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胎児組織生検

胎児組織生検

                   (室月 淳   2012年5月24日)

この文章もほぼ10年前に書かれたものです.1990年代は胎児医療のさまざまな可能性が試された時期であり,出生前診断のための胎児組織生検もそのひとつでした.胎児組織生検の目的には大きく3つあり,ひとつは染色体の迅速診断のため,ふたつめに病理組織検査による病変の確定診断,みっつめに組織に特異的に発現する酵素や代謝産物の測定による遺伝性疾患の診断のためです.しかしFISH法の普及,超音波診断装置の性能向上,疾患遺伝子の確定と遺伝子診断の導入によって,現在では組織生検という侵襲的検査はほぼ行われなくなりました.

しかしそういった胎児医療の中のさまざまな試行の中から,子宮内シャント術や胎児鏡下レーザー手術などが発展して現在に至りました.また胎児の採血輸血,薬剤直接投与,造影,持続ドレナージに加え,最近では弁狭窄に対するバルーン形成術,先天性心ブロックに対するペーシング,臍帯静脈へのカテーテル挿入などが胎児治療として試みられるようになっています.超音波ガイド下胎児操作の将来の展開のためにも,過去になされてきた胎児組織生検の記録をここに残しておこうと思います.

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 はじめに

今日では先天性代謝異常や遺伝性疾患のほとんどが,通常に採取された絨毛や培養線維芽細胞,胎児血によって出生前診断可能となった.しかし絨毛や羊水,胎児血ではなく,直接胎児組織を採取することによってはじめて診断可能となる疾患がいくつか存在する.組織特異性に発現する酵素欠損や皮膚などの部位に局在する異常,あるいは先天腫瘍などである.遺伝子診断がいまだ不可能な場合,あるいは確定診断のために超音波ガイド下に胎児の組織生検(fetal tissue biopsy)が行われることになる.これまで行ってきた胎児組織生検の内容を表1に示す.

表1 胎児組織生検
生検組織 妊娠週数 適応 診断
腫瘍 17 頚部腫瘍 hygroma
24 胸腔内腫瘍 CCAML
29 頸部腫瘍 hygroma
30 仙骨部腫瘍 teratoma
32 頸部腫瘍 hygroma
33 頸部腫瘍 hygroma
胎盤 20 迅速染色体検査 46XY
20 迅速染色体検査 46XY
21 前児Pyruvate dehydrogenase deficiency 非罹患
21 迅速染色体検査 culture failure
筋肉 19 前児Werdnig-Hoffmann病 非罹患
20 前児Werdnig-Hoffmann病 非罹患
肝臓 22 前児Carbamoyl phosphatase synthetase deficiency 非罹患

 

 胎児組織生検の適応

腫瘍生検

頸部腫瘍であるhygromaやteratoma,そのほかの鑑別診断を目的としたり,胸部の先天腫瘍ではcongenital cystic malformation of lung(CCAML) type IIIの確定診断目的に生検が行われることがある(1).組織学的な検索が中心となるが,周産期病理学という専門的な分野の知識を必要とする.

【図1】妊娠22週で胎児胸郭内に腫瘤がみつかり,出生前診断目的で肺生検を行ったものである(2).円柱上皮に被われたさまざまな大きさの嚢胞が組織診によって確認され,CCAML typeIIIと診断された.出生後の剖検で確定診断された.児の胸部には穿刺痕はやはり確認できなかった.

胎盤生検

妊娠初期に行う絨毛採取(chorionic villi sampling; CVS)を経腹的に行う場合もこれにふくめることもあるが,主に妊娠中期以降に超音波ガイド下に胎盤の一部を採取し,染色体検査や酵素活性を測定することを指す.サイトメガロウイルスなどウィルス感染の有無をみることもある.染色体検査に関しては,通常の羊水穿刺により線維芽細胞を培養して染色体を調べることよりも,格段に短い日数で結果をえることができる.

筋生検

胎児の筋生検は,予後不良の先天性神経筋疾患であるWerdnig-Hofmann病やデュシャンヌ型筋ジストロフィー(2)などの出生前診断を目的として行われる.通常はパンクロニウム胎児筋注による胎動抑制の上,腓部や大腿部といった筋量の多い部分から採取する.ただし今日ではこの両疾患に関しては遺伝子診断のみで確定できるようになった.

