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ワークショップの歴史と理念

ワークショップの歴史と理念

                                 (室月淳 2018年3月19日)

「ワークショプ」はいまではあたりまえのことばとしてつかわれていますが,そこには先人のおおくの思いと創意工夫がこめられています.ワークショプの歴史とその理念については、岩波新書「ワークショプ」(2001)にくわしく書かれています.わたしがこの本を読んだのは出版当時のことでしたが,以下の文章はおもにそれにもとづいています.

世界ではじめて「ワークショプ」がおこなわれたのは,1964年にアメリカ・コネチカット州ニューブリテンでの「人種差別をなくすために働くソーシャルワーカーのワークショプ」とされています.グループ・ダイナミックスの創始者クルト・レヴィンがリーダーとなって,ロール・プレイや自由討論の場での対話学習などをおこないました.

そこで実験的におこなわれた社会的技法や対話学習法が,その後の社会教育の方法や心理療法の方法に多大な影響をあたえました.それ以降,Tグループやエンカウンター,自己啓発などおもに心理系の分野で,体験をとおして自己覚知し,社会に参加していく教育訓練として世界に広まっていきました.体験的参加学習法としてのワークショプの起源はこのクルト・レヴィンとされています.

さまざまな流れのワークショプが日本にはいってきたのは,1980年前後のようです.当時のワークショプを分類すると,個人の変容をめざす自己啓発系のものと,社会の変革をめざすエコロジーや住民参加型のもののおおきくふたつに分かれていました.後者では人権教育,環境教育,女性解放,まちづくりなどといったさまざまな分野での試みがなされています.

すなわち,「ワークショプ」というのはきわめて思想的,社会的な運動であったのです.1970年ころの先進国での若者による反体制運動の挫折のあと,おおくの人間が,納得できる自分の人生を生きたいという思いと,戦争や飢餓,環境破壊などの問題にあふれる社会をなんとかしたいという思いにひきさかれました.これは個人がさきか,社会がさきかという問題なのですが,精神世界と社会変革を統合してひとつのものにしようというのが,このワークショプ運動だったといえます.

なぜひとびとはワークショプのなかに社会変革を可能性をみていたのか? それはワークショプのなかでは,権威とか上下関係を廃して,ひととひとが対等な関係のなかでともに学びともに行動することができたたからです.個人の内面から国際的な紛争のあらゆるレベルにおいて,人間関係の対立や闘争を解決する道筋として,ワークショプ的な方法論が生きるのではないかと考えたのです.それを可能としていくのが真の「ファシリテーション」なのです.

ですからワークショプは70〜80年代のディープエコロジーやニューエイジの流れの影響をつよくうけています.こういった社会変革系の一方では,精神世界に傾倒し自己変革や自己実現をめざすひとたちもいました.これがのちにいわゆる「自己啓発セミナー」に変化していくことになります.

ワークショプの方法論がおおきな成果をみせたのはアート系の分野でであり,演劇ワークショプやダンスワークショプといったものが隆盛をきわめました.そういった影響もあり,ワークショプはさらに学校教育や社会人教育、ビジネス研修などにもとりいれられるようになって,時代とともに次第にムーブメントとしての色彩は薄れていくことになりました.

国際会議や国際学会にも,議論の活性化とあらたな創造のためにワークショップ形式の取り組みが積極的にとりいれられるようになったのもおなじころです.ところがそれに参加した日本人が,ワークショプのなんたるかをあまり理解しないまま,名前だけ国内学会にとりいれてしまいました.そのためわれわれ医師にとって「ワークショプ」は普通名詞になっていますが,それが実は独自の精神と方法論に基づいたものであることに,ようやく最近気がついてきたというわけです.

わたしがもっとも驚いたのは,文科省や厚労省が「ワークショプ」理論を公認し,あまつさえ専門医教育などに積極的に推奨したことです.「臨床研修指導医講習会」はワークショプ形式によってなされており,それに合格すると医政局長名による指導医認定証が交付されることになります.いまやワークショプは社会変革という理念を完全に失って,単なる目あたらしい教育方法,トレーニング方法のひとつに堕してしまったわけです.

ワークショプ運動の歴史をふりかえると,そこでよくつかわれていた,たとえばファシリテーションとかデブリフィーング,シェアリングといったものは,それぞれ特別の意味をもった概念だったことがよくわかります.いまではちょっとかわった自己紹介法くらいに思われている「アイスブレーク」ですら,ある社会的な課題について議論し行動していくために,はじめてであったひととでも円滑にコミュニケーションをとれ,ともに連帯していくための自覚的な方法論だったのです.

ファシリテーターの名人として有名だったあるひとが,ワークショプは「平和の道具」とよくおっしゃっていたそうです.形骸化してしまったいまのワークショプにまたあらたな命をふきこむために,これまでのひとびとの試みの歴史をふりかえるのもいいかもしれません.

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カウンタ 846(2018年3月19日より)