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胎児治療の現状と将来

胎児治療の現状と将来

 はじめに

「胎児医療」においても通常の医療と同様のプロセスで医療がなされる.つまり胎児に対して何らかの疾患を疑った場合,検査によって診断を確定させ必要な治療を行う.胎児も新生児や成人と同じように患者として医療の対象としようという考え方は“The Fetus as a Patient”という言葉に集約されている.同名の学会が毎年世界各地で開催されており,1993年の同学会において“The Fetus as a Patient 93宣言”がなされた.すなわち「将来の人類となるべき胎児は,医療の対象,患者として扱われるべきである」.改訂された“The Fetus as a Patient 2004福岡宣言”を表1に掲げる.

本稿では,胎児医療の例として4疾患を取り上げて紹介し,最後に将来の展望について述べたい.

 胎児診断

胎児にとってときに重篤な結果を招く疾患のうち最初に取り組まれたのは分娩時の低酸素症であり,胎児心拍数モニタリングの導入によって分娩時の安全性は格段に向上した.一方,超音波断層法は30年ほど前から始まり,当初は胎児の発育診断から子宮内での健康状態,さらには臓器の機能や構造の異常の診断へと発展してきた.胎児医療の基礎はすべて超音波診断にあるといっても過言ではなく,MRIや胎児鏡といったそのほかの補助診断が発達した今日でもその重要性は変わらない.

胎児診断の目的には以下の3つの場合がある.ひとつめは生命予後不良な「致死性」の胎児病の診断である.無脳症,腎無形成,重篤な染色体異常,重篤な骨系統疾患などが挙げられ,妊娠22週未満に診断される場合は,母体への影響を考慮して妊娠中断が考慮されることがある.ふたつめは出生後すぐに治療が必要となる胎児病の診断である.先天性横隔膜ヘルニアや重度の先天性疾患などが挙げられる.胎児診断がなされることにより,分娩の時期や方法を決め,出生後の適切な内科管理や外科手術を準備するなど治療環境を整えることができる.最後に胎児治療が可能な胎児病の診断である.そのままの妊娠経過観察では胎児死亡にいたるもの,出生後の治療では手遅れになり生存が望めないか,あるいはきわめて重大な障害を残す異常が胎児治療の対象となる.

 胎児治療

現在のところエビデンスが揃っている胎児治療としては,双胎間輸血症候群に対する胎児鏡下手術,胎児胸水に対する胸腔-羊水腔シャント術や,胎児不整脈,先天性副腎皮質過形成などへの経母体的薬物投与などがある.

(1) 双胎間輸血症候群

双胎間輸血症候群は一絨毛膜双胎の10-15%に発症する病態で,胎盤吻合血管により双胎間の血流不均衡が生じ,供血児の貧血,乏尿,発育不全,受血児の多血,多尿,新不全の進行によって最終的には両児とも胎児死亡にいたる.特に妊娠26週未満の妊娠中期に発症した場合には予後がきわめて悪い.超音波検査により供血児側の羊水過少と受血児側の羊水過多によって診断される.

胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術(fetoscopic laser photocoagulation of placental communicating vessels: FLP)は,双胎間輸血症候群の原因である双胎間の吻合血管をレーザー凝固して遮断し,血流不均衡を是正する根治療法である.母体の麻酔後に,内視鏡の一種である胎児鏡を経母体腹壁的に子宮内に穿刺挿入し,胎盤を詳しく検索して吻合血管を同定した後に,YAGレーザーで凝固焼灼して両児間の血流を遮断する.侵襲やや大きく,かつ高度な技術が必要となる.現在,国内では主に5か所の施設で行われており,すでに300例をこえる施行実績がある.治療成績は,双胎のうち少なくとも1児が生存する率が約80%で,生存児の約5%に神経学的後遺症を認めている.ヨーロッパのランダム化比較試験により妊娠26週未満の双胎間輸血症候群に対してはFLPが有効な治療法であることが示された1が,本邦の成績もこれにまさるとも劣らない.

(2)胎児胸水

胎児胸水は原発性と続発性に分けられ,原発性胸水は胸水の成分が主にリンパ液であるため乳糜胸とも呼ばれる.胎内で長期間の進行する胸水貯留例では,圧迫による肺低形成や胸腔内圧上昇による心不全を来たすため,胎児の生命予後は不良である.胎児胸水を伴った妊娠32週未満の出生児の死亡率は90%以上とされている.

