまくいかないことが多いようです.そういうひとたちをどうしたらいいかという問題がおきたときに考えだされたのが「カウンセリング」という方法論です.助言したり忠告したり説教したり,ときには叱責したりすることを全部やめたら,ひとつだけ残るものがあります.それが「聴く」ということです.クライアントのいうことをとにかく聴いてみるということ,助言もなにもせずひたすら聴くというわけです.

NIPTを希望してきているクライアントは,検査をうけたいとおもったなんらかの動機や,その背後の不安や葛藤があります.そしてもし児に染色体の病気がみつかったらどうするか,答をだすのが難しい問いに苦しんでいるひとはおおいはずです.消化できない問題や納得できない問題をかかえていても,それをじっと聞かされるパートナーもともに苦しむことになります.これが専門の遺伝カウンセラーが必要とされるおおきな理由だと思います.

遺伝カウンセラーの姿勢として重要なものに,相手の話を肯定的にとらえるということがあります.いわゆる「受容」とされるものです.これは,カウンセラーはクライアントの話になんでも賛成するというわけではなく,相手のいったことは相手のこととして認めるという姿勢を意味します.人間は自分とは関係のない話ほど客観的に聞けますが,自分と関係してくる内容となるとなかなか冷静になれません.専門の遺伝カウンセラーは,クライアントから,いかにみずからの倫理観,価値観にそぐわないことを要求されても,あるいは直接非難されるような言葉を受けても,「そうだね」と相づちが打てるように訓練されています.相手の話を聞くときは自分の意見はださず,相手の気持を肯定しながら聞くことになります.遺伝カウンセラーには自他の区別が要求されるのです.

遺伝カウンセリングにおいては,クライアントの話を聞くことによって,クライアントみずからが洞察を得るようにしています.いいかえるなら,カウンセラーはあいての心をうつす鏡になることが理想です.けっしてあいてのこころに侵襲し,自分の個人的影響をあたえてはいけません.「染色体の病気がわかったらどうするか」といったむずかしい問題,正解がわからない問題を,NIPT検査の特徴,利点や限界などといった,こたえが単一でわかりやすい問題からはっきりとわける必要があります.正答のない,正答はそのひとのなかからで,しかもそのひとの人間性を高めないと答えがでないような質問にたいしては,遺伝カウンセラーは「むずかしいですね」としか答えません.むずかしいから,むずかしいと答えているわけです.この問題の解答は「むずかしい」です.すなわちこたえられない問題,正答がいくつもある問題こそがほんとうにたいせつな,ほんとうに重要な問題なのです.

NIPTについての医学的説明は,そこまでをあきらかにしたあとの最後にくることになるでしょう.

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カウンタ 2116(2013年8月17日より)