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出生前診断と社会

出生前診断と社会

                                  (室月 淳 2015年2月28日)

 

NIPTが国内で開始されてからもうすぐ2年がたとうとしています.開始前とくらべて出生前診断の状況はどのように変ったでしょうか.侵襲的な確定検査である羊水検査の施行数は減ったのでしょうか?

以前より出生前診断に本格的に取り組んでいた施設では,NIPTをはじめ超音波スクリーニング,妊娠初期血清マーカーといった非確定的検査を導入したことによって,羊水穿刺や絨毛生検といった従来からおこなわれてきた侵襲的な確定的検査の割合が減ったといわれています.

しかし全国的な傾向をみると,侵襲的検査の実数はむしろ増えているのではないかと感じられます.当科でも実はそうですし,まわりのいくつかのところの話を総合してもそのような傾向がうかがわれます.わたしもNIPT開始前までは,当然、羊水検査の総数は減少すると思っていました.

これはどうしてなのでしょうか? NIPTの開始前にわれわれはさまざまなことを検討し議論しました.たとえば国内での羊水検査は年間約2万件余と推定されていますが,検査による流産率を0.3%と仮定すると,年間60件以上の流産が発生していることになります.

もしこれらの羊水検査のすべてをNIPTにおきかえることができれば,60人以上の無辜の胎児の命を救うことができるかもしれません.このこともNIPT導入の動機のひとつになりました.このように検査施行前は、現在おこなわれている羊水検査の一部または全部のかわりという想定だったのです.

実際にNIPT導入は,羊水検査を減らす方向と,増やす方向のふたつの相矛盾した影響を及ぼしています.

NIPTと従来からの検査を組み合わせるにあたっては,羊水検査などの侵襲的な検査を減らすだけではなく、いかに見落としを減らし,さらに全体の費用を節減できるかが問われます.

あるはっきりと限られた妊婦グループを対象として,胎児の染色体疾患の有無をシステマティックに段階的に絞り込んでいくスクリーニングを行えば,最終的な侵襲的検査までいく人数は当然減っていきます.NIPTはその有力な手段となります.

すでに妊婦のほとんどが超音波などによる妊娠初期スクリーニングに組み込まれているイギリスや,受診者の大半が初期スクリーニングを目的として来院する専門クリニックなどでは,NIPTの導入はスクリーニングの効率を圧倒的に高めるので,侵襲的検査が減ることはまちがいありません.

しかし日本の現状はまだそこまでいたっていません.今回のNIPTの導入をめぐる一連のできごとはメディアの報道の格好の対象となりましたが,結果的にはそのことが妊婦をはじめ社会一般の人たちに、出生前診断の存在を宣伝し教育する役割を果たしたようです.

新聞やテレビなどがNIPTなどの特集を組むと,その報道内容がいかに出生前診断にたいして批判的なものであっても,その翌日からしばらくのあいだは一般のひとたちからの電話での問い合わせが殺到します.聞いてみるとやはりその報道でNIPTの存在を知ったというひとがほとんどでした.

報道がいかに「良心的」な内容であったとしても,実際には社会にたいして出生前診断の「宣伝」としてしか働いていないとも考えられます.その結果、出生前診断にたいする社会の意識を徐々に変化させえいくことになります.

NIPTを希望し,紹介されてきた妊婦やそのパートナーのお話をじっくりと聞いてみると,実はこれら出生前検査の希望者は,もしNIPTがなければ検査を受けなかっただろうひとがほとんどでした.すなわちNIPTが出生前診断の新たなニーズを発掘しているわけです.

NIPTの存在が,メディアの報道をとおして社会の意識を少しずつ変化させ,結果として出生前診断全体のニーズを増やしています.そして侵襲的な羊水検査の数も増加しているという皮肉な現実があります.それならば世に周知せずこっそりと検査を進めればよかったのでしょうか?

「検査の存在を教える必要はない」  しかしそれではいつまでたっても本質的な問題は隠されたままです.40年前からの問題の先送りです.報道によって検査のことが周知されることにより検査のニーズがおおいに喚起される,それはわれわれの社会の問題のありかを指し示しているような気がします.

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