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震災とフェイスブックという「ユートピア」

震災とフェイスブックという「ユートピア」

                                   (室月淳 2012年7月19日)

 フェイスブックによって生まれた絆

わたしが友人に誘われてフェイスブックに登録したのは2011年3月1日,東日本大震災のちょうど10日前のことでした.それまでミクシィやツイッターといったソーシャルメディアの類の経験がいっさいなく,ましてやフェイスブックが何たるものかもまったく知らずに,ただチュニジアやエジプトでおこった「アラブの春」とか「ジャスミン革命」などと呼ばれた民衆主導の新しい運動が,フェイスブックが契機や媒介となったという話を読んで興味をもっていただけでした.ただ当然のことながら当初は使い方もよくわからず,特に何を書くでもなくみていました.

3月11日に東日本大震災がおき,その直後より病院内に詰めることになりました.電気や固定電話が止まったにもかかわらず,インターネットだけはなぜか翌12日昼くらいまでは奇跡的につながっていました.周囲から孤絶して一切の情報も入らない山中の当院に閉じ込められ,自家発電の暗い明かりの病棟に何をするでなく待機していたわたしは,緊張感が漂う院内の状況をフェイスブックに実況中継していました.その日の夕方から晩にかけて数えきれないほどの人たちが亡くなっていったのですから,いま考えればのんきというか不謹慎な話だったかもしれないのですが.

外の世界でも被災地からの生の情報を渇望していたようです.フェイスブックでのわたしの投稿がどうもあちこちに拡散されたらしく,夜半から見ず知らずのひとたちからメッセージがたくさん届くようになりました.翌朝にはネットも不通になり,回復するまでは不安で心細いような数日を過ごすことになりました.こういった非常事態下では,フェイスブックによる励ましや情報交換が大きな役割を果たすことを身をもって実感したのです.

震災から1か月がたちわれわれの仕事も落ち着いたころ,過酷な業務に疲弊していた気仙沼市立病院の後輩を支援するために交代で手伝いに行くことにしました.同時にフェイスブックで全国の産婦人科医師にボランティアの呼びかけを行ったところ,あわせて何と27名の先生方が手をあげてくれました.北は北海道から南は九州までの全国,北米やバングラデシュの国外からもわざわざ気仙沼に来ていただいたのです.時間的余裕のある産婦人科医など存在するはずもなく,それでも遠い気仙沼の地でお手伝いいただいたことに,ここで改めて心より感謝申し上げます.

この気仙沼支援は昨年の12月いっぱいで終了といたしましたが,今回のプロジェクトで生まれたネットワークはわれわれの本当に大事な宝となりました.崩壊の淵にある東北地方の産婦人科医療の新たな再生は,こういった人と人のつながりから生まれてくることを信じています.

 

 フェイスブックの活躍

今回の震災でフェイスブックをはじめとしたソーシャルメディアはどの程度役に立ったのでしょうか? 3月11日当日,携帯電話の通話やメールは回線が混雑して,ほぼ使いものになりませんでした.ただし携帯電話の使う回線は,通話網といわゆるパケット通信の通信網とに分かれています.通話網は多数のひとが同時に通話しようとすると簡単にパンクしますが,パケット通信では回線が生きている限り送信は可能であり,通話はできないがネット回線は使用できるという状況があちこちで生じていました.また当院においては,3月12日の朝から2日間を除けばパソコンのネット使用が可能な状態でした.ですからパソコンメールはもちろん,ツイッターやフェイスブックのメッセージ機能を使って連絡を取り合うことはあちこちで行われていました.

またフェイスブックの速報性と伝搬力については,かねてより指摘されていたとおりでした.わたしがいたところは仙台の西の郊外の山の中で,津波の直接の被害にあった最前線とはかけ離れたところでしたが,そこでの情報ですらあっという間に拡散して全国に伝わっていきました.むしろ直接の被害を受けた沿岸部では情報発信する時間も余裕もないというのが本当のところだったと思いますが.

