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羊水検査のリスク

羊水検査のリスクとは

                                  (室月 淳 2015年1月24日)

新型出生前検査の正式名称は無侵襲的出生前遺伝学的検査(non-invasive prenatal genetic test)であり,略してNIPTと呼ばれます.母体からの採血によるこの検査を「無侵襲的」というのは,羊水穿刺や絨毛生検といった「侵襲的」出生前検査と対比してつけられたのは周知のとおりです.

もちろん母体からの採血にしても,腕に針を刺すというはっきりとした侵襲性があります.しかし,ここでは比較の視点が胎児のほうにいっており,直接に子宮に針を刺す行為が胎児にたいして侵襲があるのにたいし,母体採血ではその可能性がまったくないということでしょう.

いろいろな理由で出生前診断をのぞむ妊婦の多くは,従来の羊水穿刺には流産の危険性があるからNIPTを選びます.NIPTの料金(20万円強)は羊水穿刺(約10万円)の倍以上もするにもかかわらずです.しかし羊水穿刺そのものによって生じる流産のリスクは実際にはどの程度でしょうか?

実はこのリスクを客観的に評価するのは簡単ではありません.NIPTコンソーシアムで共通に使用している説明資料では300人にひとりとあり,この数字が一応のコンセンサスとなっています.しかし羊水検査をおこなう妊娠16週ころは自然に流産することもめずらしくありません.

この妊娠中期に自然流産する胎児はもともとなんらかの先天異常をもつ場合がおおくあります.羊水検査のあとに胎児死亡や流産がおきても,個々の流産が穿刺行為に直接起因したものかを判断するのはほぼ不可能ですから,そのリスクは集団を統計学的に評価するしかありません.

もともと羊水穿刺をおこなうケースは高齢というハイリスクであったり,超音波でなんらかの異常を指摘されたりしていますので,一般よりも自然流産の確率が高いことはまちがいありません.統計学的に比較するといっても,対照群の設定には細心の注意が必要です.

羊水穿刺による流産リスクの研究を検討すると,新しい報告になるほどその数字がさがってきます.羊水穿刺による流産率は1980年代では1%程度ですが,もっとも最近の2006年の報告(Eddleman et al)では0.06%,2008年の別の報告(Odibo et al)では0.13%とされています.いずれも対照群の流産率との差です.

もちろんこのリスクは施設によって,あるいは術者の熟練度によってもかわりますが,いずれにしても1000回に1回程度とはいえそうです.穿刺という侵襲を加えるわけで,もちろんゼロではありえませんが,しかしほとんどゼロにちかいといってもいいかもしれません.

やや意外なこの数字からなにがいえるでしょうか.ひとつは,羊水検査による流産のリスクが,過去には出生前検査を受けることの心理的障壁のひとつとして働き,逆に現在では羊水穿刺にかわるNIPT受検の動機となっていますが,それらは単純な思いこみにすぎないかもしれないことです.

羊水穿刺か母体採血(NIPT)かを迷ったとき,胎児の安全を理由に,より高額な費用の後者を選択しがちですが,それにはあまり根拠はなさそうです.羊水穿刺による流産リスクが考えられていたよりかなり低いという事実が,NIPTの普及にどう影響をあたえるかは興味深いところです.

もうひとつは,この検査の「無侵襲性」を強調するのは,医学的な意味はあまりなく,むしろ商業的な宣伝に堕す可能性が危惧されることです.純粋に肉体的な負担,痛みからみれば,針を腕に刺すのもお腹に刺すのもたいして変わりありませんが,精神的にはだいぶちがいます.

すなわち「無侵襲性」とは,妊婦の精神的なストレスの有無をむしろ意味していることになります.NIPTの急速な拡大には,心理的負担の少ない採血のみという要因があることはまちがいありません.羊水穿刺の流産リスクの低さが周知されたとき,はたして妊婦の選択にどう影響するでしょうか?

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カウンタ 5425 (2015年1月24日より)