胎児の大量胸水,肺圧迫,胎児水腫などを認めたら本疾患を疑い,一度胸腔穿刺を行い胸水の性状を調べ,リンパ球が80%以上であれば先天性乳糜胸と診断される.1週間以内に胸水が再貯留してくる症例は進行性と判断され,胸腔-羊水腔シャント術の適応となる.麻酔後に,超音波ガイド下に経母体腹壁的に胎児用シャントチューブ(内瘻化カテーテル)を挿入し,胎児胸腔と羊水腔をつなぐように留置することで胸水が持続的にドレナージされるようになる.2007年の総説2では,一回穿刺を行った後の再貯留例では24/36(67%)の生存率であったと報告され,後方視的解析ではあるが一定の効果が示された.

(3) 胎児不整脈

胎児の頻脈性あるいは徐脈性不整脈では,病状が進行すすると心不全から胎児水腫となり死亡率がきわめて高くなる.胎児頻拍症では抗不整脈薬により心拍数を正常化させ,胎児徐脈では心拍数を増加させて心不全の予防や改善を行う.薬剤は母体投与とし,経胎盤的に胎児に薬物が到達して奏功することを目標とする.胎児頻拍症の中で多いのは上室性頻拍で,通常ジゴキシンが第一選択されるが,ジゴキシン抵抗性の場合はフレカニイド,ソタロールが併用される.胎児徐脈では先天性完全房室ブロックが問題となる.心拍数増加のためにβ刺激薬(塩酸リトドリンなど)の母体投与を行い,合併する心筋炎の予防や改善を期待してステロイドも併用する.

(4) 先天性副腎過形成

常染色体劣性遺伝疾患である21-水酸化酵素欠損症(21-OHD)では,胎生期より過剰な副腎性アンドロゲンの分泌が起こるため,罹患女児では外性器の男性化を来たす.妊娠7週には外性器の男性化が始まるので,罹患の可能性がある場合は妊娠5-6週よりデキサメタゾン母体投与を開始し,胎児の下垂体-副腎系の機能を抑制する.妊娠10-12週に絨毛生検を施行し性別判定と遺伝子検査を行う.罹患女児と判明した場合はデキサメタゾンを分娩まで継続する.

 将来の展望

かつて胎児診断は染色体異常の診断に結びつけられ,人工妊娠中絶の適応とされることがあるので倫理的に一律に問題があると論じられ,胎児医療の社会的認知を遅らせるひとつの背景となっていた.ごく最近まで社会的にも医療経済的にも認知されてこなかった胎児医療であるが,2004年に胸腔-羊水腔シャント術が,2005年にFLPがそれぞれ高度先進医療として認可され,限られた中ではあるがようやく新しい時代が到来したといえる.

胎児医療の今後の課題としては治療対象疾患のさらなる拡大とエビデンスの構築が上げられる.欧米では過去にopen surgery,すなわち開腹,子宮切開による胎児への直接手術が試みられてきたが,その侵襲の大きさにより有意な予後改善が得られなかった歴史がある.しかし近年の胎児鏡下操作の進歩により,先天性横隔膜ヘルニアや二分脊椎などの子宮内手術などが新たに考案され,臨床トライアルが進んでいる.またFLPの双胎間輸血症候群関連疾患への適応拡大なども今後の課題である.本邦においては胎児シャントチューブが未承認という問題もあり,医学的なエビデンスの構築が急がれている.そこで2007年より「科学的根拠に基づく胎児治療法の臨床応用に関する研究」を課題とした厚生労働科学研究(左合班)が発足し,研究デザインに十分配慮しながら臨床研究が始まっている.

 文献

1. Senat MV, Deprest J, Boulbain M, et al: Endoscopic laser surgery versus serial amnioreduction for sever twin-to-twin transfusion syndrome. N Engl J Med 2004;351:136-144

2. Deurloo KL, Devlieger R, Lopriore E, Klumper FJ, Oepkes D: Isolated fetal hydrothorax with hydrops: a systematic review of prenatal treatment options. Prenat Diagn 2007;27:893-899

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