さらにわたしたちが体験したこと,感じたことをリアルタイムに発信することにより,全国の産婦人科医仲間に感じたことや考えを共有し,共感していただくことができたのかもしれません.それが気仙沼市立病院への支援の呼びかけとそれに対する具体的な行動という結果に結びついたのでしょう.震災が起きたとき,東北以外では「何かできないか」と考えた人が多かったに違いありません.フェイスブックで支援の呼びかけが行われたとき,それに参加することも,参加した後に離脱することもフェイスブック上では簡単にできます.それがまさにソーシャルメディアのまさに最大の利点でもあり,多くの人たちの志を組織し,動員することにすばらしい働きをすることに気がついたのです.

二万人にせまる死者,行方不明者をだした未曾有の大惨事でしたが,震災は同時にその悲惨さに対抗し得るかもしれない人間の偉大さも示しました.直後の状況では直接の被災者同士が互いに助けあい,そこに自衛隊,消防,警察,医療関係者などが実に献身的に職務を遂行しました.さらに国内外からの連帯と支援の呼びかけや実際のボランティアの行動が加わることになり,まさに友愛のコミュニティがうまれました.そこではソーシャルメディアが決定的な役割をはたしたのであり,フェイスブックという「ユートピア」が生まれていたといってもいいのかもしれません.

 

 ソーシャルメディアの本質とは

このフェイスブックという「ユートピア」はどの程度の広がりがあるものか? どのくらいの持続時間があるものか? そして震災後の日本社会をも少しずつ変えていくだけの影響力をもつものなのか? そしてフェイスブックはわたしたちの希望となりえるのでしょうか?

もちろんわたしたちの日常ではネットはさまざまな様相をみせます.社会にはさまざまな人間が存在していて,またひとりの人間ですらさまざまな側面をみせるわけですからそれも当然のことです.「ウェブはバカと暇人のもの」(光文社新書)という本があって,そこではさまざまな事例が紹介されていますが,フェイスブックだってもちろんその例外ではないのです.

ふつうのひとというのはネットにごく個人的な話題,身の回りの話しか書かないのがふつうです.重要な情報提供とか他者との絆とかいった抽象的な話題ではなく,「いかに自分が生きているか」を書きます.「何かの役に立とう」よりも,「今,自分のことをどうするか」ということを考えていて,ネットについても「自分の気持ちをただ出す」ためにおもに使います.フェイスブックを社会に役立てるとかそういったところにはあまり関心はないでしょう.

芸能人ブログのコメント欄に,「すっぴんりえちゃん( *`ω´) かわゆす」とか「あいらびゅっ(^з^)-☆ ‏」などと書きこむのがふつうなわけです.いやもちろんわたしだって書いていますけどね(笑).ほとんどのネットユーザーとはこういった人たちであり,あくまでも自分のためにがんばって生きています.「フェイスブックは震災に役立った」と論じるならば,当然こうしたひとたちのことも考慮にいれて考えていく必要があるのは当然でしょう.

今回の東日本大震災でフェイスブックが果たした役割のすばらしさは,みなが一生懸命に被災者を助けようとして自然発生的にできあがったネットワークに端的に現れていました.支援の輪が自発的に生まれ,それぞれができることを協力し合って行ってきました.大切な情報を発信するときはURLをつけソースを明示していた人も多く,情報リテラシーからみても信頼できる発信が多かったといえます.

同時にデマや風評などもネットには飛びかいました.フェイスブックを含めたソーシャルメディアの本質と可能性を論じるためにはおそらくもっと広い範囲の事象をみていかなければならないでしょう.ことばにすれば当たり前のことですが,フェイスブックそのものがユートピアであるわけではなく,その本質とは人びとを被災地へ,街頭へ,集会場へ,ライブ会場へと集めるモチベーションを与えることにあるのだろうと思います.すなわちひととひととの結びつきの性質をかえ,何かのきっかけをもとに行動に転嫁していく働きです.

チュニジアやエジプトといったアラブ諸国での「ジャスミン革命」にしても,独裁政権を倒したのはもちろんフェイスブックといったバーチャルなシステムではなく,示威行動に立ちあがった民衆そのものの力であることは間違いありません.そこにどれだけの血が流されたのか,それを見過ごしてはいけないのでしょう.

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