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羊水検査のカウンセリングでもっともだいじなこと

羊水検査のカウンセリングでもっともだいじなこと

                                (室月 淳   2012年7月14日)

大西洋の朝日(マイアミビーチ)

 

羊水検査でわかることは一般的には胎児の染色体の異常の有無です.わが子が何ごともなく健康で生まれてくることを願わない両親はおそらくこの世に存在しないでしょう.だから羊水検査を受けるときも染色体が正常であることを祈るような気持をみながもちます.羊水検査を受ける動機も染色体正常という結果を得て安心して妊娠期間を過ごしたいからです.

だからこそ羊水検査を行う前に必ず説明し,納得していただかなければならないだいじなことがあります.それはもし胎児に染色体異常がわかったときにはどうするか,それを事前にパートナーとよく相談して決めておくように女性に説明することです.それをせずに安易に羊水検査を受けた場合でも,実際には染色体正常という結果によって「安心」を得られる場合が多いのですが,そうでないときはきわめて深刻な状況に陥ります.すなわち染色体異常という結果が出たときです.そのとき女性はどうするか?

この問いには正解がありません.染色体の病気の子を受け入れてそのまま妊娠,出産して育てていこうと決めるかもしれませんし,残念ながら妊娠の継続をあきらめると決心するかもしれません.実際のところその子の誕生を待つか,選択的中絶をするかのどちらか以外に有効な方策はないのです.どちらが正しいとか,どちらにすべきということは一般的にはいえません.ただし,その決断は先送りにすることはできず,必ずどちらかを選択しなければならないことを女性によく納得しておいてもらう必要があります.

すべての両親が検査結果が正常であることを望んでおり,すなわち安心を得たいために羊水検査を受けるのですが,もし染色体異常という結果が告知されたときは,ほとんど例外なく一種の恐慌をきたします.そのパニックの程度や持続期間は人によって違いますが,いずれにしろ正常の思考力,判断力が失われることになります.染色体正常だという結果を期待して,それでも万が一,染色体異常という結果が出たらそのとき考えると答える女性がときどきいますが,それはどだい難しいことなのです.

この問いで重要なのは,どちらの答えを選ぶかが問題ではなく,自ら考えて自ら選ぶことです.いずれの答えを選択したとしてもつらいことが待っているかもしれず,後悔するときが将来来るかもしれません.しかしそういったときでも自らが選択したという納得と覚悟があればその苦境をのりこえることが可能かもしれません.そうではなく,自ら選ぶことができずだれか他人が勧めるままに決めてしまったり,充分に考えたり相談したりせずになりゆきのままに決まってしまったりするのが,あとからいちばん後悔することになるだろうと思います.女性とパートナーが自分たちで選択することがいちばん大事なことです.

羊水検査による流産のリスクは0.3%とも0.5%ともいわれています.児になにもないことを心から望んでいるが,万が一,羊水検査で児の染色体の病気がわかっても,そのときはなんとか育てていこうという気持が女性にあるならば,わざわざリスクのある検査をうける必要はないかもしれません.逆に染色体の病気という結果がでたら,残念だがそのときは妊娠をあきらめて中絶を選択するという決心であれば,羊水検査を受ける意義は十分にあるだろうと思います.すなわち羊水検査というのは実は人工妊娠中絶を前提とした検査なのです.一般的に妊娠16週で検査を行うのも,中絶が可能である妊娠22週未満から逆算して決められたものです.

しかし現実的にはなかなかそうなっていないことが多いようです.少し以前になりますが,出生前検査で染色体異常がみつかったとき女性はどのように決めていたかの報告があります.ストックホルムのSjogrenの調査(1)によると,検査結果の通知時点で女性の半数が胎児に異常があった場合の選択を決めてはいなかったと報告されています.またDixson(2)による同じような調査では女性の3分の1が態度を決めていなかったとのことでした.

