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ARTとNIPT

ARTとNIPT

                                (室月 淳 2014年12月30日)

出生前診断を望む妊婦においては,体外受精といった生殖補助医療(ART)による妊娠の割合が高いことがしられています.全妊婦の3%程度がARTによる妊娠といわれていますが,新型出生前診断(NIPT)をうける妊婦の割合はおそらくその10倍以上になると考えられます.

一般には,不妊治療を受ける妊婦の平均年齢は高いこと,平均所得が高いことなどが理由にあげられています.しかしそれ以上に不妊治療に特有な事情がそこにはありそうです.医療技術の力を借りて妊娠するようになると,単にこどもをつくるつくらないだけでなく,その「質」にも必然的に関心がむきがちです.

自然な形の妊娠では「授かりもの」という感覚が自然にわきあがってきます.逆に高額な費用をかけ,過酷な肉体的負担のもとにARTを駆使して妊娠にいたるとき,そこでは単純な「こどもがほしい」から「こんなこどもがほしい」という形に欲望に変化していくのはしばしばみられます.

生殖という自然な営みに,一度「技術」という人為的な要素が介入すると,技術自体の進歩と多様化によって,ひとの期待や欲望もさらに高まってきます.うまれてくるこどもの「質」をもとめるようにもなります.他者を手段化するという技術の本質に関係することなのかもしれません.

ARTの発展により,不妊治療にはさまざまな選択肢が用意されています.妊婦はそれらの効果や費用などを勘案して,複数のオプションからひとつを選択していくことになります.妊娠にいたるまでその選択はくりかえされ,「インフォームドチョイス」をおこなうことに慣れていくのです.

妊娠が成立したあとに,出生前診断を受けるかどうかのオプションも自然な形で提案され,それを「自己決定」するわけです.不妊治療によって妊娠した妊婦の新型出生前診断の受検率が高いのは,ARTという人為的な要素がひきおこす自然な結果なのではないでしょうか.

これは特殊な例ですが,だいぶまえに両親から「リセットしたい」といういいかたをされたことが印象にのこっています.胎児は染色体正常だが,胎盤因子によると考えられる重度の発育遅延を示していて,かりに救命ができたとしても正常発達はきびしいかもしれない,そういった状況のときにでてきたことばでした.

凍結受精卵はあと数個残っているので,今回の妊娠を「リセット」して,再度胚移植を行いたいというのです.ことの倫理的是非はひとまずおいて,これはARTによって妊娠した妊婦でなければ絶対にでてこない発想であり,そこには「授かりもの」という感覚はつゆほどもみられません.

繰り返しますが,これは特殊な例とはいえますが,ARTが妊娠出産にたいする感受性をいかに変化させるか,歪めるかが如実にわかります.彼女にとって妊娠は「おのずから」なったものではなく,高額な費用,おおくの時間,つらい肉体的負担をかけて「みずから」つくったものだからこそなのでしょう.

正直に吐露しますと,このようにARTによって感受性がかわってしまったと感じられる妊婦,パートナーと,NIPTの遺伝カウンセリングで相対するのに,わたしは最近とみにつらく感じられるようになりました.

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