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NIPTに新しく追加された対象疾患

NIPTによるスクリーニングに新しく追加された対象疾患

                              (室月 淳 2013年12月29日,2014年2月11日加筆)

これまでNIPTによってスクリーニングされる対象疾患は13トリソミー,18トリソミー,21トリソミー(ダウン症候群)の3つでした.北米ではそれに加え性染色体を調べられていましたが,Sequenom社は今年10月よりあらたにMaterniT21 plusに対象疾患を追加するオプションを提供するようになりました.いくつかの染色体微細欠失症候群と,16番,22番染色体のトリソミーです.これらの追加メニューはあくまでも参考として提供されており,検査依頼時に削除することもできるようです.

詳細な状況は不明なところがありますが,とりあえず手元にある資料でわかる範囲内のことを紹介してみます.具体的な対象疾患としては以下のとおりです.

  • (1) 22q11.2 欠失症候群 (DiGeorge?症候群など)
  • (2) 5p-症候群 (Cri-du-chat syndrome)
  • (3) 15qの一部欠失をともなうタイプの Prader-Willi症候群/Angelman症候群
  • (4) 1p36欠失症候群
  • (5) Trisomy 16
  • (6) Trisomy 22

上から4つまでは染色体に微細な欠損が起こることによる疾患(染色体微細欠失症候群)であり,同じ疾患でも欠損の部位によってそれぞれ異なった症状を示します.欠損部分が微細であるため,通常のG-bandの染色体検査では診断がつかず,FISH法で調べなければならないことが多くあります.まれに染色体の転座などによってその領域の遺伝子が切断されることが原因であることもあります.ゲノムに欠損が起こりやすい構造があることが原因である場合も知られていて,羊水染色体検査の結果の評価には専門的な知識が必要となります.

(5)の16トリソミーは,16番目の染色体が3つある染色体異常であり,一般に流産のなかの10%の原因をしめています.完全な16トリソミーはほぼ100%流産となるので,胎児が生存しているときは以下の可能性があります.(6)の22番染色体のトリソミーも16番とほぼおなじことがいえそうです.

  • 1. 16トリソミーのモザイク
  • 2. 16トリソミーの胎盤モザイク(胎盤のみに16トリソミーのモザイクが存在)
  • 3. 16番染色体の片親性ダイソミー(16番染色体はふたつだが,どちらも父母のいずれのみからの由来).モザイクとなることがおおいため,母体血検査で陽性となる)
  • 4. 16番染色体の部分トリソミー(16番染色体の短腕ないしは長腕が過剰の構造異常)
  • 5. 不均衡転座における16番染色体の一部が過剰

羊水染色体検査のG-bandのみでは診断が難しい場合がおおくあります.モザイクの有無,程度を正確に評価するためにはG-band法では限界があるため,FISHでおおくの羊水細胞の染色体をみる必要があります.また羊水細胞の高精度分染には限界があるため,染色体の構造異常をみるためにはFISH法を併用したり,両親の染色体検査をおこなう必要があります.

16番染色体トリソミーのモザイクや部分トリソミーでは,その割合や程度におって表現型におおきな差があり,出生前の評価はかなりむずかしいものになります.所見としては,心奇形,腎奇形,発育不全,発語や身体的発達の問題,不妊などをふくみます.

16トリソミー,22トリソミーといった染色体疾患は,いずれもその確定診断および症状や予後の評価が難しく,担当医師にはかなりの専門的知識と臨床経験が必要となります.またこれらの疾患同定におけるValidation studyについてはまったく情報が提供されていないようです.たとえば仮に16番染色体が陽性とでた場合を考えます.全体のどの程度の割合で陽性とでるのか,陽性とでたなかで真に病的な状態はどの程度の割合か(陽性適中率),といったカウンセリングに重要な情報がまったくないのです.

また上記の4つの微小欠失症候群にかんしてはさらに問題です.たとえばこのなかでもっとも頻度が高い22q11.2欠失症候群を例にとりあげてみます.

まずスクリーニングされたあとの確定診断の問題.一般的におこなわれるFISH法では,商業的に利用可能なものから研究用までさまざまなプローブが用いられますが,それでも100%の診断率ではありません.臨床的に典型的な22q11.2欠失症候群を呈していても,FISH法では異常が検出されない場合が4%前後あるといわれています.その場合,CGHアレイ法やダイレクトシークエンス法が行われたりしますが,いずれも一般的な臨床検査とはいいがたいでしょう.妊娠中の限られた時間のなかで確定診断までいくのはかなりきびしいことが予想されます.そもそも国内では基本的には胎児検体による遺伝子診断は公的にはおこなわれていません.国内の検査会社が胎児検体による検査を受託してないのです.そういったところから解決していかなければなりません.

さらに問題なのは,スクリーニング陽性とされた場合の陽性適中率です.22q11.2欠失症候群における感度,特異度といったデータは公開されていません.そもそもこのような微小欠失症候群にたいするvalidation study自体がなされていないと推定されます.その疾患の頻度が低くなるほど陽性適中率はどんどんさがっていくことはよく知られています.この4つの疾患のなかでもっとも頻度が高い22q11.2欠失症候群でさえ,発症率はおよそ4千人にひとりの割合となります.仮に,感度99%,特異度99%(おそらくそんなに高い値になるとは考えられませんが)と仮定して計算すると,陽性適中率はわずか2-4%となります.さらに頻度が低い1p36欠失症候群では,その陽性適中率は1%以下になると推定されます.

NIPTによって微小欠失症候群がスクリーニング陽性とされても,実際にはそのわずか数パーセントしかほんとうの罹患胎児がいないわけです.そのひとたちにすべてきちんと説明,カウンセリングをおこなう必要があります.そして確定検査に移行しますが,確定診断もかなりの困難が容易に予想されます.

日本でもこの1-2年のうちにはNIPTに上記のメニューの追加が議論されることは必至ですが,もしオプションとしてこれらのメニューがはいると,臨床の場でおおきな混乱が起こるだろうことが予測されます.こわいこわい.........(^_^;)

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カウンタ 39149(2013年12月29日より)