羊水検査の前にきちんとしたカウンセリングが必要とされるのは,こういったことを理解し納得して,検査前に必要なことを相談し決めておくためです.逆にきちんとしたカウンセリングを受けず安易に検査を受けた場合にはきわめて深刻な問題に直面することになるかもしれません.出生前検査の最大のリスクは,検査自体よりも検査によって得られた結果への対応を知らないためにおこるともいわれています.染色体異常の診断後に妊娠を継続するかどうかを決める必要があると充分に理解している女性がいる一方で,病気の確率がどんなに高くてもあえてそれを無視し,とりあえず問題を先送りにするだけの女性もいます.

正常という結果による安心感の裏側には,児の染色体の病気や選択的中絶という難しい問題がつきまとっており,この矛盾は医療関係者や家族との深刻な話し合い,いろいろな迷いや逡巡など大きなストレスとなって襲いかかることになります.染色体異常がみつかった後の意思決定はそれ自体がストレスのもとになり,女性や配偶者を苦しめることになります.選択の内容は,実際には児の病気の具体的な内容や程度,予後といったものとはあまり関係しないかもしれません.だからこそ妊娠の継続を決めた場合は不安を増大させ,中絶と決めた場合は本当に正しい選択であったのかと女性を悩ませかねません.

中絶を選択する夫婦も少なくないでしょう.しかし羊水検査の事前のカウンセリングや検査結果の告知にかかわった医療スタッフが,その後の選択的中絶には直接携わらずに他の医療施設にまかせたとすれば,女性はその時点で見捨てられた思いをすることになります.妊娠喪失した女性のすべてが死別した親としての悲しみを感じるとは限りませんが,出生前診断を受けた女性の多くは選択的中絶した胎児をまさに子どもとして語り,子どもを亡くしたのと同じように悲しむことは臨床経験からも明らかです.いろいろな点で難しい出生前検査に医療者がかかわるときは,女性によりそって最後の最後まできちんとフォローしてあげる覚悟が必要となります.

羊水検査にかかわる説明,すなわち難しい選択をする妊婦へのカウンセリング技術の向上がぜひとも求められています.難しい選択をする女性を助けると同時に,自由な選択を妨げないようにバランスをとる必要があるからです.染色体異常の検査結果によって妊婦がとる選択はその説明に依存しており,検査結果を告げる医師の専門性の違いが判断に影響を与えることが知られています.Holmes-Seidel(3)によると,胎児の性染色体異常による中絶は,臨床遺伝医よりも一般産科医のカウンセリングの方が有意に増加するとのことです.また同じ染色体異常であっても,より早期に診断が可能となる絨毛生検の方が羊水検査よりも中絶率が高いという報告もあります.これらはわれわれカウンセリングを担当する医師は心しなければならない事実です.

流産というリスクをともなう羊水穿刺や絨毛生検は受けないというある女性の判断があったとすれば,それは現状においては充分な合理性があると考えられます.このことは,高齢や特定の染色体異常のリスクがあるハイリスク群の妊婦に検査を限定したほうがよいとする方針の根拠になっています.しかし今後は,妊婦から採血した血液によって胎児染色体を検査する方法が普及すれば,出生前診断を受けない理由はなくなっていきます.ローリスク群の妊婦に対象を拡大していくのか,これから臨床医としてのわれわれの倫理観が試されることになるでしょう.

 

文献

1. Sjogren B, Uddenberg N: Decision making during the prenatal diagnostic procedure: a questionnaire and interview study of 211 women participating in prenatal diagnosis. Prenat Diagn 1988;8:263-273

2. Dixson B, Richards TL, Reinsch RN, et al: Mid-trimester amniocentesis: subjevtive maternal responses. J Reprod Med 1981;26:10-16

3. Holmes-Seidel M, Ryynanen M, Lindenbaum RH: Prenatal decisions regarding termination of pregnancy following prenatal determination of ex chromosome abnormalities. Prenat Diagn 1987;7:239-244

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