【図2】前児がWerdnig-Hoffmann病であった妊婦に対し,出生前診断目的で妊娠19週の胎児の大腿部より筋生検を行ったものである.横紋筋組織は妊娠週数相当の正常形態を示しており,胎児は非罹患と判断された.出生後の児の大腿を示すが,穿刺部の跡は確認できなかった.

肝生検

ある種の先天代謝異常においては,酵素が特異的に発現する組織の生化学的定量によってのみ確定診断される.Carbamoyl phosphate synthetase欠損症(3),ornitihine carbamyl transferase(OCT)欠損症,glucose-6-phosphatase(G6P)欠損症などの一連の疾患である.これらの酵素は肝組織のみに特異的に発現するため,出生前診断のためには肝組織の生検が必要となる.

皮膚生検

先天性表皮水疱症致死型(epidermolysis bullosa letalis),先天性魚鱗癬(ichthyosis congenita),外胚葉性異形成(X-linked ectodermal dysplasia)などの児の予後が悪い一連の先天性皮膚疾患では,出生前診断として胎内で皮膚の生検が行われることがある.通常,検体は電顕や免疫組織染色などの処理をされる.超音波ガイド下で母体腹壁を穿刺し生検鉗子を挿入するが,超音波断層法では皮膚病変の同定が難しいことがあり,胎児鏡による直視下で生検する場合も多い.

 

 胎児組織生検の方法

組織生検の方法はおおよそ胎児採血に殉じる.腫瘍や筋,肝組織には生検針,皮膚には生検鉗子を用いて検体を採取する.吸引細胞診を併用することがある.胎盤生検は経腹的な絨毛採取とほぼ同じ方法で可能であり,実体顕微鏡下での絨毛分離も同様である.

【図3】肝や筋組織,腫瘍などの生検には吸引ではなく,ばねの力で生検針が自動的に組織を切り取るパイオプシーガンシステムがすぐれている.

臍帯を穿刺するPUBSとは異なり,組織生検では生検針や鉗子による胎児そのものに対する侵襲検査である.特に肝や肺では生検部位が大血管に近いので,慎重に操作を行う必要がある.組織生検では安全を期して胎動抑制を行う場合がほとんどである.23G PTC針で胎児臀部にパンクロニウム 0.2mg/kgを直接筋注する.筋注後数分以内で胎動が停止し,目的の操作が安全にできるようになる.パンクロニウムによる合併症は出生前,出生後とも認められていない.

 組織生検の安全性

組織生検の合併症に関しては,全体の報告数そのものが少ないため,現在までに子宮内操作に関連したfetal lossは知られていない.副作用の頻度としてはPUBSと大きく変わりはないと考えられる.可能性としては胎児の外傷,出血,血腫形成などが考えられるが,われわれの経験も含めそのような例はいまのところ報告されていない.

 

 おわりに

"Fetus as a Patient"の理念のもと,ひとりの患者としての子宮内の胎児を扱うとして始まった胎児医療において,超音波画像下での操作は診断,治療の中心といえる.その意味での現在の胎児医療そのものがinterventional ultrasoundの範疇にはいるといっていい.将来の展望として,血管系操作vascular interventional ultrasoundの手技の一層の発展,胎児操作のための独自の器具の開発や改良,関係各科とのさらなる協力体制が必要になるだろう.

 

 文 献

1. Murotsuki J, Uehara S, et al: Prenatal diagnosis of congenital cystic adenomatoid malformation of the lung by fetal lung biopsy. Prenat Diagn 1994;14:637-639.

2. Evans M, Greb A, et al: In utero fetal muscle biopsy for the diagnosis of Duchnne muscular dystrophy. Am J Obstet Gynecol 1991;165:728-732

3. Murotsuki J, Uehara S, et al: Fetal lever biopsy for prenatal diagnosis of carbamoyl phosphate synthetase deficiency. Am J Perinatol 1994;11:160-162.

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カウンタ 5805(2012年5月23日より)