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1991.3-20
「カンタリジン発疱膏試験:ブラジキニンの発痛作用の証明」

 カンタリジンは、カンタリジン酸の無水物である。Cantharis vesicatoria と呼ばれる昆虫の乾燥粉末に0〜6%含まれる。この昆虫は、発疱甲虫、スパニッシュフライ、ラシアンフライ、メロイデスなどとも呼ばれる。中国発疱甲虫あるいは印度発疱甲虫と呼ばれるミラブリス甲虫にも含まれる。この粉末に陰茎強直の効果があるとされ催淫薬として紀元前2世紀以来使われてきた。しかし、有毒で、腎臓を傷害する。カンタリジンを皮膚に塗布すると水疱ができる。そこでカンタリジン 0.7%を含むコロジオンの薄膜(Canthrone)が、イボ取りに使われている。水疱の治癒が早く、後に瘢痕を残さないという利点がある。

 今世紀の後半に入ってから0.2%カンタリジンを含む発疱膏を使った実験法が発痛物質の検定法として使われるようになった。実験の前日の夕刻、前腕の掌側に、カンタリジン発疱膏を5〜6時間、貼付する。そこで発疱膏をはがすと、発赤がみられる。翌朝になると、直径約1cmの水疱ができる。就寝前に包帯を巻いて、睡眠中に生じた水疱が破れないようにしておく。翌朝、水疱面をアルコールで消毒した後、水疱の内容を吸引する。そこで、真皮から離れた表皮部分を切り取り、Ringer液で水疱のびらん面を洗う。表皮を切除した皮膚のまわりを低融点のワックスで囲んでおくと、その後の実験が容易になる。炉紙を使って、Ringer液を取り去り、被検液を約0.2ml滴下する。通常、1〜2分間、びらん面が被検液と接触するようにする。いろいろな濃度の被検液を10分間隔で滴下し、被検液の発痛濃度を決定する。露出したびらん面は、約2日間、実験に使える。被検液を減菌しなくても感染の危険はほとんどない。

 KeeleとArmstrongら(1952)はこの方法を使って、10-5〜10-4g/mlセロトニン、10-3g/mlヒスタミン、0.12〜0.8%KCl、0.3%NaCl、5%NaCl、pH3以下のHClに発痛作用があること、また血清が発痛物質を含むことを報告した。

 1959年、ブラジキニンの発見者である Rocha e Silva がKeele とArmstrong の研究室に滞在して、彼らが発見した血清中の発痛物質とブラジキニンの発痛作用を比較し、両者が同一物質であることを突き止めた。この研究によって、ブラジキニンが10-8〜10-7Mの濃度で発痛作用をもちそれまで最も強力とされたセロトニンの10倍の発痛作用をもつこと、ブラジキニンによって灼けつく痛みが現れること、また、血液がガラスに接触するとブラジキニンが作られることなどが見出された。

 ブラジキニンには、発痛作用の他、血管拡張作用、血管透過性亢進作用があって、古典的な急性炎症症状すなわち、発赤、腫脹、発熱、疼痛を生じる。現在では、ブラジキニンが炎症による痛みの主要起因物質であると考えられている。

 最近になって、ブラジキニンの化学構造に修飾を加えたブラジキニン主動薬および拮抗薬が数多く作られた。その結果、ブラジキニンの受容体にB1とB2の2種類があること、ブラジキニンの発痛作用や血管作用をB2受容体が媒介することなどが見出された。このような研究からB2受容体と結合するブラジキニン拮抗薬を使った痛みの治療法が考えられるようになり、この線に沿った研究が世界各地で進められている。
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